第十五話 閃華の企み
琴未達がウチに来てから数日、静かに過ごしたかったのだが、そんな昇の願いは叶わず騒がしい日々が続いていた。だがそれもゴールデンウィークが終わるまでだろうと昇は思っていた。
何しろあれから一日中、シエラ達に囲まれながら過ごしているのだがら、静かに過ごせるわけが無い。
そしてこの騒ぎをあそこでやることになるとは今の昇は思ってもいなかった。
「シエラとミリアはおるか?」
ゴールデンウィーク最終日、閃華はそんなことを聞きながら昇たちがいるリビングへと入ってきた。
「んっ、どうしたの閃華」
「おお、二人ともおったか、例の物が届いておるぞ」
「本当!」
勢いよく立ち上がるミリアに静かに立ち上がるシエラ。二人とも閃華に続きリビングから出て行ってしまった。
「琴未」
「んっ、なに昇?」
琴未はテレビを見ながらお菓子をつまんでいた。だから昇のほうへ振り向くことなく答えるだけだった。
「閃華が言ってた、例の物って何?」
「んー、知らない」
「琴未も聞いてないの?」
「うん、だって部屋は別々だし、私も一日中閃華と一緒にいるわけじゃないから、閃華が何か企んでても分からないよ」
「やっぱり、閃華は何か企んでるの?」
「閃華のことだから、そうなんじゃない」
嫌な予感が走る昇だが、琴未はまったく気にしてないようだ。
「琴未は気にならないの、閃華が何を企んでるのか」
「う〜ん、気になるって言えば気になるけど、閃華ってそこら辺のガードが固いのよね。だから無理に探ろうとすると痛い目を見ることになるから気をつけてね」
えっと、琴未、それは僕に閃華が何を企んでるか探って来いってことなのかな?
「けど、閃華が企んでることだから、下手な方向へは進まないでしょ」
「僕としてはこれ以上、騒がしくしてもらいたくないんだけど」
「それは無理なんじゃない。なにせ閃華が企んでることだから」
やっぱりそうなのか。
昇は大きく溜息を付くと天井を見上げる。
けどまあ、明日から学校だからシエラ達に振り回されることも無いか。なんかゴールデンウィーク初日が遠い昔ように感じるよ。この数日にいろいろ有ったからな。けど、また普通の学校生活へと戻っていくわけだから大丈夫だろ。
そんな昇の気持ちを知ってか知らずか、閃華の企みは進んでいくのだった。
『いってきまーす』
「はい、いってらっしゃい」
ゴールデンウィークも終わり、五月晴れの中で昇と琴未は学校へ登校するために彩香に見送られながら玄関を出て行った。
そして登校途中、昇にはどうしても気になってしょうがないことがある。
「そういえば琴未」
「んっ、なに?」
「シエラ達はどうしたの? なんかミリアも閃華もいなかったし」
「そうね、おばさんの話だと、なんか今日は朝早くから用事があるとか言って、私達が起きる前にはもう出かけたらしいわよ」
昇はそのシエラ達の行動に嫌な予感を覚えざる得なかった。
「昨日言ってた、例の物が関係あるのかな?」
「う〜ん、多分閃華が企んでることだから、そうなんじゃない」
やっぱり、そうなのか。
嫌な予感がしつつも昇は気分が重いまま歩き続ける。そしてふと、横を歩く琴未に目を向ける。
そういえば、こういう風に琴未と登校したこと無かったな。琴未は僕が教室に入る頃には、もうすでに自分の席に座ってたから。まあ、それが僕が他の女の子の縁を切るためとは思ってみなかったけど、それにしても。
昇は改めて琴未を観察するような目で見回した。
まあ、確かに琴未はシエラ達に比べれば出てるところは出てるんだよな。たぶん平均的だと思うけど、というかなんで精霊の外見ってあんなに幼いんだろ? それに琴未は結構可愛いからよく告白されるって話も聞いたことあるけど、……それってもしかして全部僕の所為、というか僕のために。う〜ん、そう思うと結構感慨深い物があるよな。
確かに琴未は可愛くて、幼馴染の女の子、そかもずっと僕の事を好きでいてくれた。ある意味最強のシチュエーション。けど、僕は今までそんなことは知らなかったし、今まで一緒にいる時間が長すぎたのかな? 好きだと告白されてもどうもピンとこない。
けど、それはシエラ達も言えることかな。確かにシエラは可愛いと思うけど、あの長く白い髪や黒く澄んだ瞳で見つめられるとドキッとする時もある。そして立ち振る舞いも悪くないと言うか、あの姿が清楚に見えるんだよな。その点だけをいえばシエラは完璧だと思うけど。
