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セルキーの羽衣  作者:
1/1

発覚

 私の人生は、あっけないほど簡単に幕を閉じた。

 小さな男の子の横を迫る大型トラック。買い物袋を放り、手を伸ばす私。本当にとっさの行動だった。



「…ーあぶない!」



 気がつくと、血溜まりの中にいた。身体中が焼けるように熱い。これが痛い、という感覚なのだろうか。生まれてこのかた大きい傷を負ったことがないから分からない。

 目の前にいる、私が手を引いた男の子は、真ん丸な瞳をさらに大きく開いたまま固まっている。見る限り、大した怪我はしていないようだ。良かった。


 口を戦慄かせながら何かを言っているようだけれど何も聞こえない。今にも泣いてしまいそうな男の子に、私は安心させようとやさしく笑みを浮かべる。けれどうまくいかなかった。視界が滲む。


 ああ、そんなに泣いちゃ駄目だよ。目が赤くなっちゃう。私は大丈夫だよ。だって私は、


 そこで私の意識は途切れた。こうして私の人生の幕は落ちた、はずだった。


 目を開けると天井が見えた。続いて感じたのは柔らかい、温かいものに包まれた感覚。そこで私は初めてベッドの上にいるのだと気付いた。


 気だるい身体を起こし薄暗い室内を見渡す。そこは見慣れた我が家ではなく、アンティーク調の家具で統一された10畳ほどの部屋だった。ベッドも大きい。これが噂のキングサイズというものだろうか。ベッド右脇にはナイトテーブル、その1メートル先に大きな窓が開け放たれ、カーテンがさらさら揺れている。外はバルコニーになっていてちょっとしたパーティーが楽しめそうな広さだ。


 そこはまさに昔、友達の雑誌で見たリゾートホテルのような作りになっていて、何だか場違いな場所に放り出されたような気分になる。空は茜色から深い青色に染まりつつあり、ますます混乱した。


 自分は何故ここにいるのだろう。

記憶を辿ろうとするが、頭が痛んでうまく考えられない。


 たしか、学校の帰り道に、今夜の夕食の材料を買おうとスーパーへ寄り、近道の公園を通った。その後の記憶が曖昧だ。

うんうん唸っていると、ドアが開く音がして思わず身構える。


「起きたか」


 シンプルだが、丁寧な細工が施されたドアから現れたのは、端整な顔立ちをした少年だった。



年齢は恐らく同じくらいだろう、すらりとした体躯に紺色のブレザーがよく似合っている。



「あ、あなたは…」


「聞かせてもらうぞ、関谷希乃(せきたにきの)。お前は何だ。」



 かつかつと革靴を踏みならし、部屋中央のテーブルに腰掛け脚を組むと尊大な態度でそう問うた。先に聞かれてしまったのでつい口をつぐむ。

 自分が何者か聞かれているようだ。けれど、名前を知っているようなので何を話したらいいのか分からない。というか誰だこの人。

 仕方ないので所属学校や住所などの簡単なプロフィール、ついでに特技と趣味を答えた。


 制服の人はきょとん、と目を丸くした後、突然眉を吊り上げると鬼気迫る勢いでずんずんこちらに向かってきた。こわい。



「誰が、誰がそんなことを聞いた!!馬鹿なのかお前は!!」

「ひゃい!?ごめんなさい!」



 頭を鷲掴まれて痛い。やめてください。今、頭が痛いんです。ぐらぐらするんです。


 ちっと舌打ちをすると手を離す。暴れたせいでシーツがはらりと落ちてしまった。拾おうと下を向くとぎょっとした。今、自分は一糸纏わぬ、所謂生まれたままの姿になっているのだ。



一気に顔に熱が集まり、直ぐ様、シーツをかき集め丸まった。何故今の今まで気付かない私、彼に思いきり見られたではないか。



「…!!??」


「じゃあ質問を変える。『お前は人間か?』」



 彼は何事もなかったように話を続ける。え、何故気にしない。もしかして私が全裸なのはこの人のせいか。だとしたらこの人、変な人だ。

 なんだか知らないが、冴えない女子高生を拐って服をひん剥く変態だ。しかも、私を人外かなにかだと思っている。たしかにこの年齢で白髪なせいで目立つことはあるけれど失礼な人だ。



「私は人間です!あと、私の制服を返し…」

「誤魔化さず正直に答えろ。」


 制服の人は懐からカッターナイフを取り出し、限界まで刃を出すとイモムシのように丸まった私の眼前に突き付けてきた。驚いて動いたせいで掠めた手から血が流れる。本物だ。



「…ひっ」

「なんだ怖いのか。痛覚は人並みにあるということか?」


 何やらぶつぶつ呟く彼の言っていることが全く理解出来ない。私は普通の高校1年生だ。そんなものが刺されば場合によって死んでしまう。…死んでしまう?

