第四話 踏み出す勇気
迫ってくる三つの火球、昇はせめてもの抵抗として目の前で腕を交差させて衝撃に備えるのが精一杯だ。
そして三つの火球は同時に目標に達すると爆発した。
「うっし、ビンゴ!」
「ダメです、逃げられました」
「あん?」
爆煙が消え去るとそこには昇の姿は無く、シエラもまた姿をくらましていた。
「おい! あいつら何処に行きやがった?」
「すいません、分かりません。でも、この精界の中にいることは確かです。いくら精界を作り出した精霊でも自由には精界から出入りは出来ません。精界から出るには精界を消し去るしかないのですから。そして未だに精界が展開されているって事は、まだこの近くに居るはずです」
「ちっ、でもまあ、逃げたわけじゃねえみてえだな」
「はい、一時的撤退かと」
「まあいい、どうせ邪魔は入らないんだ。あいつらを探すぞ」
「はい、陽悟様」
その頃、昇とシエラの二人は駐車場の隙間から脱出して屋上へと避難していた。
昇が無事に非難できたのも全てシエラのおかげだ。シエラは初動から音速に近いスピードでミリアを一瞬にして通り越すと、少しスピードを落として昇に接近して抱きかかえると翼を羽ばたかせてそのまま空へと舞い上がったのだ。
ギリギリのタイミングだったため、かなりのスピードで昇と接触したわけだが、やっぱり接触した時の衝撃はかなり大きかったようで、昇は屋上につくとすぐに座り込んでしまった。
「昇、大丈夫?」
それでも昇は苦笑を浮かべる。
「ははっ、何とかね。でも助かったよ、ありがとう」
「そう、それはよかった」
精界を張って初めての微笑を見せたシエラを見て、昇は何故か安心することが出来た。
「けど昇、能力はどうして使おうとしなかったの?」
「というか、能力ってどうやって使うの?」
「えっ!」
あまりにも驚くシエラを見て昇も困惑する。
「昇、自分の能力の使い方を知らないの?」
「だって、シエラは何も言わないじゃないか」
「昇の能力だって私は知らない。契約者は契約をした時点で、自分の能力とその使い方を自然に知ることが出来る物」
「えっ、けど」
僕はまったくそんなの知りませんけど。
「だから昇はすでに自分の能力と使い方を知っていて当然」
そんなことを言われても。
昇にはそんなことはまったく分からなかった。自然に知ることの出来る能力を自分は知ることが出来なかった。
けどそれだけじゃない。そうなってくると昇は単なる足手まといで、シエラは二人を相手に戦わなくてはならない。
なんで、なんで何も分からないんだよ
自分の力の無さに苛立ちを覚える昇。そんな昇を包み込むようにシエラは昇を抱きしめる。
「シッ、シエラ!」
突然のことに思わず照れてしまう昇とは逆に、シエラは口を昇の耳に近づけると囁くように言葉を紡ぐ。
「大丈夫、昇」
「えっ」
「昇は私が選んだ人だから、大丈夫。焦らないで、心を落ち着けて、ここは私が何とかするから」
そう言ってシエラは昇から離れた。
まさか! ダメだ、そんなこと
「シエラ!」
だがシエラは言葉ではなく、微笑を返しただけだった。
シエラのウイングクレイモアから生えた翼は、一度羽ばたいただけでシエラを宙へと舞い上がらせ、そのまま下に向かって飛び去ってしまった。
くそっ!
昇は拳を床に思いっきり叩きつける。
何で僕には力が無いんだ。確かに僕は争いごとは好きではないかもしれないけど、ここまで何も出来ないなんて思ってもみなかった。
確かに僕はシエラに巻き込まれてこの戦いに参加する事になったけど、それでも自分には何かの力があると思ってたのに。僕はそこまで役立たずだったのか。シエラ一人に全てを任せるなんて……なんかかっこ悪いじゃないか。
昇は自ら望んで戦いの場にいるのではない、それでもいざ戦いになると何も出来ない自分が不甲斐無く、そして悔しかった。
そんな昇を置き去るように、戦闘は続いていた。
「テメー、何処まで逃げる気だよ!」
「陽悟、あまり熱くならないで」
「陽悟様だっていってんだろ」
「すいません、陽悟様。けど、あの精霊どこかに私達を誘導しているような…」
「うっせーな! とにかくアイツをぶちのめすんだよ。分かったか、コラッ」
「キャゥ、すいません」
「フェザーショット」
ウイングクレイモアから生えた翼から羽の弾丸が二人を襲うが、ミリアは前面に壁を作り弾丸を全て弾くが、その度にシエラは二人から適度な距離を取っていた。そう先程ミリアが言ったように誘導するように。
それからもシエラは二人がその弾幕を突破してくると、再び自分を見失わないようにスピードを調整しながら距離を開けて再び弾幕を張る。
本来ならハイスピード接近戦を得意とするシエラだが、わざわざ弾幕戦に持っていくにはそれなりの策があった
