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10.--Betrayer on The Bet Layer~エピローグ~






 表面に『100』と表示されていたカードが、宙に浮かんでいる。


 それが突如、百枚に分裂した。上下左右に整然と広がって、大きな長方形を形作っていく。


 出来上がったのは、百枚のカードをつなぎ合わせた、一枚の大きなカードだった。


 カードの一枚一枚の模様がそれぞれ微妙に違っていたのには意味があった。今、金の線が全て繋がり、大きな一枚となったカードに図形を描いていた。


 魔法陣である。


 黒地に金の魔方陣が描かれた巨大なカードが、さらに立体的に膨らんだ。空気を注入された風船のごとく、膨張していく。


 やがてカードは球形の立体魔法陣へと変化を遂げた。


 声が響く。


『汝、最強を証明せし者よ。その望みを申せ。どんな願いでも叶えよう』


 男とも女とも、子供とも老人とも判別つかない不思議な声音だった。


「えーと……これにお願いを言えばいいのかな?」


 変化を解いて上機嫌でにこにこ笑っている隣のサティに、裕之輔は適当な感じで確認をとった。


「そうですえ、ヨア・マジェスティ」


 弾んだ声で肯定する彼女はカードの化身であり、本来ならば魔法陣の一部になっているはずなのだろう。しかし勝利者のデーヴァであるが故か、サティは己の体内からカードのみを抽出して取り出しただけで、未だ裕之輔の傍に顕現していた。おそらくこの状況が、彼女の魂の解放を前提にしているからなのだろう――と裕之輔は推測している。


 ――それにしても……なんて言うか、台詞を含めてベタベタな展開だなぁ。


 自分が〈Betrayer's on The Bet Layer〉の最終勝利者であることにさしたる感慨もなく、ただ辟易するだけの裕之輔だった。


「ささ、ヨア・マジェスティ。どうぞ貴方様の願いを叶えたってください♪」


 サティは裕之輔が最終勝利者となり、自分の魂が解放されることがよほど嬉しいのだろう。これまで見たこともないテンションの高さだった。語尾にハートマークでもついているような声音で、今にも小躍りしそうな勢いである。というか、微かに聞こえてくる軽やかなリズムはどうやらサティの鼻唄らしかった。


 裕之輔は、ちらりと地面に視線を逸らす。そこには、今や色彩を失って固まってしまった少女が一人、仰向けに倒れていた。


 麟華だった。


 ほんの十秒にも満たない短い戦いの結果、相棒のキューリアスを吹き飛ばされてしまった彼女は、美里菜と同様に衝撃波で気絶し、次いでヴェトレイヤーとしての資格を失ったのだ。


 そんな彼女は裕之輔の予想とは裏腹に、意外と安らかな顔をしていた。


 ふむ、と裕之輔は腕を組んでしばし沈思した。


 やがて、おもむろに口を開く。


「願いを言うよ?」


 立体魔法陣がくるりと縦に一回転した。どうやら頷くかわりの動作らしい。


『なんなりと言うがよい』


 裕之輔は遠慮なく爆弾発言をした。


「僕をこの〈Betrayer's on The Bet Layer〉のゲームマスターにして欲しいな。ルールを変更して続行させるから。あと僕のデーヴァはサティのままにしておいてね」


 サティの鼻唄が止まった。


「……?」


 サティは上機嫌な顔のまま、可愛らしく小首を傾げた。どうやら理解が追いついてないらしい。が、そんなことは関係なく、


『了承した』


 と、立体魔法陣がくるっと縦に回転した。


「……え?」


 と疑問符を発したのはもちろんサティだった。


 裕之輔は、あは、と笑う。


「サティ、よかったね。ゲーム続行だよ?」


 サティの表情は上機嫌な笑顔のまま固まっている。


 と。


 ぱかっ、と紫の両目と小振りな唇が同時に開いた。


「……え――――――――ッッッ!?」


 無情なことに。


 静かなベット・レイヤーに、ドゥルガサティーの絶叫がこだましたのだった。




 そう。今の裕之輔こそがまさしく〈Betrayer on The Bet Layer〉であった。




 ●




「夕食の後、お店を探そうと思って携帯電話を弄ってて、たまたま発信記録を見た時におかしいなって思ってたんだ。何で涼風さんに電話かけてるんだろう、って。かけた覚えが全然なかったから」