 おかしい、買い物の後、私は子供を庇ってトラックに轢かれて死んだはずだ。でも、私は生きている。あの血溜まりや痛みは夢だったのだろうか。なら男の子はどうなった?まさか助けられたことも夢だったのでは…。


途端に襲う恐怖、もう制服の人の言葉は耳に入らなかった。



「どうして…」

「思い出したようだな。そう、お前は死んだんだよ。なのに何故生きている…」

「子供は無事ですか!?」

「はぁ?」

「あの時の、子供は、大丈夫でしたか?」



 あの小さな命が無事だったのかどうしても知りたかった。助けられたのは私の夢だったのではないだろうか。現に私は生きている。

 この恐怖にも似た感情を、一刻も早く払拭したい。私は彼の腕を掴み懇願する。彼は私の剣幕に圧倒されたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな表情をしている。



「お前は、見ず知らずのガキを心配してるのか?」

「お願いします、教えてください…!」

 

「……無事だ。アンタが庇ったおかげで傷ひとつない。」



 自嘲気味に呟く彼の言葉に緊張していた身体が脱力する。加えて涙腺まで緩んでしまったようだ。視界が潤む。本当に良かった。



「…良かった。」

「まあいい、アンタが人間でない事は分かっているしな。」



カッターナイフを仕舞いながら制服の人は、私を一瞥すると足早にベッドの先のテーブルに腰掛けた。



「気が変わった。お前の質問に答えてやる。あと、服は汚れていたから脱がせておいたぞ。」



着替えはそこにある。有り難く思え、と首をくいと動かした先を見るとチョコレート色のナイトテーブルに着替えが畳んであった。


 恐る恐る手に触れると普通のワンピースのようだ。白いレースがあしらわれた可愛らしいデザインだ。その下には青いストールがある。


 しかし、下着はない。ちらりと制服の人を見るが何も言わない。この人、変態だ。ついでにいうと何かと偉そうでデンジャラスな人である。でも、服がこれしかないのなら仕方ない。服を掴み、シーツの中でもぞもぞと袖に腕を通す。



「従順さは合格だな。」



 何か言ったような気がしたけれどよく聞こえなかったから気にしないことにした。



***



 ストールを肩に掛け身体を隠すように巻くと私も、彼に習ってテーブルの前の席に着く。制服の人と向かい合う形になった。変な人だけれど、顔は整っているので恥ずかしい。



「あの、あなたは…」

「まず、俺の名は榊原一(さかきばらはじめ)だ。」



 無視である。質問に答えると言っておいて先に話しはじめた。何なのだこの人は。彼は構わず続ける。



「結論から言おう。お前はあの時に死んだ。出血死だな、それは間違いない。」



 あの時の血溜まりは夢ではなかったのか。制服の人改め、榊原さんは一呼吸置いてここからが本番というように脚を組み直す。私も居ず舞いを正した。



「だが、異変が起こった。

お前が目を閉じた、恐らく心肺が停止した瞬間、身体が再生し始めた。」 

「ちょ、ちょっと待ってください!あなたが助けてくれたんじゃないんですか?それに、再生?そんなファンタジーなことありえません!!」

「俺がお前などを助けるメリットがどこにある。それに、実際に起きたことだ。そのガキが見たんだからな。」



 いきなり突拍子のないことを言い出した榊原さん。それでは、私は不死身の化物ではないか。納得出来ない私に痺れを切らしたのか「じゃあ証拠を見せてやるよ。」と言い榊原さんは立ち上がる。


 まさか私をさっきのナイフで刺し殺すのでは、と身構えるが、そんなことはせず小さなチェストを開け、赤黒いぼろ雑巾のような布を投げ渡す。慌てて受け取り、見てみるとそれには見覚えがあった。





