第三十四話 セラフィスモード
空気が震えて部屋自体も地震に襲われているかのように震えている。それほどの力がシエラから放出されている。
シエラの何処にそんな力が残っていたのか不思議に思うマルドだが、冷静に精神を集中させてシエラの攻撃に備える。さすがに今飛び出すのは自殺行為のようなものと判断したらしい。
さすがのマルドも今のシエラの力に少しは怯んだようだ。
だが、それこそがシエラにとっては好機であり一気にウイングクレイモアのもう一つの姿に持っていくチャンスであった。
そしてウイングクレイモアは白く輝いて新たなる力が形となっていく。
「ウイングクレイモア セラフィスモード!」
白い輝きはそのままウイングクレイモアの新たな翼となってその姿を現す。
新たに生えた四枚の翼。それは今までの翼の上下に生えてその形をしっかりと保ってはいるが、シエラにはそうとうの負担がかかっているようだ。
くっ、やっぱりキツイ。
だが六枚の翼は完全な形になれないようで羽先が炎のように揺らいでいる。それでも六枚の翼は大きく羽を伸ばしてシエラは一気に攻勢に出る。
刹那の瞬間、それほどのスピードでシエラはマルドの横に回りこむ。
そこでマルドはやっと横にいるシエラに気付くのだが、シエラはすでにクレイモアを振り始めており、マルドも慌ててバトルアクスを構えようとしたのだが、その前にクレイモアがマルドのヒットしてマルドを吹き飛ばした。
だがその攻撃こそシエラの限界を示していた。
先程の攻撃が刃の部分でなら一撃で決められたものを、シエラは刃の無い部分でマルドを吹き飛ばしてしまったのだ。それはシエラが今の状態であるセラフィスモードを使いこなしていない証拠だった。
だがそれでも再びウイングクレイモアを構えるシエラ。マルドは先程の攻撃が効いたようで未だに壁にめり込んでいる。
ここで一気に攻勢に出ないと今のシエラではいつまでセラフィスモードをを維持できるか分からない。
シエラは一気に勝負をつけるために、まずはウイングクレイモアを横一線に振るうと四枚の羽が飛び出して壁にめり込んでいるマルドの両手両足をそれぞれ拘束する。
「フェザーバインド」
あがくマルド。それでも拘束された両手と両足が自由になることは無く、壁に括り付けられている。
これでマルドの動きは封じる事が出来た。後は一気に決めるだけである。
シエラは改めてウイングクレイモアを構えると三対の翼の内、一対は真上にその翼を広げ、もう一対は真横、そして斜め下と六枚の翼は大きく展開される。
そして各翼の前に魔法陣が現れて始めて光の球を作り出だす。そしてそれらは次第に大きくなっていく。
「これが私の全力全開」
シエラは魔法陣に溜めた力を一気に打ち出す。
「セラフィスブレイカ───!」
各魔法陣から打ち出された力は一つになってレーザーのように放たれた力はマルドを飲み込むだけではなく、その威力は壁どころかロードキャッスルを突き抜けて行き外に張ってある結界にぶち当たった。
そして放たれた力は収束を始めて一気に細くなり消えていく。
「こらなら、決められたはず」
今まで強く輝いていた翼はその光が点滅するほど弱まりおり、翼が消えるのと同時にシエラは糸が切れたようにその場に座り込む。
未だに土煙が立ちこめる場所に目を向けるシエラ。
あれでダメだったら今度こそ本当にエレメンタルアップを使うしかない。
だが、段々と薄れていく土煙の中からうっすらと人影が見え始めて土煙が完全に晴れるとそれがマルドだと確認できる。
嘘! あれでも大丈夫なの。
無理にでも立ち上がろうとするシエラだが、一方のマルドはまるで動かない。
くっ、次に備えないと。
