孤軍奮逃
自分が誰だか分からなければ、自分を作れば良いんだ。
〈奴らが来る。逃げろ!〉
頭の中で響く知らない男の声にただ導かれる。
「あんたはだれなんだ?!」
〈走れ!〉
そんなこと言われたって
「どこにいけばいい!」
〈いいからとにかく走れ!〉
声はただ俺を導くだけ、何も教えてはくれない。こんな奴の言いなりにはなれないな。
〈だったらそこで野垂れ死ぬんだな〉
……どうやら俺の考えが分かるらしい。ならば口に出さず問う。お前は誰なんだ? 俺は誰なんだ?
〈お前は、俺だよ〉
二つの問いをまとめて返された。哲学的すぎて俺には理解できない。
〈いつか分かる。だから走れ!〉
さっきからそればっかりだが、今はこの声しか信じられるものがない。従うことにしよう。
業火が視界を焼き尽くしている。屋内だろうか。爆音と共に鉄骨が落下した。
「いたぞ! 殺せ!」
燃え上がる建物内に声が響く。振り向くと人間を一回り二回り……おそらくそれ以上大きくしたようなパワードスーツの類が重い足音を立てながら走って来る。つまり、こいつらから逃げろって事だ。
右足を踏み出すと、想像上に軽く体が前に進む。慌てて左足を出し地面を蹴る。速い。
〈最新式だからな〉
なるほど、どうやら俺もパワードスーツを装備しているらしい。
炎を裂いて建物を抜ける。夕焼けに黒煙が立ち上っているのを横目にみつつ林に飛び込むと追っ手はさっきより数段軽そうな軽量型に変わっていた。
木々を縫うようにして進む。やつらも同じようにして食い付いて来る。しばらく進むと遠くに日の光が見えてきた。市街地だろうか。俺が市街地に入ると困るとでも言うように追っ手がスピードを上げた。ブースターの燃焼音が近づく。このままのスピードなら追い付かれるのは時間の問題だ。俺のパワードスーツにブースターはついていないのか?
〈安心しろ、スゲーのが付いてる〉
だったら今すぐその【スゲーの】の使い方を教えてくれ。
〈勢いをつけてから【エクストラコード】だ。復唱しろ〉
よっしゃ! スゲーのいくぜ!
「うおおおおおおおおおお」
できうる限り最高のスピードで、あらん限りの力で走る。
「エクストラコードっ!」
『エクストラ』
場違いに冷静な女性の声が聞こえると背後……というより俺の背中が爆音を発し、体が吹き飛んだ。
恐ろしい早さで木々が視界から消えて行く。時々投げ出された腕や宙に浮いた足が木々にぶつかるが、行きすぎたブースターのおかげで体が傾く事はない。そういえば俺は、止め方を知らなかった。
「おい!ストップ!ストップ機能!」
<【リセット】だ!>
「リセットおおおお!」
『リセット』
爆音が消えた。全力で地に足を踏ん張るがそれでも止まらない。林から飛び出し、一瞬広がる視界。そして次の一瞬には、壁。
……粉塵により視界は不良。
うつ伏せに倒れた体は重く、起きあがるのに苦労した。とりあえず腰をかけ、後ろを振り返る。大穴の空いた壁の向こうにはさっきまでいたであろう林が見える。やつらが出てくる様子はなく、なんとか逃げ切ったようだ。
次に家屋の中に視線を戻す。どうやら風呂場に突っ込んだらしい。鏡とタイルの破片が散乱している。腰掛けた俺のすぐ正面に、少女がへたりこんでいた。
身長はかなり低く、まだ10年生きたかどうかという年齢だろう。しかし黒い瞳は今は驚きで丸くなっているが、それでも大人びた、大人しげな雰囲気を醸している。白くキメの細かい肌と対をなすような黒い髪からしっとりと水を滴らせながらその瞳でひとしきり大穴と俺を交互に見た少女は、改めて俺を見て、どう言う訳か顔を真っ赤にして涙ぐんだ。
「お、おやおや?」
よく見れば人間が身に纏うべき衣服を一切身につけていない。手にもったシャワーからは水が途切れ途切れに弱々しくでているが、今止まった。
「お、お邪魔しまーす」
とりあえずここは慌てず、とにかく怪しい人じゃない事をわかってもらおう。
少女は驚いて腰を抜かしたのだろうか、ずっと尻餅をついたような体勢のままだ。
「だ、だれ……ですか」
繊細な可愛らしい声をこれでもかと震わせて聞いてきた。実のところ俺も自分が誰だかわからない。
「誰だろうな……」
考えられる最良の返答。少女も、俺すらも俺の事を知らない。こんなに汚れなく真っ白な人間がいるだろうか。
「ぐすん、うぁぁぁぁ」
なぜ泣く! 知らない男が風呂の壁をぶち壊して飛び込んで、訳の分からないことをのたまっているだけだろうが! 一体なにが悲しいというのか。
「な、泣くな! ほら、いい子だねー!」
少女の泣き声はまるで収まる様子すら見せない。ああ、きっとこのパワードスーツが怖いんだ。とりあえず顔を見せて安心させよう。と思い、フェイスシールドを上にスライドする。
「ほーら泣いちゃいけないよお嬢ちゃん。とりあえず服を着ておいで」
相手は女の子だ。俺自身も目のやり場にこまるし、まず服を着てもらって、弁解しよう。
少女は一瞬きょとんとして、泣きながら逃げるように風呂場をでた。すりガラスの向こうで体を拭いて、服を着ているのがわかる。
よく見えないが、ピンクの服はパジャマだろうか。胸のあたりからボタンをしめて、少女は脱衣所からでていった。誰かを呼びに行ったのだろう。終わった。もうなるようになれ。
「それより・・・」
聞こえてるんだろ? さっきの奴らはなんなんだ?
