第二十話 戦闘狂
あれって、精界!
公園で雪心と遊んでいたミリアだが、突然始まった力の発動にジャングルジムの天辺に飛び乗ると、商店街に赤いドーム状の空間が広がっていた。
もしかして、昇が……。
「ミリアちゃん、どうしたのー」
雪心が下から声をかけてきた。
「えっ、あっ、うん」
とりあえずミリアはジャングルジムから飛び降りると雪心の前に立つ。
「ごめんね、雪心。私行かないといけないから、ごめんね」
「えっ」
「急な用事が出来たんだよ。だから行かないといけないの」
雪心の顔をが悲しみに沈むが、すぐに笑顔を取り戻した。
「明日はまた、同じように遊べるよね」
「うん、それは大丈夫だよ」
「そっか、じゃあ、また明日ね」
「うん、ごめんね雪心」
「ううん、また明日、一緒に遊べばいいだけだよ」
「そうだね、うん、そうしようね」
「それじゃミリアちゃん、バイバイ」
「うん、雪心。バイバイー!」
ミリアは笑顔で大きく手を振りながら雪心と別れて、公園から出ると一気に商店街を目指して走り出す。
なんだろう、あの精界。もしかしたら昇が関わってるのかも。
いつの間にかミリアは笑顔から厳しい顔になっており、精界に向かって走り続けるのだった。
一方、精界の中ではすでに戦闘が始まっていた。
琴未は羽室と刃を合わせ、シエラとスクラウドは精界の中を飛び回っていた。
「はん、人間にしちゃ、ちっとはましな動きが出来るじゃないかい」
「こう見えても結構鍛えられてるのよ」
琴未は羽室の刀を何とか弾き返したが、もう一本の刀が横から琴未に斬りかかって来る。
とっさに雷閃刀で防ぐものの、完全に上ががら空きになってしまった。
「もらった!」
「てやっ!」
琴未の頭上に振り下ろさせる刃。だが琴未は刀を受け止めたまま、羽室の腹に蹴りを入れると、その勢いを使いその場から離れ、羽室の刀は空を斬っただけだった。
そのまま距離を取る琴未、だが羽室は追撃をせずに楽しげな笑みを浮かべていた。
「いいね、いいよ、あんた、それくらいはやってもらわないとね」
その羽室の笑みに琴未は背筋に悪寒が走る。
「さあ、もっと、私を楽しませてくれよ」
羽室は一気に琴未との距離と縮めると二本の大太刀を振るう。だが、琴未は大太刀を受けようとはせず、かわす事に集中していた。
只でさえあの刀だから間合いが広いのに、それが二本も速いスピードで振るってくるなんて、精霊武具は重さを感じにくいけどこの速さは反則でしょ。
もし琴未が一方の刀を受け止めて動きが止まると、もう一方の刀に斬られるのは必然。
琴未は苦戦をするばかりだった。
悔しいけど剣の腕だけはあいつのほうが上みたいね。純粋な剣の勝負だと確実に負けるわけね。しょうがない、雷閃刀の真の力を見せてあげようじゃないの。
琴未は羽室から距離を取ったところで刀を闇雲に振り回すが、それと同時に雷閃刀の軌道後に雷の塊が幾つも生まれる。
「いくわよ! 雷飛刀」
雷の塊は刀の形になり、その数は二〇ほどの雷の刀が琴未の周りに浮いている。そして琴未が刀を羽室に向けると雷の刀は一気に羽室に向かって飛び出した。
迫ってくる雷の刀を前にして羽室は笑みを浮かべる。
「ふ〜ん、今度はそう来るわけね」
羽室は余裕で迫ってきた雷の刀をかわすが、刀は止まることなく急転回して羽室を追撃している。
それでもかわし続ける羽室だが、突如後ろに殺気を感じて振り向き目の前に琴未が迫っている事を確認する。
琴未の一閃が走る。だが羽室は紙一重でかわしたが琴未は笑みを浮かべた。
「てりゃ!」
琴未の雷閃刀は羽室を斬り損ねたが、もう片手に持っている雷の刀が羽室に一撃を入れる。だが完全に捉えきる事が出来ずに羽室の着物と胸の辺りを浅く切り裂いただけだ。
「やってくれるじゃないかいお嬢ちゃん。そこまでやってくれるんじゃ、こっちもそれなりの力を出すのが礼儀って言うもんさね」
羽室は雷の刀をかわし続けながらタイミングを計り、一気に攻勢に転じる。
「刀舞踊」
