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学校――出会

2話・《壊れた君》 


 アルバイト先が強盗犯によって襲われた翌日――月曜日。6月2日。

 僕は普通に、いつも通り、学校へ登校した。

 4月から通い始めたこの、常並とこなみ高校。公立の高校で、この学校に決めたのも、僕の頭でも合格出来て、家から近い学校を探したら、ここだっただけ。

 僕の家、というか借りているアパートから学校まで大体徒歩30分圏内。真夏は、学校まで歩くとじんわり汗をかくが、まあ、そこまで不便という程でも無い。

 そもそも、一人暮らしをさせてもらえている身で、そこまでの我が儘を言うつもりもない。

 一人暮らしをさせてもらえていること自体、もう十分な我が儘なのだから。

 僕の親戚を名乗るあのじいさん。

 母さんが死んで、一人ぼっちになった僕を引き取ってくれたあのじいさんは、とにかく変だった。

 因みに引き取ってくれるまでに話を通してくれたのは、貫伊さんだった。

 親戚とはいえ、あまり近い関係でも無かったのだろう、引き取ってくれるということで会ったのが、初対面。

 だから、どうやってあのじいさんが僕の親戚だと言うことが判明して、どうやってコンタクトを取って、どうやって僕を引き取るなんて流れになったのか、僕はまるで知らない。

 何も知らない。

 何もかもを貫伊さんが、ただの他人であるはずの貫伊さんがやってくれたのだ…………そういう意味でも、僕は貫伊さんに頭が上がらない。

 まあ兎に角。

 貫伊さんが見つけ出してくれた、その親戚のじいさんは――変なじいさんだった。

 元は書道教室を開いていたとかで、家は、和風な平屋の一軒家――豪邸、という表現があの純和風な家の表現として的確なのかどうかは兎も角として、僕が抱いた印象はそれだった。

 いくつもある部屋の一室を僕にあてがってくれて、じいさんは僕の面倒を見てくれた。

 狂ったぼくなんかの、面倒を見てくれた。

 けれど、僕にも罪悪感がないわけじゃない。心置きなくくつろげるわけでもない。

 いきなり転がり込んできたわけのわからないガキのせいでじいさんは自分の時間を奪われたのだから。

 だから、僕は中学を3年に上がる時に、じいさんに一人暮らしをさせて欲しいと言った。じいさんに対して申し訳ないというのもあったし、どうしても、僕はじいさんとの暮らしに馴染めなかったのだ。

 ずっとあの家で暮らしていくことをイメージできなかった。

 だからじいさんに我が儘を言ったのだ。

 生まれて初めての我が儘だったかもしれない。

 そしたらじいさんは、

「ああ、良いよ。どうせ高校生になったらさせようと思っていたところだ。その時期が1年早くなるくらいどうってことない。しろしろ、一人暮らし。女の一人でも作って連れ込んでみろ、小僧。わはははははは」

 なんて、呆気なく承諾してくれた。

 本当にわけのわからないじいさんなのだ。

 しかし、そんなじいさんのおかげで僕は一人暮らしを始めて無事1年を過ごし、2年目に突入することが出来た。高校生になって始めたバイトは、2ヶ月で訳の分からないことになったけれど。

 まあ、良いか。

「…………痛い」

 負った傷といえば、左手の傷だけだし、まだ痛みはあるけれどそれだけ。痛みにも慣れてきた。

 昨日は、さっさと痛みに慣れようと、貫伊さんの車の中で左手をグーパーしていたら、雑に巻き付けられていた包帯は真っ赤に染まって、貫伊さんにも「ばかたれ」と、頭をぶん殴られた。

