17話 これってマズいですよね?
お約束な展開です
でも会話はお約束じゃないかもです
凍「今までちゃんとお約束を守ったことなんてねえだろ」
そうでした
では、本編どうぞ~
闘技場に居る誰もが声を出せないでいた。ありきたりだが耳が痛いくらいの沈黙ってやつだ。ただ焔は沈黙が意味することをよく分かってないがな。
近くで息を飲む音がした。少し強く息を吸う音がした。戸惑いに観客たちが意味も無く顔を見合わせる。
そして誰かが叫ぶ直前、魔都のトップは堂々とした態度で話し始めた。
「これが、私たちが自覚する以上の脅威だ」
叫ぶ瞬間を遮られ、今にも絶叫しそうだった数名が口を閉じた。ほとんどが女か子供だ。数名だけ男も居た。
「魔獣には人間に化ける力を持った奴らが居る。獣人のように分かりやすいものではない。こいつのように完全に人間の姿に成れるものだ」
観客席を見渡すように顔と体を動かしながら話す姿はどこか舞台役者を連想させる。確かあの老婆は王都で歌姫とか呼ばれる歌手だったんだっけな。その時に身に付けた立ち振る舞いかもな。
「こんな力を使われては、こんな姿で街に近付かれては私たちは何もできない! 手を出せない! この卑怯な魔獣たちの力に非力な私たち人間は成す術を持たない!」
老婆の言葉に観客から少しの動揺と話し声が始まるが、直ぐに混乱を打ち消すように話を続けた。情報を更新することはパニックが起こるのを抑制する方法の1つだって聞いたことあるな。
狙ってんのか偶然なのかは知らないが人前で話すのに慣れてるってカッコイイな。
「だが、だからこそ、私たち人間には別の力がある! 魔獣たちの卑怯な力に対抗できる、人間の力。そう、数と頭だ」
静かに話しているはずなのに闘技場に響くってのはどんな仕組みだろうね? コンサートホールみたいに反響する壁も無いだろうにね?
「私たちは人間として数と頭脳で戦い、魔獣の力に対抗する! その数多くの頭脳の戦いで得た結果が、この姿だ!」
そう言って老婆は地面に伏せている雷狼を紹介するように体を傾け観客に強調した。
四肢の全てに巨大な鉄球を付けられた動きの鈍い雷狼。だが雷狼には最初から逃げる気も反抗する気も無いようだった。人間に飼われた犬のような大人しさだ。
「黒スライムか」
「あの赤目、雷狼では絶対に無い色だわ」
「あの目が、そうなんですか?」
花子の疑問に頷く。
最初から誰も周囲に聞こえるような声量で話してない。人間たちは最初から前の席に居るし近くに居る人間たちも老婆の言葉と雷狼の姿に茫然としていて俺たちを気にする奴はいない。
それにしても、黒スライムは何で人間に従順なんだ? 王都や都では人間を襲ったり人間の街を支配したりしようとしたりと人間に不利なことをしてなかったか?
「私たち人間は魔獣を支配する術を手に入れた! この力を持って我々は人間の繁栄を、発展を得る! 手始めに、この中に魔獣が居ないか探してもらおうか。居ないと良いのだがな」
あ、ヤベ。終わった。
老婆は雷狼に手で支持を送った。そして雷狼は鼻をヒクヒクさせて何かを探している。
これは見つかるな。しかも雷狼と目が合ったし。もう見つかってるな。
「ほう、居るのかい?」
【ああ。髪の色を変えているが、あの連中だ】
「あの4人、いや4匹かい?」
【そうだ】
魔獣の姿での声だ、老婆は分かっていない。それでも雷狼の視線と仕草で俺たちが魔獣だと分かったらしい。
そして周辺の人間は全員俺たちを見ている。
「本当に、魔獣なのか?」
「こんな綺麗な娘が?」
「どう見たって、人間だろう?」
「いや、あの連中って、初日にリーガルさんが指名してた連中じゃ?」
「髪の色変えたのって、もしかして変装のつもりか?」
「そんなんっ、人間と同じようなこと考えて動けるってことかよっ!?」
人間たちは完全に俺たちを魔獣だと信じたようだ。既に騎士たちは闘技場の出入り口を封鎖したし冒険者たちはいつでも俺たちに飛び掛かれるように立ち上がって、人によってはいつでも武器を抜けるように準備している。
フィールドでは神父が俺たちを見て顎が抜けそうなほど口を開けている。熊みたいな冒険者が納得いったように小さく頷いた。観客席では子分たちが怯えを含んだ視線で睨んでくる。
ついでに言うとリーガル1家が俺たちと老婆の間で口をパクパクさせている。王子とメイド長は驚いてるが『ここでバレるのかよ!?』って感じかな。俺たちのことは気にしないでくれて良いんだけどな。
「本当に人間ではないのか、魔獣なのかはジックリと話し合ってみようか?」
老婆が軽く挙げた手を降ろすのを合図に冒険者と手の空いた騎士たちが俺たちに近付いてくるが、どう考えても焔が人間に触られるのを良しとするわけが無い。既に法剣に手が乗っているし、状況的にも手遅れだ。このままだと人間を虐殺する未来しか見えない。