羽室は地に足をつけるとその場で踊るかのように刀を振るい、次々に琴未が作り出した雷の刀を切り裂いていった。その動きにはまったく無駄が無く、そして優雅だった。
「なんてやつなの、あの動きは相当熟練した者じゃないと出来ない芸当よ」
琴未も伊達に巫女や修行をしてきたわけではない。羽室の動きがどれだけ無駄なく軽やかなものかしっかりと見抜いていた。
そして羽室は最後の刀を切り裂いた。
「さーて、お嬢ちゃん。次はなんで楽しませてくれるんだい」
「くっ!」
実力差はあきらかであり、琴未は苦戦を強いられる事のなった。
シエラは宙に飛び、とりあえず相手の様子を見たかったのだが。スクラウドの身軽さはハンパではなく、楽々とシエラのところまで跳ぶ事が出来た。
だがスクラウドは宙を舞うことは出来ない。したがってシエラに一回は攻撃を仕掛けるだけで後は重力に従って降下していくだ。そして着地するとすぐにシエラの元へと跳び上がる。
下から来る攻撃を適当にあしらいながら、シエラは現状を確認する。
「昇は……あそこにいれば問題ない。けど、琴未は苦戦してる。出来るなら加勢しないと」
だが再びスクラウドの攻撃がシエラに迫るが、シエラは体を回転させてスクラウドの攻撃をかわすと、その遠心力を使ってクレイモアを思いっきり叩き付けた。
だがスクラウドも攻撃の気配を察すると体を半回転、シエラのクレイモアを両手の爪で受け止めた。
だが重力にシエラの攻撃が重なったため、スクラウドはその体勢のまま建物を突き抜けて一気に地面へと叩きつけられた。
「ダメ、あんまりエレメンタルアップの効果が出てない。やっぱりこの程度のつながりだと弱い」
確かに先程の攻撃は見た目は派手だが、あまりスクラウドにダメージは与えていない事をシエラは確信していた。それほどエレメンタルアップの効果が出ていないことが分かっていたからだ。
シエラは二度もかなり強いエレメンタルアップの効果を実感している。それに比べれば今のエレメンタルアップはほとんど無いに等しい。
「けど、これで時間は稼げたはず。少しだけ琴未の援護をしないと」
シエラが琴未に向かって飛ぼうとした時、突如後ろに気配を感じる。
シエラは振り向くことなく、翼を羽ばたかせて一気にその場から離れる。そして振り返るが誰もいなかった。
「……上!」
シエラが気付いた時にはすでに上からスクラウドが落下してきていた。それはもうかわせる距離ではなく、シエラはしかたなくクレイモアでスクラウドの爪を受け止めた。
そのままシエラの上に乗るようにスクラウドは爪に足をかけてうまくバランスをとる。そしてシエラさえも気味悪いと思うほどの笑みを浮かべた。
「けけっ、なかなかやるじゃねえか、真っ白」
「いい加減にその呼び方でしか出来ないの」
「けっ、真っ白にはちげーねえだろ」
「だから、その呼び方をやめろ!」
シエラはウイングクレイモアのブーストを片方だけ発動。大きく広げらた翼の片方が推進力を生み出し、二人は半回転して位置が入れ替わる。
結果、スクラウドは足場を失ったように落下を開始して、シエラは両翼を大きく広げてスクラウドに突っ込んでいく。
両方にかかる重力は同じだが、シエラはブーストがある。その分、スクラウドとの距離を一気に縮めていく。
だがスクラウドはフレイムクロウから炎を発してその身を炎が包む。
「そんなの防御にはならない」
シエラはちゅうちょ無く炎に包まれたスクラウドにクレイモアを振り下ろす。
「ッ!」
だが斬れたのは炎だけでそこにスクラウドの姿は無かった。
「けけっ、こっちだ」
地上から聞こえてくるスクラウドの声に、シエラは慌てて翼を反転、逆噴射で落下スピードを軽減していくが、スクラウドはすでにシエラ目指して跳んでいた。
スクラウドとの接触を避けれないと感じたシエラは、逆噴射を停止して再び地上へ向かってスピードを上げる。
「こっちの虚を取ったつもりだろうけど、それがあなたの命取り」
ぶつかり合うクレイモアとフレイムクロウ。
シエラはすぐに翼を下へ伸ばしいき、スクラウドを両端から包むように展開させる。
