第二十八話 やるべき事、進むべき道
「雪心―――!」
ミリアの悲痛な叫びは雪心には届かない。雪心は眠っているかのようにサファドが抱えてるからだ。
「雪心に何をした!」
雪心を抱きかかえるサファドに吼えるミリア。だが、そんなミリアの姿をサファドは笑い飛ばすだけだった。
「あははっ、何をそんなに必死になっているんですか。そんなにこの受け皿が大切なんですか」
「受け皿じゃと、お主はやはり……」
「おや、随分と察しのいい方がおりますね。そうですか、ミラルドが頼るということはあなたが閃華ですか」
「ほほう、私の事を知っているとは随分と有名になったもんじゃのう」
「ええ、あなたの事は一度聞き及んだことがありますから。契約者が禁を犯し、歴史を変える自体を巻き起こしたことを」
「えっ、閃華!」
「うろたえるでない。全ては昔のことじゃ」
「そうですね。昔より今を大切にすることにしましょう」
サファドはそれだけ言うと、雪心の体が徐々にサファドから離れて宙に浮くようにして立った。
そして雪心の前に魔法陣が現れると、急にミラルドが苦しみ始める。
「ミラルドさん!」
駆け寄る昇だが、そんな昇にミラルドは静止をかける。
「構う……な、全ては、わかっていたことだから……な」
「いったい、ミラルドさんに何をしている!」
叫ぶ昇の姿をサファドは笑みを浮かべながら見下ろす。
「何をしてる? 決まってるではありませんか、ミラルドは我らを裏切ったのですよ。裏切り者には制裁をするに決まってるじゃないですか」
「制裁って!」
「昇、落ち着いて」
今にも駆け出そうとする昇の腕を掴むシエラ。その瞳は昇を心配げに見詰めており、そのおかげで昇は冷静さを取り戻していく。
そして閃華は落ち着いた昇の肩に手を置いた。
「心配するでない。ミラルドの症状からして仮契約を強制的に消し去っておるだけじゃ」
「仮契約?」
「うむ、雪心の能力は仮契約じゃ。仮契約は正式な契約をせずとも精霊を実体化させることが出来る能力じゃ。サファドは雪心の能力に干渉してミラルドの仮契約を強制的に破棄させているだけじゃ」
「サファドが雪心ちゃんの能力に干渉してって、そんなことが出来るの」
「うむ、普通は出来ん。じゃがサファドは長い時間をかけて雪心にいろいろと術式を施しておる筈じゃ。じゃからそんなことが出来るんじゃろ」
「じゃあ、ミラルドさんは」
「ただ実体化が解けているだけじゃ」
「それだけではありませんがね」
宙に立っているサファドが急に会話に割り込んでくる。昇は笑みを浮かべながら話しかけてくるサファドを思いっきり睨み付ける。
なんだ、なんかこいつの笑顔だけは気に食わない。
そんな昇の気持ちをあざ笑うかのように、サファドは口を開く。
「ミラルドには少し眠ってもらうことしました。まあ、すぐに誰かと契約をされても困るのでね」
「なるほどのう、仮契約を解除するのと同時に封印もしようというわけじゃな」
「ええ、あなた達と契約されても困りますから」
「だそうだ昇、ミラルドは消えるわけではない、精霊である本来の姿に戻るだけじゃ。まあ、復活するのには時間が必要じゃがな」
「そう、なんだ」
そう言われてもいまいち納得できなかった昇だが、ミラルドに心配はないことだけを確認すると一安心する。
そんな昇の状態を確認した閃華は昇の元から離れて、体が半透明になっているミラルドの元へと行った。
「すまないな閃華、やっかいな事を押し付けてしまって」
「なに、構わんぞ。そなたがこんでも私達は動いていたじゃろう。まあ、そなたが情報を持ってきてくれただけで動くのが早くなっただけじゃ」
「そう、か」
「それにしても、わざわざ裏切るとは、相変わらずそなたは不器用じゃのう」
「別に好きで裏切ったわけではない。探っていたら、見つかっただけだ」
「それでも充分な裏切りじゃ。そなたには間者は無理じゃのう」
「ははっ、相変わらず、容赦が無いな」