「私の制服だ…。」



 大きなタイヤ痕と千切れた布地、べったりと着いた赤いものはおそらく血だろう。よく見ると潰れた校章ピンの裏に自身の名前が書かれている。

 これは間違いないなく自分の書いた字であり、私の制服だという証明だ。毎日身に付けていた黒いセーラー服は無惨な姿で私のもとに返ってきた。


 彼の言うことは本当だ。これでは、本当に私が人間なのか疑われても仕方がない。自分だって信じられないのだから。私は自分の制服を抱きしめる。


「お前は不死だ。だが怪我をするところを見るに死後、傷は再生するようだな。」

「…。」



 冷静に自分を分析しないで欲しい。あと、まじまじとこちらを見ないでいただきたい。顔は整っているのでそのように見られると恥ずかしいのだ。



「自分がいかに希有な存在か自覚してもらったところで俺からの提案だ。

自分の正体を知りたくないか?」


「?」



 何を言っているのこの人は。意味が分からず首を傾げると、榊原さんは大仰に手を広げ熱弁を始めた。正直、こわい。



「俺は知りたい。お前のような存在を初めて見た。見た目はしょぼいくせにその信じられないくらいの再生力、実に面白い。解剖したい!」

「今、何か怖いこと言いませんでした?」



 しょぼいことは自覚しているのでそこは良い。けれど、解剖とはどういうことだ。



「帰ります。服、ありがとうございました。後で代金はお支払いします。」

「そんなものいらないから解剖させろ。」

「嫌だから帰るんです!」

「どうせ、死ねば無傷になるから良いだろう。減るものじゃないし。」

「減ります!!」



何故こんなに食い下がるんだこの人、こわい。



「…良いのか?俺以外の人間に不死がバレたら良くて見世物にされた挙げ句の解体ショー、悪ければ人体実験の道具だぞ。」

「それどちらも結果は同じじゃないですか!?」

 部屋を出ようとドアに手を掛けるが、後ろからの発言に振り返る。何てことを言うんだ、この人は。


榊原さんはにやりと口許を歪める。そんな表情も様になっているので恐ろしい。



「俺がうっかり口を滑らせなければいいがな。」



 もしかして、私、強迫されている…?

 爽やかな笑顔を浮かべ、「さあ、もう遅いから夕食でも食べてこれからの事を話そう。」といつの間にか席につき頬杖をついている榊原さんは私に座るよう催促する。振舞いはどこの貴族かと言いたくなるほど洗練され、優雅だ。


 ため息を一つ、諦めに似た気持ちでドアノブから手を離すと、榊原さんの前に着席する。彼は更に笑みを深めながら、



「良い子だ。」



と囁いた。

 恥ずかしい人め…!先程とは違う意味で顔に集まる熱を無視して榊原さんを睨む。



「あなたは何者なんですか?あとどうして私が不死身って分かったんです?」

「想像に任せる。まあ、お前がトラックに轢かれるところを偶然見たしがない一般市民ってところだな。」



 手を組み満面の笑みを浮かべる榊原さんは胡散臭げで、申し訳ないが嘘にしか聞こえない。しかし、彼がここに運び入れてくれなければ私はどこかの研究所送りにされたのだろう。そうしたら、このようなベッドで眠ることも綺麗な服を着ることもなかったのかもしれない。

 その点では助けられたのだと思う。


 

「他に何か言いたいことはあるか。今なら文句もいいぞ、拷問一回分で許してやる。」

「あの、助けてくれてありがとうございました。」


「…はぁ?何言っているんだお前。俺はお前に脅したんだぞ。」



 自覚はあったんだと思ったけれど話がややこしくなりそうだったので黙っておく。



「榊原さんがいなければ、私はきっとどこかの国の研究所でホルマリン漬けだったんだろうなぁ、と思って。だったらやっぱりここで私はお礼を言わなければと…余計でしたか?」



 何はともあれ、私がここにいられるのは、彼の知的好奇心を刺激したからこそ成せる業である。榊原さんが事故現場にいなかったら私は…いや、考えるのはよそう。恐ろしくなってきた。 当の榊原さんは何も言わず、私を見つめたままぴくりとも動かない。ただ瞳だけがゆらゆらと不安げに揺れている。先程の余裕綽々だった彼とは別人のようだ。どうしたのだろう。



「…ああ、そうだな。俺がいなければお前は死んだ方が増しだと思うような目にあっていた。有り難く思え。」



 気のせいだった。榊原さんは指を突き付けて自慢気に鼻を鳴らす。どうしてこの人はいつもそう偉そうなのだろう。



「俺の傍を離れなければ、お前を狙う全ての危険から守ってやる。勿論、不死の秘密もだ。」

「…はい。」



 真剣な声色、笑みを無くした表情で囁く榊原さん。端から聞けば、大勢の乙女が発狂しそうな口説き文句だけど、脅しの後のこの言葉である。あまり効果はない。むしろ不安になってきた。



 こうして私と榊原さんの奇妙な同居(?)生活は始まった。

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