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第9章 従姉アウレリア

   ひゅん びゅうん ぶんッ

短剣による鋭い斬劇が刃音を残し、軌跡が星光にきらめく。

アルトリウスは不安定な船の揺れに慎重に重心を合わせながら相手の隙を覗ったが、黒い服で全身を包むその人物から隙を見出すの難しそうだった。

慣れていないはずの大きなうねりにも動じる事無く、着実にアルトリウスへ接近し、鋭い攻撃を次々と放ってくる。

アルトリウスが襲われてからかなりの時間が経っているはずだが、暗殺者の攻撃の手は緩むことが無いどころか、むしろ鋭さを増してアルトリウスに迫ってくる。

・・・一体何者だ、疲れを知らないのか?・・・

相手の目的だけは解り過ぎるほど解っていた。

即ち、ブリタニア軍総司令官ルキウス・アルトリウス・カストゥスの生命。

目的が解っている以上相手のとるべき行動は予測できる。

おそらく暗殺者の持つ短剣には致死性の毒がたっぷり塗り込められている事だろう。

しかしながらそれが解っていたところで今のこの状況を覆せるはずも無く、アルトリウスは慎重に足を運びながら相手の短剣を確実にかわす事に集中するしかなかった。

 ここは新設ブリタニア海軍の旗艦戦艦の船上、練習航海の最中であり、今はガリア沖を海賊の警戒を兼ねて他の戦艦4隻と共に航行中である。

気持ちのいい夜風に誘われて甲板に出たアルトリウスを、突如船橋の暗闇から躍り出た暗殺者が襲ったのだった。

僚艦が左後方に見えるが、敵から発見されないように灯火管制を敷いている為、黒い船型以外は見えない。

 見張りの兵がマストに居るのは分かっていたが遠すぎて声が届かない事も分かっている。

 アルトリウスの率いる旗艦の見張りや当直の兵は、おそらくこの暗殺者に始末されてしまったのであろう、マストに見張り兵の姿は無く、巡回に来る者も居ない。

 普段であれば、護身剣ぐらいは常に携帯しているアルトリウスであったが、艦隊の進路を確認した後の気晴らしにと出て来たため、今は寸鉄すら身に帯びていない。

アルトリウスは海上という事もあって完全に油断していた自分を恥じた。

 しかしアルトリウスはあきらめず機会を待った。

    ざあああ

 今までとはパターンの違ううねりが船を襲い、旗艦は大きく波打ってうねりの狭間に落ち込む。

 ほんのわずかなものであったが、一瞬暗殺者が体勢を崩し、前にたたら踏んだのを見逃さずアルトリウスは思い切って前方へ突進し、肩口から体当たりする。

    がつん

鈍い音と共に暗殺者は後方へ大きく吹き飛ばされ、船の舷側に叩きつけられた。

アルトリウスはそのまま更に突進する。

 慌てた暗殺者はとっさに短剣を前に突き出そうとしたが、その前にアルトリウスは暗殺者が剣を持った右手を左手で内側から制し、短剣の刃を身体から外すとそのまま体当たりし舷側から暗殺者を突き落とした。

「!!!!」

どん 

と一回海面に落ちる途中戦艦の櫂に当った暗殺者は吸い込まれるように夜の海へと消えていった。

 ふうう、と深呼吸をして気持ちと身体を落ち着けるアルトリウスの全身から、滝のように汗が流れ落ち、汗は身体を伝って足元から木製の甲板に落ち、アルトリウスの周りに丸く黒い染みを形作って行く。

 ふと自分の汗を追う様に甲板を見たアルトリウスは、暗殺者の短剣が甲板に突き立っていることに気が付いた。

 「・・・」

アルトリウスは無言で短剣を甲板から抜き取り、表と裏を調べ何かが塗られていることを確認すると、脱いだ自分のシャツへ慎重に包むと自室へ持ち帰った。


航海の予定を早めに切り上げ、ポートゥルスマグナムへ戻ったアルトリウスは、暗殺者の持っていた短剣をすぐさま懇意にしている医師のアエノバルブスに見せた。

アエノバルブスは45歳、顎も口もモジャモジャの赤ひげで覆われた恰幅の良い、陽気な雰囲気を持つ男であった。

もともとカストゥス家の侍医として雇われていたが、腕が良く、負傷兵の手当てをしてもらうためにアルトリウスが頼み込み、同行したのがきっかけで今はもうすっかりアルトリウスの侍医となってしまっている。

