第四十話 精霊王の力の一端
この先にあいつが、サファドがいる。
昇は生唾を飲み込むと扉に手を掛ける。そして昇が力を入れて扉を押すと、鈍い音をたてながら扉はゆっくりと開き、暗い部屋に少しずつ光が入り始めた。
そして扉が完全に開くとそこには扉から入る光と、床に描いてある魔法陣が放つ光しか明かりは無いが魔法陣の前に立つサファドの姿だけはハッキリと見えた。
「おや、まさか本当のここまで来るとは思いませんでしたよ」
「サファド!」
「人間風情が、気安く私の名を呼ばないで欲しいものですね」
サファドは昇に向かって手を差し出しただけで、昇は後ろに吹き飛ばされてシエラと琴未がなんとか昇を受け止めた。
「ぐっ」
「ちょっと昇、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
けどなんなんだあの力。シエラと琴未が受け止めてくれなかったら、僕は確実に隣の部屋すら飛び越えてたかもしれない。たったあれだけでなんであそこまでの力を出せるんだ。
「サファドー!」
昇達の横を通り過ぎてミリアが一気にサファドに向かって走り出して大きく跳ぶとハルバードを力の限り振り下ろすのだが、サファドはハルバードの斧を片手で軽々と掴んで、ミリアの攻撃を止めた。
ミリアの渾身の一撃をあんなに軽々と止めるなんて。
「サファド。よくも雪心とシェードを」
それでもミリアは出せるだけの力を出して押し切ろうとするのだが、サファドが動くことは無かった。
「お前が、お前が雪心に嘘を吹き込んだから、シェードは消えることになったんだ! だからシェードの敵をここで討ってやる」
「おや、何を言っているのですか、あなたは。シェードを倒してここまで来たのはあなた達ではありませんか、シェードの敵というべきはあなた達では」
「ふざけるな! お前が雪心に嘘を吹き込まなければシェードはロードナイトなんかにはならなかった。自分の命が燃え尽きるまで戦う必要なんて無かったんだ!」
「それは立派な最後でしたね。さすが、というべきですか」
「この、バカ───!」
更に出力を増すミリア。だがその力はサファドの髪すら小揺るぎもしないほど完璧に防がれていた。
「あなたは先程から騒々しいですね」
サファドは掴んだ斧を軽く弾くとミリアは吹き飛ばされて、扉の上の壁に思いっきり激突して落ちてきた。
「ミリア!」
昇は落ちてきたミリアを何とか受け止める。
「ミリア、大丈夫?」
「ぐっ、うん、平気」
それにしてもさっきからなんなんだ。あのサファドの異様な力は、どう見ても力の差が有りすぎる。それにサファドはさっきから攻撃らしい攻撃はしてないのに僕達を軽くあしらってる。あの力はいったいなんだんだ。
「まずいのう」
「閃華?」
「どうしたのよ、閃華?」
「琴未、城の地下で見たものを覚えておるか」
「ああ、あの変な装置?」
「うむ、その装置の上に筒のような物が有ったじゃろ」
「あの青く光ってたやつ?」
「そうじゃ、あれが何か覚えておるじゃろ」
「……なんだっけ?」
「琴未、お主の頭はそんなに記憶力が無かったのか」
「あははっ」
「あれは精霊王の力を溜め込んでいた物じゃ。それに異様とも言える今のサファドの力、これはどうみても精霊王の力じゃな」
「じゃあ、儀式は?」
「終わってはおらんがその最中じゃろう。精霊王の力は強大な物じゃから一気に取り込むことは出来ん。器から零れ落ちる一滴を受け止め続けながら、サファドは精霊王の力を取り込んでいるんじゃ」
「それって、かなり気の長い作業じゃないなのよ。あいつはそんなを続けてるわけ」
「じゃろうな」
「けど、それって逆に言えばまだ少ししか精霊王の力を取り込んでないって事じゃ」
「うむ、その通りじゃ昇。たった少しの精霊王の力でこれじゃ。これ以上取り込まれては打つ手がない」
「じゃあ、今のうちの倒すしかない!」
「焦るな昇。手はもう一つあるんじゃ」
「えっ!」
「この戦いの鍵を持っているのは雪心じゃ。雪心さえ奪取すればサファドはこれ以上の力を得ることは出来ん」
「じゃあ、まずは雪心ちゃんを取り戻そう。サファドはそれからだ」
「うむ、うまく行けばサファドの力が逆流する可能性もあるからのう、今は雪心を取り戻すことに集中するんじゃ。よいな」
「うん、ミリア、シエラ、琴未、閃華、行くよ!」
「分かった。さすがに私もあいつは許せない」
「ギッタギタにぶちのめしてやるわよ」
「うむ、さすがに私もここまでの怒りを覚えるのも久しぶりじゃからのう」
……あの、皆さん。最初の目標は雪心ちゃんを取り戻すことで、サファドを倒すことじゃないですよ。
「雪心───! 絶対に助けるから、だから待ってて、私、雪心に謝らないといけないから! だから待ってて!」
昇は意識を黒い空間に沈めると、そこにはすでに赤い糸が伸びてきていた。そして糸は今までに無いほどの力を発していてとても力強かった。
