第百話 対策会議
昇達が与凪に呼ばれていつもの生徒指導室に入るとそこにはフレト達。とは言っても半蔵とレットはセリスに付いているので、フレトの他にはラクトリーと咲耶しか居ない。他には昇達を待っていた与凪が落ち着いた感じでいつものようにモニターに向かって何かをしているようだ。
そんな生徒指導室に足を踏み入れた昇達はいつものように席に着く。
「えっと、与凪さん」
「……あぁ、滝下君、いらっしゃい」
何かをしている与凪に少し、ためらいながら声を掛けた昇だが、与凪からはいつものようにまったく気にするなと言った感じの返事が返って来た。
そして与凪は全員が揃った事を確認するとシエラと閃華にお茶を入れてくれるように頼むが、シエラは動こうとせずに虚空を見詰めている感じだった。そんなシエラに代わって琴未が閃華と共に全員分のお茶を入れた。
これで話す準備は整った。後は与凪の話を待つだけだ。その与凪は自分の前にお茶が出された事を確認すると今まで見ていたモニターを消し去って、お茶で喉を潤してから話し出した。
「実は皆さんに集ってもらったのには理由があるんですよ」
与凪の言葉に頷く一同。なにしろ与凪からの召集だ。なにか新しい情報が入った可能性が高い。その情報が昇達にとって凶と出るか吉と出るか、それはこれからの話し次第だ。
そこの事を全員が理解していると感じた与凪は詳しい説明に取り掛かった。
「昨日の未明なんですけど、どうやら契約者がこの付近に入ったようなんです。現在の居場所は不明ですが、この町にいる事は確実ですね」
「それが何か問題でもあるの? 今は争奪戦の最中だし、契約者が現れても不思議は無いでしょ?」
そんな質問をする琴未。確かに琴未の言うとおりである。
なにしろ器の争奪戦が始まってからというもの精霊達は積極的に人間との契約を交わして器を持っている人間をエレメンタルロードテナーにしようと戦っている。その中には特定に地域に留まる事無く、旅をしながら対戦相手となる契約者を探す者が居てもおかしくは無い。
だから琴未の言っている事は正しいのだが、与凪は溜息を付いた。どうやら琴未は何かを忘れているようだ。その事を思い出させるために与凪は説明をそこから始める事にした。
「いい琴未、私達は一旦とは言え精霊王の力を管理しているのよ。もしかしたらそれを狙っている可能性もあるし、またはただ偶然にここに契約者を探しに来たのかもしれない」
「どちらにしろセリスの治療があるからには早急に排除した方が良いという事だな」
そんな結論を出すフレトに与凪は頷く。フレトとしては相手が精霊王の力に気付かれてセリスの治療がダメになるという最悪の事態を防ぎたい。だからこそ、見つけ次第倒すという提案を出して来たに過ぎない。それは精霊王の力を管理している与凪も同じだ。
今現在では精霊王の力をセリスの治療を行うために使っている。その行為自体を与凪の属性である霧で隠してあるとはいえ、相手に探査能力がある精霊が付いているとしたら精霊王の力が見付かってもおかしくは無い。それだけではなく、精霊王の力を使っているからには、それだけで完全封印の時とは違って発見される可能性が高くなってくる。
その懸念があるからこそ与凪はフレトの言った事に同意を示したのだ。その懸念は与凪だけではなく閃華も同じような事を思っていた。
「確かに今の時期に契約者との戦闘は避けたいものじゃが、相手が来てしまってはしかないという事じゃな。このまま無視して相手が去るのを待っても良いのじゃが、今は争奪戦の最中じゃ。じゃからここでぶつかって倒した方が安全確実なのは確かじゃな」
そんな意見を言ってくる閃華達に対して昇は正反対の意見を口にする。
「でも、相手が確実に精霊王の力を狙ってくるとは限らないんでしょ。だったら、ここは様子を見て、場合によっては相手にしない方が安全で確実じゃないの?」
そんな昇の意見に閃華は黙り込み、与凪は頭を抱えた。確かに昇の言っている事にも一理ある。だからこそ否定する事が出来なかったのだ。けれどもフレトはすぐに昇の意見を否定してきた。