アエノバルブス自身は、アルトリウスの治療はいっぺんもしたことが無いというのが口癖で、本人は侍医というよりアルトリウス付きの軍医と考えている節があった。

「継母の毒だな。」

アエノバルブスはアルトリウスの持ち込んだ短剣を指でつまみ上げ一目見るなり、短く刈った髭と同じ色の頭髪を逆の手でガシガシ掻きながらそう言った。

「継母の毒?」

「おお、継母の毒、かつてローマで有力者の妻が優秀な養子や旦那の連れ子を毒殺するのによく使ったことからこういう名前で呼ばれる、トリカブトだよ。」

つまらなさそうに短剣を机に戻すとアエノバルブスがそう言った。

 トリカブト、致死性の毒であり有効な解毒薬や治療法は無い。

アルトリウスは、ぞっとしてアエノバルブスが戻した短剣を見つめる。

その様子を見てアエノバルブスがにやりとしながら言った。

「・・・ちょっとでもかすってれば危なかったな、まあ、初めての治療とするにはあまりにも難し過ぎるが・・・。」

「・・・怖いことを言わないで下さい、実際危なかったんですから。」

さすがのアルトリウスも、アエノバルブスの言葉にちょっと引きつった笑みを浮かべてそう応じる。

「おお、お前さんに付いてもう何年にもなるが、ついぞこの方治療なんぞさせてくれた試しが無いじゃあないか、嘘でもいいから病気なり怪我なりしてみろ。」

 元気なヤツは出て行けと言いながら、しっしっしと手で追い払う仕草をするアエノバルブスに、アルトリウスは苦笑しながら短剣を包みに入れると、アエノバルブスの天幕から立ち去った。

 アルトリウスがアエノバルブスの天幕から出ると、抜けるような晴天が広がっていた。

 ブリタニア軍の宿営地をしばらく行くと、小高い丘があり、そこには真新しい墓が二つ作られていた。

 アルトリウスは墓に向かって黙祷をささげ、摘み取って来た近くに生えている野アザミを手向ける。

 この二つの墓は、アルトリウスを狙った暗殺者に殺されてしまった旗艦の見張り兵と当直兵、ブリタニア海軍初めての犠牲者となった二人のものであった。

「・・・同じブリタニア人同士で争っている余裕など無いと言うのに・・・。」

 唇を噛み締め、アルトリウスは誰に言うとも無くそうこぼした。

 海軍の再建に着手してから5か月余りが過ぎ、アンブロシウスが用意した船舶の改修、修理は滞りなく終了し、新たに募集したガリアやブリタニアの水兵たちの訓練も順調であった。

 水兵とは言っても、元々が船乗りであった者が多く操船訓練はほぼ完成の域に達しつつあり、今は主に船舶に対する完熟訓練と戦闘訓練に時間を費やしていた。

「ここでしたか、アルトリウス総司令官。」

 アルトリウスに声を掛けてきたのは、海軍用の軽い鎧を身に纏う浅黒く日焼けした30歳前後のがっちりした体格の男だった。

「・・・ああ、コルウス提督。」

 ブリタニア海軍提督コルウス・ウェリス、元はサクソン海岸防衛艦隊司令官として、100隻の戦艦を傘下に置き、ブリタニア東岸の防衛を担っていた。

 最盛期は300隻以上の戦艦を擁していたローマ軍ブリタニア艦隊も、この頃にはブリタニア西岸艦隊の戦艦30隻、サクソン海岸防衛艦隊の戦艦100隻と半分以下に減っており、また戦艦そのものも老朽化していたり、整備が十分で無かったりと問題のある物が少なくなかった。

 さらにそのなけなしの戦艦もコンスタンティヌスがガリア出征で引き抜いて行ってしまった事からブリタニアに残されたまともな戦艦はわずか20隻、乗り組む水兵や船員も不足しており、海軍としての機能は事実上失ってしまった。

 蛮族の戦艦は小型で小回りが利きながら、ローマの建造技術を取り入れ頑丈になっており、数も多いので大型のローマ式戦艦は最近後手を踏むことが多くなっていた。

そんなローマ式戦艦わずか20隻ではまともな戦闘は望めず、艦隊が港で逼塞していたところをアンブロシウスが梃入れする事を決めたのだった。


アンブロシウスは、残された20隻の戦艦を全てグレバウムの軍港に廻航し、カンブリア地方の豊富な木材を使用して修理と船舶の新造を行った。

また、廃船や商船でも大きくて使い勝手の悪くなったものを回収、購入し戦艦へと改造修理をすることで、今ようやく70隻の戦艦を揃えることに成功した。

戦艦はほとんどが地中海式の2段櫂船、アルトリウスが率いる5隻が3段櫂船であり、ブリタニア周辺地域の船舶としては巨大である。

2段櫂船は、櫂の列が2段、3段櫂船は同じく3段になっているもので、帆の他にその櫂で推進力を得ることが出来るが、船体自体も大型化するため、一概に多ければ多いほど速度が早くなると言う訳ではない。

こうした大型の船舶が発展したのは、相手の船に自分の船の下部に取り付けられた衝角ラムをぶつけるか、弓矢や船舶用の重兵器を用いてまず相手の船を沈めることを試みた後、乗り移っての白兵戦で決着をつけるという戦い方が主流の地中海世界にあっては、相手より甲板が高い位置にあると有利なためである。

対して北の荒波に揉まれるゲルマン人の船は、河川へ遡ることもあるため小型で頑丈、専ら海戦は弓矢で応酬する以外は乗り移っての白兵戦が主で、乗り移る際は渡し板のほかに縄等を使うため余り高さは関係ない