なんというか、シエラには気が抜けないところがあるんだよな。特に琴未が来てからは凄い物がある。琴未を出し抜いていつの間にか僕を連れ出そうとするけど、その度に閃華が琴未に吹き込んで邪魔が入るんだよな。それで結局二人の睨み合いが始まると。
う〜ん、それさえなければシエラも結構可愛いと思うんだけど、僕は時々シエラについて行けない時がある。それがなかったらどうなんだろ? 最初の印象だけのシエラに好きだと言われると……ヤバイ、結構くる。
そしてミリアか、ミリアはなんか恋人というよりか、なんか妹みたいな感じがするんだよな。あの外見のせいかな、それとも精神年齢の低さ、どっちにしろミリアの明るいところは好きだけど、恋愛対象としてはどうなのかなって思うんだよな。
結局、僕は恋愛が苦手なのかな?
昇は大きく溜息を付くと琴未は心配そうに昇の顔を覗き込んできた。
「そんなに閃華の企みが心配?」
どうやら昇が未だに閃華の事を気にかけていると思っているようだ。
「えっ、いや、そんなことはないよ」
今まで考えてたことが原因なのか、琴未の顔を見た瞬間、昇はドキッとして思わず一歩後ろに下がる。
そんな昇を不思議そうな顔で見詰める琴未だが、すぐにまた歩き始めた。
「けどさ、昇」
「なに?」
「閃華の事だから、もしかしたら学校でも騒がしくなるかもね」
「いや、さすがにそれは無いだろう」
「そうかな、閃華ならそれぐらいやりそうだけど」
「だいたい部外者が学校内に自由に出入りしてたら、先生達が注意するし止めるだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
それでもふに落ちない所があるのか、琴未は考え込みながら歩いてるようだ。
そんなに気にすることでもないと思うんだけどな。
だが昇は自分の直感の甘さに気付くのは、その数十分後であった。
それは教室での朝のホームルーム、担任の森尾先生が入ってくるなり、教室は静まり返り、森尾は一通り見渡すと意外な第一声を口にする。
「皆には突然だが転校生を紹介する」
突然騒がしくなる教室内、だが昇は背筋に寒気を感じた。
いや、まさか、閃華もそこまではやらないだろう。
「ゴールデンウィーク中に突然決まった事だから、皆が驚くのも無理は無いと思うけど、これからよろしくやってくれ。それじゃあ、三人とも入ってきて」
三人! 先生、今何て言いました。三人、転校生が三人ですか。なんかもの凄く思い当たる節がある数字なんですけど。
そうして教室のドアが静かに開くと、最初に入ってきたのは白い髪で黒く澄んだ瞳をした少女、次は金髪のポニーテールでとても同級生とは思えないぐらい幼そうな少女、最後は長い黒髪を首の後ろでまとめた少女が入ってきた。
三人まとめていえることは、教室の男子陣が大きく騒ぎ出したと言う事だ。
ああ、やっぱりか。……閃華〜、なにもここまですることないじゃないか。
だが落ち込む昇とは反対に男子陣は美少女の登場に歓声を上げる。だが森尾先生の一言で歓声は静まり返る。森尾の人望もたいした物のようだ
「それじゃあ、各自、自己紹介して」
「はい」
まず最初に一歩前に出たのはシエラだった。
「滝下シエラといいます。今まで海外で家庭教師に勉強を教えてもらっていたので、学校というところは初めてなので、これからよろしくお願いします」
なんで僕の苗字なの、それにそんな嘘を誰に吹き込まれた! いや、シエラならこれくらいは言うか。
「滝下ミリアだよ。みんなこれからよろしくねー!」
ミリアまで僕と同じ苗字かよ。といかミリア元気よすぎ。
「武久閃華じゃ、何かと迷惑をかけるかも知れぬが、よろしくお願いするぞ」
閃華は琴未の苗字を使ったんだ。でも、閃華の喋り方は特徴がありすぎるから、なんか変に違和感が有るんだけど。
「以上、三名が滝下の紹介で転校してきた三人だ。皆、仲良くするんだぞ」
「はい!」
「んっ、何で滝下が驚いてるんだ?」
「えっ、いや、だって、僕の紹介って?」
「何言ってるんだ滝下。ゴールデンウィーク中に突然先生のところに電話してきて、転校させて欲しい人がいるって、滝下のお母さんがいったから三人は転校してきたんだぞ」
母さんが絡んでたのかー! しまった、それは盲点だった。まさか母さんが手引きをするなんて思ってもいなかった!
