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瓦解――再会

 午前十時。

 店の開店時間になったのだが――当然平常通りに開店とはいかなかった。

 店のレジ前とか血が飛び散っていたし。

 まあ、僕の血なのだけれど。左手の平が熱い。

 動かそうとすると激痛まで走り回る始末で、しばらくは上手く使えなさそうだった。多分、その内にこの痛みにも慣れるか、もしくは麻痺すると思うけど。

「おい、君、大丈夫なのか!」

 布を巻き付けられた左手の平をなんとなく眺めていたら、怒鳴り散らしながら心配を口にするという、矛盾を平気で行う大人が僕の肩に手を置きながら見下ろしていた。

 なんとなく見返して、無言のまま視線を逸らす。

 と言うよりも――視線に映るものを単に変更したかっただけ。

 警察の制服を着たむさい男なんかよりも、綺麗な美人婦警さんの方が目の保養になりそうだ。

 というのは嘘で、見たかったのは僕のアルバイト先であるドラッグストア。

 今や、こんな街に話題を提供するホットスポット的な場所となってしまった店。植え付けられるのはマイナスイメージだけど。

 んー、これから俺働けるのかなあ、なんて人の群がる店を見ながら思った。

 今僕は、店長が呼んだ警察の人に連れられて店から外され、何故かパトカーに収容されていた。

 ふむ、ちょっとやり過ぎたか。

 しかしあれくらいしないと火事場の馬鹿力とか発揮されてたかもしれないし、僕一人で大人二人の相手は無理だったしなあ。

 無我夢中だったことにしておくか。

 幸いこっちも傷を負っているし、後は僕の口先だけが頼りだな。

「あの…………僕このまま警察とかにつれて行かれるんですか?」

 こんな形であの人と再会したらぶん殴られそうで、むしろ今の僕の危惧はそっちに向いている。

 それに、長くこの場所にいるのは、ちょっと駄目そうだ。

 ぎりぎりで回っている僕の頭の中の歯車が、ちょっと、軋み始めている。

「何を言っているんだ…………いや、君は被害者だろう、傷も負ってるし、とりあえずは病院だ」

 いきなり視線を戻されて、警官の質問には全くこたえない形の、むしろ僕からの質問に警官は一瞬不可解そうな顔をしたが、寸後には真剣な瞳でそう言ってきた。

 店の方は駆けつけた警察や救急の他に、商店街の周りの店の人とか通行人とか、関係のない人間まで集まってきて、人間の壁を作り上げて商店街を二分していた。

 店のシャッターは開けられているが、警察により侵入は妨げられていて、開店休業状態を余儀なくされている。

 店長もどこかで事情をきかれているのだろう。割と目立つ体型のはずなのに、どこにも姿が見当たらない。

「でも、ごめん。ここになかなか救急車が入ってこれなくて、さっきのは襲撃犯の二人の方を運んでいってしまったから、もう少し待ってもらうことになるかもしれない。一人に救急セットを持ってきてもらっているから、応急手当くらいしかできないが我慢して欲しい」

「別に良いですよ」

 自分でやったことだし。

 そこまで早急な治療が必要とも思えない。もう、馴染んできた。

 熱くて痛い。

 ――たったそれだけのことだから。

 大したことはない。

 刃物で切った傷だから出血量が異様に多いけれど。

「じゃあぼくはこれで」

 勝手に車の扉を開けて外に出た。

「あ、ちょっと……」

 とか慌てたように叫ぶ警官の言葉は無視。まあ事情とか聞かないといけなのかもしれないけれど、今日をそれを待ってたら一体いつまで掛かるのかわかったもんじゃない。

 今、あの場で事情を聞いてくれれば良かったのに。

 ちょっと、待つのは無理だ。

 そんなに長くこの場には、いられない。

 それは――まずい。

 そろそろ抑えが利かなくなるから。軋みが歪みに取って代わり、歯車は完全に停止して、次々に歯車は停止して、がらがらと崩れていく。

 ああ。

 どこか、ここじゃないところに、行かないと。

「あ、あ……うぁ」

 やばい、思い出したら――足が止まった。動かない動かない動け!

 ここから、動け!

 早く!

 どこか人のいないところに。

 落ち着かないと、落ち着けないと、押さえないと、抑えないと、潰さないと、磨り潰さないと――。

「君大丈夫か?」

 折角降りたのに、そこから動こうとしない僕のところに、車から降りてきた警官が駆け寄ってくる。

 肩に手が置かれる。

 やめろ。

 触らないでくれ。

 肩に置かれた手が、僕の、首に…………触れた。

「あ、あ…………、あぁ」

 僕が恐い?