焦るシエラだが、マルドは動くどころか少しずつ体から白い粒子が立ち上っていく。そしてそれを見たシエラは再び座り込み大きく息を吐いて安堵する。
まったく驚かせないで。あんたは弁慶かって言いたくなってきた。
それは勝った瞬間。マルドは立ったままだが確実に倒したのだから。
その証拠にマルドの体は半透明になっており上っていく粒子の量は増えていき、マルドの姿は完全に人間界から消えていくのだった。
確かに消え行くマルドの姿は立ち弁慶そのものだった。
「はぁ」
シエラはクレイモアを地面に降ろすと大きく息を吐く。
昇に負担をかけないためにエレメンタルアップは使わなかったけど、私はかなりの力を使ったみたいね。まあ、少し休めば回復するけど、今すぐ昇達を追いかけるのは無理。
シエラはそのまま後ろに倒れて、大きく足を伸ばす。
疲れた。さすがに今の私じゃセラフィスモードは長時間維持できない。なにしろあれは通常の三倍の力を使うから、私の負担は大きい。
……そういえば、昇達は大丈夫なのかな。
「与凪、いる?」
虚空に問いかけるシエラの目の前に与凪を映し出したモニターが現れた。
「はいはい、なんですかって! シエラさん、大丈夫ですか」
さすがに床に寝転んでいるシエラの姿に与凪も驚いたようだ。
「大丈夫、ロードナイトは倒したから」
「いや、そうじゃなくて、あっ、でも、まあ、いいのかな」
「与凪、混乱しすぎ」
「だって、いきなり呼び出されてシエラさんが倒れてるところ見たんですよ。誰だって驚きますよ」
「そう、それは悪かったわ。それで、他の皆はどうしてる?」
「はいはい、そのことですか。とりあえず琴未と閃華さんはロードキャッスルの最深部で装置の解体をやってるところです。そして滝下君達は、機動ガーディアンを全て撃破して、今はロードナイトが控えてる扉の前です」
「なら、すぐに行かないと」
無理に立ち上がろうとするシエラに対して、与凪は笑いながら現在の時刻を告げる。
「あははっ、シエラさん、今何時だか分かりますか?」
「……与凪、いきなりなに?」
「実はもうお昼なんですよ」
「だから」
「だから、滝下君達はロードナイトが控えてる扉の前でお昼ご飯を食べてます」
「……はぁ?」
「ですから、ロードナイトが控えてる部屋の前で現在滝下君達は昼食中です」
シエラは少し固まった後で再び倒れた。
昇、ミリア、それでいいの?
肝が据わってるのか、それとも頭があれなのか、どちらにしても敵のすぐ近くでのんきに昼食を取っている昇達にシエラは呆れた顔をする。
そして与凪ものんきな事を言い出す。
「シエラさんも何か食べますか。とりあえずお弁当はありますけど」
「なんでお弁当なんてあるの?」
「それは、私が情報整理しながら調理教室を借りて皆さんのお弁当を作ってたからですよ」
「……私達精霊は二三日食べなくても全力で戦えるのは知ってる?」
「もちろん知ってますよ。精霊は本来元となった元素からのエネルギーで活動するんですよ、それに実体化しても供給されるエネルギーがなくなるわけじゃありませんから」
「そこまで分かっていて、何でお弁当なんて作るの?」
「それは実体化している精霊は食事を取ることで回復を早めることが出来るからです。ですから、あまり戦闘で力を使ってない閃華さん以外の人は皆食事中なんですよ」
それでも昇、せめて場所は選ぼう。
「それでシエラさんの分もありますけど食べますか?」
「……そうね、いただくわ」
まあ、回復が早い事に越した事はないから。
「はい、では今からそっちに転送しますね」
シエラの倒れている横に魔法陣が現れると重箱に包まれた弁当が現れた。
なんで重箱?