ここから少しでも二人を遠ざけて、昇を探せないほどの距離をとったところで精界を解けば、そうすればまた人ごみにもぐりこむ事が出来る。そして昇を迎えに行って相手が精界を張る前にここを脱する事を出来れば、もう二人は上ると接触する事は無くなる。
それがシエラの作戦だった。だからこそ、本来なら接近戦を得意とするシエラだが、あえて遠距離戦を仕掛けている。
「いい加減にしろよな、テメー」
陽悟は迫り来る羽の弾幕を焼き払うと、シエラへと単独で突っ込んでいく。
さすがにこれは予想していなかったのか驚きの表情を見せるシエラ。
陽悟は手にした炎を思いっきりシエラにぶつけるが、シエラは炎をかわすと急旋回陽悟に向かって飛ぶと、ちょうど陽悟の頭上に着地する。
そして天井がへこむほどの初動スピードで陽悟にクレイモアを振り下ろす。
「アースドーム」
ミリアがハルバードを振り下ろすと、床のコンクリが一斉に陽悟を守るようにドームを形成、シエラの攻撃を完全に防いだ。
「やっぱり、ダメか。でも!」
シエラはコンクリのドームを思いっきり蹴って離れる。
完全にシエラの攻撃を防ぎきったドームは形を崩して再び床へと戻っていく。
「テメー、よくもやり…」
文句をいいたい陽悟だが、そんな余裕をシエラが与えるはずが無い。
シエラのウイングクレイモアの翼はは展示してある商品を押しのけて、思いっきり広げる。
「陽悟様!」
急いで陽悟の前に出るミリア。だがその前にシエラの力が放たれる。
「フルフェザーショット!」
広げきった翼から放たれる数百の羽の弾丸。それは前方にあるものを全てなぎ払い、ミリアたちに迫っていく。
そして着弾と同時に爆発、その階にあるほとんどの物を吹き飛ばしてしまった。
「これで終わってくれれば楽なんだけど、相手は防御系の精霊、これで終わるはずが無い」
爆煙が立ち込める中でシエラは警戒を怠らなかった。いつ反撃が来てもいいように迎撃体勢だけはとっているののだが、一向に反撃の気配が見られない。
いくらあれだけの大技を喰らったからといっても、ここまで反応が無いことに違和感を覚えるシエラだが、土煙が晴れて始めて力を感じ取った時にはもう遅かった。
「上と下!」
「ショット」
天井と床より放たれたコンクリの弾丸がシエラへと襲い掛かる。どうやら先程まで反撃をしてこなかったのはこの技の力を溜めていたらしい。
シエラは翼を羽ばたかせると天井と床の丁度中間地点で留まり、上下から来る弾丸をかわし続ける。
しかもやっかいなことに、コンクリの弾丸は反対側に着弾すると吸収されて再発射される。つまりこの攻撃はミリアの力が続く限り弾が切れることなく、上下を行き来する。
「まるで無限弾幕、さすがにキツイ」
それでもかわしつづけるシエラだが、無数の弾幕を避け続ける事はさすがに困難でシエラの脇腹を一発の弾丸が半分かするように弾が通り過ぎていった。
「ぐっ!」
だがシエラはバランスを崩すことなく、そのまま飛び続けて少しでもミリアから離れようとするが、ミリアの攻撃はシエラを中心に行っている物で、シエラが移動するたびに攻撃の範囲も移動する。
つまりミリアの力が及ばないところまで行かなくては行かないのだが、シエラが移動するたびにミリア達も追ってくるため、なかなかミリアの範囲から出れない。
しかも最悪なことに先程の自分の攻撃で見通しを良くしてしまった。なにしろこの階に有る物をほとんど吹き飛ばしてしまったのだから、ミリアにしてみればシエラは格好の的であった。
「……しかたないか」
シエラは静かに呟くとミリア達に背を向けるとウイングクレイモアを前に出し、一気に加速した。途中弾丸の直撃を喰らいバランスを崩しながらもスピードを落とすことなく、一気に突き進む。
そしてその階にある目の前の壁を全てに穴を開けながら一気に進んで表に飛び出すと、すこし離れた所にある地上の大型駐車場に着地した。
「はぁ、はぁ、ぐっ」
さすがにあれだけに無茶をしたからにはシエラも無事ではすまなかった。だがその表情には余裕の笑みが表れていた。
確かさっきまで居た階が三階、屋上とはかなりかけ離れてるはず。だから昇はもう安全。そして今ここで精界を解けば、あいつらはこれ以上は何も出来ないはず。
シエラは荒い息を整えながらよろけるように立ち上がると、精神を集中させる。そして空にはまるでガラスが割れるようにヒビが入って行き、そのまま真っ白な空は割れて精界が解かれる。
「うそ! いつの間に?」
だが現れた空は青空ではなく、茶色い空だった。そしてシエラの精界が解かれていくのと同時に白いが混ざった風景が、茶色の混ざった風景へと変わっていく。
この色は土の精界、つまりあの精霊が作り出した物。くっ、いったいいつの間に私の精界の外に自分の精界を作ったの?