「そなたが不器用なだけじゃ」
「そうかもしれんが、俺にはこういうやり方しか、出来ん」
「じゃろうな、そこがそなたのいいところでもある。後のことは心配するな、今はゆっくりと眠るがよい」
「そうだな、そうさせて、もらおう」
その言葉を最後にミラルドの体は光の粒へと変わっていき、光の粒は宙を舞いながら消えていく。
「さて、後はあっちじゃな」
その言葉を合図に、昇達は一斉にサファドを睨み付ける。
だが、サファドはそんなことをまったく気にすることなく。再び下りてきた雪心を抱きかかえるのだった。
「雪心を返せー!」
叫ぶミリアにサファドは不思議そうな顔して首をかしげる行為をする。
「返せ。我が主雪心はロードナイトの長であり、あなたの所有物ではありませんよ」
「し、所有物とか言うなー! 雪心は友達だ、だからこれ以上お前の野望の為に雪心を犠牲にするな!」
「ふふっ、ふっはははっ、あーはっはっはっー」
「何がおかしい!」
「精霊と人間が友達? そんな関係を作ってどうするんですか、そのような関係は互いに傷つけあうだけですよ。まあ、私には関係ないことでしたね」
それだけを言ってから、サファドは自分の足元に魔法陣を出現させる。
「待て!」
「そこの友達と吼える精霊とその契約者の人間、もし我が主を取り戻したいのなら、我が城までくるといい。せいぜい歓迎してあげますよ。まあ、これたらの話ですがね」
そして魔方陣は強い光を放つとサファドと共に消え去った。
「雪心―――!」
虚空に叫ぶミリアの悲痛な叫び。その場の誰もが聞きに耐えなかったが昇はミリアの肩を後ろから両手を置く。
「……昇〜」
今にも泣き出しそうな声で目に涙を溜めながらミリアは振り返る。
「大丈夫、必ず、絶対に雪心ちゃんを助け出すから」
それは昇の決意の表れ。強い意志がこもった昇の眼差しにミリアは涙を流しながら何度も頷いた。
「さて、じゃあ閃華、説明してくれ」
あれから滝下家に戻った昇達は、いきなり消えたことに驚いている昇の母、彩香に適当に言い訳をした後にいつものように昇の部屋に全員集合していた。
「うむ、そうじゃのう、まずは何処から話そうか」
「雪心は、雪心は大丈夫なの!」
真っ先に雪心の事を聞くミリア。やはり心配はぬぐいきれないようだ。
「ではまず、雪心の事からから話すとするかのう。とりあえず、雪心は今のところは大丈夫じゃろう。じゃが、それも時間の問題じゃろ」
「というと?」
「うむ、雪心に器の資格が無いことは知っておるな」
全員が無言で頷いた。
「サファドは器を持っていない雪心に器を作ったんじゃ。つまり、今の雪心は未完成の器の資格を持っていることになる」
「未完成って事は、これから完成させるって事?」
「いや、そうではないじゃろ。サファドはあえて未完成にしている。つまり器の底に小さな穴が開いた状態じゃな」
「いったい何のために?」
「うむ、こんなことは考えたく無いのじゃが、結論としてはそれしか考えられんのじゃ」
「閃華、もったいぶらないで早く言ってよ」
「せくでない、琴未。うむ、では簡単に結論を言うと、サファドは未完成の雪心に精霊王の力を移して流れ出てくる精霊王の力を自分の物にしようとしておる訳じゃ」
その言葉にシエラとミリアは衝撃を受けるが、昇と琴未にはいまいちピンと来ないようだ。
「えっと、それってどういうこと」
「つまり、雪心に溜まった精霊王の力は一度人間に触れたことになるからその力は雪心のものになる。じゃが雪心の器は未完成じゃから精霊王の力が流れ落ちるのは必然じゃな。サファドはその流れ出た力を取り入れようとしておるのじゃ。」
「精霊は直接は精霊王の力に触れることが出来ない。でも、人間は違う。エレメンタルロードテナーが存在すると決まっている以上は人間にしか精霊王を受け入れるすべは無いはずだった」
「じゃから、サファドは精霊王の力ではなく。雪心の力に変換された精霊王の力を手に入れようとしておるわけじゃ」
