第二十九話 決意の朝
「全員起床じゃーーー!」
という叫び声と共に、カンカンカンという金属音が鳴り響いて昇は目を覚ました。
ん〜、いったい何の騒ぎだよ
それでも昇は体を起こすと時計を確認する。
って、まだ五時じゃないか。いったいこんな時間に何の騒ぎだよ。
すると突然昇の部屋のドアが開いて閃華が入ってきた。
「おおっ、起きとったか昇」
「閃華、いったい何の騒ぎなの?」
「緊急事態じゃ、とにかく全員いつでも出かけられる準備をしておる」
「今日は学校じゃ……」
「じゃから、制服を着て下の降りてきて朝飯を食うのじゃ」
「……緊急事態じゃないの」
「腹が減っては戦は出来んじゃろ。とにかく、私はまだ起きてない者を起こしに行くからのう、早く準備をするんじゃぞ」
そういい残して閃華はとっとと昇の部屋を後にした。
う〜ん、いったいなんなんだよ。
だがそれでも昇は言われたとおりに学校へ行く準備をして、下に降りていった。
「おはよ〜、昇」
「おはよう琴未、なんか髪が凄い事になってるけど」
「ああ、うん、閃華が急いで朝食を作れって騒ぎ立てるからセットしてる暇が無かったのよ。だから朝食を作り終えてからやろうと思ってたの」
「う〜ん、なんで閃華は朝からこんな騒ぎを?」
「そんなの私が聞きたいわよ」
そういい残して琴未はキッチンに入っていく。たぶんシエラもそこにいるのだろう。
「おはよ〜、昇」
「おはよう、ミリア。なんか凄い眠そうだね」
「うん、眠い。スー、スー」
って、立ったまま寝てる!
「ミリア、ミリア」
昇がミリアの肩を揺さぶると、まるで鼻提灯が弾けた様にミリアはゆっくりと目を開けた。
「あっ、おはよう昇」
「いや、挨拶はもうしたから」
「……そう」
って、反応が薄!
「とりあえずシエラと琴未が朝食を作ってくれてるから、座って待ってようよ」
「うん」
……あの、ミリアさん。とりあえず、床じゃなくて椅子に座ろうよ。
「皆集まっておるか」
とその時、閃華が入って来たら床に座り込んでいるミリアを勢いで蹴飛ばしてしまい、ミリアはゴンッといういい音を鳴らして床に突っ伏することとなった。
「う〜、痛い」
額を擦りながら立ち上がるミリア。今度こそ完全に目を覚ましたみたいだ。
「おお、すまんかったのう。まさか、そんなところで寝てるとは思わなんだ」
もしかして閃華さん、確信犯ですか。
「それより、皆急いでくれ。六時には迎えに来るはずじゃから」
「迎えに来るって誰が?」
「もちろん森尾じゃ」
「って、先生がなんで?」
「うむ、今朝方早く電話があってな、誰も出んじゃろうと思って私が出たんじゃが、与凪からの電話じゃった」
その言葉が一同に緊張を走せる。
「何か分かったの?」
「うむ、状況が複雑らしいので詳しくは会って話すということじゃ。じゃから、私が皆を叩き起こしに回ったわけじゃ」
「そうなんだ。あれ、そういえば母さんは?」
「んっ、奥方か、奥方になら私達の問題だから心配ないと伝えておる」
「じゃあ、今は」
「ぐっすり寝ておるじゃろう」
母さん、前にシエラが母さんの事を器の大きい人って言ってたけど、その態度は大きすぎるんじゃないのか。もう少し息子達の事に関心を持とうよ。
というか、あれだけ閃華が騒ぎまわったのに未だに寝てるなんて、もしかして母さんは器が大きんじゃなくて神経が図太いだけなんじゃ。
「とにかく事態は急を要するようじゃ。琴未とシエラは早く準備してくれ」
「今やってるわよ。というか閃華も手伝いなさい!」
「うむ、残念ながら私はやる事がある。では朝食が出来たら呼びに来てくれ」
……もしかして閃華さん、逃げました。
その後は慌しい朝食を終えてから琴未やらシエラは準備に忙しく。結局、六時に迎えに来てくれた森尾を少し待たせてしまってから家を出て、六時半には学校に付くことが出来た。
そしていつも使っている生徒指導室へと昇達は入っていった。
「すまんのう、待たせてしまったか」
「大丈夫よ。けど、ちょっとやきもきしたかな」