これではシエラの作戦も台無しだ。精界から出るには作り出した本人が自分で解くか、気絶させるしかない。どちらにしても困難であり、あの二人がシエラ達を見逃すはずも無い。
どうしよう。……昇、ごめんね。私が変なことに巻き込んでしまったから。
こんな状況でもシエラが思い出すのは昇のことであった。確かに昇と接触したのは昨日が初めてだが、シエラはそれ以前から昇の事をずっと見ていた。だから選んだ、器の候補者として。
けど、こんなにも早く負けることになるなんて。
負ける。つまり精霊を倒し、契約を無効化させること、そして一度契約した者同士はもう二度と契約は出来ない。つまり今ここでシエラが倒されれば、もう二度とシエラは昇と会うことが出来なくなる。
昇、昇、昇。
自然と流れ出てくる涙を拭くことなく、シエラは現実に打ちひしがれていた。
僕は本当にこのままでいいのか?
それを何度自分に問うたことか、昇は屋上で未だに自問自答していた。
あんな奴に、あんな女の子を殴りつけるような最低な奴にも僕は何も出来ないのか? 僕にはそんなにも力が無いのか。
ミリアと最初に会ったときの事を思い出す昇。それはミリアがどんなに酷い事をされても、健気に従っている姿だった。
……あれっ、ちょっと待てよ。あの子、何であんな奴を候補者に選んだんだ? 確か精霊がエレメンタルロードテナーの候補者を選んで契約するんだろ。あの子はあんな奴の何処にその素質を見出したんだろ。
それになんだろう、何か無理矢理言うことを聞かせてるみたいだったけど、あれはいったいどうして?
それに…それにあの子は最初謝ってた。ごめんなさいって、それって本当は戦いなんて望んでいないんじゃないのか、それが無理矢理戦わせてるのだとしたら。
ふとした疑問から冷静になって行った昇は自然とそれを見出そうとしていた。
だがそんな時、下の階からもの凄い爆発音と共に屋上が激しく揺れた。それはシエラが丁度三階で大技を使った瞬間だったのだが、屋上に居る昇にそれを知るすべは無い。ただ不安と焦燥にかられるだけだ。
シエラ!
思わず駆け出そうとする昇だが、数歩走っただけですぐに足が止まる。
僕が行っても何も出来ない。
未だにそのことが頭から離れない昇はそれ以上踏み出すことが出来なかった。
だって、しょうがないだろう。何の力を持たない僕が行っても足手まといになるだけじゃないか、僕は結局何の力にもなれないんだ。
再びその場に座りこむ昇。そして力無くうな垂れるのだった。
どうすればいいんだ。僕はどうするべきなんだ。
その時昇の頭によぎったのはシエラと契約をしたときの言葉だった。
『なら強くなって、自分が目指すものに手が届くように』
僕はそんなにすぐには強くなれない。というか、結局あの後は騙されて契約したものだし、僕とシエラとの関係なんてそんなものかもしれない。
けど、でも……
再び立ち上がる昇。その目には強い意志が表れていた。
このまま放って置けるわけ無いじゃないか、シエラが命がけで戦っている間に僕だけがこんな所で何もしないなんて、そんなこと出切るわけ無いじゃないか。
正義の味方を気取るつもりなんて無い。ただ、昇には放っておく事なんてできないだけだ。シエラの事も、涙を流しながら戦いを挑んできた相手の精霊の事も、昇には放って置く事が出来なかった。
そしてその時、昇は何かを悟るようにある考えに達する。
なんだ、何をしてたんだ僕は。だいたい契約だって昨日したばかりじゃないか、何も出来なくって当然じゃないか。
だから、だからこそやるんじゃないか。たとえ危険で傷つこうとも、このまま放って置く事が出来ないからやるんじゃないか。……損な性格だなと自分でも思うけど、このまま見て見ないふりは僕には出来ない。
昇にはもう迷いは無い。例え足手まといで役に立たなくても、何かしら出来ることがあると信じて突き進むしかないから。
それにどんな経緯があろうとも昇はシエラと契約をしてしまった。もう戻る事は出来ないなら、目の前の道を進むしかない。
昇には最初から分かっていたのかもしれない一番大事なことは、最初の一歩を踏み出す勇気だという事を、昇は自然と理解したのかもしれない。
そして昇はシエラの元へとその一歩を踏み出した。
激化していくバトル、そして昇決意。そんなワケでずいぶんと戦闘が激しくなってきたなと思って来た今日この頃。
えっと、一応ここまでの話では物語の時間上少ししか立ってないのなんでこんなに長いんだろ、というか、まあ、物語の時間上だからいっかとも開き直ったりもします。
というか昇達にとっては初めての戦いなのにピンチだらけ、苦労してるね二人とも。はいそこの方、いや、書いてる自分で言うなよって突っ込まないように、だって、二人がピンチになってくれないと話が進まないんだもん(ハート) はいそこの方、気持ちわるって思ってもいいですよ、自分でもそう思ってますから。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、初戦なのに話が長げーなと思った葵夢幻でした。