〈・・・〉
おいおい、誰だか知らないがお前なおかげで厄介なことになりそうなんだ。俺にも知る権利はあるだろう。
〈・・・〉
だんまりを決め込むつもりか。さっきまで散々指図してたくせに、ずいぶんと都合がいい幻聴だな。
〈・・・〉
それでも声が俺の呼びかけに答えることはない。
ガラッ
不意にすりガラスの扉がひらいた。今度は上下ジャージの少年がまるで不審者を見るような目で俺をじっとみている。不審者も少年をじっと見る。
「……」
「……」
「変態だあああああああ!」
え、どこどこ?という間もなく少年は走り去っていってしまった。サーっと血の気が引いていく。事態は明らかに悪い方へと向かっている。次にくるのはあの子の家族か自治隊だろうか。どちらにしてもさっきの俺は一歩引いて見ればかなりダイナミックな覗き魔みたいなもんだ。
しばらくしてまたすりガラスの扉が開く。少年がおっさんを連れて来たようだ。後ろに少女も隠れている。
「なんだこいつ……」
ライフルをこちらに向けて叫んだ。ガタイのいいヒゲ面おっさんはけだるそうな鋭い目で俺を睨んでいる。
「お邪魔してます」
「BPS脱げ」
BPS。俺はなぜかそれについて詳しく覚えている。俺の装備の商品名で、永塚化成工業が独自に開発した[ジャガーノート]と呼ばれる装甲を使用したパワードスーツだ。
約20年前パワードスーツというカテゴリの兵器が広く浸透し、多くの企業がそれの開発に注力することになる。が、圧倒的な防護性能を持つジャガーノート装甲の登場によりパワードスーツ市場は永塚のほぼ独占状態になった。
「なにボーッとしてんだ。早く脱げ」
低く太く、冷淡な声だがどこか少しだけとっつきやすそうなおっさんだ。
「あ、はい」
脚と腕、胴体の装甲を外す。いま気づいたが下にはジャージを着ているらしい。
「何がしたいんだお前」
怖い怖い。このおっさんは変態を捕まえにここに来たんだ。ありのままを話した方がいい気がする。
「外をね、走ってたら止まらなくって事故ったんすよ」
「……。お前軍人だろ」
「それがなんにも覚えてなくて」
「は?」
「記憶喪失ってやつ?」
「頭打ったか?」
何で記憶がないかなんて分かるわけないし、面倒だからそう言うことにしとこう。
「ここはどこ?私は誰?」
「ふふっ」
少女がおっさんの後ろで笑った。それだけのことだがすこし希望が見えた気がする。
「この忙しい時に変態だ変態だってこいつらが走ってくるもんだからなんだと思って見にくれば、とんだ変態だな」
「お手数かけまして」
「はぁ。ももか、こいつどうする?」
「……お風呂を直してください」
それもそうだ。とは言え俺は財布も工具ももっちゃいない。
「じゃ、支払ってもらうか」
「体でってやつ?」
「子供の前で変な事言うな」
「悪いが持ち合わせはない」
「そのBPSで稼いでもらう」
「俺が?」
「他に誰がいるんだ。ほら立て。それもってこいよ」
「それ」とは俺が脱いだBPSのことだ。自分でも不思議なくらい手際良くキャリングハンドルにまとめる。この様子だと、なにか仕事でも手伝わされるのだろうか。
「ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるから」
「はーい」
少年と少女が手を降る。おっさんの後について玄関から部屋を出るのは連行される囚人のような気分だ。通路には今出て来たのと同じ分厚いピンクの扉が連なっており、向かいの4階建ての住棟には明かりがぽつぽつと見える。おそらく俺が突っ込んだのは団地の一室だろう。外では既に薄暗い路地を街灯が照らしていた。いち早く輝き始めた星をぼーっと眺めながら歩いていると、前を向いたままのおっさんが低い声で言った。
「お前、本当に記憶喪失なのか?」
「まあな」
「名前も?」
「リョウ」
俺の名前はリョウ。数少ない記憶の一つだ。
「俺はコウキだ。ついでだからそのBPSのことも教えてくれ。見たことない型だな」