「フルフェザーショット!」
両翼から放たれた羽の弾丸は全弾スクラウドに命中、小さな爆発が連鎖して大きな爆発へと発展していく。
そして弾かれる様にシエラは空に、スクラウドは地上に向かっていくのだった。
「全力全開のゼロ距離、これに耐えられるはずが無い」
そうシエラは思っていたが、スクラウドは落下中に一回転して地上に着地した。
「嘘!」
驚くシエラだが、スクラウドは無傷とはいえない。むしろかなりのダメージを負っているのだが、スクラウドは楽しそうに自分の腕から流れる血を舐める。
「けっけっけっ、やってくれるじゃねえか、真っ白」
楽しそうに話すスクラウドを見てシエラはやっと気付いた。自分が相手にしている敵がある意味では最悪とも言える敵だということを。
「戦闘狂、戦いを楽しみにするだけの精霊。これは、少しやっかいな事になってきた」
そこには戦略も戦術も無い。あるのは純粋な力のぶつかり合いだけである。
「あの手の精霊は退くと言う事を知らないから、自分の存在が消えるまで戦う。相手をする方はかなり迷惑。けど、今はどうにかするしかない」
戦闘を楽しむスクラウドに対してシエラは追い詰められて気分になっていった。
「ほらほら、どうしたんだい。反撃しないのかい」
「あんたが反撃させてくれないんでしょ」
琴未は言い返しながら羽室の攻撃をかわし続ける。だがこのまま行けば追い詰められることは必然、何かしらの手を打たないといけないことは琴未も充分分かっていた。
こんなのどうしろっていうのよ! だいたい太刀の二刀流なんて分が悪すぎるじゃないのよ。こっちは刀が一本なのに……あっ、そっか、さっきと同じ事をやればいいんだ。
琴未は斜め上からの斬激を受け止める。だが、動きが止まればもう片方の刀が琴未に迫るのは必然。反対側から横に薙いで来る羽室の刀。
だが羽室の刀は琴未まで届く事無かった。
「なにだって!」
羽室の刀を止めた物は先程琴未が作り出した雷の刀、それをもう一度作り出して琴未も二刀流で羽室の攻撃を止めた。
「やあぁー!」
琴未は渾身の力を入れて羽室の攻撃を捌いて吹き飛ばした。
「さっきと同じ刀を使うなんてね」
「私を舐めてみてると痛い目に遭うことになるわよ」
「そうみたいだね。お嬢ちゃんの二刀流もそれなりにいけるみたいだしさ」
だが、羽室は楽しそうに笑うだけでそれ以上の感情はなかった。
「何がそんなにおかしいの?」
「おや、分かんないかい。こんな楽しい戦いが久しぶりだからさ」
再び大太刀を振るう羽室、今度は琴未も雷の刀を利用しながら対等に羽室と渡り合っているのだが、琴未は少し焦っていた。
なにしろ雷の刀を維持するためには雷撃を放ち続けなければいけない。いくら昇から力をもらっていても、これ以上戦闘を長期化するには耐えられない。
その思いが琴未を焦らせ、手数を増やしていく。だが、それは攻撃数が増える分、攻撃の合間に出来る隙も多くするだけだった。
「もらった!」
完全に琴未の隙を突いた死角からの攻撃、羽室の刃は琴未へと迫っていた。
よけきれないと思った琴未は思わず目をつぶる。だが感じたのは痛みではなく、金属がぶつかり合う音だった。
「閃華!」
琴未が目を開けると、琴未の体と羽室の刀の間に閃華の方天戟が入り羽室の攻撃を防いでいた。
「くっ、新手かい」
さすがの羽室もこれにはいったん琴未から退いて距離を取る。
「ありがとう、閃華」
「なに、礼には及ばん。さて、私は閃華という者だが、ずいぶんとウチの琴未を可愛がってくれたみたいじゃのう」
「そうさね、結構楽しませてもらったよ」
「っで、お主はいったい何者じゃ、なぜ昇を襲う」
「そういえばまだ名乗ってなかったね。私は羽室、ロードナイトの一員さ。そしてあの女顔の男を襲ったのはそう命令されたからさ」
「ロードナイト?」
「そう、争奪戦に勝つためには複数の精霊をもちいる奴だっているだろ。あんたのご主人様みたいに」
「昇は私達の主人じゃないわよ」
「そんなことはどうでもいいさ」
