第二十四話 突然の別れ
昇達は突然走り出した雪心の背を見送ると、雪心がある男に抱きつくのを目撃した。
嘘……だろ。あの人、この前の、なんでここに、というかあいつが雪心ちゃんの大事な人だって言うのか。
その男が雪心を抱き上げると顔がはっきりと見えて、昇とミリアとその男は固まったように身動き一つせず、相手を見詰めるだけである。
なんで、なんであいつがここにいるんだ。なんで雪心ちゃんを……。
そんな中で昇は目をミリアに向けるが、ミリアも驚いたように固まっている。
ということは、ミリアもしらなかったのか、あいつが、雪心ちゃんの大事な人が精霊だということを。
お互いに見詰めあう中で、一人事情を知らない雪心だけが、男の事をミリアに向かって紹介するのだった。
「あのねあのね、ミリア。この人が私の大事な人のシェードだよ」
シェード、あの時、僕達があの戦闘狂達に襲われたときに仲裁に入った精霊に間違いない。
シェードはまだ楽しげな雪心を降ろすと、今度は雪心を守るかのように前に立つ。そして目線をミリアへと向けた。
「お前がミリアか?」
「えっ、何で私の名前を知ってるの?」
「お前の事はよく雪心から聞いている。だから分かった、それだけだ」
そしてシェードは一度雪心を見ると、再び目線を昇達に戻す。
「そうか、雪心から精霊の気配が残っているとは知っていたが、よくよく考えてみればこの近くで精霊と契約をしているのはお前だけだったな。だから、雪心がお前達と繋がっていても不思議は無いということか」
「じゃあ、まさか雪心ちゃんは……」
「そうだ。雪心も契約者だ、そして俺が契約をした精霊シェードだ」
なんで、僕の他にもまだ契約者がいたなんて、閃華や与凪さんはそんなことは一言も言ってなかった。
「不思議そうな顔をしているな。まあ、それも当然だろう。雪心は確かに契約者だが、器の資格を持っていない」
「えっ、それってどういう意味?」
「昇、精霊が契約する相手は器の資格を持つものなんだよ、つまりはエレメンタルロードテナーになれる人だけだよ。それに、器の資格は生まれ付いて決まっている物だから変えようが無い。それに与凪も探索は器の資格を持つ者に絞って探索してたと思うから、だから雪心が与凪に見つかる事は無かったのかもしれないんだよ」
「そうか、それで与凪さんの探索には引っ掛からなかったんだ。でも、なんであの精霊は資格の無い雪心ちゃんと契約を?」
「それは、お前達には関係ないことだ」
一方的に付きはねたシェードをミリアは睨み付ける。
「なんで」
「ミリア」
昇はミリアが尋常ではないことに気付いた。
俯いて顔はよく見ないが、手が震えていて、まるで怒りを抑えられないという感じだ。
「なんで雪心と契約なんてしたんだよ! 契約者がどれだけ危険な目に遭うか精霊のあんたならよく分かってるだろ!」
ミリアの言葉にシェードは大きく目を見開きミリアに負けないぐらいの迫力をかもし出す。
「そんなことは分かりきっている! それに雪心には器の資格は無い。だから雪心に危険が及ぶことは無い!」
「じゃあ、なんであの時出てきたんだよ!」
「……」
「あんたもロードナイトの一人なんだろ! そんな奴が雪心に危険が無いと言い切れるとはとても思えない!」
そして二人は黙り込んだまま睨み合いを続けていたのだが、突然シェードの後ろから雪心が顔を出した。
「シェード、ミリアちゃん、さっきから何で二人とも怒ってるの?」
二人の気迫がよほど怖いのか、雪心は恐る恐る二人に尋ねて、二人とも同時に怒りの形相から一転、困ったような顔になった。
「雪心、違う、だってそいつこの前……」
「黙れ!」
突然叫んだシェードの一言にミリアは言いかけた事を飲み込み、雪心もシェードの足にしがみ付いた。
「シェード?」
泣きそうな顔をしながら雪心はシェードを見上げるが、シェードはミリアを睨み付けているだけだった。
「この子はもう決めたんだ。だから、これ以上はこの子を惑わすことを言うな!」
その言葉が再びミリアの怒りに火をつける。
「なんだよ、それ、なにを決めたか分からないけど、雪心をあんた達と関わらせるわけにはいかない。雪心! そいつはこの前、私達に襲い掛かって来た、悪い奴らの仲間なんだよ。だから、そいつから離れて、そいつも悪い奴だから」
「何も知らない奴が勝手なこと言うな!」
「何も知らなくない、少なくとも雪心の事だけは知ってる!」
「それでもほんの一部だろう、この子の願いを叶える為にロードナイトは存在している」
「えっ」
それって、もしかして雪心ちゃんが今回の黒幕って事?