「プレスト。最新型だから知らないのも無理ないか」
「名前は聞いたことがある。にしても、そんな事は覚えてるのか」
「BPSのことはやたら覚えてるけど自分の事は名前しかわからない。どうしたもんかな」
「嘘くせえな」
「嘘じゃない」
「変態だろ」
「関係無い」
「そうかい」
そう言ってポケットから取り出したライターを顔の前に持って行く。ライターをしまうと、煙が風に乗ってきた。
「っぶぇくしょーっほーい」
鼻がつつかれたようにむずかゆくなり、自分でも可笑しく感じるくらいわざとらしいくしゃみがでた。煙が鼻や目にしみる。
「げほっげほっ……うぉぇ」
これまたわざとらしい。コウキも違和感を感じたのか、振り向いて俺を見る。
「苦手か?」
「そうらしい……ごほっ」
「我慢しろ」
前を向き、また歩き出した。変態に嫌煙の権利はないらしい。
「どこに向かってるんだ?」
「この地区の民兵本部だよ」
「民兵……」
「そんな事も知らないのか?」
「なんとなくは分かる。具体的になにやってるのかは分からん」
知識に関しては、この時代に生きていく最低限の物が備わっているようだ。民兵と言えば各地区に存在する民間の軍事団体で……って事しか知らない。
「市民を守るって名目でな、道路とか団地を整備したり、色々やらされてんだよ」
「ふーん。大変なんだな」
「変態をとっ捕まえてこき使ったりな」
「……」
「冗談だよ」
「いや冗談じゃないだろ」
「まあな」
「勘弁してくれ・・・」
「風呂ぶっ壊してくれたからな」
悔しいが何も言い返せない。
そうこうして、こぢんまりとした集会所のような家の前まできた。
「ついたぞ」
「これが民兵本部?」
「文句あるか?」
「いがいとしょぼいな」
「偽装だよ。あんまりそれらしいと狙われるだろ」
「狙われる?」
「紛争とかたまーにな」
「ふーん」
偽装と言えば聞こえはいいが、どうせ昔からあった集会所を使いまわしてるんだろう。かなり古い匂いのする玄関がガラガラとやかましく開くと、座敷に敷かれたブルーシート上に円形に並べられたBPSの中心でノートとにらめっこする若い女性がこちらを見た。
「あれ、招集でましたか?!」
あちこちにオイルの汚れが目立つ黄色い作業着を着ている小柄な女性は、丸っこい瞳で俺の手元のBPSをちらちら見ている。元気の有り余っているようなハキハキとしたしゃべり方は、肩までの短い茶髪と相まって元気なイメージを植え付ける。
「いや、用事だ」
「お客さんですか?!」
「記憶喪失の変態。リンの部屋にあがりこんで風呂をぶち壊してくれた」
その言い方をされると俺のここでの居場所がなくなる。それに厳密には風呂をぶち壊して部屋にあがりこんだと言うべきだ。そうでないと……
「お、お風呂を壊しに来たんですか?ここはシャワーしかないですよ!」
ほれみたことか。なるほどこの人は少し抜けてる様子だ。俺を風呂の破壊者と勘違いしている。
「風呂を壊しにきたわけじゃないんだけど……」
「風呂を直すために稼いでもらわないといけないんでね、こいつの事は好きなようにこき使うこと」
「了解です!メカニックのツバキです。よろしくお願いします!」
「リョウでいいよ。よろしく」
ぺこりと頭をさげたと思えば、突然しゃがみこんだ。俺右手に下げていたBPSに興味を示したらしい。腰につけられた工具やらダクトテープやらが音をたてている。
「これ、なんですか?」
「ダット。BPSだよ」
「おー、これがダットなんだ。フライングゲットですか?」
「え?」
「どういう意味だ?」
コウキも今のツバキの発言に違和感を感じ、聞き返した。
「やだな、ダットは未発表のBPSですよ!えーっと、再来月だったかな……」
「……なるほどな、こいつが何者なのか少し当たりがついた」
ああ、そうだ。
「未発表のBPSを持っている俺は、BPSの生産者である永塚と関係のある人間ってわけだ」
ツバキは意味がわかっていないらしく、ぼーっと俺とコウキの顔を交互に見ている。
「ま、そのうち分かるだろ。キヨミは?」