「それで与凪さん、話ってなんですか」
「うん、それがね。どうやら今夜みたいなの」
「何がですか?」
「サファドの城、ロードキャッスルで儀式が行われるのが」
またしても昇達に衝撃が走る。
「それにしてもサファドっていう精霊、うまい方法を考えたわね」
「与凪さん。それってどういう意味?」
「サファドの目的は知ってるでしょ」
「精霊王になること?」
「そう」
「まあ、ここら辺は昨日説明したから分かるじゃろ、エレメンタルロードテナーが精霊王の力を少し使えるように、雪心にも精霊王の力を自分の力にすることが出来るわけじゃ。そして雪心の未完成の器は精霊王の力を流れ出すわけじゃ」
「というか、本当にそんなことが出来るの。確かシエラが前に精霊は精霊王の力に干渉できないじゃなかったけ」
「そう、そこが盲点だったの。滝下君、君がエレメンタルアップを行うときには自分の力を精霊に送ってるでしょ」
「そうだけど」
「サファドも同じことをやろうとしてるの。雪心の力と化した精霊王の力を自分に吸収させようとしてるわけ」
「でもそれは雪心ちゃんの力であって、精霊王の力じゃないんじゃ」
「甘いのう、昇。なぜサファドが器の資格を持たない雪心を選んだと思う」
「何でって言われても」
「答えは簡単じゃ。器の資格を持たないということは、ほとんど力を持っていないということじゃ。じゃが、これが私達には有利になっておる」
「というと」
「雪心は元々力を持っていないのじゃ。普通なら日数が経てば回復はするが、今の雪心の力は器を形作るために使われておるじゃろう。つまり、もう雪心の特殊能力である仮契約は使えない。つまり、これ以上ロードナイトは増えないということじゃ。その証拠にサファドは昨日わざわざ雪心を連れて我らの前に現れたんじゃ。雪心の力に干渉してミラルドの仮契約を解除するためにな」
「つまり、今の雪心ちゃんから流れ出てくる力は……」
「そう、全て精霊王の力じゃ」
そうか、つまり今の雪心ちゃん自身の力はゼロで持っている力の全部は精霊王の力なんだ。そして流れ出てくる精霊王の力をサファドが受け入れる。
それは僕がエレメンタルアップを使うときと同じで、僕は自分の力を精霊に送るんだけど、サファドは雪心ちゃんから送られてきた精霊王の力をそのまま取り込もうとしてるんだ。
そして精霊王の力が全てサファドに取り込まれた時、サファドが精霊王になる。
ダメだ。そんなことをさせちゃ絶対にダメだ。雪心ちゃん自身もそうだし、このままサファドの野望を成就させるわけには行かない。
「それじゃあ今夜の儀式はなんとしても阻止しないと」
「その手もあるけど、別の手もあるのよ」
「えっ、どんな?」
「精霊王の力は強大だからそんな一気に器に注ぎ込むことが出来ない。もし、そんなことをすれべ不完全な器は壊れてしまうから」
「って、ちょっとまって、それって雪心が」
「ミリアさん落ち着いて、まだそうなると決まったわけじゃないから」
「う、うん」
「それでね、器から漏れ出す力もほんの少しずつ、だから今は他に戦力になる契約者と精霊を探して、こっちの戦力を上げるって手もあるわ」
「じゃが、そう簡単に見つかるかのう。この辺りでも昇以外の契約者はおらんし、協力者を求めるとしたなら、かなり遠出をしなくてはいかん。はたして私達にそんな時間は残っておるのかのう」
「それは、そうだけど」
そうか。
その時、昇はやっと自分が置かれている立場を理解したと感じた。
もう、僕達に残されてる時間はほとんど無いんだ。今ここでサファドに時間を与えてしまったら、サファドは精霊王の力を吸収してどんどん強大になっていく。だから、サファドの野望を打ち砕くには今しかないんだ。
そして、それが出来るのは僕達だけなんだ。他の精霊や契約者が気付いてるとは思えない。そもそもこの近くにいるのかさえ分からないんだ。そんなのは当てに出来ない。だからやるしかないんだ、僕たちが。
「与凪さん」
「んっ、滝下君、なに?」
「どうやったらロードキャッスルに行けます?」