これは、気候や風土、技術やインフラ上の問題もさることながら、ゲルマン人の船舶技術が本来海戦より海賊行為を主眼として取得されてきたものであることもその理由の一つであろう。

アンブロシウスはマヨリアヌスらと検討した結果、海軍についてはヒベルニアやダルリアダの抑えに使うこととした。

東部南部の大陸から押し寄せるゲルマン諸族は、人口も船舶数も多く、大型とはいえゲルマン船に対しては不利を否めない70隻の戦艦で抑えきることは難しく、むしろ消耗戦に引き込まれ、戦艦、兵員の両方をすり減らしてしまう恐れがあった。

対する西岸は今まで幾度と無く繰り返されてきた襲撃を大きくした程度のもので収まっていた。

これは、東からフン族に圧迫されて住む土地を失い、移住する土地を求めて部族総出でやってくるゲルマン人と違い、略奪が目的のヒベルニア人はそれが終わればもと居た土地へと帰っていくからである。

今はまだ訓練期間であるため、積極的に各地の海域へ出かけて経験を積むことに余念の無いアルトリウス率いるブリタニア海軍であるが、訓練が完成の域に達した際はポートゥルスマグナムを離れ、コルウス提督指揮の元ディーヴァへ移動し、ヒベルニア海賊対策に就く事が決まっていた。

これで西側からの襲撃をブリタニア海軍に任せ切りにすることが出来れば、アルトリウスらブリタニア陸軍はブリタニア東部南部に主眼を置いて軍を展開する事が出来るため、負担が大きく減る。

「総司令官、ロンデニィウムからアンブロシウス殿の召喚状が届きました、使者殿もお待ちです。」

提督コルウスは微妙な表情で手にしていた書状をアルトリウスへ差し出し、その表情が何を意味するのか図りかねたアルトリウスは、少しためらってから書状を受け取った。

 お世辞にも良いとは言えない材質の羊皮紙に荒く書かれた召喚状は、アンブロシウスの慌てぶりを良く表している。

 書状の内容は、海軍の再建は軌道に乗ったので以後をコルウス提督に委ね、一旦ロンディニウムへ早急に戻るようにと記されていた。

 召還について詳細な理由が書かれていないため、アルトリウスは首をひねった。

「コルウス提督、その使者から召還の理由は何か聞いていませんか?」

「いいえ、何分急な話で私も驚いています、軌道に乗ったとは言えこれからだという時に総司令官が転出されるのは我々としても痛いのですが・・・まあ・・・」

 コルウスも今回の召還には不審を感じている風で、アルトリウスと同じように首を傾げた。

「どうせ使者も何も聞かされていないでしょうから、構いません、一旦ロンディニウムへ戻ります。」 

アンブロシウスへ問合わせようにも手段が無く、また文面から急ぎの事情である事が察せられたため、アルトリウスはロンディニウムへ戻ることに決めた。

 コルウスはその言葉に再度微妙な表情でうなずく。

「小官もそのほうが良いかと思います、大事なことですから。」

「えっ、大事・・・?」


「クィントゥス、直ぐに支度をしよう、ここの備品は全てコルウス提督に引き継いで良いから、使者と護衛兵とアエノバルブスに連絡を、町の有力者には離任の挨拶状を置いていくよ。」

 アルトリウスは墓地から一旦艦隊へ戻り、コルウスとの事務的な引継ぎや今後の方針の打ち合わせを終え、自分の天幕に戻るなり副官のクィントゥスにそう伝えて自分も身の回りの準備を始めた。

