第十六話 生まれる迷い
はぁ、これからなにを言われるんだろ。けど、森尾先生だからそんなに怒られることは無いと思うけど、やっぱりなんか怖いな。
気落ちしながらも昇達は生徒指導室に向かって歩いていた。
だがシエラ達はそんな昇とは反対に気楽にお喋りをしながら歩き、先導する与凪も黙って歩いてるだけだった。
そして昇達は生徒指導室の前に到着する。
「失礼します」
与凪が断りながらも扉を開けると中に入り、昇達を促す。
生徒指導室にはすでに長机と人数分の椅子が用意されており、森尾は仕事をしていたのだろうか、書類から目を離すと昇達を迎えれた。
「おっ、来たね。とりあえず、皆座りなさい」
与凪は森尾の隣に、そして長机を挟んで昇達がそれぞれの椅子に座る。
「さて、どこから話したらいいかな」
「あの、先生、シエラ達とは、その…」
「分かってるよ、滝下」
「えっ」
意外な言葉に昇は驚くが、森尾の眼はまるで全てを見通しているかのように、昇達を見ていた。
なんだこれ、森尾先生がなにを知ってるっていうんだ。
思わず森尾の目に飲み込まれる昇は固唾を呑み、次の言葉を待った。
「先生には滝下の気持ちの少しは分かってると思う。なにしろ……」
そう言って森尾と与凪は立ち上がり、互いに向き合う。そしていきなり……抱き合う。
……って、先生、与凪さん、いったい何やってんですか!
「実は俺達もそういう関係だからな。なっ、よっちゃん」
「ごめんね、滝下君。実はそうだったのよ。けど皆の前では言えないでしょ。それに亮ちゃんとの関係が知られるのもまずかったから」
……はい? よっちゃん? 亮ちゃん? というか二人はどういう関係なんですか、というかいつまで抱き合ってるの! というか先生、生徒に手を出したんですか!
「おおっ、そうか、そういうことじゃったのか」
突然閃華が何か思いついたように手を叩いた。
「閃華、何か分かったの?」
「なに簡単なことじゃ、昇、この二人もまた契約を交わしたということじゃ」
「えっ、それってつまり」
「はい、私は精霊です」
与凪は森尾に抱きつきながらも嬉しそうにそう答えた。
「えっ、そうなの。その割には皆何も言わなかったけど」
昇はシエラ達を見回すが首を横に振るだけだった。
「昇、私達にも彼女が精霊だということには気づけなかった」
「そうなの」
「うん、そうだよ。与凪の気配は人間そのものだったから精霊とは気付かなかったんだよ」
精霊である二人がそういうのだからそうなんだろうと、昇は変に納得した。
「でも、なんで皆分からなかったんだろ?」
「ふむ、それはたぶん、彼女の能力による物じゃな」
「というと?」
「それは私が霧の精霊だからですよ」
「やはりのう」
「いや、僕にはワケが分からないんだけど」
「まあ、簡単に説明するとこうじゃ。精霊というのは何かの力の結晶じゃ。例えるならシエラは翼、ミリアは大地、私は水、といった具合に精霊には元になる属性ともいえる能力が存在しておる」
「じゃあ、シエラの武器に翼が生えるのも、ミリアが土の壁を作ったりできるのも、全部自分の属性の力なの?」
「そういうことじゃ。そして霧の精霊である彼女の最大の特徴は、全てを覆い隠すこと、まるで深い霧の中に迷い込んだようにじゃな。そして霧は時には幻影も映し出す。彼女はその二つの力を使って、まず自分が精霊であることを隠し、まわりの精霊たちにも普通の人間だと見せていたということじゃ」
「えっと、つまり与凪さんの力は周りの人たちに幻覚を見せること?」
「まあ、そう思っても構わんじゃろう。だから私達も彼女が精霊だとは気付けんかったんじゃ」
「そうなんだ」
凄いな。あの閃華まで誤魔化すなんて、というと与凪さんも強いのかな。……って、もしかして森尾先生と戦うことになるの!