そっか、皆同じなんだ。あいつを許せない、そして雪心ちゃんを助け出したい。みんなの思いは一つなんだ。
昇は四つの糸を掴むと一気に意識を現実に引き上げる。
「エレメンタルアップ!」
……ミリア、ちゃん。……今、ミリアちゃんの声が聞こえた。……そっか、来てくれたんだね。……ミリアちゃんも分かってくれたんだね。……シェードが、どれだけ大事な人かを。
「りゃあ───!」
ミリアは真っ先に突っ込んでいくとハルバードをサファドに向かって振り下ろすのだが今度はハルバードは空を切った。さすがのサファドも今のミリアの攻撃を受け止める自信が無いのだろう。それほど昇のエレメンタルアップが今のサファドをとの力の差を一気に埋めた事になる
そこへすかさず琴未と閃華のコンビネーション攻撃を加えるが、これもサファドを捉えることが出来ない。
そしてサファドの最終着地点を見極めていたシエラは空中から一気に攻撃を加える。
「フルフェザーショット!」
無数に迫る羽の弾丸。さすがに動きを止めた直後のサファドには回避不可能だ。サファドは手を迫ってくる攻撃に手をかざすと結界を張って攻撃を受け止めた。
そしてサファドの裏手に回りこむ昇。そして二丁拳銃を動けないサファドに向かって、銃口をそろえて向けた。
「ツインバスターシュート!」
並んだ銃口から飛び出す力は一つの極太レーザーになり、サファドに向かって突き進むのだが。
「あまり、頭に乗らないでください!」
サファドは黒い光に包まれると、それを一気に開放してサファドを中心に黒い光は広がると同時に破壊もしていく。
それは昇とシエラまで伸びて行って二人の攻撃は掻き消されしまい、撤退を余儀なくされたのだが、その場から離れると昇はミリアに向かって叫ぶ。
「ミリア! 今だ、行って!」
ミリアは一気に雪心に向かって走り出す。
「雪心───!」
だがサファドは一瞬にして元に居た位置、つまり雪心の前に移動した。
「だから、調子に乗るな───!」
サファドミリアを吹き飛ばして雪心の前からどけると今度は手を前にかざして巨大な魔法陣が出現した。そこから放たれた力は昇達を吹き飛ばすどころか隣の部屋とも区切る壁まで破壊してしまった。
おかげで昇達は隣の部屋にまで吹き飛ばされてしまい、その力はサファド自身さえも驚くほどの破壊力だった。
「ふふっ、あっーはっはっはっ。そうです、これですよ、これが私の求めていた力、精霊王の力。はははっ、これで私は王になる。精霊を、いや、この世界をすべる王になるのですよ」
「そんなことさせるか───!」
まだ爆煙が渦巻く中からミリアが飛び出してサファドに攻撃を入れるが、その攻撃はサファドに届く事無く途中で止まってしまった。
サファドは何もしてないかのようだが、まるで壁に攻撃したような手応えがミリアに伝わる。
「くっ、結界」
「ふふっ、ええ、そうですよ。今の私にはあなた程度の攻撃はわざわざ動く必要も無いのですよ。いい加減に諦めたらどうですか」
「うるさい、うるさい、うるさーい! 私は諦めるわけには行かないんだ。雪心にちゃんと謝るまで諦めるわけには行かないんだよ!」
「はぁ、あなたは何を言っているのですか?」
「うるさい、お前なんかに分かるわけが無い! 私と雪心は友達だから、そして私は雪心に酷いことを言っちゃったから、だから謝らないといけないんだ。だからそれまで、諦めるわけには行かない。雪心を助け出して、シェードの思いまで遂げてやるんだ」
「シェードは自らの意思でロードナイトになったのですよ」
「違う! シェードは雪心をお前から助け出すためにロードナイトになったんだ。そしてシェードは、その思いを私に託して消えていった。だから、私はここでお前を倒して、雪心を助け出す」
「ふふっ、まあいいでしょう。やれるものならやってみるといい」
サファドは大きく目を見開くとミリアは吹き飛ばされてしまい、再び爆煙の中に姿を消していった。
……ミリアちゃん、謝りに来てくれたんだ。……よかった、シェードの事分かってくれて、……でも、シェードが消えたってどういうことなのかな、……シェード、シェード、シェード、返事して、……約束したよね、私の傍に居てくれるって、もう二度と私を一人にしないって、……シェード。
爆煙の中で合流した昇達はそのまま作戦会議に入っていた。
「ふむ、なかなかどうして、うまくはいかんもんじゃのう」
「昇のエレメンタルアップは今までに無いぐらいにその性能を発揮しているのに、それでも困難」
「じゃあ、どうすんのよ。閃華、何か手は無いの?」
「そう言われてものう。私もサファドがあそこまで強大な力を手に入れておるとは思っておらんかったし、正直エレメンタルアップで対等に戦えると思っておったんじゃが」
「僕がエレメンタルアップに集中してみようか?」
「う〜む、それでもエレメンタルアップの力が上がっても、正直あやつに対抗できるとは思えんしな。どうしたものかのう」