「嘘だ! 雪心がロードナイトとかかわりがあるはずが無い。そうだよね、雪心」
「雪心、こいつらは雪心の願いを邪魔する敵だ。心を許すな」
「ミリアちゃんが……敵?」
「違う、私は雪心の友達だよ。そうだよね、雪心」
「ミリアちゃんは、私のお願いを邪魔するの?」
「そんなことしないよ」
悲しそうな顔で聞いてくる雪心に悲しそうな顔で答えるミリア。どちらを見ても昇は悲しいとしか思えなかった。
「では、これ以上我らの邪魔をしないでもらおう。もう少しでこの子の願いが叶うのだからな」
「ちょっと待って」
「まだ何か有るのか」
「雪心ちゃん、君の願いって何?」
「……お母さん」
「えっ」
「お母さんがいなくなちゃったから、戻ってきてもらうの。エレメンタルロードテナーになればお母さんが帰ってくるの。天のお星様から」
それってどういうい……。
「嘘だ!」
昇が考える前にミリアが叫んだ。
「エレメンタルロードテナーになっても死んだ人を蘇らせるのは無理だ。シェード、あんただってそれくらい知ってるよね。なんで雪心に嘘を教えたの!」
「黙れ」
「雪心、雪心のお母さんはもうし……」
「黙れといってる!」
「黙るもんか! あんたが雪心に何を吹き込んだか知らないけど、これ以上雪心を……」
「分かったような口をきくな!」
シェードは大きく拳をミリアに向かって振る抜くと、その風圧だけでミリアを吹き飛ばして、ミリアはジャングルジムに激突した。
「ぐっ、げほっ」
「ミリア! いきなり何するんだ!」
「言ったはずだ。これ以上、この子の心を惑わすなと」
昇はミリアに駆け寄り、手を差し伸べるが、ミリアはその手を振り払うとシェードを睨み付ける。
「そっちがそのつもりなら、こっちも容赦しない」
「ミリア!」
よろけながら立ち上がるミリア。そして、その手にアースハルバードを出現させる。
「シェード、お前が何を企んでるかは知らないけど、これ以上雪心を巻き込ませるわけにはいかない。だから、今ここでお前を倒して雪心を助ける!」
「先程も言っただろ、何も知らない奴が勝手なことを言うな!」
昇の静止も聞かず飛び出していくミリア、それと同時にシェードも走り出し、二人が激突する寸前。
「やめて!」
雪心の悲痛の叫びが二人の動きを止めた。
「雪心……」
「ミリアちゃん、シェードは私にとって大事な人だよ。そしてミリアちゃんも……私の大事な友達だよ」
『雪心』
同時に呼びかける二人の声に雪心は顔を上げるとミリアを真っ直ぐと見詰める。その瞳に決意と悲しみを含みながら。
「でも……ミリアちゃんが私達の邪魔をするなら、私は……ミリアちゃんと戦う!」
「雪心!」
信じられない言葉にミリアは悲しみを込めた声で雪心を呼ぶが、雪心にはミリアの悲しみは届かなかった。
「シェード、行こう」
「ああ」
ミリアに背を向けて公園から出て行こうとする雪心。だが、それは今の顔をミリアに見せたくないからだった。
「ミリアちゃん、もう二度と私達の前に現れないでね」
「雪心!」
雪心の元へ走り出そうとするミリア。
「来ないで!」
だが、完全な拒絶がミリアの足を止める。
「雪心、雪心が言われた事は全部嘘なんだよ。だからそんな奴らのいう事を信じちゃダメだよ!」
「嘘じゃないもん。エレメンタルロードテナーになれば、お母さんが帰ってくるって言ったもん」
「だから、それが嘘なんだよ!」
「……ミリアちゃんは、そんなに私のお母さんが帰ってくる事が嫌なの?」
「えっ?」
「ミリアちゃんはそんなに私の邪魔をしたいの。お父さんもお母さんもいなくなって、私を守ってくれるのはシェードだけなんだよ。でも、シェードもお母さんが帰ってくるって言ったから。ミリアちゃんは……そんなに私の邪魔をしたいの?」