「それに三人とも滝下とは特別な関係だと聞いたんだが、いったいどういう関係なんだ。こういったことは本人に直接聞いたほうがいいと思って、先生その時は聞かなかったんだが」
「えっと、その、何と言いますか」
昇が答えに詰まっていると、シエラから順に勝手な答えを答えていった。
「昇の妻です」
「昇の恋人だよ」
「私は愛人じゃな」
「いや、ちょっと待って、三人とも何言ってるの!」
必至に弁解する昇だが、すでに琴未を除くクラス全員から痛い視線を向けられていた。
「滝下、その歳にして凄い関係になってるな」
先生、なにのんきなこと言ってるんですか。何か弁解してくださいよ。
「しかし、そうなると、シエラ君が正妻で、ミリア君が恋人で、閃華君が愛人になるわけだ」
せんせー、それ違うから、そこは話を引っ張るところじゃないから、というかそういう発言をすること事態を注意してください。
「いや、それは違うぞ」
「えっ、そうなの?」
「私はシエラを正妻とは認めておらん。正妻は琴未じゃ」
「ちょ、閃華、なにいいだ」
「なに琴未、とうとう告白したの!」
琴未が閃華に文句を言う前に、琴未は周りの女性陣から囲まれて質問攻めに遭ってしまった。どうやら琴未が昇のことを好きだったという事実は女性陣にはすでに知られてたらしい。
「はっはっはっ、四又とは滝下もなかなかやるな」
せんせー! そこは褒めるところじゃないですよ。
「さて、じゃあ滝下、詳しい話を聞かせてもらおうか」
琴未と同じくいつの間にか昇も男性陣に囲まれて、詳しい説明を求められている。
「いや、説明と言われても……」
「琴未ちゃんだけなら分かる気もするけど、他に三人もあんなに可愛い女の子とからんでいるって言うのはどういうことだ」
「滝下、俺たちは真実を知りたいだけなんだ。ここは腹を割って話しちまおうや」
いや、そんな親友みたいに肩を組まれても困るんだけど。
その時、男性陣の列が二つに割れると、その間をシエラが歩いてきて昇のとなりに立つ。
「私は昇の妻で、全てを昇に捧げた」
いやいやいや、シエラさん、いきなり来て、いきなりなに言ってるんですか!
だがその大胆発言に男性陣は歓声を上げるのと同時に今度はシエラに向かって質問攻めを開始した。
「滝下に全部捧げたって、もしかして……」
「妻だから当然」
「おおっ」
なんですか、その感心する態度は。
「くっ、まさか滝下に先を越されるとは思ってなかったぜ」
いやいや、そこ誤解だから、本気にしないで。
「と言う事は滝下とは一緒に住んでるの?」
「当たり前、一緒の屋根の下に住んでる」
シエラさん。間違ってない、間違ってないですけど、この場合は誤解を生みます。
「妻って事は二人はもう……」
「全てを済ましています」
『おおーっ』
いや、そこは歓声を上げるところじゃないから。
だが突然机を大きく叩く音が聞こえると男性陣を掻き分けて琴未が割り込んできた。
「シエラあんたね。何処まで嘘をつくつもりよ」
「私は嘘なんて言ってない。もしかすると皆が誤解するだけ」
確信犯ですか───!