 誰がそんなこと言った?

 あの、黒くて細い……あいつか。そうか。そうだったかな。

 恐いって、恐いって、恐いって、震えながら言っていた。

 僕を見て。

 でも本当に恐いのは僕の――

 僕の、どこが。

 どこが恐い…………んだよ。

 怖がっていないところが恐い、だなんて、ははは、おかしいな。

 僕は普通にできていないのか。

 僕は、人間か? 人間やれてるのか? あれ、そんなことを意識しないといけないってことは、やっぱり違うのか。

 ――じゃあ、何だ?

 僕って何だ?

 必要、なのか? いらなくね?

 あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああ。

 あれ?

 やばい、地面が傾いてる?

 あれ、空が割れてる。

 おっかしいな。目を瞑ってるはずなのに、瞼の裏に世界が広がっているぞ。赤くなったり青くなったり忙しい世界だ。

 ああ、早くどこかにいかないと。

 でも地面は傾いて歩けないし、空は割れて、何か赤いモノが落ちてきてるし――あ、何か切れそう。

 頭の中の何かが切れて……きれて……こわれ、る、ああ?

「何してんのよ、君。こら聞いてるの、虹見曲理」

 すこーん、と何かが僕の頭に当たって、落ちた。

 立ったそれだけの衝撃と声で、瞼の裏の世界が消える。

 まだ、頭の中はどこも切れてないみたいで、無意識に安堵の溜め息が洩れる。

 瞼を開けると、地面が近くなっていた。当然傾いてなんかいない。世界は赤くもない。

 ただ、僕が膝をついて、両手をだらしなく垂れ提げながら、涙をこぼしていただけだった。

 落ちた涙がアスファルトの地面を黒く濡らしている。

 二つの涙の跡の丁度間に落ちている物――僕の頭に当てられて、そして僕を現実に引き戻した物。

 警察手帳だった。

 開いたそこに記されている持ち主の名前は。

 弓引貫伊ゆみひきつらぬい

「こっち見ろ、君」

 声に引っ張られるように顔を上げると、その手帳と、名前の持ち主が目の前に立っていた。

「相変わらず君は繊細だなあ、曲理。繊細なくせに何訳の分からないことに巻き込まれてるんだよ、はは」

 貫伊さんはしゃがんで僕の視線と合わないよう、少し逸らしながら、頭をぼんぼん叩いてくる。

 そんなに多くないのだから、脳細胞を死滅させないで欲しい。

「あ、君はもう良いよ。そっちの車に戻るか、あっちの面倒そうなのに合流するか、まあ適当にやっていてくれ」

 貫伊さんは俺の背後にいる警官に、再びパトカーに戻るか、それとも面倒そうと視線を向けた襲撃を受けた店の方に向かうか、適当にしろと指示を飛ばして、そして僕の腕を掴んで立たせた。

「っしょ、ほら行くよ」

「え、何処にですか?」

「あ? 病院に決まってるだろうが、ボケ。そんな怪我しておいて何が、何処にですか、だよ。ちゃんと消毒したの? え? んん? どうせしてないんでしょ…………はあ。細菌とか入って、最悪手が使えなくなったらどうするのよ。君はまだ若いのよ。その手はまだまだ活躍しないといけない場面がこれから多く控えているんだから、大事にしないと駄目でしょ」

 ぐんぐん腕を引っ張りながら、こっちを見ようともしないで、愚痴とも心配ともつかない言葉の洪水を浴びせてくる。

「…………ごめんなさい」

 だから嫌だったのだ。

 貫伊さんに再開するのは。

 ――この人は、近い。

 物理的な距離も。

 精神的な距離も。

 ――近いのだ。

 だからどうにも僕は、僕の距離が取れなくて、どうして良いかわからなくなる。

 まあ、小さい頃から知られているから、というのもあるのかもしれないが。

 心配とか、そういうのをしてくれる数少ない人ではある。

 あの時から――ずっと。

「ほら、乗りなさい。私が送っていってあげるから」

 そして、絶対貫伊さんの私物だろう、軽自動車の助手席にぶち込まれた。

「痛っ!」

 しゃがむタイミングが間に合わなくて、上のフレームに額をぶつけた。

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