 身の回りの品物といっても、簡易寝具、衣服、武具防具一式、読込まれて表紙の擦切れた本が数冊、それから雑貨や小物をいれた背嚢、大した物は無い。

「総司令官、馬車の用意が出来ましたが・・・」

新任とは言っても、もう5ヶ月になる副官のクィントゥスがなぜか微妙な表情で天幕を覗き込みながら声を掛けてきた。

「・・・いらないよ、荷物はそう多くはないからね、馬で十分だ。」

 父から受け継いだ長剣を背負うとアルトリウスは苦笑しながらそう言って馬車を断ったが、副官の脇からひょいと天幕を覗き込む影に驚く。

「えっ!?」

 たじろぐアルトリウスをよそに、その影は軽やかな声でアルトリウスに話しかける。

「だめですよアルトリウス、副官さんを困らせては、あなたは総司令官なんですから大人しく馬車に乗りなさい。」

 そう言い天幕の中に入ってきたのは、優しげな黒い大きな瞳に、少しいたずらっぽい光を浮かべた、20代前半の綺麗な女性だった。

「アウレリア従姉さん!」

「・・・久しぶりですね、しばらく見ない間にすっかり逞しくなりました。」

少し眩しそうにアルトリウスを見てそう言ったその女性は、アンブロシウスの双子の姉に当たるアウレリア。

 アルトリウスがアンブロシウスの屋敷に引き取られてからは、忙しいアンブロシウスの両親に代わり、幼いアルトリウスの面倒を見てくれていた女性である。

今はコーンウォールにあるアンブロシウスの屋敷で、当主である弟に代わって領地の管理をしているはずだった。

「そっ、その格好は!?」

「これですか?これはお役目を果たすために動きやすい服を着たのです、似合っていますか?」

 アウレリアは鎧こそ身に付けていないものの、男性用の上着にズボン、そしてマントを身に付け細身の小剣を帯びており、足元も膝下までの騎兵用のブーツを履いていた。

長い黒髪も動きの邪魔にならないよう後ろで結わえられている。

「・・・・・」

 しばらく呆気に取られて呆然とその姿を眺めていたアルトリウスは、我に返るとあわててアウレリアに聞く。

「何故ここにっ!?」

「何故って・・・私がアンブロシウスの手紙を持って来たからに決まっています。」

「えええっ!?」

「それから一緒にロンディニウムへ行くのは私です、身内でも私は正式な使者ですからね、大事にしてください。」

最初は嬉しそうにニコニコしていたアウレリアも、アルトリウスが久しぶりの再会にもかかわらず驚きしか示さないことに少々憤りを覚えたらしく、最後は少し突き放すようにそう言った。

「ええええっ!?」

 天幕から出て行くアウレリアの後姿を何も出来ずに見送ったアルトリウスは、遠慮がちに天幕を覗く複数の目に気が付いた。

「・・・クィントゥス、何か言いたい事でも?」

「・・・いえ、何も、申し訳ありません。」

 アルトリウスの問いに生真面目な答えを返して頭を下げるクィントゥスの影で、何人かの兵士が含み笑いを漏らすのが聞こえる。

 アルトリウスは訳も無く緊張してギクシャクとぎこちなく纏めた自分の荷物を持ち、天幕から外へ出た。

「・・・クィントゥス副官」

 アルトリウスが出て行った後の天幕で神妙な顔で話しかけてきた騎馬護衛兵にクィントゥスが顔を向ける。

「どうした?」

「・・・いえ、総司令官にも歳相応の部分があるのですね、冷厳な軍神のように思っていましたが・・・意外でした。」

クィントゥスはふっと軽く笑うと、少し考えてから言う。

「・・・あの人は余り外には出さないが、張詰めた様子が痛々しいくらいにナマの人間だ。」

 更に神妙な顔でうなずくその騎馬護衛兵に、クィントゥスは茶目っ気たっぷりに一つの書状を見せた。

「アンブロシウス殿から我々宛の書状だ、内容は、特に総司令官に他言無用。」

 クィントゥスが鎧の隙間から取り出した書状を受け取り一読した騎馬護衛兵は、一瞬驚いたような表情をしてクィントゥスを見る。

 クィントゥスがニヤニヤしているのを見て、その騎馬護衛兵も同じような笑みを浮かべ、書状をクィントゥスの手に返した。

「そういう事はもっと早く言って下さらねば!」

 騎馬護衛兵は仲間達に書状の中身を伝えるべく天幕から飛び出した。


 野営陣の出入り口付近で、アルトリウスはいきなり盛大な見送りを受けた。

 野営しているコルウス提督以下ブリタニア海軍の兵士達が総出で見送りに来ていたのだった。

     わああああああああ

 アルトリウス付きの騎馬護衛兵50名が中心になって、まるで何かを祝福するかのように、驚きと恥ずかしさ、嬉しさで真っ赤な顔をしたアルトリウスを一斉に、しかし暖かくはやし立てる。

アウレリアがその真ん中にある馬車の上でアルトリウスを見つめてにっこりと微笑んだのを見て、再び兵達がどっと声を挙げた。

「・・・観念しましたか?」

兵達のアルトリウスに対する扱いが納得のいくものだったらしく、機嫌を直したアウレリアが軽やかな声でアルトリウスにそう言う。

「・・・はい」

アルトリウスは馬車に乗るしかないのかと観念し、その返事を聴いてやたらと嬉しそうなアウレリアの手で引き上げられ、半ば強引に中へ引っ張り込まれてしまう。

「これからはアルが私を引っ張ってくださいね。」

「・・・考えときます・・・」

 馬車の中でも手を離さないアウレリアに、アルトリウスはようやくそれだけ言うことができた。


「・・・で、何も無かったのか?」

 ロンディニウムに着き、行政庁にあるアンブロシウスの執務室へ出頭したアルトリウスに放ったアンブロシウスの第一声がそれであった。

「・・・え、何が?」

 戸惑うアルトリウスにアンブロシウスはびしりと指差して苦々しく続けた。

「お前の腕を離さないその女性と道中何も無かったのかと聞いている!」

ええっ、と固まるアルトリウスに、ニコニコしながら腕を取ってぴったりくっついているアウレリア。

そんな幸せそうな姉に苦しげな視線を向けると、アンブロシウスはため息をつく。

「・・・姉さん、アルトリウスならここへ来るまでに何とでもなると、結婚の約束を勝ち取ると言ったではありませんか!」

 こんな話をするときの物とは思えないくらい鋭いアンブロシウスの声にアルトリウスは青くなる。

「ちょ、ちょっと待って下さい従兄さん!何の話かさっぱり分かりません!!」

息せき切って答えるアルトリウスを制したのは、壁際で顎鬚をなでながら沈黙を守っていたマヨリアヌスだった。

「・・・ふうむ、話がちっとも進まんのう・・・アウレリア、一旦アルトリウスから離れなさい、ワシがアルトリウスに事情を説明しよう、アンブロシウス、姉殿はお主が良く言い聞かせておくのじゃ。」