「だが相手は契約者だ。そのうえ目的も分っていないからには、まずは一戦して相手の意思を探った方が確実だろ?」
「けど無理して戦う事は無いでしょ。与凪さんの情報網で相手の目的は分らないの?」
話を振られて与凪は頭を上げると首を横に振る。
「争奪戦が始まってから契約者なんてかなりの数が居ますからね。私達だって正確な人数を把握している訳では無いですし、相手が分からないからには理由を探るのは無理ですね」
そんな与凪の言葉に昇はしかめっ面になり、フレトは勝ち誇ったような顔になった。この二人が和解したのはつい先日の事で、それまでは敵対していたのだ。だから今でも多少の敵対心では無いが、相手には勝ちたいという欲が出るときがあるのだろう。
まあ、それはそれで二人が良いコンビになる可能性を示唆しているものだが、今は侵入してきた契約者についての話なので、昇は少し負けたような感じを押さえ込み話を続ける。
「なら侵入してきた相手についてはまったく分からないって事?」
そんな昇の質問に与凪は胸を刺されたような仕草をすると机に突っ伏した。
……えっと、僕の言った事はそこまで与凪さんにダメージを与えました? そんな事を思う昇。確かに昇は思った事を口にしただけなのだが、それは与凪の情報網が頼りないと言っているようにも聞こえるのも確かだった。まあ、実際には与凪にそう思わせてしまったのだろう。
けれどもこういう事に関しては鈍感な昇には何を言っても無駄だろうと琴未を始め、昇側は誰一人として口を開かず、フレト達は首を傾げるだけだった。
「と、とにかくですね」
ようやく復活した与凪が言葉を濁しながらも話を続けてきた。
「今日、皆さんに集って頂いたのは、この事態にどう対処すべきかを検討するためなんですよ。下手に動けば精霊王の力がバレてしまう可能性がありますし、相手が精霊王の力を狙っているなら先手を打たないと不利になります」
与凪の言葉に頷く一同。確かに与凪の言うとおりだ。相手の目的次第では下手に動くと精霊王の力を察知される事になる。だからと言って何もせずに後手に回って精霊王の力を奪われる訳にはいかない。
なんにしても判断が難しいのは確かである。なにしろ昇達には精霊王の力というバレてはいけない秘密を抱えているのだから。下手に争奪戦に参加できないのも確かだった。
「それで滝下昇、お前の考えはどうなんだ。俺としては即刻倒す事を主張するが」
そんな主張するフレトに対して昇は少し考え込むと自分の考えを口にした。
「僕はもうちょっと慎重に動く事を提案するよ。なにしろ相手の事がまったく分からずに行動するのは危険だと思うから、もう少し与凪さんに調べて欲しいってところかな?」
そんな昇の言葉にフレトは首を傾げた。どうやら昇の言葉に納得が行かない部分があるようだ。フレトはそんな思い付きを隠す事無く口にする。
「調べていったいどうしようと言うんだ。相手がいると分っているからにはすぐに倒した方が良いだろう」
フレトとしてはセリスの治療に関することだから不穏分子になりかねない者はすぐに排除したいという気持ちがあるのだろう。けれども昇はセリスの事は気になっているが、フレトよりは冷静なのは確かだった。
「少なくとも相手の居場所と人数は確認しておかないと、出来れば能力とかも分かれば良いんだけど」
「なるほどのう、孫子曰く敵を知り己を知れば百戦危うからずというしのう」
つまり昇としては戦うにしても相手の情報を得てから戦った方が良いという事を提案してきたのだ。確かに相手の事が分かるだけでも、自分達が動くにしても戦略が立てやすい。だからこそ昇はそんな提案をして、フレトはそんな昇の提案について考え込む事になった。
そんな中でラクトリーが口を開いた。
「相手の人数はともかく、さすがに能力まで判断するのは無理ですね~。それは戦ってみないと判断できない事ですから。でも相手の事を調べれば有利に立てる事も確かですよ、マスター」
そんな進言をするラクトリー。どうやらラクトリーとしても早急に動く事には危険性を感じたようだ。そんなラクトリーの進言を受けてフレトは更に考え込む。その間に与凪が話を続ける。