二人の関係が分かった以上、昇達は立ち上がり警戒態勢をとるが、与凪は甘えるように森尾に抱かれながら涙目で訴える。
「違うんです。皆をここに呼んだのは気付かれた時に誤解されると困るからで、私達は皆と戦うつもりは有りません」
「じゃあ、何で契約をしたの?」
シエラの問いに森尾と与凪は見詰めあい、与凪は頬を赤くしながら答えた。
「だって、亮ちゃんの傍に居たかったから」
「えっ、それってどういう」
「はぁ、そういうこと」
「なんか変に警戒したから疲れちゃったよ」
「まったくじゃ」
「というか森尾先生もいつの間にそんな人が出来てたんですか」
一気に和む空気の中で昇は一人で付いていけずに混乱するばかりだ。
って、皆どうしたの、何で急に和やかになるわけ。
そんな昇に見かねたシエラは再び昇を座らせると、事の真相を打ち明かす。
「昇、前に私が言ったこと覚えてる」
「えっ、なんのこと」
「精霊の中には争奪戦の時のみに出来る契約を利用して、自分の思った人に近づいて、その人と一生幸せな人生を歩む精霊がたまにいるってこと」
ああ、そういえば前にそんなことを聞いた気がする。けど、そうするとこの二人の関係ってそういうことなの。
「じゃあ、先生は争奪戦に参戦しないんですか?」
「ああ、俺はよっちゃんと一緒にいられればそれでいい。それよりもだ、先生としては滝下のほうが気がかりなんだ」
「えっ、どういうことですか?」
「滝下は目指すのか、エレメンタルロードテナーを」
「……」
昇はすぐに答えることが出来なかった。なにしろ昇自身もこれからの事をあまり気にしてない。というか周りに振り回されっぱなしだったから、そんなことを考える余裕も無かった。
けど、こう改めて聞かれると、どうなんだろう。僕は……エレメンタルロードテナーになるべきなんだろうか。
いつもとは変わらない日常に、突然の台風のようにやってきた事態。昇はその台風が一段落するまでは、そんなことを気にかける余裕も無かった。そして一段落した今、改めて昇はそのことを考えてみる。
いつもと変わらない日常に突然現れたシエラ、それから大変な事だらけだったけど、僕はもしかしたらそれだけもいいのかもしれない。エレメンタルロードテナーにならなくても、今のように皆で楽しく過ごせるだけでいいのかもしれない。
けど、シエラ達はどう思ってるんだろう。やっぱり僕にエレメンタルロードテナーになって欲しいのかな。そして僕は……その期待に答えるべきなのだろうか。
いや、そうじゃない。先生が聞いてるのは僕の意思だ。僕がどれだけの意思でエレメンタルロードテナーになろうとしてるのかを聞いてるんだ。……どうなんだろう、僕は今までエレメンタルロードテナーになろうなんて思ってなかったけど、改めて聞かれるとどう答えていいのか分からない。
確かにこのままだといつ戦闘に巻き込まれても不思議は無い。もし僕がエレメンタルロードテナーにならないと言ったら、これからはどうなっていくんだろう。やっぱりシエラ達は僕の事を見捨てるのかな。なにしろシエラ達の目的はエレメンタルロードテナーを探す事だから。そこで見出した僕が拒絶すればシエラ達は僕の傍にいる理由が無くなる。
……いいのかなそれで。
その時、昇の頭には最初にシエラに会った時の光景が過ぎった。
シエラは僕に可能性が有るって言ってくれた。そして目指すものを手に入れることも。……僕の目指すものっていったいなんだろう。僕はどれだけの覚悟でこれからの戦いに挑めばいいのだろう。
昇の中に生まれる不安と迷い。その二つは渦巻いて昇を混乱させていく。そして昇は頭を抱えるように黙り込んだ。
その様子を見ていた森尾は軽く溜息を付くと、与凪と離れて元に位置に座った。
「その様子だと、まだどうするか分からないって感じだな」
「すいません」
「別に謝る事じゃない。俺は滝下の担任としてその事を聞いたまでだ」
「もし昇がエレメンタルロードテナーになる、と言ったらどうするおつもりですか」