つまり結論にすると、サファドが精霊王になるってこと。……あっ。
「ちょっと待って、それじゃあこの地球を維持してる精霊王の力はどうなるの?」
「もしそうなられば、全てはサファドの意思で決まることじゃ」
「精霊王が意思を持たないのは、精霊王が自らの意思で人間達を裏切ることを懸念した古代の魔道技術者達が決めた事。だからサファドが精霊王になれば」
「この世界はあやつの物と言ってもいいじゃろう」
「ちょっと、それって凄く話が大きくなってるじゃないのよ」
「うむ、じゃから琴未、未だに私達精霊も受け入れがたいんじゃ。現実離れしすぎてる話じゃからのう」
「……っていうか、閃華。もしかして、世界の命運が私達の手にかかってるの?」
恐る恐る聞いてくる琴未に閃華は無言で頷いた。
「ちょ、どうすんのよ。そんな事を私達だけでやれって事なの!」
「落ち着いて、琴未」
「って、昇、昇はどうも思わないの!」
「琴未、例え世界の命運が僕たちの手にかかって様とも、僕達は僕達のやるべきことをしなきゃならないんだ。雪心ちゃんを助けるっていう事を」
「昇」
昇の力強い瞳に琴未を始め、シエラとミリアも引き込まれそうになるが、ミリアは昇が雪心の事を第一に考えてくれていることが嬉しかった。
「とにかく閃華、サファドの城、ロードキャッスルだっけか、まずそこに行かないと」
「うむ、場所はミラルドが教えてくれたから分かるんじゃが。後はどうやってそこまで行くかじゃな」
「話を聞いただけでも、相当強固な結界が張られてる」
「まずはそれを突破しないとか……」
さすがにその解決方法が見つからないのか、その場の全員が黙り込む。
そしてそんな静寂が続くこと数分、閃華は何かを思い出したように手を叩いた。
「おお、そうじゃった。ついうっかり忘れておった」
「閃華、どうしたの」
「うむ、ちょっと電話をしてくる」
「えっ、閃華、ちょっと」
琴未の制止を聞き流して閃華は部屋を出て行った。そしてその場の全員がお互いに目線を合わせて首をかしげるのだった。
「どうですか、直り具合は?」
ロードキャッスルの奥の奥にあるその部屋に、サファドが入ると今まで何らかの作業をしていた冷峰が振り向く。
「サファド様。とりあえず破損は少ないのですが、それでも複雑な術式を組上げて作り出した物ですから完全に修復するには少し時間がかかるかと」
「そうですか。でも困りますよ、いくらミラルドが裏切った現場を押さえたとしても装置を壊されるなんて」
「すいません。まさかミラルドがいきなり装置を破壊するとは思っていなかったので」
「まあ、それがあだとなりミラルドは深手を負ったんでしたね。まあ、よしとしましょう」
「今後はこのようなことがないように気をつけます」
「そうして下さい。そうでないと、私が王となった時はあなたに補佐は任せられませんから」
「はっ、ロードナイトの名にかけて」
「では、作業に戻ってください」
「御意」
それだけを言い残してサファドは部屋から出ていくと広く長い廊下を歩き始めた。
やれやれ、本当ならすぐに出来るはずだったのですが、まさかこんな足止めを喰らうとは思いませんでしたよ。
それと先程の契約者、かなり強い力を感じましたね。もしかすると本当に乗り込んでくる可能性もあるかもしれませんね。機動ガーディアンを入れれば数では勝っているのですが、念のために警備を強化しておきましょう。
まあ、私が王になればそんな物は無用なんですがね。今は私にとっても正念場というところでしょうか。警戒を怠ることはさけましょう。それに、もしかしたら面白い見世物になるかもしれませんからね。羽室もスクラウドもそろそろうずきだす頃ですから、丁度いいかもしれません。
「ふふっ、あーっはっはっはっ」
廊下にサファドの笑い声だけが響きこだまするだけだった。
「昇」
突然話しかけてきたシエラに、昇は物思いにふけっているところを現実へと引き戻された。