「違う! 違うんだよ雪心! シェード、なんで雪心にそんな嘘を吹き込んだんだよ!」
「……お前には関係ない。それに、雪心は俺の主でもある。主が決めた事に俺は従事しているだけだ」
「そんなの言い訳だ! シェード、お前はいったい……」
シェードに怒鳴りつけてるミリアを昇はさえぎりって前に出る。
「シェードさんでしたね」
「まだなにか用があるのか?」
「さっきから聞いてたけど、あなたは全部分かっていて雪心ちゃんを守ろうとしてるんじゃないんですか」
「昇! そんな訳ないよ。だってこいつは……」
「ミリア、分かってる。でもここは僕に任せて」
そう、最初に見たときからどうもおかしいと思ってたんだ。あの戦闘狂とは違う雰囲気を持っているというか、なにか別の決意を持っている感じがしたんだよな。
「シェードさん、あなた達はいったい何をやろうとしてるんですか。もしミリアの言っている事が本当なら目的は別にあるはずだ。あなた達の本当の目的はなんですか?」
「……」
黙りこむシェード。それはまるで何かに耐えているように拳が震えている。
やっぱり何かあるんだ。僕達の知らない何かが。……そして、僕達はそれを知らないといけないんだ。
「どのみちお前達には関係ないことだ。これ以上首を突っ込むと、この場でお前達を倒すことになるぞ」
「やれるものやならやってみればいい」
意気込むミリアだが昇はそれを押さえつける。
「ミリア、今ここで戦うのは良くない。それに雪心ちゃんがいる。雪心ちゃんだまで巻き込むつもり」
「うっ、……それは」
「とにかく今の僕達にはどうする事もできない。だから今は抑えるんだ」
「……昇」
泣きそうな顔で上るに抱きつくミリアの姿を見て、雪心は少しだけ前に出た。
「ミリアちゃん。ミリアちゃんが私の邪魔をしないって約束してくれれば許してあげてもいいよ」
「……無理だよ。だって、雪心は騙されてるんだよ。だから、私は、雪心を止めないといけないんだよ」
「ミリアちゃんのバカ! なんで分かってくれないの!」
「分かってるんだよ。雪心以上に分かってるんだよ。だから、雪心を止めないといけないんだよ」
「……じゃあもういい、ミリアちゃんとはもう絶交だよ」
「雪心、違う、違うんだよ」
「もういいよ。じゃあね、ミリアちゃん、バイバイ」
それはいつもと同じ、二人が別れる時の言葉だが、今の言葉には永遠の別れが含まれているようにミリアは聞こえた。
「きよ……」
「ミリア!」
雪心を追おうとするミリアを昇は抱きとめた。
「離して昇! 雪心が、雪心が」
「……もう、無理だよ。今の僕達にはどうする事もできない」
「なんで、何でそんなことを言うの……」
昇は公園の出口に目を向けたが、そこにはもう二人の姿は無かった。そしてミリアも、同じように二人がいないことをその目ではっきりと見た。
「……いや、なんで、なんでいきなり……」
「ミリア」
昇は更にミリアを抱き寄せて、小さなミリアの体を包み込むように抱きしめる。
「昇、雪心が、雪心が。私は雪心を止められなかった。どうすればいいの」
「分かってる。ちゃんと分かってるから、無理しなくていいよ」
「昇、昇、昇、うわあああーーーっ」
泣きじゃくるミリアを胸に、昇は何かを無しくしてしまった、そんな感じにとらわれていた。
「昇、ミリアはどうじゃ?」
「うん。泣き疲れたみたいで、今は寝てるよ」
「そうか、では何があったのか話してもらおう」
リビングではなく昇の部屋に集まった皆に、昇は公園での出来事を全て話した。
「……その、なんて言っていいか分からないけど、えっと」
「琴未、今は無理に言葉にせんでいい」
「えっ、うん、そうだね」
「それで、昇はどうするつもり?」
「相変わらず直球だね、シエラ」
だが、何故かシエラは沈んだ表情を浮かべた。
「シエラ」