「その相手の人数なのですが、こちらで確認できたのは精霊が二人だという事だけです」
「つまり相手は三人?」
与凪の言葉にそんな質問をぶつけてきた琴未に向かって与凪は首を横に振った。
「私が確認したのは精霊の数だけ、契約者の数までは把握できてないのよ」
「でも、精霊が二人って事は」
「琴未よ」
琴未の言葉を遮って閃華が口を挟んできた。そのため琴未は言葉を発するのを中断すると閃華に目を向けた。
「契約者が必ずしも複数の精霊と契約をしているわけではないんじゃぞ。じゃからこの場合は契約者が二人居てもおかしくは無いと言うことじゃ。二人の契約者が一人ずつの精霊と契約をした可能性もあるからのう」
「そっか~、そういう事ね」
つまりは精霊の数だけ分っても契約者の数が分らないからには、相手が何人居るかは分らないという事だ。けれども、それだけ分れば動きようがあるのではないのかと昇は考えていた。それにはちゃんとした理由が在ってのことだ。
「つまりは相手の最大人数は四人って事ですよね?」
そんな事を与凪に確認する昇。そんな昇の問い掛けに与凪は頷く事無く、ただ頭を抱え込んだ。
「それがそうとも言えないのよね。なにしろこちらで確認したのは、この町に入り込んだ精霊の数だけ、もしかしたら別行動を取っている精霊が居るかもしれないですからね」
「そんな事があるんですか?」
昇達もフレト達も常に精霊が自分達の周りに居る事から、どうやらそんな考えが思い浮かばなかったようだ。けれども与凪に言わせれば、そんな行動を取ってもおかしくは無いということだ。
「今回のように動き回っている契約者は対戦相手となる契約者を探しながら移動している訳でしょ。だから契約した精霊の数によっては一緒に行動するし、精霊の数が多ければ分散させて契約者を探す可能性があるのよ」
要するに今回侵入してきた契約者が契約してる精霊の数を安易に特定する訳には行かないという事だ。現にフレトも傍に置いている精霊はラクトリーと咲耶だけで、半蔵とレットはセリスの護衛と別行動を取っている。それと同じように分かれて契約者を探している可能性があるという事だ。
「結局はもう少し調べてみないといけないって事なのかな?」
与凪の言葉にそんな結論を出す昇。確かに現状では昇がそう考えてもしかたないのだろう。なにしろ今現在の状況では情報が少なすぎる。けれどもフレトはそんな昇の考えとはまったく違った意見を口にする。
「いや、もし相手が別行動を取っているとしたら、これは好機だろう。相手が合流しないうちに契約者を討ち取ってしまえば、それで終わりだ」
「……なるほど、そういう手もありか」
フレトの言葉に昇は感心すると共にフレトの意見を考えてみる。確かにフレトの考えも一理ある。一番重要なのは先手を打つことじゃない、いかに自分達が有利に戦える状況を作るかだ。そのためなら自分達の準備が万端でなくても動いた方が効率が良い場合があるのも確かだ。
けれどの昇には一つだけ気になる事があるのだろう。その事をフレトにぶつけてみた。
「でも、もし契約者が別行動を取っていて、相手が精霊だけだった場合はどうするの?」
確かにその可能性もある。相手が別行動で契約者を探しているのだとしたら、こちらに来た側に必ず契約者が居るとは限らないのだから。
そんな昇の言葉にフレトは笑みを浮かべながら答えてきた。
「その場合は相手の戦力を削れるだけだ、そうすれば後の戦いで有利に立てるだろう。もしかしたら戦力が削られた事で撤退する可能性だってあるしな」
「なるほど、そうか」
そんなやり取りをする昇とフレトを見て、閃華と与凪、そしてラクトリーは二人の性格について考えていた。
それはフレトはこういう場合は攻撃的に出る。そして昇はその反対に防御的に出るということだ。どちらも一長一短で、必ずしもどちらかが正しいとは言えないだろうが、こうした議論をする場合では、そうした正反対の性格は確実な理論を出すのには大いに役立つ事を三人は知っているからだ。
だからこそ昇とフレトは良き友になると思うし、ライバルとして成長していくのではないのかと三人は思っていた。そしてそう思ったからこそ、ここはあまり口を出さずに二人に議論を任せた方が良いのではないのかと口を出すのを差し控えていた。