 発信履歴を消してさえいればばれなかったものを。〝策士、策に溺れる〟とはまさにこの事であった。


 麟華が言っていた彩矢音の件は、実は全てサティの企てだったのである。


「で、時間を見たら僕が夕食を食べていた時間だったし、これはもうサティが何かしたんだな、って。まぁその時はサティのことを心から信用していたから、涼風さんを説得でもしてくれたのかなーって軽く考えてて。何かあったならちゃんと言ってくれるだろうなぁ、なんて思ってて。だからすぐに忘れちゃってたんだけど」


 裕之輔は、あは、と笑う。


 サティの企ては簡単なものだった。麟華に電話をかけ、自分の目的が『囚われた自らの魂を解放させること』と素直に話す。そのためには無論、主である裕之輔が〈Betrayer's on The Bet Layer〉を戦う必要がある。それは取りも直さず、麟華の希望と合致するものでもあったのだ。


 話にのった麟華は、その流れで多加弥に電話をかけた。そして彼女はこう言うのだ。裕之輔と仲良くなりたいので、とりあえず足掛かりとして妹の彩矢音を紹介して欲しい。ついては明日の創立記念日、三人でどこかに出かけないか――と。


 彩矢音が多加弥に特別な感情を持っていることは、サティからの情報で確定している。あとは多加弥が誘いにのってくれれば、自動的に彩矢音も呼び出すことが可能となるのだ。そして藤久良多加弥という少年が、この手の頼み事に誠実な対応を取ってくれることを麟華は知っていた。


 サティと麟華の思惑通り、騙された多加弥と、そんな彼にさらに騙される形になった彩矢音はいそいそとめかし込んで家を出た。こうなればしめたものだった。


 その上で麟華は裕之輔にこう言えばいい。「今朝、家を出て行った妹さんがどうなっても良いのか?」――と。


「涼風さんが人質を取るなんておかしいと思ったんだ。絶対そんな小難しいこと考えられる人じゃないから。そこで気付いたんだ。もしかしてあの発信記録は、【そういうこと】なんじゃないのか、って」


 何気に失礼なことを言いながら、裕之輔はスプーンを口に含む。


 前後関係を考えれば、一目瞭然だった。気付いた瞬間、頭の中でパズルのピースがぴたりとはまったかのようだった。


 何故、彩矢音が麟華に拉致される――実際にはそのように振る舞っていただけだったが――ことになったのか。その疑問と、あの時抱いた〈Betrayer's on The Bet Layer〉にまつわる全てに対する憎悪。それらが結びついたとき、自然と裕之輔は一番信頼するべき己のデーヴァにも疑いの目を向けていた。その結果、気付いてしまったのだ。麟華の不自然な行動と、あの謎の発信記録が繋がってしまうことに。


 裏切られていた。


 そう理解した時、裕之輔にあった微かな、本当に微かな逡巡が蒸発した。


 裏切り者のサティのことなどもはや裕之輔の知ったことではなかった。その魂がどうなろうとも構わない。否、むしろ解放などしてやるものか、と。


 目には目を歯には歯を。裏切りには裏切りを。


 その時だった。裕之輔の脳裏に、ゲームの進行を止めるという案よりも、その先を行く考えがよぎったのは。


 余談だが、ドタキャンを喰らった多加弥と彩矢音は結局二人きりで遊びに出かけ、それなりに楽しい時間を過ごしたとのことだ。推測の裏を取るための聞き込みで入手した情報である。


「――で、どう? 当たってるよね?」


「……へえ、ヨア・マジェスティ」


「……その通りよ」


 裕之輔の行きつけの店。スイーツカフェ『ちきり』。


 ジャンボクリームパフェを目の前に。その向こう側に意気消沈しているサティと麟華を並べて、裕之輔は【甘い一時】を過ごしていた。ちなみにパフェは当然のごとく麟華の奢りである。


「……ヨア・マジェスティはほんにいけずなお人どす……」


 サティは唇を尖らせて言う。裕之輔が己のデーヴァにし続けることを望んだため、その魂は解放されることなく、彼女は今も少年の忠実なる僕として傍らに存在していた。


「――それで神楽御坂君、あなた、ルールをどうするつもりなの?」


 居心地悪そうにしながら、麟華は巨大なパフェをぱくぱく食べている裕之輔に質問した。そんな彼女の前にあるのはブレンドコーヒーだけだ。実を言うと甘いものが苦手だったりする。


