第十七話 出会い
そこは暗い一室。一筋の雷光が室内に浮かぶ少年ぐらいの人影を映し出す。
その人影に大きな男が向き合っており、男の足元には怯えたような一〇歳ぐらいの少女が男の足を掴んでいた。
男は少女を守るように手を広げるが、少女はその手をどけて勇気を振り絞りだして尋ねる。
「本当、本当にそんなことが出来るの?」
影は怪しげな笑いを浮かべると快く答える。
「ええ、本当ですよ。私の言うとおりにすれば、あなたの望みは叶います」
「やめろ! これ以上嘘を言うな」
少女を守っている男が影に叫ぶ。その気迫は今にも影に襲い掛かりそうだ。
「嘘では有りません、真実です。私にはそれが出来る」
「これ以上、この子の心を乱すな!」
男は影に襲いかかろうとしたが、それを止めたのは意外なことに男の後ろに隠れていた少女だった。
「分かった」
「やっと、信じてくれましたか」
「うん、私、エレメンタルロードテナーになる」
再び雷光と雷鳴が鳴り響き、影は笑みを浮かべる。
「はあぁ、つまんない」
ミリアは一人、ウチに帰るために歩いていた。
本当ならシエラや琴未と一緒に昇の近くにいたいのだが、昇が何かの委員会とかやらでやらければならない仕事があり、ミリアも最初は付き合っていたのだが、そのうち飽きてしまい、結局、一人で帰ることになってしまった。
シエラも琴未も昇も、なんであんなつまんないこと続けられるんだろ。
元々、忍耐とか集中とかが苦手なミリアは単純な作業に耐えられなかった。それが書類の整理やら、なんかの集計の計算とか、その手の作業はミリアには向かないようだ。
結果、ミリアは昇達と分かれ、シエラと琴未は昇の傍で細かい作業をやっている。
むう、あんな仕事が無ければ私も昇の傍にいられるのに。シエラだってあそこまで言う必要ないじゃん。
役に立たないミリアは迷惑以外の何者でもない。そう感じたシエラはミリアを追い出すように帰るように言っただけなのだが、それでもだだをこねるミリアにシエラが怒り始めて、昇が仲裁に入ったおかげでそれ以上は何も起こらなかったが、結局ミリアは一人で帰ることになった。
閃華も閃華で用事があるとか言ってどっかいっちゃたし。はぁ、やっぱり、つまんないな、一人でいるのは。
そんなことを思いながら歩いているミリアの耳に突然、キィと鉄同士が擦れ合うような音が聞こえた。
あれ、なんだろう。
ミリアが音がした方向へ目を向けると、そこにはあまり大きいとは言えないが公園が存在していた。そしてその公園には一人でブランコに乗ってる少女だけがいた。
……あの子も一人なのかな?
ミリアが何故そう思ったのかは良く分からないが、少女の目が寂しそうに見えたことは確かなようだ。
まあ、私も暇だし。
ミリアの足は自然と公園の中に入って行き、そのまま少女の元へと近づいていった。
「君も一人なの?」
「えっ」
少女は突然現れたミリアに驚き、ブランコの動きが止まる。
「私ミリアっていうの、君は?」
「……雪心」
「へぇ〜、雪心って言うんだ。っで、こんなところでなにしてたの?」
「……ブランコ」
「まあ、そうだね」
ミリアは雪心の隣に開いているブランコに腰を下ろし、軽く揺らす。
「雪心は友達いないの?」
「いない。私、この公園に来たの初めてだから」
「そうなんだ。何処からか引っ越してきたの?」
「ううん、今まで忙しかったから友達も出来なかったし、公園にくることも無かった」
「そっか、じゃあ私と友達になろう」
「えっ!」
何でいきなりそんな展開になるんだ。と昇がこの場にいたらそう突っ込むことは間違いないだろう。
だがミリアは本気で笑みを浮かべながら雪心を見詰めている。
雪心はいきなりの申し出に戸惑うが、嬉しそうな笑みを浮かべながらミリアの顔を見詰め返す。
「私で、いいの?」
「あははっ、だって、お互いに一人で暇なんだし、友達になってもいいんじゃない」
「そう……なの」
「そうだよ」
「……うん」
どういう理屈でそうなったのか、それとも理由なんて要らないのか、その後は二人ともお互いのことを話し合った。ミリアの外見が幼く見える所為か、それともミリアの精神年齢が低いのか、二人が仲良くなるのにそんなに時間はかかることは無かった。
「じゃあ、雪心のお母さんは死んじゃったんだ」
「うん、でも、今は守ってくれる人がいるから」
「お父さん?」
「ううん、お父さんは私が小さい頃に出て行ったみたい」
「じゃあ、おじさんとかの親戚?」
