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クインテット。ナイツ

クインテット。ナイツ 冬の童話編

作者: 恵/.

「うぅ~、一年中冬だったらいいのに……」

 夏の日差しが殺人光線(通称紫外線)と共に、暑さを日本中に振り撒いているこの日頃。身長140cm代の少女、かざり闇代やみよは、畳の上で寝転がりながら呟いた。上着は肩紐の外れかかったキャミソール、下はデニムのショートパンツという涼しげな格好だが、全身からは珠のような汗が滲み出ていて、見ているだけで暑くなる。トレードマークである、金糸のように細く綺麗な髪も、ツインテールにしているのに、顔や首筋に張り付く始末だ。

「それはそれで困るだろ」

 そんな闇代に突っ込むのは、傍らで読書をしている少年、向坂こうさかうるふだ。こちらはこの季節にもかかわらず、黒の長袖長ズボンという、闇代とは別の意味で暑苦しい服装だ。しかし彼は汗一つかかず、涼しげに手元の文庫本を読み続けている。

「だってぇ~、暑いんだも~ん……」

「夏は暑いに決まってるし、冬は寒いに決まってる。赤道直下の国は年中暑いし、北極や南極はいっつも氷点下だ」

 そんな正論を返したところで、この暑さが紛れることはない。

 そもそも、この部屋は風通しが良く、気温も三十度前半だ。もっと内陸へ行けば四十度を超える場所もあるのだから、このくらいで音を上げるのは根性なしだと思う。

「クーラーはないの……?」

「ない」

 とはいえ、空調くらいは欲しいものである。しかしこの家、クーラーはおろか、扇風機や、冬用のストーブさえない。家主曰く、「自然の気温に慣れれば、空調なんて要りません」とのこと。

「狼君は、そんな厚着してて、平気なの?」

「このところずっと暑いからな。急に暑くなるなら別だが、ずっとならすぐに慣れて平気になる」

 慣れてしまうと寧ろ寒いらしく、だから長袖長ズボンなのだそうだ。

「こんなときはアイスを食べれば……」

「アイスは切れてるぞ」

「そ、そんなぁ~……」

 余程ショックだったのか、思わず涙を流す闇代。ただ、体内の水分が少なくなっているのに、そんなことをしても喉が渇くだけだと思うが。

「ま、それならこれでも読んでろ」

 そんな彼女を見かねたのか、狼は本棚から、一冊の本を闇代に手渡した。

「何、これ……?」

「小説。冬の話だから、読んでれば少しは気が紛れるかもな」

 そう言われて、闇代はその本を捲ってみた。



 その本は短編集で、冬を題材にした話が何話か収録されていた。最初の話は、「薪」。

 あるところに、山で暮らす一人の老人がいた。彼は一人、小屋のように粗末な家に住んでいた。そのため、冬場は隙間風が絶えず、とても寒いそうな。どのくらい寒いかといえば、厚手の服を三重に着込み、革のブーツを履いて、毛糸の帽子、手袋、そしてマフラーをしても、体が震えてしまう程だ。それ故老人は、家の暖炉に火を灯し続けなければならなかった。

 ある日、その暖炉の火が消えた。理由は簡単、薪が尽きたのだ。老人は仕方なく、薪を調達するために家を出た。雪の降る夜であった。

 老人は薪を買いに山を降りた。普段は大した距離ではないのだが、今日は冬が降っていたため、歩くのが大変であった。そして町に着いたのだが、いつも薪を買っている店には、薪が残っていなかった。当然だ。何せ、雪が降るほどの寒い日だ。誰もが薪を求めるだろう。

 老人は仕方なく、隣町の店に向かった。しかし、そこにも薪はなかった。更に隣の町に行っても、薪は売り切れていた。

 町をいくつか回って薪を買った頃には、辺りは一面銀世界だった。老人は急いで自宅へ戻った。

 しかし、そんな老人を待っていたのは、雪の重みで潰れてしまった自宅だった。老人は呆然としながらも、その家の隙間に薪を差し込んで、火をつけた。すると火は、薪も、家も巻き込んで、ぼうぼうと燃え上がった。こうして老人は、夜を過ごしたのだった。



「……」

 闇代は視線を狼に向け、言った。

「冬って、怖いね……」

「だろ?」

 あまりの悲惨さに、闇代の体感温度はかなり下がっていた。だから当初の目的は達成されたのでもう読まなくていいのだが、彼女は再び、本に目線を落とす。



 次に闇代が読んだのは、「年賀葉書」という話。

 毎年毎年、沢山の数を書かなければならない年賀状。そのため、一通の住所を間違えて書いてしまう。そしてそれが偶然にも、宛名とまったく同じ、同姓同名の人物に届けられてしまう。その年賀状を受け取った彼女は、家族もおらず、親しい友人もいない寂しい女性だったが、これがきっかけで送り主と知り合い、後に結婚するという、心温まる話だった。



「急にいい話になったっ!?」

 一話目との温度差に突っ込む闇代。そして、次の話も読んでみる。



 次の話は、「肝試し」。夏の風物詩が何故かタイトル。

 クリスマスの夜、少年少女が集まって、墓地で季節外れの肝試しをすることとなった。まあ、独り身たちが寂しい聖夜にせめてもと、男女で出来るイベントを考えたらしい。

 無論、肝試しは男女のペアで行う。しかし、その一組は、真っ暗な墓地で迷子になってしまう。

 やがて、死に装束姿の老女と出会い、出口の方向を教えてもらう。だが、その方へ進んでも、辺りの景色が何一つ変わらない。そうしている内に、彼らの持っていた時計は朝の時刻を指した。しかし、辺りはずっと真っ暗で、日が昇ることはなかった。



「こ、怖いよぉ~!」

 読み終えて、絶叫する闇代。彼女はこういうのに耐性があると思っていたが、どうやら違うらしい。

「涼しくなっただろ?」

「怖すぎ! 大体、これ、冬の話じゃない!」

「日本のクリスマスは冬だろ?」

 闇代の猛抗議は、狼には聞き入れてもらえない。仕方なく、彼女は本を閉じると、それを狼に返した。

「それにしてもこの本、やたらと年季が入ってるけど、いつの?」

「三十年は前だな」

 奥付を見ながら答える狼。そしてふと、その隣にある後書きが目に入った。

「……ふふっ」

「どうした? そんな変な声出して」

 訝る闇代を尻目に、狼はその後書きを眺めている。そこには、こう書かれていた。

 『これは昔、自分の子供に聞かせていたお話です』と。

 そして、この本のタイトルは『多角的な冬のお話』。著者は、『中田優』。

「確かに、こんな話、聞かされたな」

 絶望、幸福、そして恐怖。人生に付き纏う様々なことが、この本には詰まっている。だからこそ、『多角的』なのだと、後書きには載っていた。

 そうやって、この本を読んでくれた人物のことを思い出しながら、彼は笑い続けたのだった。

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