けれどもフレトの考えに昇が考え込むとそうは言ってられないのだろう。なにかしらの結論を出すために閃華が口を開いた。
「なんにしてもじゃ、このまま手を拱いて後手後手に回る愚だけは避けねばならんのう」
「そうですね、私ももう少し調査を続けてみますね」
「私の方でも調査をしてみましょう」
閃華の言葉に与凪とラクトリーがそんな言葉を返した時だった。突如として昇が口を開いた。
「いや、ここは皆で動こう。フレト、半蔵さんとレットさんは動かせる?」
そんな昇の言葉にフレトは訳が分らないという顔をしながらも質問に答える。
「それは相手が居る場所によるな。俺達が移り住んだ場所に近ければセリスの安全を考えると二人を動かすわけにはいけないからな」
「そっか~」
「なんじゃ昇、何か良い考えでも浮かんだのか?」
閃華の質問に頷く事無く、頭を掻きながら答える昇。どうやら昇としてもこの考えが最善とは言えないが、どの案よりも優れているだろうと判断したようだ。そして昇は自分の考えを言葉にする。
「確かにフレトが言ったとおり、相手の戦力を削れるなら削っておきたいし、契約者が居るならその場で終わらせるのが一番だと思う。けど、その為にはこちらも戦力を整えておく必要があると思うんだ」
「つまりはいつでも戦えるようにこちらも準備だけはしておくべきという事だな」
フレトの言葉に頷く昇。それから話を続ける。
「だからこっちは動ける人数を総動員して相手の精霊か契約者を探すべきだと思う。いつ遭遇しても戦えるように」
「なるほどな、だが一塊になって探すのは効率が悪いだろう」
確かに昇達が全員で一塊となって探すとなると、この町は広すぎて遭遇する可能性が低くなる。それは相手が動きやすさでは一歩劣ると共に精霊王の力を見つける好機にもなりかねない。けれども昇はちゃんとそこまで考えていた。
「だから僕達とフレト達の二手に別れて探そう」
「そう思った根拠はなんじゃ?」
そんな事を尋ねる閃華。昇が何の理由も無しに戦力を二手に分けるとは思えなかったからだ。もちろん昇はその事までもしっかりと考えていた。
「僕達はエレメンタルアップがあるから相手に増援があっても対処できる。フレト達は完全契約だから最初っから有利な状況で戦える。それにお互いに連絡を取り合う事が出来ればすぐにどちらかの援護に迎える事ができる。つまりどんな状況でも、すぐに有利に立てるはずだよ」
「なるほどな、言われてみれば確かにそうだな」
昇の考えに感心するフレト。確かにその手段ならどんな状況に陥ったとしても、すぐに援護が来るし、昇もフレトもそれぞれに切り札を持っているからには、そう簡単には負けるとは思えない。
けれどもフレトが感心したのはそれだけではない。この町に入った精霊は二人。そして相手の人数は最大でも四人。つまりは相手に増援の精霊が居たとしても町の外であり、どこで相手に遭遇したとしても昇達の方が素早く確実に数を揃える事が出来る。
つまりは昇が立てた戦略では相手の増援が有った場合でも、昇達の方が確実に先手を取って相手よりも多い数で押す事が出来るということだ。
けれどもそれだけではない。昇にはエレメンタルアップ、フレトには完全契約を交わした精霊達。それぞれに卑怯とも言える切り札を持っている。そのうえ人数でも勝るなら負ける要素が限りなく無くなるというわけだ。
昇はそこまで考えてその戦略を立てた。フレトはその点に関心すると共に、その戦略があったからこそ自分達が負けたのだと今更ながら自分達の敗因を感じる事となった。
フレトがそんな事を感じている間にも昇はラクトリーに確認を取っていった。
「ラクトリーさん、どんな状況でも僕達と連絡が取れるように出来ます?」
昇の戦略ではそこが一番肝心なところだった。どちらが相手と遭遇しようと、その事をお互いに連絡する事が出来ればすぐに増援を期待できるからだ。
そんな昇の質問にラクトリーは笑顔で答えてきた。