 そういえば、麟華には大きな変化が一つあった。


 あれだけ長かった髪をばっさり切ってしまったのだ。


 今では裕之輔と比べてもそんな大差ない長さである。その理由は一切口外されていない。しかし、彼女の表情は心なしか髪が長かった頃よりも軽やかに見える――というのが周囲のもっぱらの評判だった。


 麟華の質問に答えて、裕之輔はものすごいことをあっさり言った。


「うん。とりあえずカードの枚数を一万枚にするつもりだよ」


「「一万ッ!?」」


 サティと麟華が同時に腰を浮かせて叫んだ。裕之輔は唇の前に人差し指を立てて、しーっ、とする。店内全ての人が三人のテーブルに注目していた。


 はっ、となった二人が恥ずかしそうに腰を下ろす。


 現在、まだ新しい〈Betrayer's on The Bet Layer〉は始まっていない。ゲームマスターである裕之輔がルールを確定させず、ゴーサインも出していないからだ。


 裕之輔はスプーンでフレークの層を掻き回しながら、こう語る。


「正直な所、今でも僕はベトベトに対しては否定的なんだ。消えて無くなってしまえ、とも思っているよ。でもね」


 裕之輔はそこで一度言葉を切り、生クリームとフレークを口に入れる。軽く咀嚼しながら、


「それじゃおもしろくないよね。ここまで迷惑かけられたんだし? 犠牲になった人達もたくさんいる。まぁ自業自得とは思うけど。それでね、思ったんだ」


 噛み潰したものをごくりと嚥下し、あは、と笑う。


「台無しにしてやろう、って」


 画期的な悪戯を思い付いた子供の顔だった。


 二人の少女は咄嗟には反応しなかった。たっぷり三秒は少年の発言の意図を飲み込むことに消費した。やがて、


「……【ダルダル】だわ……」


 ぽつり、と視線をあらぬ方向へやった麟華が暗い顔で呟く。


 ふー、とサティが息を吐き、


「……やっぱりそうきはりますわなぁ……ああ、やぶ蛇どすわ。余計なことせんかったら良かった……」


 よよよ、と袖で目元を拭う仕種をする。


 裕之輔はにっこり笑って言う。


「もちろん不公平なことをするつもりはないよ? ゲームはゲームでちゃんとするつもり。美里菜ちゃんもまた参加するみたいだしね。だけど、あくまでゲームはゲーム。もう【ゲーム以外の何物にもさせない】。絶対にね」


 軽い口調の中に不動の信念の芯が通っていた。


 この場にはいないが、美里菜とはちゃんと仲直りをしている。というより、今回の一件でようやく互いのわだかまりがなくなったようで、以前よりも心の距離が縮まったように裕之輔は感じている。だから裕之輔は以前からの接し方をほとんど変えていない。あの傷のことがなくとも、美里菜を大切に思っているのは裕之輔の中の真実だったから。


「それに一回だけの優勝じゃそんなに大きくルール変えられないみたいだしね。何度も優勝して、どんどんクリアし辛くしていって、何のつもりでこんなゲーム作ったのかわからない制作者に一泡吹かせてやりたいんだよね、僕。あ、ちゃんと楽しみながらね。恨み辛みでゲームやっても虚しいし」


 最後の一言を自分に対するあてつけだと思ったのか、麟華がじろりと裕之輔を睨む。が、何も言わない。もしかすると何を言っても無駄だ、と諦めているのかもしれない。


「……つまり、どうするつもりなのよ? わかりやすく言いなさい」


「難易度をバカ高にするつもり」


「っ……! 本当にはっきり嫌なことを言うわね、あなたは……!」


 声を低めつつも半ば予想通りだったのだろう。諦めの微粒子が混じった溜息を吐き、


「――今度は負けないわ。絶対に」


 真っ正面から裕之輔を見据えて、そう宣言した。


 母親を蘇らせるという願いをまだ諦めていないのだろう。実に強い目だった。あるいは人の死ぬことがないゲームになれば、彼女はより本領を発揮するのかもしれない。


 むしろそれは楽しみだ、と裕之輔は思う。


「うん。お互い頑張ろうね」


「…………」


 そう返すと、麟華は興を削がれたようにそっぽを向いてしまった。


 実は、敢えて口には出さないが、裕之輔には考えていることがいくつかある。


 二人に語ったことは嘘ではないが、無論、それだけではない。


 第一に〈Betrayer's on The Bet Layer〉の難易度を高くする。カードを一万枚にするのはそのためだ。狙いはそれだけでなく、派閥やチームといったより一層ゲーム的な要素を組み入れることも想定している。