「あ、上にいますよ!何かあったみたいです」
「行くぞリョウ」
「はいはい」
奥の階段から二階へ上がるとこれまた畳の部屋で、窓際で髪の長い女性が外を見ている。部屋に設置された何かの装置に接続されたインカムをつけてだれかと通信しているようだ。
「ええ、まだいるわ。あ、ごめんなさい。追って連絡するわ」
インカムを外してこちらを向く。
「丁度いいところにきたわね。問題発生よ」
ツバキとは打って変って足はすらっと長く延び、鼻も高い。綺麗に整った長髪、さらに赤いふちの眼鏡は頭の良さげな大人の女性という評価がピッタリだ。
「なんかあったのか?」
「永塚が爆撃されたわ」
「は?!じゃあさっきの爆音が……」
「ええ、北川の私兵みたい。今は永塚に居座ってる。そのうちこっちに降りてくるかもしれないわ」
「なにを考えてるんだ」
「動機ならいくらでもあるでしょ。BPSか出てきてから北川は散々苦渋を飲まされてきたんだから」
「それもそうか……」
「丁度偵察を送ろうと思ってたの」
「だから丁度いいってわけか」
「そう、丁度いいツーマンセル……彼は?」
眼鏡越しに疑いの目で俺をみる。
「ああ、こいつは」
「リョウです」
「記憶喪失なんだってさ。BPSでいきなり団地に突っ込んできた。修理費を稼いでもらおうと思う」
「そう。私はオペレータの清美。よろしくね」
あまり興味がなさそうなのはそれよりも重要な問題が発生しているからだろう。
「自前のBPSがあるらしい。武器は持ってるか?」
「いや、BPSだけだ」
「それじゃあ適当なのを持って行くといいわ。交戦は避けてもらうことになるから最悪手ぶらでも問題ないし」
「おいおい、今から行くのか?」
「同胞の危機を放置はできないでしょ?招集出す手間が省けたわ。できるだけ早く準備して、出撃前に一応ブリーフィングをするからまたここへ」
「ちっ、わーったよ」
コウキの後を追って階段を降りる。
「ツバキ、BPS出せるか?」
「え、どうかしましたか?!」
「いや、ちょっくら用事ができた」
「問題ないですけど、バッテリーはどれにします?Lはまだ50%くらいです」
「Mでいいよ。すぐ帰ってくる」
「了解です!リョウさんも行くんですか?」
「うん、そうらしいね」
「じゃあM二つですね!」
とことこ、とツバキが薄暗い廊下に消えた。
「武器は…なんでもいいな」
「ああ」
奥のふすまを開くと、積まれた弾薬箱に銃器やブレードが立てかけられている。
「LIPはいらないか…。これを使え」
アサルトライフルのキャリングハンドルを持ってこちらに突き出す。
「こりゃどーも」
対装甲ライフル。対装甲と言うとひと昔前では化学エネルギー系の弾丸をぶつけて装甲を穿つロケット兵器が主流だったが、歩兵までもが強力な装甲を身につける現代ではより手軽に運用できる小型な物が求められ、結果広まったのが対装甲ライフルだ。高強度かつ大口径、質量も高い弾丸を多装薬を用い高速で発射する。実包のサイズも小型化が進み、「対物ライフル」と呼ばれた頃は専ら狙撃向けの取り回しだったのに比べ、突撃銃的な役回りも可能になったのはここ最近の話だ。
今では近~中距離間での主な火力兵器は対装甲ライフルが基本で、ライフルと言えば対人実包を用いるものよりこの対装甲ライフルを
指す場合が多い程だ。
永塚製のLIPスラグと呼ばれる対BPS装甲弾もあるが、あれは高価な上にBPS装甲以外には対した効果はない。BPSとの戦闘では確かに重要な存在だが、戦闘を避けるべき偵察任務に携行する武器に護身以上の意味はない。だから無難に対装甲ライフルというわけだ。
と、知識の記憶を漁っているうちに俺もコウキもBPSを装備し終え、二人並んで重い体を座敷の段差に預けていた。
「熱いな」
コウキが膝の間に視線を落としながらつぶやいた。BPSはパワーを入れることで内部温度を快適に保ってくれる上、筋力アシストで重さもほとんど感じないが、電源オフの状態では重く熱苦しい古代の鎧みたいな物だ。非起動状態のBPSがキグルミと呼ばれるのは正にこのためだろう。