「その点に付いては大丈夫ですよ。与凪さんの協力もあって、私達の連絡はいつでも出来るようにしてあります」
「じゃから安心せい。そうした連絡網はすでに完成しておるからのう」
「そっか、なら大丈夫だよね」
ラクトリーと閃華の答えに一安心する昇。けれども昇はすぐに机に突っ伏しているミリアを発見する事になった。
「……えっと、ミリア、どうしたの?」
「昇……嫌な事を思い出させないで~」
そんな返事を返してきたミリアに昇は首を傾げる。さっきのやり取りでなんでミリアが机に突っ伏す結果となったのかが分らないと言ったところだろう。
そんな二人を見てラクトリーはいつもの笑顔で昇に話しかけてきた。
「丁度良い機会だったので、ミリアに情報操作や今回の連絡網作りに徹底的な抗議を交えながら連絡網を作り上げましたからね。その所為でしょ」
あ~、そういえばラクトリーさんが着てからはミリアは放課後にいつも引っ張って行かれてたからね~。その後遺症か。ラクトリーの説明にそう納得する昇。なにしろ昇はここのところ毎日、放課後になるのと同時にラクトリーが教室に入ってきて、泣いているミリアを引っ張っていくところを見ているのだから。
今に考えればミリアが机に突っ伏しているのは、その事を思い出してしまったからなのだろう。なにしろラクトリーはミリアにとって唯一頭が上がらない師匠だ。そのうえ厳しい時にはかなり厳しいらしく。ときたま本気で泣き出すミリアを最近では見ているだけに、昇はミリアに同情するのと同じく自業自得という言葉が頭を過ぎるのだった。
まあ、ミリアの性格から言ってとても真面目に修行をしていたとは思えない。たぶんラクトリーが頭を抱える事が何度も有った事だろう。だからこそラクトリーの修行も厳しくなっていった事を昇はつい最近知ったのだ。だからこそ同情はしても、それはミリア自身が招いた事だと決して止めるような事はしなかった。
だからミリアが机に突っ伏していても掛ける言葉が思い浮かばない昇は心の中で合掌をするのだった。まあ、昇にしてみればそれぐらいしか出来ないのも確かな事だ。なにしろこの件に関してはミリア自身が頑張らないといけない事なのだから。
そんな事を思いながら少し遠い視線でミリアを見ていた昇の瞳に今度は隣に座っているシエラの姿が写った。
そういえば、今日のシエラは……。そんな事を思う昇。シエラは今日に限ってだが一言も発していない。普段のシエラならこういう会議の場では多少の補佐説明や自分の意見を言ったりするのだが、今日に限っては一言も口を開いてはいなかった。
確かにシエラは口数が多い方ではないが、主張すべき時はしっかりと主張するし、言いたい事があるときもはっきりという性格だ。そんなシエラが今日に限っては沈黙を守っているという事は未だに今朝から感じている違和感に変化が見られないのだろうと昇は結論付けた。
う~ん、どうしようかな。
そんなシエラを見て昇には迷いが生じた。このままシエラの様子を見ているべきか、それとも自分達がシエラを巻き込んで無理矢理自分達のペースに乗せるべきか。どちらにしても契約者が現れて、これから戦闘になる可能性があるからにはシエラをこのままにすべきでは無いと昇は結論付けた。
けれどもこの場では一旦議論をまとめた方が良いと判断した昇は皆に向かって口を開く。
「じゃあ、皆で契約者の探索に当たるという事で良いかな?」
「そうじゃな、そうした方が良いじゃろう」
昇の質問に閃華がそう答えると全員が頷いた。どうやら誰も異論は無いようだ。そんな中で閃華は気に掛かっていた事を与凪に尋ねる。
「それで与凪よ、その精霊の居場所は追えておるのか?」
与凪の話しでは今現在の居場所は分らないと先程言ったばかりだが、精霊の反応を追うことが出来れば相手の居場所を特定する事が出来る。そうなれば二手に分かれて探すより、一気に攻め込んだ方が良いと閃華は思ったようだ。
けれどもそんな閃華の期待を裏切るかのように与凪は首を横に振った。
「ここからだと、どうしても追える範囲とか限られてますからね。ただ私がこの町に張り巡らせたセンサーによって精霊が入り込んだ事を察知しただけですから、そこから精霊の居場所まで追う事は不可能ですね」