「昇、昇もかなり無理してるみたいだから気をつけて」
「えっ、そうかな、そんなつもりは」
「まあ、確かにいつもの昇なら、そんな反論はしないで諦めるか、溜息を付くかのどっちかよね」
「うむ、そうじゃのう」
「……」
「どうする閃華、今日のところはこの辺で切り上げる?」
「ふむ、そうじゃのう」
「ちょっと待って」
「昇?」
確かにシエラの言うとおり、今の僕は無理をしてるのかもしれない。けど、あんな場面を見ちゃったんだから仕方ない。……どうせ、いつかは決めないことなら、先送りにせずに今決めるべきなんじゃないだろうか。
「閃華」
「んっ、なんじゃ?」
「明日、学校が終わってからでいいから、与凪さんと一緒に雪心ちゃんのことを調べておいて」
「ちょっと! 昇、どうするつもりなの?」
「琴未、実は……まだ自分でもどうすればいいのか分かってないんだ。でも、一つだけいえることは雪心ちゃんをこのままに出来ないって事だ」
「じゃあ、何で?」
「何かがあってから知るんじゃ遅いんだ。今のうちに知らなきゃいけないことを知っておかないとダメな気がするんだ」
「ふむ、そうじゃのう。まず、相手の情報が無いと動きようがないからのう」
「閃華まで、ちょっと昇、まさか雪心ちゃんと戦うつもりなの?」
「まだ分かんない、けど、もしかしたらそうなるかも」
「昇!」
「落ち着け琴未、あくまでも可能性の一つじゃ。まだそうと決まったわけでは有るまい」
「……そうなの?」
琴未の問いかけに昇は首を縦に振る。
「そうなんだ、一瞬あせっちゃったよ」
「じゃが、そうなる可能性もある」
「結局どっちなのよ」
「今の段階で結論を出すのは無理」
「そう、シエラの言うとおりだ。今はとにかく雪心ちゃんとロードナイトの情報が欲しいんだ。それが分からないと、雪心ちゃんも、そしてミリアもかわいそうだ。今のままだと……悲しすぎる」
「そう、だね。はぁ、さすがに私もあんなヘビーな話を聞いたら落ち込んできたわ」
「でも乗り越えないと、ミリアも雪心も、そして昇も」
「うん、そうだね」
これはミリアと雪心ちゃんだけの問題じゃない。僕もそして皆も関わっていることなのかもしれない。いや、雪心ちゃんははっきりとエレメンタルロードテナーと言った。だからこれは、僕達全員の問題なんだ。
「とにかく今は皆が出来る事をしよう」
「うん、そうだね」
「分かってる」
「そうじゃな」
「そして出来るなら、僕は雪心ちゃんを助けたい。そのことだけは、はっきりと言える」
「そうだね。今のままだとミリアも雪心ちゃんもかわいそうだもんね」
「悲しい結末は迎えたくない」
「そうじゃのう」
そうだ、僕は取り戻さないといけないんだ。やっと分かった、あの時に失った物は二人の笑顔だったんだ。
僕は二人に笑顔を取り戻さないといけないんだ。
新たな決意を胸に昇は新たな道を進み始めていた。そして、その道を進むたびに運命の歯車は加速する。
いままで風邪をひいていた所為なのか、一日に二話も書いてしまいました。
まだ完全に治りきってないのに、何故か降りてきてくれたおかげですね。もちろん、執筆の神様がですよ。はい、そこの人、私を変な目で見ないように。というか、執筆をするようになってから気付いたんですが、やはりそういうときがあるんですよ。これがまた。
さて、では余談も終わったところで本編の話に参りますか。とりあえず、事態は急展開を迎えました。私的にはもう少しうまく書けたかなと思うところもありますが、今の限界でこの話はこんな形になりました。
そして次から、真実が少しずつ明らかになっていく……といいな。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、絶好調な分、絶不調な葵夢幻でした。