「はぁ、打つ手無しなの、閃華?」
「琴未、その通りじゃ」
「……お願いだから、こんな時に言い切らないで」
「じゃが事実じゃ。こうなってはしかたないのう、最後の切り札を使うとするか」
「なによ閃華、やっぱり手があるんじゃない」
「じゃがこれは最後の最後に使う手じゃ。これがうまく行かんときにはもう後は無いぞ」
「分かったわ、それで、どうするの?」
「特攻あるのみじゃ」
「……」
「なんじゃ琴未、その目は」
「いや、閃華、まともな作戦は無いの?」
「力の差が有りすぎる。こうなっては各々が出来る限りの力を出し切るしか手は無いんじゃよ。もう、戦略などは役にたたん」
「はぁ、結局、全力でぶっ叩くしかないわけね」
「そうじゃのう」
その時、突如昇達のところに何かが飛んできて、昇は飛んできたものに直撃する。
「つつっ、って、ミリア!」
だがミリアは昇達に気付いていないように、再びサファドの元へ駆け出そうとするが、昇がミリアに抱きつく格好になって、それを止める。
「昇! 離して、雪心を助けないと」
「分かってる、分かってるから落ち着いてミリア」
「おお! そうじゃ!」
突然大きな声を上げた閃華にミリアも驚き、昇を振りほどこうとするのが止まった。
「なに閃華、いい手でも思いついての?」
「ちょっと待っておれ琴未、与凪、出れるか」
「はいはい、なんですか」
昇達の目の前に与凪を映し出したモニターが現れる。
「与凪、雪心の意識レベルは分かるか?」
「えっ、それって雪心ちゃんがどれだけ意識がハッキリしてる、ってことですか?」
「うむ、そうじゃ」
「ちょっと待ってください。……そうですね、完全な睡眠状態ですけど、レム睡眠みたいですね」
「うむ、後どれぐらいレム睡眠は続くか分かるか?」
「そうですね、脳波から見て、あと三〇分ぐらいかと」
「それだけあれば充分じゃ。これでいけそうじゃな」
「あの〜、ちょっと質問していい?」
「なんじゃ、琴未」
「レム睡眠って何?」
「……時間が無いので簡単に説明するよ琴未。レム睡眠っていうのは、体は寝てるんだけど脳が起きてる状態。つまり、眠りが浅い状態で、レム睡眠の時に脳は記憶や深層意識を整理して夢を見るってこと、分かった?」
「……なんとなく」
「詳しく知りたければ後にするんじゃ、今は目の前のことに集中せい」
「分かったわよ」
「っで、閃華、作戦って?」
「うむ、まずはミリアを除く四人でサファドに攻撃を仕掛ける。その間にミリアは雪心に向かって叫び続けろ」
「それで閃華、ミリアが雪心ちゃんに叫び続けるとどうなるわけ」
「雪心が起きる」
「……えっと、閃華、それにどんな意味があるのよ」
「もし雪心が起きれば、今サファドに送られている精霊王の力をこっちでコントロール出来るやもしれん。そうなれば」
「そうか、サファドは精霊王の力を使えなくなる」
「うむ、そういうことじゃ昇」
「じゃあ、私は雪心に言いたい事を言えばいいの?」
「うむ、ミリアの思い、そしてミリアに託したシェードの思い、それを全て雪心にぶつけてくるんじゃ。そうすれば雪心は起きるやもしれん」
「うん、わかったよ」
「じゃあ、その作戦で行こう。琴未と閃華は先行してシエラは中間をお願い、僕は援護に回るから。そしてなるべくサファドを雪心ちゃんから離させる。そしてミリアは遠くからでもいいから雪心ちゃんに聞こえるように叫び続けて。皆、それでいいね」
全員が頷き、立ち上がる。
「じゃあ、行こう」
昇の合図と共に全員が行動を開始して、昇も爆煙が薄れていく中でサファドに向かって走り出した。
この作戦がうまく行くかは分からないけど、今は信じるしかない。ミリアやシェードの思いが雪心ちゃんに届くことを。
だが、その作戦が思いもよらない結果を生み出すことになるとは、今は誰にも分からなかった。
う〜ん、調子に乗りすぎた〜、というか勢いに任せて書いていたら、かなり長くなってしまった。
本当なら、サファド戦は一話で終わるはずだったんですけど、終わりませんでした。はいそこの方、ネタバレするようなことを書くなと突っ込まないでください。そうなったらもう私が額を地面に突きつけるまで土下座するしかないので、まあ、勘弁してください。
はい、そこの方、自分で言うなよって突っ込んでいいですよ。私は開き直りますから。それがどうした、ごめんなさい。……って、結局謝ってんじゃん俺。
さて、勢いで書いた後書きもこの辺でして、それでは行きます。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、そろそろ次のシリーズのプロットを書かないとなと思い始めた葵夢幻でした。つーか、まだこのエレメは終わりませんよ。終わらせてもいいけど、終わりませんよ。目指せ百話。……あれ、もしかして今、俺自分の首を絞めた?