 そのまま引きずられて、病院にぶち込まれ、先生に変な薬を塗りたくられ、包帯を真新しいものに替えられて、そして貫伊さんが家まで送ってくれて、帰宅。

 傷口が開くから、動かしてはいけないらしい。

 だから、今巻き付けられている包帯は赤くない。僕の血で染まっていたりはしない。

 真っ白なままだ。

「……蒸れるな、包帯って」

 と。

 所在も無くぼうっと自分の左手を眺めていたら、教室の扉を開けて、入ってきた生徒がいた。

 時間は午前8時少し過ぎ。朝のホームルームが始まるまでまだ30分近くもある。

 僕も僕で大概早くて、人のことをどうこう言えた立場ではないが。

 ただ、僕は左手の傷がじんじんしてあまり寝付けなかったという理由があるわけなのだが、この女子は毎日こんなに早くきているのだろうか。

 マスクをして、髪を茶色く染めた、女子。少し吊り目なのが印象的に見えた。

 名前は……なんだったか。

「おはよう」

 咄嗟に思い出せなかったが、とりあえず挨拶だけはしておいた。

「ええ、おはよう」

 マスクでくぐもってはいたが、しっかりと挨拶が返ってきた。

 一瞬。

 目が細められ、笑っているように見えたが――気のせいかもしれない。

 それからはぱらぱらと他のクラスメイト達も登校してきて、教室の席が順々に埋まっていく。

 中には僕の手の傷に気付いて、何それ、どうしたの、と訊いてくるのもいたけれど、「いや、料理をしていたらちょっとね」と、適当に誤魔化した。

 この2ヶ月でも僕が弁当を自分で用意していることは大体のクラスメイトが知っていたから、特に疑問を持たれることもなく納得してもらえた。

 養って貰っている身で毎日弁当を買うわけにもいかないし、勿論作ってくれるような誰かがいるわけじゃない。自分で作るしか無いのだ。

 大丈夫。

 僕はやれている。

 普通に、高校生をやれている。

 人間でいることが出来ている。

 途中、朝早くに来ていたマスクの女子が早引きしていたが、他に取り立てて、特筆するようなこともなく、その日は終わった。

 マスクの女子が自分の肩を抱くようにして、どこか足取りも不安定に教室から出て行く時、周りで、「またなのね、一体何の病気なのかしら」とか「なんか毎回辛そうだよな」とか「よく保健室で寝てるもんね」なんて、囁くように言い合っているのが聞こえた。

 そういえば、そうだったかもしれない。


                               ●


 特に部活に入っているわけでもない僕は、今日の授業が終わってすぐ、帰宅しようと教室を出たところで、思い出した。

 医者に――包帯はちゃんと毎日替えるよう言われていたんだった。

 まあ自分のバイト先は薬局だし、帰りに寄って帰れば良いか、と思って――。

「あ」

 そうだ……昨日あんなことがあって、今日営業しているのだろうか。いや、営業していたとして、顔を出したらそれはそれで面倒なことになりそうだ。

 別に僕が何か悪いことをしたわけでもないのだが、事情の説明とか、何か色々質問の嵐に合いそうな気がする。

 ……ふう。

 仕様が無いが、少し街外れの方まで遠回りをして別の薬局に寄っていくことにする。

 家には包帯のストックなんてないし、買って帰らないことには明日の分がないのだから。

 校舎の玄関で靴を履き替えて、学校を出た。

「よう」

 学校を出たところで、貫伊さんに声を掛けられた。

 まるで。

 まるで誰かが出てくるの待っていたかのように、出てくる誰かと待ち合わせをしていたかのように、校門の端、学校を張り巡らせるようにして囲っている壁に寄りかかるようにして立っている貫伊さんが、いた。

「どうも」

「んだよ、景気わりい顔してるな、曲理」

「そういえば、貫伊さんは昔に比べて随分とがさつな感じになりましたね……喋り方とか」

「おい、曲理、会話って知ってるか?」

「はて、なんでしたかね」

 とぼけながら歩く僕の横に、貫伊さんが並ぶ。

 僕以外の帰宅組の視線を集めてしまっていて、早急にこの場から離れたい。気まずい。折角普通にしていたのに、これで変な噂でも立てられようものなら、たまったものじゃない。

「お前なあ……まあいいや。手の調子はどうだ?」

「慣れましたよ、昨日の痛み止めが切れてからはずっとじんじんじんじん手がやかましくて、あまり寝れずにずっと耐えてましたからね。その甲斐あって今はそんなに気になるほどじゃないですよ」

「相変わらず、可愛くねえなあ。お姉さんが優しくしてやろうと、見舞いに来てやったのに」

「お姉さん? そんなのど……」

「うるせえよ! ここにいるだろ! 色気むんむんのセクシー女子が」

 僕の言葉を先回りして突っ込むのは止めて欲しい。

「セクシー女子って、流石に女子を名乗って良いのは高校生くらいですよ。例えばクラスメイトのあのマスクの……?」

 何だ。

 何で今僕はあの女子のことを思い出したのだろう?