「それじゃあ、シエラさん。しっかりと食べて栄養を付けてくださいね」
「それにしては量が多くない」
「それはシエラさんが最後だからですよ」
与凪、あなたまさか量を考えずに作った。そして余った物を全部こっちによこした。
ジトッとしたシエラの目線に与凪も重箱の真意を気付かれたと思い。そこから一気に早口になる。
「それじゃあシエラさん、私は閃華さんの補佐をしないといけないのでこれで失礼しますね。ではシエラさんの奮戦を期待してますので」
それは何に対する奮戦。
シエラがそう思っている間に与凪はさっさと回線を切ってしまった。
「はぁ」
さすがにこれにはシエラも溜息をつき、ゆっくりと起き上がって重箱の包みを開けた。
「……」
重箱にはぎっしりとつまった色とりどりの食事と、一番下にはどう見ても無理矢理詰め込んだ痕跡が見える。
与凪、せめて人数分の食材を計算してから調理して。それとも閃華が食べない分を私に回したの?
それでもしかたなくシエラは箸を取ると重箱に箸を付けていった。
そして同じく食事中だった昇達は昼食を食べ終わり、先程与凪に弁当箱を回収してもらったところだ。
そして改めてロードナイトが控えている扉の前に立つ。
この先にロードナイトがいる。
昇はそう思うと緊張はずだったのだが、そのことを知らせてくれた与凪がついでに昼食も用意していたのでミリアもお腹がすいたと駄々をこねてしまい、結局この場所で昼食をとることになってしまった。
そのせいで昇は先程までの緊張感は消えてはいないがかなり薄らいでいた。逆に言えば、余計な力が抜けたということだろう。
与凪がそこまで計算していたかは分からないが、昇はこれで戦いに望むことが出来るのだから。
僕達には時間が無い。だから、僕も戦わないといけないんだ。
昇の決意がどういうものかミリアは分かっていないだろうが、それでも昇は覚悟を決めていた。
そして大きく重厚な扉を昇はゆっくりと開いていく。
そして昇達が足を踏み入れたのは、奥に玉座が置いてある玉座の間だった。
「おや、ここまで来たんですか、私はてっきり引き返すと思ってたんですがまあいいでしょう。この玉座の間に来たということはロードナイトの一人、この冷峰が相手をしてあげましょう」
……いや、まあ、それはいいんですけど。
「けど、なかなか入って来ないんで私は怖気付いたと思ってたんですけど、ここに来たという事はそれなりの覚悟がおありなのでしょうね」
「まあ、一応、それなりの覚悟があるつもりですけど」
「おや、随分と曖昧な覚悟ですね。そんなことで私を倒すつもりですか」
「いや、曖昧というか、呆れてるというか、突っ込んだら負けかなと思ったりもして、もうどうしていいやら」
「昇、昇、こんな奴の相手をしちゃダメだよ。変なのが確実に移るよ」
もし移るんだとしたらそれはやだな〜。
「随分な言い草ですね。言いたいことがあるならハッキリと言ったらどうですか」
「いや、そこに触れていいのかが、分からないんですけど」
「言葉にしないと伝わらないことが多いですよ」
まあ、そうかもしれないけど……。
「じゃあ」
昇は咳払いをすると勢いよく冷峰を指差す。
「なんで寝転がってせんべい食いながら雑誌読んでんねん!」
エセ関西弁でツッコミを入れる昇。そして突っ込まれた冷峰はゆっくりと立ち上がると雑誌とせんべいを虚空へと片付ける。
「愚問ですね。そんなの決まってるじゃないですか」
そして冷峰も勢いよく昇達を指差す。
「あなた達がなかなか入ってこないから暇だったんですよ!」
……。
「昇、昇、やっぱりあいつ変な奴だよ」
いや、いわれなくても分かるけどね。まあ、確かにあんなところでのんきに昼食を取ってた僕達も僕達だけど、それに合わせてのんきに寝転んで雑誌を読んでるなんてこの精霊もそうとうのんきなの?