「う〜ん、まあ、そんな感じかな。とても優しくて、とても強いの」
「へぇ〜、そうなんだ」
「ミリアは、ミリアのお家はどんな感じなの?」
「私のウチ、あははっ、実は私は他の家に居候させてもらってるんだよね」
「居候って?」
「う〜んと、簡単に言うと仲がいい人の家に住まわせてもらってるって事かな」
「ミリアもお父さんとお母さんがいないの」
「そうだよ。私もお父さんとお母さんはいない。生まれたときから一人だったけど、今は居候している家が賑やかだから楽しいかな」
「そうなんだ。ちょっとうらやましいな」
また寂しそうな目をする雪心を見て、ミリアは勢い良くブランコから飛び降りると雪心の前に立つ。
「じゃあ、今度私のウチに遊びにおいでよ」
「いいの?」
「うん、彩香は、お世話になっている人のお母さんなんだけど、いい人だからきっと歓迎してくれるよ」
「うん、じゃあ、そのうちいってみたいな」
「何なら今日でもいいよ?」
勝手なことを言うミリアだが、雪心は首を横に振る。
「今はダメなの、今はやんなきゃいけないことがたくさんあるから」
「そっか……」
「だから、それが全部終わったらミリアのお家に遊びに行くね」
「うん、待ってるよ」
その時、近くの小学校からだろうか、帰宅を促すアナウンスが流れ始めた。
「もうこんな時間なんだ。私帰らないと」
「そうなんだ」
「ミリア、ミリアはまたここに来てくれる?」
「うん、朝からというわけには行かないけど、この時間にはここに来るよ」
「うん!」
嬉しそうに頷く雪心を見てミリアまでも嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
「じゃあ、ミリア、またね」
そう言って雪心は大きく手を振りながら走り出し、ミリアも大きく手を振り返すのだった。
「昇、昇」
その日の夕食後、ミリアはリビングでくつろいでいた昇の背に嬉しそうに抱きついた。
「うわっ、ミリア、頼むから勢い良く飛びつかないでよ」
「あははっ、ごめんね。それよりも昇聞いて、聞いて」
いつも以上にハイテンションのミリアに昇は溜息を付きながらも、とりあえずミリアを落ち着かせてから話を聞こうとしたのだが、その前によっぽど嬉しいことがあったのか、ミリアは一気に喋り始める。
「あのね昇、私友達が出来たんだよ。雪心って言って、たぶん一〇歳ぐらいだと思うけどね。今日その子と友達になったんだよ。嬉しかったよ、何しろ私にとっても初めての友達だから。ねっ、ねっ、昇はどう思う?」
「どう思うって聞かれてもね。まあ、よかったんじゃない」
「そう、そうだよね、昇もそう思ってくれるよね」
「それじゃあ、昇から離れなさい」
いつの間にか後片付けを終えたシエラがいつものように、ミリアを昇から離そうとするが、昇からミリアを離したのは意外なことに閃華だった。
「ミリア、ちょっとよいか、話があるのじゃが」
「えっ、ちょっと、閃華、なに」
閃華はミリアを猫の首を掴むように持ち上げると、そのままリビングから出て行ってしまった。
「珍しいね、閃華があんな風にミリアを離してくれるなんて」
「そうね。けど、閃華のことだから何かあると思う」
「……というかシエラ、なんで僕と腕を組みながら肩に頭を預けるの」
「これが夫婦としての基本の形だから」
いや、そんなのはないから。
「昇はこうしてるの嫌?」
うっ、今日はそう来たか。確かに僕としてもシエラにそうされるのは嫌ではないけど。というか男なら嬉しくないはずが無い。そう、結局僕も男だからシエラにそうされると確かに嬉しいと思ってしまう。
それに小振りとはいえ、シエラも胸はそれなりにある。ワザとなのかシエラは自分の胸が昇の腕に密着するように腕を組んできてるし。その状態を僕はどうやって拒絶しろと、というか無理です。僕にはこの状況を拒絶する事は無理です。
結局、昇達はお風呂から出てくる琴未に引き剥がされるまで、そのままの引っ付いていたのだった。
ミリアを自分の部屋に連れ込んだ閃華は、座布団を下に置くと、その上にミリアを落とした。
「うわっ、う〜、もうちょっと優しくしてよ」
「そいつはすまんかったのう」
「っで、私に何か用があるわけ」
「うむ、大有りじゃ」
そう言いながらも閃華は自分の座布団を用意すると、ミリアと対面するように腰を下ろした。
「ミリア、先程友達が出来たと言っておったな」
「うん、そうだよ。雪心って言って、凄くいい子なんだ……」
「スットプ」