 途中までは面白そうに眺めていたマヨリアヌスがそう言いながら間に入り、アルトリウスを隣のマヨリアヌスの執務室へ連れて行った。

 部屋に残されたアウレリアヌス姉弟はしばし見詰め合う。

 先に根負けしたのはアンブロシウス、もう一度ため息をつきながら姉に話しかけた。

「・・・わざわざ兵士達宛てに根回しする書状まで私に出させておいて・・・駄目だったんですか姉さん?」

 アンブロシウスが出したクィントゥス宛の手紙は、この2人はいずれ結婚することが決まっている仲であるので、便宜と祝福をお願いしたいという内容のものであった。

「駄目ではありません、こういうことには時間がかかるのです。」

「・・・いや、もうその時間が無いから半分無理矢理・・・」

 あきれたように言うアンブロシウスの言葉を遮って、アウレリアは言った。

「・・・愛のない結婚なんて無意味です!私は昔からアルトリウスの事は実の弟以上に思っていますけれども、アルトリウスはまだ私を姉以上には思ってくれていません。」

「・・・そうでしたね、子供の頃から姉さんの猫可愛がりは近隣で有名なほど異常でしたから・・・」

「異常ではありません、愛情です!」

「いや、まあ、その・・・」

 普段はおっとりしているアウレリアも、アルトリウスの事となると性格が変わったようになる。

とても他の有力者達には聞かせられないな、と思いながらアンブロシウスは姉との不毛な会話を続ける。

アウレリアは一家全滅したアルトリウスを引き取った当初から、アルトリウスが異常な行動を続けた時も決して見放さず、常にこの年下の従弟の面倒を親身になって見続けた。

マヨリアヌスの治療を受け、その後アルトリウスが回復する過程においてもアウレリアの存在は大きく、アルトリウスも良く懐き、常に一緒に行動する2人の仲の良さを見て、アンブロシウスの両親もゆくゆくは結婚もと考えていたようであった。

しかし、アルトリウスは成人すると行政官ではなく軍人の道を選び、アンブロシウスの家から離れ、最前線を点々とする生活を始めてしまい、またその後アンブロシウスの両親も相次いで亡くなったことでそういう話は立ち消えになっていた。

アウレリアはアンブロシウスがロンディニウムの行政長官として出仕すると、アルトリウスのものと合わせたその領地の管理を一手に引き受け、非凡な才能を発揮する。

その容姿と才能から、有力者からの婚姻の申し込みも引く手あまたであったが、アウレリアはこれを全て断り続けていた。

アンブロシウスは領地経営に専念したいからと言っていたアウレリアの思いに気が付いていたものの、情勢厳しい中、軍人であるアルトリウスの命は明日をも知れず、また本当に短い休暇でたまに立ち寄る程度のアルトリウスに切り出す機会も無く今に至っていた。