でも他にも雷狼とか魔獣が居そうなんだよな。こっちは4匹だが、向こうは何匹を支配下に置いているのか全く分からんな。つか嫁たちに男とかオスが触るのはかなり苛つくな。
「おいっ、さっさとフィールドに向かえっ」
そう言って騎士が乱暴に花子の腕を取ろうとした瞬間、俺は銃口を騎士の口の中に押し込み引き金を引いていた。単発にしてあったから弾丸がただ貫通するだけで周囲に脳漿などが広がることは無かったけど、結構な量の血が騎士の背後に飛び散り席や騎士たちを汚した。
人間の血って臭いんだよな。
「あなたが最初にキレてどうするのよ?」
「キレやすいお年頃ってあるだろ?」
「嬉しいですけど面倒なことになりましたね」
「あっ、始めちゃ駄目だったの?」
焔の言葉と血の匂いに視線を向けてみれば、既に法剣で体中をバラバラに引き千切られた人間の死体が4体。個体によってバラバラにされた箇所は別々で腕が無いものから足が無いものまでパターンは色々だが、共通して首が引き千切られたのは変わらないようだ。必ず歯が食い込んで引き摺ったような痕があり、顔はどれも痛みに酷く歪んでいる。目は飛び出すほどに見開かれ、頬には歯が見えてしまうほどの深い刃物傷が走り、髪は頭全体の傷による出血で血塗れだ。耳も獣に噛まれたようにボロボロで、鼻は削ぎ落とされたような跡の個体まである。
俺の銃撃と同タイミングで背後に居た連中を殺ってしまったらしい。苦悶の声すら聞こえない理由は顔全体に刻まれた法剣の刃の跡で察することができた。口を塞いだな。
視線を回してみると、またしても沈黙が闘技場を包んだ。
今日の人間たちはよく黙りこくるな。
「殺しちまった、ね」
老婆の声に絶叫と混乱が広がり観客たちが逃げていく。
騎士たちはまるでこうなることが分かっていたかのように道を開け誘導までしている。その間にフィールドと観客席の戦える冒険者は構え、騎士たちは素早く陣形を組んだ。顔色が悪くなるだけで吐いたりしない騎士と冒険者たちは結構耐性あるな。
「何にしても、やっぱり魔都をさっさと出るべきだったな」
「花子がトーナメントを見たいなんて言うからっ」
「うぅ、すみません」
「仕方ないわ。門で止められる可能性もあったし八方塞は予想してたわ」
「確かに」
雷の言う通り八方塞だったかもな。だが門を強制突破した方が楽だったのは確かだ。
「殺しは重罪。人間だろうと魔獣だろうと、これであんたたちは返せなくなったね」
この状況でも避難しないあんたは待ちのトップとして大丈夫か? 騎士たちが超困ってるぞ? そして王子とメイド長は既に武器を構え終わってるのな。
俺たちと繋がりがあるとバレると危険だしその判断は正しいと思った。最悪『知らなかった』でどうにかなる問題な気がしないでもないし、その判断の早さに敬礼。
老婆が俺たちに何かを言おうとしている。対応は俺がすることになったらしく、嫁たちは武器を持って周辺の騎士と冒険者たちと睨み合っているが、人間たちは焔の殺気に腰が引けている。気絶しないだけ頑張っている方だと思う。1歩踏み込む度に焔が睨んで2歩下がっている。
「で、あんたたちは何の魔獣なんだい? 生憎と私たち人間には区別がつかなくてね。この雷狼から教えてもらうって方法もあるが、出来れば自己紹介は自分でして欲しいもんだ」
「随分と気の強い長だ。騎士たちも苦労してんな」
ちょっと大きな声で返してやると何故か楽しそうに口笛を吹かれた。騎士も冒険者も唖然としている。
「良いねえ、その人間を歯牙に掛けない態度。お互いに怯えていないこと考えると、同レベルかね? ……ああ、正解なのかい」
老婆の言葉に頷いた雷狼のせいで結局自己紹介はできなかった。少し残念だ。
まだだっ、まだ間に合うはずだ!
「そう言えば一昨日は居たんだったね。青髪の坊やは、氷狼かね? 髪の紅かったペタ娘ちゃんは炎狼、巨乳ちゃんは同じで雷狼として、真っ黒娘ちゃんは何かね?」
「自己紹介くらいさせろよ!!」
「おや、悪い悪い。歳を取ると観察力が上がっちゃって困るねえ」
「好きで小さいんじゃないもんっ! 雷が吸い取ったのが悪いんだもん!!」
「焔、おちつけ」
「胸を吸い取るなんて、穏やかじゃないねえ」
このババア小馬鹿にしたような話し方しかできなのかよ!? 何かもうちょっと話し方あるだろ!? 焔がマジ切れして騎士たちが立ったまま気絶して失禁したんだぞ!!
まあ良い、相手のマナーも知らずに異種交流も糞も無い。俺とババアのコミュニケーションはこれを基本にしよう。
さて、この状況はどうするのがベストなんだろうか?
久々の血生臭いシーンをクリスマスにお届け!
凍「最悪だなおい!」
焔「クリスマスってなぁに?」
雷「確か、とある人間の何かを祝う日だったような気がするわ」
花子「私たちも誰かを祝いましょうか?」
焔「じゃあ凍で!」
凍「趣旨が変わっちゃってるから」
魔獣にゃクリスマスも何もありません
では、次回~