昇のその言葉を合図に静寂がその場を支配する。まさか、誰も昇がそんな事を聞くとは思いもよらなかったらしい。いや、察してはいたのだけど、いざ言われて見ると唖然とするようだ。
「滝下君、本気?」
「もちろん。僕達しかサファドを止める事が出来ないなら、僕達がやるしかないんです」
「それは、そうかもしれないけど……。サファド達の力は強大よ。下手をすれば怪我どころか命の危険さえあるかもしれないのよ」
「覚悟の上です」
そのまま昇と与凪はお互いに見詰めあう。与凪は昇の覚悟を確かめるように、そして昇は与凪に覚悟を伝えるために。
「よし、じゃあ、いってこい」
だが、意外にも許可を出したのは森尾だった。
「ちょっと亮ちゃん、勝手に決めないでよ」
「大丈夫だって、今の滝下の目を見れば分かる。滝下がどれだけの覚悟で戦いに望むのかがな」
「はぁ、なんで亮ちゃんにはそんなことが分かるのよ」
「覚悟を決めた男の目は違うんだよ。それが男というものだ」
「……私には永遠に分からない世界だと思うわ」
さすがにこの発言には呆れたのか、与凪は眉間にしわを寄せて、そこを人差し指で撫で回す。
「まあ、そんなわけだ。滝下、自分が思ったとおりの未来を作るために戦わないといけないなら行って来い」
「先生、ありがとうございます」
頭を下げる昇だが、それとは関係なくシエラは呟いた。
「でもどうやってあの強固な結界を破ってロードキャッスルまで行くの?」
「……」
何故か静寂がその場を支配する。そんな中で与凪は静かに笑い出した。
「ふっ、ふふっ、ふふふっ」
「って、与凪さん、どうしたの?」
「もうこうなると笑うしかないのよ」
「えっ」
「はぁ、まさか本当に滝下君達が行くとは思ってなかったけど、準備しておいてよかったわ」
「んっ、ということは、ロードキャッスルに行く方法があるんじゃな」
「ええ、一応ね」
「何か引っ掛かる言い方ね」
「私が用意した方法は行くだけの片道切符、つまり行ったら戻ってくることは出来ない。サファドを倒すまではね。それでも行くつもり?」
「もちろん」
「即答しないでよ。はぁ、さすがにここまでくると呆れてくるわ」
「よっちゃん、男というものはそういう生き物なのさ」
「ごめん亮ちゃん、私には分からないわ。相手はロードナイトという強敵と無数の機動ガーディアン、どう見ても負け戦で無謀としか思えないわ」
「それでも行かないと、取り戻さないといけない物があるんだ」
『昇』
昇の決意がこもった言葉に視線が昇るへと集中する。
そんな中でミリアは昇の手を取ると、少し泣きながらその感触を確かめるように自分の頬に当てる。
「ありがとう、昇。雪心を、雪心を助けてくれるんだね」
「当たり前だよ。雪心ちゃんのためにも、絶対にサファドを倒さないといけないんだ」
「昇、ありがとう」
そんな二人のやり取りを皆は穏やかな目で見詰めているが、シエラは何かを思い出すように昇を見ていた。
(やっぱり、昇を選んだのは間違いじゃない。あの時もそうだった。昇は関係ない私を助けるために、体をはって守ってくれた。だから私は精霊に戻ってからは、昇の事を見続けた。いつか昇の傍に行ける日が来ることを信じて。だから、私は昇の傍にいる。昇を信じて、昇が決めた未来を作り出すために、私は絶対に負けない)
昇はミリアの涙を拭くと、与凪へと振り返る。
「それで与凪さん、どうすれば行けるの?」
「まったくもう、分かったわ、もう止めないわよ。とりあえず準備は出来てるから全員屋上集合」
「なんで?」
「詳しくは屋上で説明するわ」
それだけを言い残して与凪はさっさと出て行ってしまい。昇達も慌ててその後を追う。
そして屋上へと辿り着いた昇達が見たものは、半透明な三角錐の柱が六本、まるで何かを囲むように立っているのだった。
「与凪さんこれは」
「これが私の用意した片道切符」
「ふむ、転送魔術じゃな」
「そう、いくら強固な結界だからといっても破壊する必要は無いのよ。ほんの少し小さな穴を開けて、そこから入れば問題ないわ」