「それはまあそれとして・・・姉さん、兵士達の承認は得られたのですか?」

気を取り直してアンブロシウスは話を再開する。

「はい、それはもう問題なく、海軍の皆さんが総出で見送りを・・・」

「そ、総出!?」

「アルトリウスは本当に軍の皆さんには人気がありますね!」

 驚くアンブロシウスとは対照的に、アウレリアはどこかウットリした様な表情でそう言った。

夢見る姉を眺めながらアンブロシウスは少し考え込む。

・・・これは効き過ぎたぐらいだ、噂はすぐに広まるな・・・


「済まなんだの、いきなりで訳も分からず、さぞかし戸惑った事じゃろう。」

 マヨリアヌスが自分の執務室に案内しながらアルトリウスにそう話しかけてきたものの、声からは少しも申し訳なさが伝わってこないのでアルトリウスは憮然として答える。

「アウレリア姉さんのアレは先生たちの差し金ですか?人をからかうにも程があります。」

道中大変だったとかぶちぶちと愚痴をこぼすアルトリウス。

「まあ、差し金といえばわしらの差し金じゃが、アウレリアの気持ちは本物であるからして、気持ちよく受けてやればよいのではないかと思うがの。」

 相変わらず飄々としているが笑いを含んだ口調でそう言うマヨリアヌス。

「・・・それは結婚どうこうと言う話ですか?」

少し赤くなって問うアルトリウス。

「いかにも、お主もアウレリアを嫌うてはおるまい?」 

マヨリアヌスはアルトリウスの問いにそう答えながら執務室に入り、自分の席に着くとアルトリウスへ向かい側の椅子を勧めた。

「さて、本題じゃ、実はカストゥス家に3件の縁談が舞い込んでおる。」

アルトリウスが席に着くのを待ってから、マヨリアヌスはそれまでと打って変わって真剣な表情で話を再開する。

「・・・縁談?」

「いかにも縁談、これがいずれもちと厄介な筋からのものでな・・・」

マヨリアヌスは机からいずれも上質な羊皮紙で華美な装飾が施された3通の書状を取り出し、アルトリウスに差し出して読むように促した。

アルトリウスは左側から順番に丸められている書状を机の上に広げていった。

1通は在地勢力の雄ボルティゲルンからのもので、自分の娘のグィネビアをアルトリウスに嫁がせたいと言うもの。

1通はブリタニアのローマ官僚の旗頭、カイウス・ロングス属州議長から、自分の孫娘テルティアをアルトリウスに嫁がせたいとするもの。

そして最後の1通は、ローマ皇帝名によるスティリコ将軍からのもので、内々ではあるが皇族に連なる女性とアルトリウスの縁談を持ちかける内容のものであった。

「・・・・・」

「驚いたじゃろう、皆お主を取り込もうと躍起になっておるのじゃよ、どうじゃ、時の権力者にモテモテの気分は、ん?」

考え込むアルトリウスに、マヨリアヌスは茶化すようにそう言ったが、目は少しも笑っていなかった。

 ここに来て内部的な権力闘争が密やかに始まろうとしている事にアルトリウスは気付き、何処と無く幸せさを感じる甘酸っぱい気持ちは吹っ飛んでしまった。

「・・・もう気が付いたようじゃから敢えて説明するまでも無さそうじゃが・・・。」

 アルトリウスのその様子を見たマヨリアヌスはそう前置きした上で話し始める。

「ブリタニア内でのボルティゲルン率いるケルト派とローマ派の派閥争いが深刻化しておる、お主に送られた暗殺者も何れかの手の者じゃろう、それ以外お互いまだ政治的な手段での駆け引きに終始しておるが、一部では武力衝突の危険もある、特にきな臭いのは北と東じゃ。」

マヨリアヌスは席から立ち上がり、壁に掲げられている羊皮紙で出来たブリタニア全土図に近付き、それを見ながらそう言った。

 更にその横に掲げられたローマ帝国西半図を示す。

「そしてこっちじゃ、ガリアでは依然コンスタンティヌスと帝国総司令官スティリコのにらみ合い状態が続いておるからして、その打開策としておそらくあの縁談が来たのじゃ。」

 現在のコンスタンティヌスとブリタニアの関係は、明確な同盟関係でも従属関係でもないものの、蛮族に対する共闘という意味で緩い連携状態にある。

外部的にブリタニアは、少なくともそこから発した勢力であるコンスタンティヌスの影響下にあると見られており、そうして考えればコンスタンティヌスの勢力はブリタニア、ガリア北部、ガリア中部に至る広大なものである。

しかしスティリコはブリタニアが独自路線を歩んでいる事を見抜き、コンスタンティヌスの影響下からはっきり切り離そうと画策し始めたようである。

スティリコは同じ文書で、もしこの縁談を受けるのであればブリタニア軍団騎兵司令官アルトリウスを皇族の一員として待遇し、ブリタニア軍団長及び総督に任命した上で、ブリタニアの一切を任せる代わりに、コンスタンティヌスとの手切れを宣言して後方からコンスタンティヌスを牽制もしくは攻撃するよう申し入れていた。

いずれの勢力も、ブリタニア軍を名実共に掌握しているアルトリウスの後ろ盾を得るべくあれこれ画策を始めているということであった。

今のところアンブロシウス率いるカストゥス家及びアルトリウス率いるブリタニア軍が中立派と目されていたが、実力の備わった軍の支持をいずれの派閥も得たいが為にアルトリウスが独身である事を今更ながら利用しようとしている訳である。