「つまりおぬし達の集団がロードナイトと言うわけじゃな。そしてロードナイトの頭が昇を襲うように命じた、そういう訳じゃな」
「まあ、そんなところだね」
「なるほどのう」
「ちょっと閃華、なに感心してんのよ」
「それで、昇を襲った理由はなんじゃ」
「そう命令されたからさ。まあ、私は楽しめれば充分だけどね」
「ふむ、やはりそうか」
「えっ、閃華?」
「さーて、そこのお嬢ちゃんにも楽しませてもらったことだし、あんたも私を楽しませておくれよ」
「琴未もずいぶんとやっかいな奴の相手をしていたんじゃな」
「うん、あいつ結構強いよ」
「それだけではない。あ奴は戦闘狂じゃ」
「なにそれ?」
「戦うことだけに楽しみを感じる精霊のことじゃ。じゃからどんな状況になっても退くということをしない。本当にやっかいな奴らじゃ」
「つまり、確実に倒さないと終わらないって事」
「そういうことじゃ。この二対一の状況でも、あ奴は楽しんでおるからのう」
「……確かに、ああ、もう、なんであんなのを相手にしないといけないのよ」
琴未は嫌な気分になりながらも、攻撃の構えを見せている羽室から眼を離すことは無くて、いつでも対応できるように構えるのだった。
この手の奴らは全力で叩き潰さないと終わらない。
地上に舞い降りたシエラはブースターの力を利用して、身軽なスクラウドとハイスピード戦をしていた。
建物の壁を使いトリッキーな動きをするスクラウドに対して、シエラはウイングクレイモアのスピードを利用してスクラウドに張り付きながらの攻防戦を展開していたのだ。
「早いうえに動きが読みずらい、か」
本来ならハイスピード戦を得意としているシエラでも、スクラウドの動きにはあまり対応できずにいた。それでも何とか攻防を繰り返しているだけで決め手が無い。
一つ、後一つぐらい何か手があれば。
そんな時だった。
「アーススピア」
スクラウドが地上に着地した瞬間。地面から数本の土の槍がスクラウドに襲い掛かる。だが、スクラウドの対応は意外と早く、槍が伸びきる前にはすでに上空に居た。
「ショット」
だが土の槍は突如、地面から解き放たれスクラウドに襲い掛かる。スクラウドも槍を蹴る事により、襲いかかってくる槍達をかわすが、完全には交わしきれなかったようで、体に数箇所の傷を負うことになった。
「ごめんシエラ、遅くなった」
「ミリア!」
「いきなり精界が現れたからびっくりしたよ。もしかしたらと思って駆けつけてみたら、やっぱり昇が関わってたよ」
「昇と会ったの?」
「うん、とりあえず簡単に話だけはしたよ」
「なら状況は分かってる?」
「簡単にだけどね」
「まあ、今はそれだけでいい。とにかく、あいつを倒すよ。あいつ戦闘狂みたいだから完全に倒すまで終わらない」
「うわっ、シエラすごいの相手にしてたんだね」
「好きで相手にしてたわけじゃない」
「あと閃華にも途中で出会ったから、琴未の増援は閃華が行ってるはずだよ」
「そう、それはよかった」
「それと、もちろん私達もエレメンタルアップ済みだよ」
「けど、この程度の思いだとあまり効果が無い」
「まあ、そうなんだけどね。でも、少しは違うよ」
「確かに、じゃあ、そろそろあいつを倒す」
「うん、分かってるよ」
ミリアと閃華の増援も入り、一気に士気が上がる昇側だが、それはロードナイト達も同じだった。例え不利な状況でも戦えればいい、それが戦闘狂の本能だからだ。しかも相手が増えたことにより、戦いは一層激しさをまし、楽しく感じる。
そんな奴らを相手に戦いは再開されるのだった。
そんな訳で新章での初バトルの開幕です。
それにしてもバトルシーンは書いてると楽しいんだけど、時々表現が難しい時がある。私の頭の中にある戦闘をどう書いたらいいのか、迷う事がよくありますが、今回はこんな形になりました。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、バトルシーンって書き始めると長くなるなーって思った葵夢幻でした。