「とにかく、シエラと昇はそこまでの関係になってないでしょ」
「これからなる予定」
「予定で誤解を招く事を言うな!」
そんな二人のやり取りを見て男性陣は静かに話しが広がっていく。
「やっぱり滝下とは何かあったらしいぞ」
「と言うか二股だろ、二股」
「あの滝下がか、それはありえないだろ」
「けど、皆滝下と妻やら恋人やらって宣言してるよな」
「ってことは……四股か、四股」
「しかも全員可愛いぞ。いいのか皆、こんな暴挙を許して」
「いや、良い訳が無いな」
あの〜、皆さん、話がヤバイ方向へ向かっているのは僕の気のせいでしょうか。というか閃華とミリアは。
閃華は閃華でよってくる男性陣を片っ端からふっており、ミリアは何故か女性陣に囲まれていた。どうやらここでもミリアは可愛い妹のような存在らしい。
と言うか先生、このまま放っておいて良いんですか。
だが当の森尾は楽しそうに現状を見ていた。
ああっ、もう、誰か何とかしてくれー! そうしないとヤバイから、僕がヤバイから。
「はいはい、そこまでよ。皆、今はホームルーム終わるから、あまり騒がないで」
手を叩きながら騒ぎを鎮めようと、このクラスの委員長、森尾与凪は手際良く集団を散らすと、シエラ達の席まで決めてしまった。もちろん、左にシエラ、右にミリア、後ろに閃華、そしてついでなのか琴未の席を昇の前に移動させてしまった。
「なんで、私まで席が替わるのよ」
「あなたも滝下君と関わってるから、こうしておいた方がなにかとやりやすいのよ」
「……それは僕達が問題を起こすことを前提にした発言なの」
「そうね、そうかもしれないわね」
与凪は軽く笑いながら昇に答えると今度は森尾先生の所に向かった。
「亮太先生、こういう時は先生が何とかするもんですよ」
「あははっ、すまんすまん、つい面白そうだったから、与凪君今度からは気をつけるよ」
二人は同じ苗字だから自然と名前で呼び合うようになっているようだ。
というか先生、もうちょっとしっかりして下さい。
その時、ホームルームを終えるチャイムが鳴り響く。
「じゃあ皆、あまり滝下をいじめるんじゃないぞ。それと転校生とも仲良くな」
そういって森尾は教室から出て行った。
だがそんな担任の忠告も虚しく、昇達は一時限目が始まるまで質問攻めに遭い、一日中休み時間になるとそんな状態が続いた。
そしてついに昇が待ち望んだ終業のチャイムが鳴り響き、放課後へと突入していく。
はぁ、やっと終わった。
さすがに放課後になると各自、部活やら帰宅やらでいろいろとやることがあるらしく、昇達は解放されている。
だが昇が疲れたようにカバンに教科書を仕舞っていると、与凪が昇の元へと向かってきた。
「滝下君ちょっといい」
「えっ、なに」
「それと琴未と転校生三人、亮太先生がお呼びよ」
「先生が?」
「そう、生徒指導室に来てくれだって」
はぁ、今度は先生からいろいろと聞かれるのかな。
げんなりする昇を見て与凪は軽く笑みを浮かべる。
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。それで、あなた達は大丈夫?」
「私は大丈夫だけど」
「私も特に用事は無い」
「うん、大丈夫だよ」
「やれやれ、しかたないのう」
さすがに四人とも疲れたような顔をするが、担任の呼び出しとなると行かないわけには行かない。しかたなく昇達は立ち上がった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「えっ、森尾さんも行くの?」
「そうよ、それに私も行かないと話しにならないからね」
「えっと、それってどういう意味?」
「まあ、行けば分かるわよ」
それだけ言って与凪は先導するように昇達の先を歩き始めた。
しかたなく与凪についていく昇達。
だが、昇は気付いていない。なにしろ閃華ですら、気付かないほどなのだから。
これから言われる真実を昇達は知る由も無かった。
それでは十五話をお送りしたわけですが、まあ、ここら辺の話は次に繋ぐ話なので、まあ、いろいろ意味で準備期間に当たります。……その割には昇は酷い目に遭ってる気がする。
まあ、新キャラも出て来た事ですし、たぶん、もう数話かいたら新章突入ですので、期待して置いてください。
けど、この新章もまた長くなりそうな予感がして下手したら百以上行くかもしれませんので覚悟しといてくださいね。特に私が…。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、現在新章の設定を思い描いてる葵夢幻でした。