「・・・今までそんな話の一つも用意せんかったこちらも迂闊じゃったが、まさかこうもいっぺんに縁談が来るとは思いもよらず、対応が難しいわい。」

ふうと嘆息するマヨリアヌスに、アルトリウスがおそるおそる言った。

「まさかあの派手な送り出しも・・・」

「いかにも、アウレリアとお主の間がヤンゴトナイ関係という噂でも立てば、それで諦める者も居るだろうと思うてじゃよ、お主もまんざらでもなかったろうが。」

 にんまりと人の悪そうな笑みを浮かべ、マヨリアヌスがそう答えるのを見て、アルトリウスは頭を抱える。

「冗談もいい加減してください、いくら先生でも人が悪すぎます、必要な事だと理解は出来ますが、あんな恥ずかしい思いはもう2度としたくありません!」

 要するに、アンブロシウスとマヨリアヌスはブリタニアの中立派としてアルトリウスがいずれかの派閥に属することを防ごうと、兵士とアウレリアを使い手を打ったのだった。

 兵士達は出身に違いこそあれ、アルトリウスの強さに惹かれ、純粋にブリタニアを守るという大儀を信じ、自ら進んで身を投じた者達が多く、いずれの派閥からも距離がある。

 敢えて言うならば、アルトリウス派であった事が、今回のアンブロシウスらの策を成功に導いた。

 おそらくそれ程日を置かずに、アルトリウスが結婚するという噂は兵士達やその家族の中で語られる事になるだろう。

「まあ、そう言うなアルトリウス、さっきも言うたがアウレリアの気持ちは本物じゃ、あれほどの器量じゃ、男冥利に尽きるではないか、それにいずれにしても・・・」

「・・・いずれにしても、何です?」

 嫌な予感がしてアルトリウスが顔を上げると、年を喰ったイタズラ小僧の顔がそこにあった。

「今しばらくお主にはアウレリアと行動を共にしてもらうつもりじゃ、理由は言うまでもなかろう、まあ若い内に恥をかくのも修行じゃろうて。」

「!!!」

「とは言っても、何せアウレリアはお主に対するここ数年の思いが募っておったし、かてて加えてわしらが十分過ぎるくらい焚き付けておいたからのう・・・離せと言うてもしばらく離してはもらえんじゃろうが。」

 マヨリアヌスがそう言って再びにやりとしたと同時に、アルトリウスの後方にある部屋のドアが開く。

反射的に振り返るアルトリウスの予想通り、ちょっと疲れた顔をしたアンブロシウスと相変わらず嬉しそうなアウレリアが入ってきた。

「もうお話は終わりましたかアルトリウス?」

「!!!!?」


「・・・気のせいか、嬉しそうな悲惨そうなヘンな叫び声が聞こえた気がしたが・・・」

 アルトリウスの元副官であり、現在は副司令官に就いているグナイウスが首をひねってそう言うと、隣を歩いていた騎兵司令官のボーティマーが頷く。

「私も聞こえた、アルトリウス総司令官の声のような気がする・・・」

「まあ、いいじゃねえか、声がしたってんならヘンでも何でも、とにかく総司令官はもうここには着いてるってこったろ?」

 そう言って行政庁の建物を見上げたのは歩兵司令官ティトウス。

 その後ろからは重兵器兵総監のガルス、弩兵総監のパウルス、弓兵総監のビブルス、傭兵総監のトゥルピリウスらが続いている。 

 アルトリウス出向中のブリタニア軍を指揮し、蛮族掃討に成果を挙げてきたブリタニア軍の将星たちである。

 アルトリウス不在の間もしっかり蛮族の撃退に成功し、ガリア情勢とも相まって現在は蛮族の攻撃を押さえ込んでいる。

 アルトリウスが半年振りに出向先のポートゥルスマグナムからロンディニウムに着いたと言う知らせが来たのはつい先程の事で、誰もが再会を心待ちにしていた事から、丁度駐屯地に揃っていた将官全員で挨拶に出向こうという事になったのだった。

 兵士達から人気のアルトリウスは、将官達からも絶大な信頼と人気を勝ち得ていた。

行政庁での報告が終われば、駐屯地に来る事にはなっていたものの、わざわざ先に挨拶に行政庁舎へ出向こうというのは、全員早くアルトリウスに合いたくて待ちきれないというのが正直な気持ちであったからである。

 グナイウスが行政庁に来訪の目的を告げたところ、受付の係官は半笑いでマヨリアヌスの執務室へ案内したので、グナイウスたちは訳が分からずに互いに顔を見合わせる。

 程なくアンブロシウスの執務室まで来たグナイウスたちは、部屋から漏れ聞こえて来る若い男女の声に係官の半笑いの意味を直ぐ理解した。

「お願いですから、あんまりくっつかないで下さい!」

「離したらまた帰って来ないつもりでしょう?」

「いえ、あの、そういう事ではなくてですね・・・」

「軍人になると言ったあの時に、私は寂しいのを一生懸命我慢して送り出したのに、何年も帰って来ない上に手紙の一つも寄越さないなんて、酷過ぎます。」

「そ、それは・・・」

 しばらく一方的に男が女に詰られている状態が続き、将官達はその会話を部屋の前で呆気に取られて聞いていた。

 少ししてからようやく自分達が盗み聞きしてしまっている事に気が付いたグナイウスは、慌てて部屋の中に声を掛けた。

「ブリタニア軍副司令官グナイウス以下6名、ご挨拶に伺いました。」

「おお、ようこそ、鍵は掛けておらんから入って下され。」

 様々な折衝を通じてすっかり顔見知りになった、部屋の主である、マヨリアヌスからそう声を掛けられたグナイウスは、部屋の中に言い争っている2人以外の人がいたことにも驚きながら扉を開く。

「や、やあ、グナイウス、久しぶりだね。」

「・・・いきなりで申し訳ありませんが、何か今のはオカシイですぞ、総司令官。」

「・・・相変わらず固いな、グナイウス。」

「それでこそです。」

 アウレリアをくっつけたまま、引きつった笑顔で間抜けな挨拶をしたアルトリウスをびしゃりとやり込めたグナイウスは、それで少し立ち直ったアルトリウスの言葉に一人納得したようにうなずく。

