5話 再開の黒スライムは面倒
「では、彼らに会ったらよろしく頼みましたよ」
ニヤニヤしている司祭を振り切ってシスターが扉に向かって歩きだした。慌てて天井に張り付く。
危なかった。司祭室がそれなりにデカくて助かったな。出てくるまでにちょっと間が開くし。
「ふっふっふっ、王都では短慮な同胞が失敗しましたが私は違う。彼らが人間社会に出てきた理由は分かりませんが、私の邪魔はさせません!」
シスターが出ていった扉から人間には聞き取れない声量でそんな台詞が聞こえた。
もしかして、これって、
「雷狼族を制圧できる我らがたかが幻狼の子供3匹に遅れを取るなど、本来あってはならないのですから!」
何か1匹(?)で盛り上がっちゃってるよ。気持ち悪いな。
「まさかこんなにあっさり正体が分かるなんて、ご都合主義かしら?」
「あ、黒スライム?」
「みたいだな。やってらんねー」
あの赤いレンズの眼鏡は発光を隠すためか? シスターに聞いてみるか。
「命令を取り消させるためにもシスターに会おう。もしかしたら黒スライムの企も台無しにできるかもしれない」
「あら、あなたも結構酷いこと考えるのね」
「凍を捕まえようとするなら敵だよね? 殺していいよね?」
「今は駄目」
「えー」
とりあえずシスターを追っかけて教会支部を出て人気がなくなった辺で話しかけた。
「こんちわ、シスター」
「な、お前たちっ」
「静かにして頂戴。面倒になってくるわ」
雷、その殺気は抑えような。
「司祭室での話は聞かせてもらった。で、相談がある」
「だが、お前たちはっ」
「凍の相談を無視するの? そうなんだ? そうなんだね? だったら凍の敵で良いよね? じゃあ殺そう。凍、良いよね?」
駄目に決まってんだろ。シスター怯えちゃっただろうが。
「シスター、司祭があの眼鏡を使い始めたのはいつからか分かるか?」
「い、5日前からだ」
王都での黒スライム騒動の生き残りで間違いなさそうだな。
「ところで王女」
「私は修道女だ」
「隠しても知ってるって。俺たちは王子の知り合いだし」
そう言って王子にもらった指輪を見せてみた。
「本当にあの愚兄の恩人だったのか」
ちゃんと通じたか。通じなかったら面倒だったな。てかあっちが上なんだな。
「もしこの都が魔獣の大群に襲われるかもしれないって言ったら、どうする?」
「何の話だ?」
「実はこの前王都が魔獣の大群に襲われたんだ。寄生されて、目が赤く光った魔獣に」
「……司祭の目も同様だと?」
「話が速くて助かるよ。俺はそう睨んでる」
「証明できるのか?」
「司祭を倒せば黒い水の塊みたいな魔獣が出てくるはずだ。そうでなくても眼鏡を取ったら分かるかもしれないしな」
「……どうすれば良い」
食いついたな。
「俺たちを捉えるための包囲網に司祭を呼び出してくれ。一般人が居る所だとなお良い」
「……善処しよう」
交渉成立。あとは当たるも八卦当たらぬも八卦、だな。
「上手くいくかしら?」
「駄目だったら力尽で引きずり出すしかないな」
「大丈夫だよっ。私が全部やってあげるからっ」
焔、表情は柔らかいのに目からハイライトが……考えるのはよそう。
シスターは大通りの人が一時的に少なくなるタイムポケットを狙って俺たちと会う約束を取り付けたと報告することにした。その時間は住民は建物に入っているだけで人が居ないわけじゃないらしい。騒ぎが起きれば皆反応して顔を出すだろうと言ってた。
信用できるかは別として悪くないプランだろう。
「時間ね」
「あ、シスター居たよ」
「鬼が出るか蛇が出るか」
路地に飛び降り、シスターの居る大通りに出てみる。
「こんちわ、シスター」
「あ、ああ。司祭は来ると言っていたぞ」
「そうかい」
「本当に来るのかしら?」
「来なくても関係ないんじゃないかな?」
「最終的にはそうだろうな」
「離れろ、ヘンリエッタ!」
ん? この声はあの熱血戦闘員か? ぞろぞろとお仲間引き連れてきたな。
「ここまでだ、邪教徒。観念してお縄に付け!」
完璧に俺だけに言ってるよ。焔と雷は俺に騙された可哀想な少女って思われてんだろうな。
「君が悪魔の力を使う邪教徒ですか。このようないたいけな少女たちを惑わすとは、」
「見つけた!」
司祭の登場に焔が一瞬で距離を詰めて捕まえ俺たちの所に戻ってきた。
手際良すぎるだろう。
「なっ、何をするのです!」
五月蝿いので眼鏡を取ってみる。想像通り赤く発光していた。
「やっぱ寄生されてたか」
「こんなにノコノコと出てくるとは思わなかったわ」
俺たちを取り囲んでる戦闘員たちが司祭を見て動揺している間に雷が斧槍の石突きで司祭の腹を殴り気絶させた。
「なっ、貴様!」
雷を見る目が被害者を見る目から加害者を見る目に変わったが、直後に司祭の口から黒スライムが出てきたことで絶句した。
「消えなさい」
斧を振り下ろし黒スライムを霧散させた雷は退屈そうに片手で斧槍を振り、背中にしまった。焔は興味無さそうに司祭を落とした。
俺の出番なんだろうな。
「俺たちは各地で起きてる今の黒い魔獣の退治をしている。この魔獣はつい先日王都を襲った魔獣の群の原因でもある。信じられないならば王都に居る第3王子に確認を取れ。俺たちは王子と共闘し、城の防衛を果たしている」
一部口からデマを交えて戦闘員たちを黙らせる。
さて、上手くいくか? いかないよな、穴だらけだし。
「……王子がお前たちを覚えているという保証は?」
「王子の危機を救った証として指輪を頂戴した。それが証拠だ」
指輪を見せてみると意外と通じた。本当に証になるんだな。
「……では、漁師組合の事務所での一件は?」
「漁師たちが絡んできたために連れが暴走した。それについては素直に謝罪する」
「悪魔の力を使ったとも言われていますが?」
「王都の武器屋に頼まれ、武器を試験運用していたのを勘違いされただけだと思われる。技術顧問になった者だから調べれば直ぐに確認できるはずだ」
「…………」
「こちらは濡れ衣で丸1日追い回されたのだ、そろそろ解放してもらえないか?」
でないと焔が限界なんだよ。空気読んで! お願いだからっ!
「だが、確認が取れるまでは、」
「いい加減にしてくれるかな?」
はい焔さんスイッチ入っちゃいましたね。法剣を普通の剣にした状態で切っ先向けちゃってるよ。
「無実の凍を犯罪者扱いして追い回した挙句、そっちの都合で拘束でもするつもりなの? だったら私にも考えがあるよ? 私は凍の敵は殺す。あなたたちは凍の敵だから殺す。今、この場で、全員残らず」
「えっ、ちょっ、僕たちはっ」
「あなたたちの意見なんて聞いてない。凍の敵の話を聞く必要もない。速く死んで」
「はい、ストップ」
人間より焔に神経使ってたら世話ないな。
今回の焔さんは優しめでした。