「そりゃあ、そうだな、滝下の選択にもよるけどなるべく協力はさせてもらうよ」
「与凪も一緒に戦ってくれるの?」
「残念、私は戦闘には向いてないんです。情報収集と後方支援ぐらいしか私には出来ません。だがら器の争奪戦にも参加しないんですけどね」
「そうなんだ」
「ですから、調べたいことや聞きたいことが有ったら何でも言ってください。調べておきますから」
「ふむ、それは頼もしいことじゃのう」
「えっ、閃華なんで?」
「ミリア、そなたも少しは頭を使わんか。与凪が協力してくれる以上、敵の正体とか情報とかが手に入りやすくなる。その分こちらもいろいろな策や準備ができるというわけじゃ、分かったか」
「う〜、そんなバカにするような言い方しなくても」
「なら少しは勉強せい。っで、昇はどうするつもりじゃ」
「えっ」
一斉に視線が昇るへと集中するが、昇は戸惑うばかりで何も言葉が出なかった。
そんな昇に見かねたように森尾は大きく息を吐くと、座り直した。
「まあ、今すぐ出る答えじゃないって事か。なにしろ滝下の将来に関することだからな、滝下、ゆっくりでいいからちゃんと答えを出せよ」
「あっ、はい」
「じゃあ、お互いのことが分かったところで、誰か質問はあるか」
静まり返る中でシエラは一人手を上げた。
「はい、シエラ君。なんだい」
「先程できるだけ協力をするといいましたよね」
「ああ、俺としても滝下の担任としても見過ごすことが出来ないからね」
「私達は与凪さんのように自らの正体を隠すことは出来ません。ですから、いつ戦闘に巻き込まれても不思議は無い。それが只の一戦闘ならともかく、器の争奪戦は必ず組織的な戦闘にまで発展することがあります。そうなった時は協力してくれると約束できますか」
「確かに普通の争奪戦はそうなりますね」
「よっちゃん、そうなの?」
「うん、亮ちゃんが思ってるほど器の争奪戦ていうのは、時々激戦化するときがあるの。そうなった時は前線だけだとおぼつかなくなる。だからシエラさんは私にバックアップを頼みたいんだと思うわ」
「簡単に言うとそういうことになります」
「……そういった事態を避けることは出来ないのかい」
「亮ちゃん、それは無理だよ。だって滝下君達の精霊は契約をした精霊なら相手が精霊だって分かるもの。だから戦いを避けることは結構困難だよ」
「そっか、よっちゃんは自分の正体を隠せるからいいけど、滝下達には無理か、だから望まなくても戦闘に巻き込まれることが有るということか」
「そう、そしてそれが組織的な敵だったら、私に敵の情報を探って欲しいみたい」
「そうか……、よっちゃん頼めるかい?」
「亮ちゃんが望むなら」
「分かった。シエラ君、約束しよう。もし滝下達が回避不可能な戦闘になるようなら、出来るだけの事はやるよ。そのことは約束する」
「ありがとうございます」
「けど、もしかしたら滝下の選択しだいではもっと協力することになるかもな」
「そうじゃのう、その時はよろしくお願い申しますぞ」
「はっはっはっ、閃華君は抜け目が無いね」
「それだけが取り得じゃからのう」
そのまま和やかに笑いがあふれる室内。だが昇だけはとてもそんな気分にはなれなかった。
これで先生まで巻き込むことになっちゃった。いいのかな、僕が今まで危険な目に遭っているのに。いや、それ以前に僕の選択しだいではもっと迷惑をかけることになるかもしれない。
森尾を心配する昇だが、当の本人は和やかに話している。
いや、すでに先生も契約者なんだ、それくらいのことは分かってるだろう。
なら僕は、僕はいったいどれだけのことを分かっているんだろう。今まで降って沸いた事態に対処してきただけだけど。もしこれから本格的な戦いになるのだとしたら、僕はいったい何処まで戦えるんだろう。そこまでして戦っても僕はエレメンタルロードテナーになりたいんだろうか?
改めて自分が進もうとする道に疑問を投げかける昇。そして疑念は迷いへと変わり、昇を蝕んでいく。
本当にこれが僕の進み道なんだろうか?