 次に、誰も死なないようにする。元々魔法みたいなものだ。それぐらい簡単なはずだ。最終勝利者になった際のメリットに対してリスクが小さくなりすぎるかもしれないが、そこは難易度で調節すればいいと考えている。


 なにより、これまで犠牲になった人々の救済。および今なお〈Betrayer's on The Bet Layer〉内に囚われ、デーヴァと化している人々の魂の解放。


 そして最終的には〈Betrayer's on The Bet Layer〉の消滅。


 一度で全てを叶えることは、勿論出来なかった。そもそも可能だったとしても、裕之輔はそれをよしとしなかっただろう。


 彼の行動は、こんなふざけたものを作り出した者に対する嫌がらせも兼ねているのだから。


 どんな目的でこんなものを作り出したのかは知らないが、きっと人々の醜さや道化ぶりを笑うといった、くだらない欲求に違いないのだ。決着など先送りにして、せいぜい遅滞させてやればいいのだ。


 急ぐ必要はない。裕之輔はそう考えている。


 これより犠牲になる人間は出ないのだし、すでに犠牲になった者達には進んでこのくだらないゲームに参加した責任がある。


 粉骨砕身の気合いで救ってやる義理など、裕之輔は持ち合わせていない。


 だから、ゲームを純粋に楽しみながら、最後には皆が救われればいい。そう思っている。


「あのう、ヨア・マジェスティ……妾の魂は、その……いつ……?」


 ちらちらと裕之輔を伺いながら、サティがそう問いかけてきた。


 いつになったら自分は解放されるのだろうか? そう聞いているのだろう。


 裕之輔の中の答えは決まっている。当然、彼女の魂も最後には解放してやるつもりだ。


 が、彼女の裏切り行為には報いが必要だろう。


 あは、と裕之輔は笑って、


「何の話?」


「……ああっ……!」


 サティ自身にも後ろめたさがあるのだろう。控えめな態度にそれが表れている。そういった殊勝さは充分好意に値するものだった。


 裕之輔はさらに笑って、


「うそうそ。ちゃんと考えてるよ。まぁ、またサティが僕を裏切ったりしない限り、ね」


「あうぅ……ああうぅぅ……」


 ぐさぐさと裕之輔の言葉の刺が胸に刺さっているらしい。涙目で呻くだけで、サティの言葉は全く意味を成していなかった。まるで小動物のようだ、と裕之輔は思う。


「あ、そういえば」


 ふと思い出したように裕之輔は言った。


「名前も変えた方が良いかな? 〈Betrayer's on The Bet Layer〉なんて物騒だし。どう思う?」


 この質問に対して、麟華は面倒くさそうに、


「どうもこうもないわ」


 と答え、


「へえ、ヨア・マジェスティのお好きにしはったらええ思いますけど……」


 とサティが遠慮がちに言う。


 あまり建設的な意見は出てこなかった。


 仕方がないので裕之輔は自分の頭で考え、


「んー……最近流行の四文字タイトルで〈べと☆べと〉っていうのはどうかな? あ、真ん中の☆は必須で」


 そう言った次の瞬間。


 麟華とサティが口を揃えて、


 それだけはやめてくれ、と頭を下げていた。




 ●




 名刺サイズになった、黒地に金の模様の入ったカード。


 大量のそれが、風に舞っていた。


 カードは一枚一枚が風に乗り、至る所へ飛んでいく。


 空を飛び、海を渡り、山を越える。


 次にそれを手にするのは、もしかすると、今これを読んでいる貴方かもしれない――








       完


これにて完となります。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


もしよろしければ、一言だけでも結構ですので、感想ページでコメントなどいただければ幸いです。


また評価もしていただければ、次回作への糧といたします。


どうぞよろしくお願い致します。


それでは、また次回作にて。


作者の仙戯でした。

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[良い点] たまに読み返したくなる面白さですね。
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