「パワー入れてないから」
「電気って、偉大だな」
「偉大だなー」
くだらないぼやきを漏らしていると、後ろから元気な声が投げられた。
「お待たせしました!リョウさん、使ってたバッテリー預かりますよ!」
「あー、お願い」
考えてみればこれからつけてもらうコウキはともかくバッテリーがついて居た俺はパワーくらいいれておけばよかった。馬鹿だ。
六角レンチで手際良く俺のバッテリーを付け替える。
「これは……Sですね。今日ずっと使ってたんですか?」
「と言っても少し走っただけだよ」
「助走をつけてたんですね」
含み笑いをしながらコウキにもMサイズのバッテリーをつける。
「さて、ブリーフィングだ」
二つの電子音がほぼ同時に重なり、起動したことを知らせる。
再び二階にもどると、キヨミがペットボトルの水を飲んでいた。
「来たわね。じゃあ現状を簡単に説明するわ。まず事の発端は本日1432、北川所属の航空機が永塚工業本社を攻撃、反撃の間もなく永塚工業は事実上壊滅した」
ホワイトボードの文字をトントンと叩きながら説明する。
「永塚には私兵がないからな」
「攻撃から数分後、永塚のすぐ西の林から民兵向けに救援を要する旨の通信がはいったわ。そこで今回の任務は、永塚生存者の救出。あわよくば現場に集結している北川の小隊から今回の事件に関する情報を収集する事よ。いいわね」
「生存者の人数は?」
「わからないわ。ただあまり多くはないはず。林の中で身動きが取れない状態よ」
「了解。ヘリを出してくれ」
「カタパルトよ」
「ヘリを出してくれ」
「カタパルトよ」
「ヘリ」
「カタパルト」
「だー分かったよ。やりゃいんだろ……」
「隠密作戦なんだから、貴重なヘリが出せるわけないでしょ。早く屋上にいくわよ」
渋々とキヨミに続いて部屋の隅の錆び付いた梯子を登るコウキ。同じように梯子に手をかけると、BPS越しにも梯子が錆びついているのがわかった。数段上がり、すぐに黒い空が見える。
「さ、やるわよー」
キヨミは張り切った様子で、屋上に取り付けられた重機のアームのようなカタパルトの操作盤をいじっている。
「下手くそなんだよあいつ」
「へ、へぇ。そうなんだ」
「あら、なにかいった?」
「いやなんでもない」
「だったら早く乗りなさい。二人一気に行くわよ」
「冗談キツイな……」
おそらく手前に取り付けられたスライドが炸薬の力で押し出される仕組みのものだ。スライドの右半分でクラウチングスタートの体制を取るコウキ。顎で隣に乗るよう促す。
「発射と同時にスライドを蹴るんだ。着地はBPSがオートでアシストしてくれる」
「わかった」
キヨミの方に親指を立てて合図すると、
「男たちよ……弾丸におなりなさい!」
ガシュッ
スライドを全力で蹴ると強烈な反動で加速したのを感じ、空中に打ち上げられた。眼下に広がるのは規則的に並んだ街灯とわずかな街の光、他は全て闇だ。そして正面少し遠くに同じく弾丸人間がいる。より最適なタイミングでスライドを蹴ったのだろう。コツがあるんだな……。
「うおおおおおおおおお」
自由落下を始めたコウキの悲鳴が聞こえた。直後に俺も放物線を下り始める。
「ああああああああああ!」
マイナスの重力に内蔵を引っ張られるような感覚。胃もたれを数十倍酷くしたようなその不快感に吐き気すらおぼえる。
「うぉえええええ」
BPSのスラスターが燃焼を始め、少しずつ減速してゆく。一足速く着地したコウキが仰向けになりながら、空中でもがく俺を見ている。
スラスターが止まり、ストンと親切に足から着地させてくれた。が、思わず足が崩れうつ伏せに倒れこんだ。
「これは、キツイ……」
「だろ……?本当はもっとこう、ふわっといけるんだがね。でもまあ、無事着陸もできたし」
同じ苦痛を経て分かりあった二人は、ゆらりと立ち上がり背中にかけていたライフルを構える。
「一仕事やりますか」