勢い良く喋り始めたミリアの目の前に手の平を出して、ミリアの話を強制的に止める。
「う〜、なんだよ」
「ミリア、自分がどういう存在か分かっておるのか」
「そんなこと分かってるよ」
「では、なぜ友達などが出来る」
「どういう意味だよ」
閃華の言葉がよほど頭に来たのか、ミリアは閃華を睨み付けながら問いただす。
「ミリア、その友達というのは人間なのだろう。相手が精霊だと、まずそういう関係を簡単に作ることは出来んからのう」
「そうだけど、それがどうかしたっていうの」
「はぁ、ミリア。私達は精霊だぞ、精霊が人間と友達となって、この先も仲良くやっていけると思っておるのか」
「それは、でも……」
「しかもじゃ、昇はいつ戦闘に巻き込まれても不思議は無い。そんな時にその友達とやらが傍にいたらどうするつもりじゃ。その子まで危険な目に遭わせる事になるぞ」
「……」
「まあ、今回の事はもうどうにもならんから、その友達と二度と会うなとは言わんが、これからは気をつけるんじゃぞ。私達は人間ではなく、精霊だということを忘れるな」
「わかったよ。ごめん」
「まあ、分かってくれれば私はこれ以上のことは言わん。後はミリア、そなたがその友達を巻き込まないように気をつけるんじゃぞ」
「うん、分かったよ」
「では、その友達とは仲良くな。さて、私が言いたいことはそれだけじゃ。だからもういいぞミリア」
「うん、ごめんね閃華、心配かけて」
「なにを言うておる。私達が昇と契約をしている以上、私達は運命共同体といっても過言ではない。じゃから忠告をしといたまでじゃ」
「ありがとう閃華、じゃあね」
そう言って静かに出て行くミリアを閃華も静かに見送るだけだった。
まあ、ミリアも頭の中が空っぽというわけじゃないからのう。まあ、あれだけ言っておけば、今後も大丈夫じゃろう
とりあえず閃華は一安心したところで、急にお茶が飲みたくなったのでリビングに下りていくのだった。
それよりも数時間前。雪心は自分の家に入るなり、一人の男の元へ行く。
その男は巨漢で筋肉も引き締まっており、見るからに強そうに見えるが、雪心は男の姿を見つけるなり、嬉しそうに抱きついた。
「どうした雪心、随分と嬉しそうだな」
「うん、うん、シェード聞いて。私ね、友達が出来たの、ミリアちゃんって言って、私と同じぐらい歳で、私と同じ位の背なの」
「そうか、それはよかったな」
シェードはそう言いながら雪心の頭を優しく撫でる。
「うん、それでね。明日もまた遊ぼうって言ってくれたの」
「そうか、だが、あまり遅くまで遊んではいかんぞ」
「うん、分かってるよ。シェードに心配かけるようなことはしないよ」
「私のことは気にしなくていい。今はその友達とたくさん遊ぶといい」
「うん、ありがとうシェード」
そして甘えるように抱きついてくる雪心をシェードは優しく包み込む。
だが雪心が自分の顔を確認できないほど抱きつくのを確認すると、シェードは急に複雑な顔になった。
一抹の不安がシェードを過ぎる。
そしてシェードはゆっくりと雪心を離す。
「雪心、風呂の準備がすでに出来ている。だから先には言って来るといい」
「え〜、後でもいいよ」
「外から帰ってきたばかりだろ。それに今日はもう遅いから出かけることも無い。だから先に風呂には行って来い」
「……は〜い」
渋々お風呂に向かう雪心。だがシェードとしては一刻も早く風呂に入れたかった。
……あの気配、間違いないだろう。だが、今の雪心にそれを告げていいのだろうか。いや、それでは雪心をまた一人にしてしまう。今は見守るしかあるまい、だが、それが雪心にとって悲しい事にならなければいいが。
シェードは不安を感じながらも、あの楽しげな雪心の笑顔が消え去る方が嫌だった。それならと、今は楽しめるだけ楽しんだ方が良いとシェードは思ったのだろう。
複雑な表情でシェードは雪心の着替えを取りに行った。
そんなワケでロードナイト編が始まりました。まあ、結構ありがちな展開になりそうなので、感のいい読者の方は気付いてると思いますが、どうか見捨てずに最後までお付き合いください。
それ以外の読者の方はこれからの展開をお楽しみください。というか見捨てないでください。お願いします。そりゃあもう足まで舐めますのでお願いします。……いや、実際に足を出されても困るんですけど。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、もしかしてこの物語主人公がはっきりしてないと思い始めた葵夢幻でした。