「ふっ、お分かりになりましたか」
何を分かれと。
「あなた達がのんびりとしているものですから、ついこっちも羽を伸ばしてしまいましたよ」
えっと、それは責任転換ですか。
「ですが、ここに足を踏み入れということはそれなりの覚悟が出来ているのでしょうね」
先程のあなたの姿を見るまでは出来てました。
「まあ、あなた達はここに足を踏み入れたことに後悔することになるでしょう」
というかすでに後悔してます。
「それに私にも責任というものがありますからね。あなた達をここから先には行かせはしません」
よかったですね、責任感という物がまだ残ってて。
「では、始めましょうか。氷塊金砕棒<氷を持つ砕棒>」
伊達にロードナイトは名乗っていないというところだろう。精霊武具をまとい始めた冷峰から発せられる力は昇達もしっかりと感じさせるほど強いものだった。
そして精霊武具をまとった冷峰は、昔の中国武将を思わせるような出で立ちとその細い体にはにつかわない程に大きな棍棒を持っていた。その棍棒は青くバットのように先に行くほど太くなっているがその大きさと長さは冷峰の身長以上あった。
そんな中で、昇はミリアに近づくと小声で話し始めた。
「ミリア、ミリア」
「んっ、昇何?」
「しっ、声が大きい」
「あっ、ごめん」
「ミリア、こいつの相手は僕一人でやるから、ミリアは先に行って」
「昇! だって相手は精霊だよ。人間の昇が敵う相手じゃないよ」
「大丈夫、僕だってシエラ達に鍛えられてきたんだから、精霊を相手にしても引けは取らないよ」
「でもでも、シエラ達なら手加減してくれるけど、あいつは容赦なく昇を倒しに来るよ。それに契約者の昇が死んじゃうと、私達契約した精霊も実体化が解かれちゃうんだよ。だから昇の敵は取れないよ」
昇は静かにミリアの頭を撫でる。
「大丈夫、僕は絶対に負けないから、それに後からシエラや琴未達が来てくれるかもしれない。だからここは僕に任せて先に行って」
「でも……」
「大事な友達なんでしょ、雪心ちゃんは、だからミリアは雪心ちゃんのところに行って」
「昇……分かった。ごめんね、昇」
「ミリアが謝ることじゃないよ」
それでも昇の心遣いが嬉しかったミリアは少しだけ溢れ出た涙をぬぐう。そして自分が進むべき道をしっかりと見据えるのだった。
「じゃあ、行くよ!」
「うん!」
昇は二丁拳銃を片方を冷峰に、片方を冷峰がいる少し前の地面に向けて乱射する。
「その程度が効くとお思いですか」
冷峰は自分に迫ってくる弾丸に向かって手を差し出して結界を張る。だが昇の真の狙いには気付いてはいないようだ。
「むっ」
気付いた時には冷峰の目の前は昇の弾丸で作り出された土煙により、目の前が見えなくなっている。
「小賢しいですよ」
冷峰は金砕棒を横に振るうとその風圧だけで全ての土煙を吹き飛ばしてしまった。
「なに!」
そして再び昇達を目にしたはずの冷峰は驚きを隠せなかった。
それもそうだろう、そこには昇一人しかいないのだから。
冷峰がすぐに横を向くとそこには奥に向かって疾走するミリアの姿があった。
「させません」
「それはこっちのセリフ」
昇は再び冷峰の前に土煙を上げると共に今度は力を圧縮した弾丸を打ち出す。
「しつこい」
再び土煙を払い、昇の攻撃に結界を張る冷峰だが、弾丸は易々と結界を貫いて冷峰の頬を掠める。
冷峰は驚いた表情をしながらも頬から流れ出た血をぬぐい、今度は昇だけを見詰める。
「まあいいでしょう。この先にはシェードがいますから、一人ぐらい通しても構わないでしょ。まあ、サファド様には後でなにか言い訳を考えておかないといけませんけどね」
そんな冷静な冷峰とは反対に昇には微かな緊張感が走っていた。
今まで戦闘では全てシエラ達が戦ってくれていたが、昇自身が戦うのはこれが始めてである。ある意味では初陣とも言える戦でそれがロードナイトという強敵だから、緊張するなというほうが無理だろう。
さーて、どうしようかな。
そんな事を考えながら、昇の戦いは始まっていく。
そんな訳でお送りした三十四話でしたが、その前に一言。
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