「そうなると……足で探すしかないかのう」
「ですね」
そんな会話をする閃華と与凪。そんな二人の会話を聞いていて全員が少しうんざりとした顔をした。なにしろこれから町に入り込んだ精霊を探すために町中を歩き回らなければいけないという事を二人の会話から察したからだ。
確かに昇達が住んでいる町は大都市とは言えない。けれどもそれなりの広さを有しており、その中から精霊を見つけ出すためには地道に町中を歩き回らないといけないらしい。
二人の会話からそんな事を考えていた琴未の頭にある疑問が浮かんだのか、琴未は手を上げると口を開いた。
「それで具体的にどうやって精霊を探すわけ?」
確かに今まで話してきたのは入り込んできた精霊に対する対処法であり、これから実際に動くには相手を確実に見つけなければいけない。その方法を琴未は尋ねたのだ。
そんな琴未の質問に与凪は心配は無いとばかりに胸を張って答える。
「それは大丈夫よ琴未。なにしろ昔から精霊を見つける方法は多数存在するからね」
「精霊の探索法は昔からの必須技術でしたからね。今ではかなりその精度は進歩しています。それに与凪さんはその手の技術に関してはエキスパートですから。その与凪さんが作ったレーダーのような物を使えば後は簡単に探し出せますよ」
与凪が答えた後に少し抗議を交えたラクトリーが説明の補足をしてくれた。つまりは与凪が作り出したレーダーで精霊を探せる事は確かなようだ。確かに与凪は戦闘向きではなく、こうしたバックアップを得意としている。だからこそ、そのような開発技術を持っていてもまったく不思議ではなかった。
そんな二人の答えを聞いた琴未は納得するのと同時に溜息を付いた。
「でも、そのレーダーを使って町中を歩き回らないといけないのは変わらないのよね」
「そうね、さすがにここから広範囲に精霊を的確に索敵できるレーダーの開発なんて無理なのよね。けど小範囲なら確実に精霊を見つける事が出来るレーダーなら既にあるのよ」
「つまり、それを持って町中を歩き回って相手を探せって事ね」
「そういう事よ」
はっきりと言い切った与凪の言葉に琴未は再び溜息を付いた。確かに入り込んだ精霊に対して早急に手を打たないといけないは分るが、そのために町中を歩き回る事になるとは思ってもいなかったことであり、これほどかったるい事になるとは琴未は思ってもいなかったからだ。
「まあ、しかたないじゃろ。このまま放置しておく訳にも行かんからのう」
「そうだよ琴未、ここは頑張らないと」
昇と閃華からそんな言葉を掛けられて琴未はうんざりしながらも元気良く顔を上げて見せた。どうやら琴未も覚悟を決めたらしい。それから琴未は隣で未だに突っ伏しているミリアにも渇を入れると、そのまま話し込んでいった。
そんな光景を見ながらも昇は未だに黙り込んでいるシエラに話し掛けた。丁度話しがまとまったところだし、閃華達はこれからの準備で多少の時間を要する。だからシエラと話すには丁度良い機会だからこそ昇はシエラに話しかけたのだ。
「シエラ」
「なに?」
昇が話しかけるとシエラは顔を向ける事無く言葉だけを返してきた。そんなシエラに昇は軽く息を吐くと話を続けてきた。
「えっと、とりあえず僕の顔を見てくれないかな」
そんな言葉を口にする昇。そんな昇の言葉を受けてシエラは顔を動かすと昇は今日に入って初めてシエラの顔をまともに見た。
シエラ……なんか、人形みたいだ。シエラの顔を見てそんな事を感じる昇。
シエラの顔立ちは普段から無表情に近いものがある。それでもシエラには感情があり、普段からそれを出しているからこそ、シエラからは人形のように無表情な印象を受ける事はまったく無かった。けれども今日のシエラはそんな普段のシエラとはまったく違い、昇はシエラから魂が抜けて人形にでもなったかのような印象を受けていた。
それは今までに経験した事の無いシエラに対する印象であり、昇は正直どう接しようか戸惑ったが、それでもシエラはいつものシエラでいて欲しいと思った昇は笑みを浮かべるとシエラとの話を続ける。