「んっ、なにシエラ」
「あまり、無理しないように」
「大丈夫だよ」
そういって昇はいつの間にか隣に座っていたシエラの頭を撫でる。それを見た琴未が行動を起こそうとしたとき、昇は口を開いた。
「この先どんなことが起きようとも僕は、シエラ達の、皆の傍にいるから、例え離れていても繋がっているから、だから大丈夫だよ。僕が皆と繋がっている限り決して負けないから、絶対にここに帰ってくるから」
『昇』
シエラも琴未もミリアも、その言葉に助けられた気がした。そしてその言葉は昇が自分自身にも言った言葉だった。
そうだ。ここには皆がいる、そして騒がしいけど楽しい毎日を送ってる、だから僕はここに帰ってこないといけないんだ。
雪心ちゃんを助けて、サファドを倒して、ここに帰ってこないといけないんだ。それが僕のやるべきことなんだ。
世界なんて関係ない。僕達に一番大事なことは雪心ちゃんを助けて二人の笑顔を取り戻す事なんだ。そのために、僕達は戦わないといけない。どんなに相手が強くても絶対に負けない。
そして、そして皆でここに帰ってくるんだ。
昇が決意を決めた時に部屋のドアが開いて閃華が元の位置に座る。
「ふむ、待たせてしまったかのう」
「大丈夫だよ、閃華」
「ふ〜む」
「どうしたの閃華?」
「いや、なんでもない」
「んっ?」
昇にはワケが分からなかったが、それは只単に閃華が昇の事を見抜いただけだ。昇が自分の進むべき道を決めてもう迷いが無いことに。
「それで、閃華は今まで何やってきたの? というか何処に電話かけてきたわけ」
「うむ、与凪のところじゃ」
「そうか、与凪なら場所さえ分かれば詳しく調べられる」
「そのとおりじゃ。とりあえず詳しく話してたら時間が長くなってしまったわけじゃが、明日には報告できるように今日中に調べてくれるそうじゃ」
「そっか、与凪さんにも迷惑をかけたね」
「なに、協力をすると言って来たのはあっちじゃ。じゃからそんなに気にすることではないぞ、昇」
「まあ、そうだけど」
「今回のような場合には、必ず与凪のようなバックアップが必要になってくる。だから昇は頼れるだけ頼ればいい。そう森尾先生も約束してくれたから」
「そっか、そうだね」
「では、話もまとまったことじゃし。いつ何が起こっても不思議は無い、じゃから今日の所は解散としよう」
「そうね」
「はぁ、なんか疲れてきちゃった」
「じゃあね、昇」
「ではな」
それぞれ言いたい事だけを言い残して、各自自分の部屋へと戻って行った。
一人っきりになった昇は思いっきりベットに倒れこんで天井を見詰める。
そんな昇の頭にふとこの前に見た、楽しそうに笑うミリアと雪心の笑顔が横切った。
さっき見た時の雪心ちゃんは眠っていたけど、その寝顔はとても悲しそうだった。なんだろう、やっぱり今の雪心ちゃんは悲しんでるのかな。ミリアと決別した事を嘆いているのかな。
もしそうだとしたら、助けないと。必ず、雪心ちゃんにも笑顔を取り戻してあげないといけないんだ。
誰かに言われたわけではない。誰かに決められたわけでもない。それは昇が決めた事だからこそ、昇はしっかりと見据えなければいけなかった。これから進む道を。
そんな訳でお送りした二十八話ですが、なんか書いている途中に『ここで強制的に最終話にしていいんじゃねえか』とか思っちゃいました。いや、でも、書きますけどねこれからも。
まあ、本編の下にある作者紹介の所をクリックすると私のホームページに飛ぶようにしたんですけどね。一応そっちでも長編は書いてたんですけど、今はエレメが忙しくなって一ヶ月以上続きを書いてない。だからかな、そんなことを思ったのは?
まあ、そんなことはさておき。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、妹に普通はホームページを重視するからそのやり方は変だよと言われた葵夢幻でした。