 それを見ていたティトウスはぼそりと一言漏らした。

「・・・お前こそなんだ。」

「何か言ったか?」

「いんや、何も。」

 2人のかけ合いを見てやれやれと首を左右に振る4人の司令官達。

 その後は、雑談となるが、アウレリアをくっつけたままの状態で久闊を呈し、近況を報告しあうという、何とも滑稽な風景がしばらく続く。

 将官たちはアウレリアが気にはなっているらしく、時々ちらちらと目を遣るがアウレリアの事について直接は触れにくいのか会話も途切れがちであった。

 話す事柄も尽き、微妙な沈黙が訪れかかる。

「・・・それはそうと、総司令官、隣の女性をそろそろ紹介して戴きたいのですが。」

 グナイウスが意を決したように発したその言葉に、他の司令官達もやっとアウレリアを正面から興味津々と言った風情で見る。

「これはすまない、彼女はアウレリア、私の双子の姉でアルトリウスの婚約者だ。」

 アルトリウスが口を開く前にアンブロシウスがさらりとアウレリアをアルトリウスの婚約者として紹介した。

「アウレリア・カストゥスです、アルトリウス共々、今後とも宜しくお願いいたします。」

 これまたさらりと自己紹介するアウレリア。

    おおお

 少々わざとらしさも感じられたが、普段沈着冷静をモットーとするローマ将官らしからぬ動揺もあらわに、グナイウスらはどよめいた。

「折角ここまで来たのじゃから、顔合わせに小宴でも設けようぞ、アウレリア、総司令官の細君ともなれば皆に自己紹介が必要じゃからな。」

「はい、わかりました先生」

マヨリアヌスが間髪入れずにそう言い、アウレリアが素直に返事をする。

「ふむ、この際じゃ、デキムス行政長官も呼んでおくとするかの・・・」

 マヨリアヌスは直ぐに係官を呼び、行政庁の会議場に小宴を張る準備をするように申し伝え更に自分はアンブロシウスの右腕とも言うべきデキムス・カイウス・ロングス行政長官を呼びに部屋から出て行ってしまった。

 デキムス・カイウス・ロングスはローマ官僚の旗頭カイウス・ロングス属州議長の息子であり、今回婚姻の申し入れをしたテルティア父親でもある。

 父親と性格やその風貌は酷似しているものの、政治的な思想傾向は父親と一線を画し、中立派の重鎮と目されている人物である。

「さあ、アル、私たちは一足先に行って少し準備のお手伝いをしましょう。」

 アウレリアがアルトリウスに発言させまいと強引にマヨリアヌスの執務室から連れ出す。

「!!!」

そのままアルトリウスに一言の言葉すら発する機会を与えず、まるで流れるように小宴が始まってしまい、この日を持ってブリタニア軍の中ではアウレリアがアルトリウスの妻と承認される事となった。


 その小宴のさなか、アルトリウスは酔い覚ましにテラスへ出た。

   小宴とはいえさすがに酒豪がこれだけ揃うと「小」とはいかず宴会は佳境に入っている。祝福ムードも手伝って全員が出来上がってしまっており、アンブロシウスなどは酔い潰れてしまっていた。 

 ぼんやりとテラスから外を眺めると、ロンディニウムの町並みが夕闇に沈もうとしている。

 しばらく正面から欄干にもたれかかって火照った顔を風にさらし、涼んでいたアルトリウスの横に、アウレリアがいつの間にか同じように目をつぶって涼んでいた。

・・・きれいだな・・・

しばらく仄かに赤らんだその横顔をぼーっと眺めていたアルトリウスは、従姉の美しさを改めて知った。

 姿形も然る事ながら、その真っ直ぐな気性と優しくありながらも強い生命力を感じさせる雰囲気がアウレリアの美しさをより一層引き立てていた。

「・・・どうかしましたか?」

アウレリアが目をつぶったままくすぐったそうにアルトリウスに声を掛ける。

「・・・本当に良かったんですかアウレリア従姉さん?従兄さんや先生の策で従姉さんが犠牲になる必要は・・・」

 アルトリウスのその言葉を途中でアウレリアがそっと自分の唇で遮った。

「・・・アルとの結婚の事を言っているのなら、もちろんです。」

 アルトリウスはすんなりその行為を受け入れてしまった自分に驚きながらも、問いを重ねた。

「・・・本当に良いんですね?」

「アルは嫌なのですか?」

 そしてもう一度、今度はゆっくりとアウレリアはアルトリウスに唇を寄せる。

「・・・もう嫌だなんて言わせません、言わせませんからね・・・」

 ぎゅっとアルトリウスを抱きしめたアウレリアは静かに涙を流す。

 服越しにアウレリアの涙を感じたアルトリウスは無言で、顔を真っ赤にしながら、アウレリアの背中に自分の腕を回し、それに応えた。

 アウレリアは嬉しそうにアルトリウスの胸に顔をうずめたまま囁いた。

「待っていたんです、このときをずっと夢見て・・・」

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