「今日のシエラは何か変だよ。何か悩みがあるなら僕に言って欲しい……って思ったんだけど」
最後だけ少し言葉を濁してそんな発言をする昇。そんな昇の言葉を聞いてシエラは驚きの表情を浮かべた。
確かに今日のシエラが少し落ち込んでいるというか、変だと言う事はミリア以外は気付いていた事ではあるが、シエラの事だからと皆が遠慮して聞かなかった事だ。それは昇も同じであり、先程はシエラに遠慮して率直に聞かなかったのだが、事態がここまで急変するとシエラをこのまま放っておく事が出来なくなった昇は率直に尋ねる事にした。
まあ、昇に遠回しに気を使うという事が出来なかったという事もあるが、この場合は功をそうしたようであり、シエラはいつもよりも少し無表情な顔になると昇との話を続けた。
「ごめん、心配を掛けた?」
「うん、いつもと違うから少しだけ心配だったかな」
「そう……ありがとう」
そう言ってシエラは昇に笑みを向けるが、昇はそんなシエラの笑みに違和感を覚えた。それはいつもシエラが昇に見せている笑みとはまったく違ったものだからだ。
それは昇ですら分るぐらい無理をして笑っていると感じさせる笑みだった。そんなシエラの笑みはどこか儚げで痛々しかった。
そんなシエラの笑みを見たからこそ昇は更に心配になった。だからこそ昇はシエラとの会話を続ける、無理に言葉を出そうと苦労しながら。
「……えっと、なんて言ったら良いのか分らないけど。いつものシエラに戻る事は出来ないのかな? なんか、無理して僕達に合わせようとせずに、いつものようにシエラはシエラらしくというか……だから、その……」
結局は言葉がまとまらずに支離滅裂な話をする昇。そんな昇にシエラは本当の微笑を向けると昇の手を取った。
「シエラ?」
突然の行動に昇はキョトンとした顔でシエラの顔を見詰める。そしてシエラはいつも以上の微笑を昇に向けてきた。そして昇に尋ねるのだった。
「昇は……私が必要?」
「えっ?」
突然の質問に昇は更に呆然としてしまう。そんな昇に向かってシエラは更に質問を重ねてきた。
「昇は私が昇の剣になれるから傍に居る事を許してくれているの? 私が必要だから傍に居ていいの? 私が必要じゃなくなったらどうするの?」
「えっ? えっと、ちょっと待って」
立て続けに質問されて昇の戸惑いは大きくなる。
えっと、必要ってどういう事? そもそもシエラは何でそんな質問をしてくるの? ……え~っと、とりあえずどうしよう。何とかシエラの質問に答えないとか。戸惑いながらもそんな考えを巡らす昇。
そんな時だった。突如としてどこからか木片が飛んでくるとシエラのおでこに直撃する。その衝撃で昇から離れるシエラは平然とした顔でおでこを撫でながら一言。
「痛い」
それだけしか言わなかった。それから木片が飛んできた方から琴未がシエラに歩み寄って思いっきりシエラを指差した。
「って、シエラ、人が他に気を取られている時に何をやっているのよ」
まあ、琴未からしてみればシエラと昇がお互いに手を取って見詰め合っているのだから、決して見逃せる状況では無いと判断してもおかしくは無かった。
だからこそいつものようにシエラに向かって攻撃したのだが、やはり返って来る反応はいつもと違って薄いものだった。
「……琴未が思っていた通りの事を」
「こんな事態の時にそんな事をしないでよね!」
シエラの一言にそんな突っ込みを入れる琴未。それからいつもならシエラと琴未はそのまま戦闘に成りかねない会話になるはずだが、今日に限ってはそうはならずにシエラは琴未に質問で返してきた。
「琴未は……私が居ない方が良い?」
「はぁ?」
いきなりの質問に琴未は素っ頓狂な声を上げた。それはそうだろう、いつものシエラからは考えられない質問が飛び出してきたのだから。けれどもそれもシエラの罠かもしれないと判断した琴未はいつものように答える。
「そうね、確かにシエラが居ない方が昇を独占できて良いわね」
「そう」
いつものように挑発的な言葉を発する琴未とは反してシエラの反応はあまりにも薄く、その答えは儚ささえ感じる答えだった。