「でも、屋上にこんな物が建ってると目立つんじゃ」
「大丈夫よ。その柱は精霊と契約者しか見えないようにしてあるから、普通の人間には屋上にこんな物が建っていることに気付きはしないわ」
「そうなんだ」
「けど、転送魔術自体は結構派手になっちゃうから、こんなに朝早くに来てもらったんだけどね。それに本当に行くんだとしたら時間が無いのも確かだったからね」
「そうじゃな」
「それじゃあ滝下君、最後に確認するけど、この転送魔術で一度ロードキャッスルに行ったら、サファドを倒すか、ロードキャッスルの結界を張っている装置を破壊するしか戻ってくることは出来ない、それでも滝下君は行く?」
「もちろん、大切な物を取り戻すために。そして自分が決めた未来を実現させるために行くよ」
「……分かったわ。亮ちゃん、そういうわけだから後の事はお願いね」
「ああ、分かってる。今日は滝下達とよっちゃんは休みということで手続きしておくよ」
「うん、お願い」
「えっ、与凪さんも来てくれるの?」
「残念。前にも言ったけど、私は戦闘向きじゃないの。だから滝下君達を送ったらバックアップに回るわ」
「そうね、とりあえずロードキャッスルの地図は欲しい」
「それなら、ある程度用意してあるわ。さすがに奥の方は調べられなかったけど、手前の部分ならすぐに表示できるわ。後は滝下君たちの反応を追ってマッピングしてくから」
「分かった、お願い」
「まあ、そこら辺は得意分野だから任しといて」
「後は、目標の位置じゃな」
「それは実際に行って見ないと分からないわ。さすがに強固な結界を抜いての調査だったから、あまり奥の方は調べられなかったの」
「ふむ、じゃが雪心が手前の方にいなかったのは確かじゃろ」
「うん、それにこんな重要な儀式を警備の薄い手前の方でやるとは思えないから、たぶん奥の奥まで行かないと雪心ちゃんと会えないかも」
「とにかく、ロードキャッスルに入ったら奥を目指そう」
昇の言葉にシエラ達は同時に頷く。
「正直、行き当たりばったりでいかないといけないから何が起こるかわからないわ。だから皆気をつけてね」
「うん、与凪さんもバックアップよろしく」
「分かってるわ。じゃあ皆、始めるわよ」
与凪は柱の方へ手をかざして精神を集中させると、六本の柱は光だし、その中心点から魔方陣が現れた。
「じゃあ皆、魔方陣の中心へ」
与凪に言われたとおり、昇達は柱が囲む魔法陣の中心へと集合した。
「それじゃあ、行くわよ。皆、本当に気をつけてね」
「大丈夫だよ。僕達はまたここに帰ってくるから」
「はぁ、なんか滝下君にそう言われると、本当にそんな気がするから不思議だわ」
「それが決意を決めた男の言葉だからだ」
「はいはい亮ちゃん、もう分かったから、お願いだから気をそらさせないで」
与凪の冷たい言葉にショックを受けた森尾は、壁に向かって何かを呟くが、そんな森尾を無視して与凪は組上げた魔術を完成させる。
「行くわよ!」
「うん」
「転送―!」
六本の柱が同時に光だし、光が昇達を包んでいく。そして昇は変な感触を感じながら、その場から消えていった。
光が消えた後には、半透明の柱だけが残っており、昇達の姿はもうそこにはない。
そして与凪は天を仰ぐように見詰める。
皆、気をつけてね。そして、無事に戻ってきて。
そして与凪はまだ落ち込んでいる森尾を引きずりながら、いつもの部屋へと戻っていくのだった。
…………………………疲れた。
はい、そこの方、いきなり何言ってんだ、この作者はとか思わないように、別に書くことが思いつかなかったから本音が出たわけではないですよ。
そんな訳でお送りしました二十九話、次からはとうとう決戦の地、ロードキャッスルでの戦いが始まるわけですが、本当、どうなるんでしょうね。それを一番知りたいのは私だったりして、お願い神様降りてきてーーー!
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、何故か首が痛い葵夢幻でした。