そんな昇の迷いをかき消すかのように与凪は突然手を叩いた。
「はいはい、今日はこれまでにしましょうか、もう結構時間がたってるし」
「うわっ、もうこんな時間なんだ」
時計を見たミリアが大げさに驚く。
「あちゃー、しまった。つい話に夢中になっちゃたな」
「亮ちゃん、今日は遅くなりそう?」
「うん、そうだね。どうしても今日中に片付けたい仕事があるから、少し遅くなるかもしれない」
「じゃあ、晩御飯作って待ってるね」
「よっちゃん、ありがとう」
「ううん、亮ちゃんもお仕事がんばってね」
というか先生、その新婚みたいな会話はどうにかならないんですか。
「それでは亮太先生、失礼します」
与凪はそう言いながら森尾が手を振っているので、周りに見えないように小さく手を振ると生徒指導室のドアを閉めた。
「というか与凪、なんでいきなり亮太先生に戻っちゃったの」
「はぁ、ミリアさん。私達の関係が誰かにバレたらまずいでしょ。仮にも生徒と先生なんだから」
「さすがに第三者が聞いておるかもしれん状況に愛称で呼び合うことは出来んじゃろう」
「あははっ、そういえばそうだね」
「それじゃあ昇、私達も帰ろう」
そう言いながらもシエラは昇と腕を組むのだが、昇はあまり反応しない。
「昇?」
「シエラ、なに昇とくっ付いてるのよ。離れなさい」
それでもシエラは離れることなく昇の顔を覗き込んでいる。そんな状況に痺れを切らした琴未は反対側から昇の腕を組むが、琴未もシエラと同じく昇に何の反応が無いことに疑念を感じて、昇の顔を覗き込む。
「昇? 昇、昇、どうしたの?」
「えっ、あっ」
琴未に体をゆすられて昇はやっと現実へと戻ってきた。
「昇、体の調子が悪い」
「いや、そんなことないよシエラ」
「本当に大丈夫、昇」
「琴未まで、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていただけだから」
「昇、早く帰ろう。お腹すいた」
「うわっ」
ミリアが突然昇の後ろから抱き付いてきたので、昇は倒れそうになるがシエラと琴未が両方から引っ張ってくれたおかげで、何とか倒れずに済んだ。
「ミリア! 危ないでしょ」
「う〜、だって、シエラと琴未だけじゃ、ずるいじゃん」
「だからと言って、勢い良く跳び付かない。分かった」
「は〜い、っで、シエラ、夕食はなに?」
「はぁ、あなたの頭の中には食べることしかないの?」
「う〜、そんなことないよ」
「というかさ、三人ともそろそろ離れてくれる。一応ここ学校だし」
「けど、今朝の騒ぎで滝下君のことが知れ渡ってるから、別にそのままでもいいんじゃない」
「与凪さんまで」
「クスクス、じゃあ、私も今日は帰るから、また明日ね」
「じゃあね〜、与凪〜」
背中から元気良く手を振るミリアに昇は踏ん張り、両脇を固めているシエラと琴未のおかげで何とか立っていられた。
「ミリア、背中でそんなに暴れないでくれる」
「あっ、ごめん、昇」
「ほれほれ、そこまでにせい。三人とも離れて、そろそろ帰るぞ」
「そうね」
「しかないわね」
「よいしょっと」
やっと解放された昇は大きく伸びをすると、今まで硬直していた筋肉を伸ばす。
「じゃあ、帰ろうか」
こうして、昇達は帰宅のすることになった。
だが、運命という物があるとしたら、その歯車は確実に回り始めていた。
そこは暗い一室、少女は宙に浮かぶ不気味な人影のような物に叫ぶ。
「本当、本当にそんなことが出来るの」
そして、その不気味な人影は怪しげな笑みを浮かべる
そんなワケで、今回で中間となる話が終わってくれたので、次からは新章突入です。
その名もロードナイト編、迷ったまま昇は新たなる戦いへと望むこととなる。その先に待ち受けるのがどんな現実だろうと回避することは出来ない。運命の歯車は回り続けるだけである。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、新章のプロットを未だに書きながら次も長くなるなと覚悟を決めた葵夢幻でした。