 まあ、確かにスカートから伸びる足とか張りがあったし、出るところは出てて……ああ、思い出してみて分かったけれど、随分とスタイルが良いんだな、あの子。

 それに多分マスクを取ったら美人だ。

 だから何だ。

「お? 何だ何だ、何だよ曲理」

 にやにやしながら横の貫伊さんが僕の脇腹を肘で突いてくる。

「もしかしてクラスに親しい女子でもできたのか? ん? どうなんだ? お姉さんに話してみ。もしかしてもう部屋に連れ込んだのか! やるなお前!」

 なんとなくこの人があのじいさんに話を通せた理由が分かったかも知れない。

「そんなことしてませんよ。だいたい警察がそういうことを言っちゃ駄目でしょう」

「固いこと言うなよ、今だってやっと後輩撒いてここまで来たんだからよ」

「撒いてまで来るなよ、仕事戻れよ」

「あ、そういうこと言うんだ……うわあ、傷つくなあお姉さん」

「え、お姉さん?」

「やかましいぼけ!」

「いった!」

 頭にげんこつを貰ってしまった。

「つーかさ、こっちって曲理の家の方じゃないよね?」

「まあ、遠回りですね」

「何、何かあんの? 女? 女か?」

「何言ってるんですか……包帯買わないといけなくて、薬局はこっちにしかないじゃないですか。ここら一帯を縄張りにしている貫伊さんなら分かるでしょう?」

「いやいやいや、曲理のバイト先こそ薬局だろ。あっちの方が断然家に近いじゃないか」

 それはそうだけれど。

 近いからこそ、あそこでバイトをしているのだけれど。

「というか、もう営業してるんですか、あそこ」

「してるだろ。流石に警察もそこまでとろくないさ。やらないといけない仕事がしっかり目の前にぶら下がってればな」

「あー、聞かなかったことにしますよ」

 誰かがぶら下げてくれるまで待ってたら、警察の意味が無いじゃないか。犯罪が起こってからじゃ意味が無いし、被害者が出てからじゃ価値がない。

 事後――犯罪という花が咲いてからの方が、芽の段階で摘むよりも簡単なのは分かるけれど。

 そこに警察の価値なんかほとんど無い。

「まあそう言ってくれるなよ。だから私はこうやって自分の足で歩いて、色々探し回っているじゃないか。まだ後一人いるんだろ?」

「さっき撒いたとかなんとか言ってませんでしたっけ? さぼりですよね、これ」

 僕が突っ込むと。

「ちっ」

 と、貫伊さんは舌打ち一つで切り捨てた。

「ぐちぐち細かいことを……そんなんだから襲われるんだからな」

「意味が分からないですよ」

「だから私がこうやって護衛をしてやっているんじゃないか。感謝しろよ」

「はいはい」

 言ってることが二転三転、忙しない人だ。

 結局、貫伊さんの中で一番落ち着きが良いのが『護衛』という理由らしかった。

「わかれば良いんだよ」

 偉そうに胸を張って腕を組む貫伊さん。強調される胸の膨らみがワイシャツ越しだろうと凄まじい破壊力を持っていた。

 高校生男子の目には強烈過ぎて、最早毒だ。多分ここらへんの、こういうことは無自覚にしているから余計に質が悪い。

 と。

「やっと着いた」

 貫伊さんととりとめのない話をしていたら、あっという間に着いてしまった。

 ――街外れの薬局。

 そこで目当ての包帯を適当に3つ程購入して、貫伊さんはスポーツドリンクを買って、2人で店を出ると。

「あ」

 と声を上げた女性がいた。

 パンツスーツで、黒髪を肩のラインで切り揃え、疲労が滲みまくっている目をした女性。

「げ」

 その女性を目にして、貫伊さんは呻き声を上げ、同時に来た道を戻るように駆け出していた。

「あ、ちょっと待って下さいよ先輩! ちょ……どこ行くんですか!」

「うるせえ、付いてくんな! あ、曲理、帰り道気をつけろよ! じゃあそういうことだから私行くわ! んじゃな!」

「だーかーらー、待てって言ってんだよ、こらあ! 先輩のばかーっ!」

 スーツを着た女性2人が全速力での追いかけっこを始めたのを見送って、僕は家に向かって歩き出した。

 何をしているんだ、あの人達は。

 それにしても先輩、ね。

 もうそんなに時間が経ったのか――貫伊さんが警察になってから。

 後輩、というか、この場合は部下か。そりゃあ部下の1人や2人くらい出来て当然だな。

「さて、帰るとしますか」

 ここから家に帰るのも一苦労だ。

 昨日襲われた薬局の入っている商店街を通るのは流石に気まずいから……特に薬局が本当に営業を再開していた場合、気まず過ぎて前なんて歩けないから、回り込むようにして帰らなければいけないために、やたら遠回りになる。

 まあ、良いか。

 ちょっとした散歩気分で街外れを歩く。ここら辺は滅多に来ないし、歩いているだけでもそれなりに新鮮な気分になれる。街の中心と違って、緑も沢山あるし、普通に山なんかもある。

 小さな山の連なりを左、街の中心を右に見ながらたらたら歩いていた。

 その時だった。

「……ぁ……ぁぁぁ、ぁぁ、ぁ」

 微かに人の呻き声の様なものが聞こえた。

 見回してみても、辺りに人の姿は見えない。

 代わりに。

 その代わりに――石段があった。

 僕の左側、そこまでは大きくない山と、その頂上に向けて真っ直ぐに伸びる石段。

「ぁぁ……ぁ、ぁぁぁ」

 上から、風に乗って降りてくる呻いているような声。

「…………」

 何かを考える間もなく、僕は石段を上がっていた。

 なんだか酷く左手の疼きが増した気がする。

 そして。

 石段を上がったその先には――古びれた神社と。

 女の子がいた。

「ぁぁあぁあああああああはははははははははは。あは、あは、あははははははははははははははははははははははははは」

 お腹を抱えて、顔を歪めて、笑う――女の子がいた。

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