そんな答えを聞いた琴未は思わずうろたえる。いつものシエラならそんな発言に対して決して肯定的な言葉は口にしないのだが、今日のシエラに限ってはまるで琴未が言っている事が正しいかのような反応を示したのだ。だからこそ琴未は慌てて言葉を付け加える。
「けど実際に居なくなると困るのよ! それは……私が一番見たいのは昇を私に取られて悔しがっているシエラを見るのを楽しみにしてるんだからね!」
顔を真っ赤にしながら、そんな言葉を付け加える琴未。まあ琴未としても素直にシエラを心配しているという態度を表に出せないでいるのだろう。それが琴未の良いところだし、欠点でもあると閃華は感じていた。
閃華も閃華なりに二人の事を気に掛けているが、ここは琴未に任せた方が良いと判断したようだ。そしてその判断を下したのは閃華だけでなく昇もそうだった。
女の子同士の方が言える事が多いのかな? 昇としてはそんな風に考えての判断だ。確かに昇には言い辛い事なのかも知れないけど、琴未になら素直に言える事も多いのではないのかと昇は考えたようだ。
昇がそんな事を考えている間にも二人の会話は続いていた。
「だから楽しみにしてなさいよ。いつかシエラが泣き崩れる日をね」
やはり挑発的な言葉を発する琴未。そんな琴未の言葉に対してシエラは今までとは違った反応を示した。
「確かに楽しみ、私じゃなくて琴未が泣き寝入りする日が来るのを」
「って、どういう意味よ!」
「言葉通りの意味。昇が私に惚れて琴未が泣き寝入りするように家出する。そして路頭に迷った琴未は見知らぬ猫とであって、二人で共に生きて行く事を誓うのだった」
「何勝手な想像を巡らしているのよ!」
「未来予想図……じゃない予言、というかこれが琴未の運命」
「勝手に人の運命を決めるんじゃないわよ! というか何で猫と一緒に生きて行かないといけないのよ!」
「……運命の出会いだから?」
「私に尋ねないでよね!」
結局はシエラのペースに乗せられる形で興奮していく琴未。そんな二人の光景を見て昇はやっと一安心した。そんな昇の隣に閃華が移動してきた。
「どうやらもう大丈夫なようじゃのう」
「そうだね」
未だにいつものようにシエラに翻弄されながらも言い返す琴未。そんな二人の姿を見て昇はやっとシエラには心配が要らないと思った。
けどそれと同時にまた同じような事が起きるのではないのかとも思っていた。確かに今のシエラはいつものように戻ったけれど、昇はシエラの質問に答えていないし、シエラも何かしらの答えを出したわけではない。ただ何かを確認しただけで安心しただけ、昇はそんな印象を受けていた。
だからこれからシエラに関してまだ何かが起こるのではないのかと心配があった。けれどもその心配が的中するのは数日後の事であった。
そんな訳で……祝! 第百話ですよ!!!
いやはや、エレメの連載を始めてから二年以上、ようやくエレメも百話を突破しました!!!
こうして百話を振り返ってみるといろいろな事がありましたね~。ロードナイト編が終わってから、全てを修正するために一ヶ月ぐらい更新しなかったり。うつ病のために休筆したりと様々なことがあってようやく辿り着いた百話です。
これも読んでくださっている方々、休筆する時に頂いた沢山の方々からのメッセージのおかげでございます。
そんないろいろな事も有り、ようやく辿り着いた百話ですが、エレメはまだまだ続きますよ~。まあ、白キ翼編は始まったばかりですからね~。これからも二百話、三百話を目指して頑張って行きたいと思っております。
……というか、そこまでこのエレメは続くのか? とか思っちゃってますけどね。けど、まあ、そこまで目指すという気概を持って頑張っていこうと思っております。
まあ、とりあえずは百話を祝ってかんぱ~い。というところですかね。さ~て、百話を過ぎた事ですし、これからも皆さんに読んでもらえるようなエレメを書き続けて行きたいと思っております。
さてさて、長くなったのでそろそろ締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、本当にこのエレメはどこまで続くんだろうとか思った葵夢幻でした。