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第8章 ヴィエンヌ攻防戦

「おうおうおう、あれでローマ軍てえのかよ?ほとんどゴート兵じゃねえか!?」

サロ将軍率いるローマ軍の姿を遠望し、憮然とした声で周りの幕僚達にこぼすコンスタンティヌス。

「・・・誰か言ってやれ、ローマ軍は何処ですかってよ!!!」

 コンスタンティヌスの言葉に幕僚達が失笑を漏らす。

 遠目にもその軍がローマ軍と呼ぶには余りにも異様な姿形をしていることが分かる。

 兵士は概ね巨漢、金髪、髭面で、歩兵が装備している剣や槍も長大、盾は上部に突起が突いたような反台形方のゴート族特有の盾で、押し立てている軍旗がローマの物で無ければゴート軍としか言いようの無い軍勢であった。

 待ち構えている、本来反乱軍であるはずのブリタニア・ローマ軍団の方が装備といい兵士といい、よほどローマらしく見える。

「・・・ふん、これじゃ蛮族相手とかわらねえな・・・」

 ヴィエンヌの西側を北から南へと流れるロドゥヌス川を右手に、ヴィエンヌの南を東のアルプス山脈から西のロドゥヌス川へ至る支流を前にして布陣したコンスタンティヌスは、そう独り言を言いながら戦闘準備に入るよう各陣地へ指令を飛ばす。

後方である北にはヴィエンヌの町が見え、ロドゥヌス川に沿う形で平地があるものの、全体としてみれば山間地の谷間で、川の左右にはアルプスに連なる険しい山々がある。

ヴィエンヌは言わば交通の要衝であり、ローマからマッシリアを経由しガリア北中部へ抜ける街道とアルプス山間を抜けてイタリア半島へ向かう街道の分岐地点に当っている。

いずれにせよ、この町を通らなければガリア北中部へ向かうことは出来ない。

サロ将軍率いるローマ軍もほぼ同時にこちらの布陣を見つけた様子で、支流の南側で陣を展開させ始めている。

コンスタンティヌスは左翼に騎兵2000を配し、右翼に渡河攻撃を受けないよう槍兵隊と弓兵隊の混成部隊3000、正面第1段に元ブリタニア軍団長率いるブリタニア・ローマ軍団1万、第2段にサルスティウス率いるガリア招集兵5000、最後にコンスタンティヌ自ら率いる5000を配置した。

その他にヴィエンヌ守備隊1000が町の城壁で守備についている。

対するサロ将軍は、率いているのはゴート兵であったが、ローマの伝統的な布陣である、両翼騎兵、中央重装歩兵、前面軽装歩兵と弓兵、中央後部指揮官の陣形を取った。

「敵は騎兵が少ないようですな、両翼合わせても500程度では?」

「重装歩兵は多い上にゴート兵ですからな・・・少しばかり厄介でしょう・・・」

「・・・弓兵もあまりおりませんね」

「重兵器や補給隊も続いている様子は無い様です、短期決戦狙いでしょうか」

幕僚達がローマ側の布陣を眺めて感想や観察を述べる。

布陣はローマ型であるが、兵種を考慮すると蛮族得意の中央突破作戦が予想された。

事前の間者の情報どおり、兵力も1万程度、対するコンスタンティヌスは2万5000。

「サロのヤロウは小細工してこねえだろうが、兵数が少ないにもかかわらず突っかかって来るところが気になるな・・・ステリィコが何か策を与えてなきゃいいが。」

柄にも無く用心するコンスタンティヌスに幕僚達が顔を見合わせる。

「今のところ、別働隊の存在や罠等も確認されておりませんが・・・」

ふうむ

コンスタンティヌスはステリィコの影を気にした。

「まずは一当てだ、ただし全力でぶつかるな、ぶつかるのも相手が支流を渡ってからで良いぞ。」

サルスティウスがたまらず意見具申をする。

「陛下、みすみす渡河させるべきではありません、渡河の直後を狙うべきです!」

「わしもそう思う。」

意外な所から援護が出る。

元軍団長であった。

不満げに二人を見るコンスタンティヌスをよそに、元軍団長は続けた。

「渡河してくるならばこれを叩き、せねば持久に持ち込めば良い、サロも余分な兵糧は持ち込んでおらぬようじゃし、山間地の行軍を見越してか重兵器も持っておらん、睨み合いになったとてスティリコ将軍に送れる援軍は無いのだ、安心して持久できよう。」


 持久戦になって不利なのは何もサロだけではない、今は大人しくしているが、北方のフランクやサクソンの動向も不明瞭であるし、アキテーヌのヴァンダル、高地ゲルマニアのアレマン、いずれ劣らぬ乱暴者達が豊かなガリアの地を狙っている。

そして何よりスティリコが兵を派遣する余裕が出来た最大の理由となっているはずの、東方のゴート族の動きが気がかりである。

むやみに持久戦に持ち込めば、これらの部族が雪崩を打ってガリアを侵食することは火を見るより明らかであり、コンスタンティヌスにとっても持久戦は鬼門であるのだ。

しかし、コンスタンティヌスはそう言った細かい説明をすることを煩わしく感じる性質であり、実際

「俺が決めたことに黙って従え!!」

と一喝して終わらせてしまった。

一喝されたサルスティウスと元軍団長は棒を飲んだような顔をする。

周囲の幕僚達も、あきれたり、鼻白んでしまい、それ以上進言する者が居なくなった事で持久戦法は立ち消えとなった。

コンスタンティヌスの待ちの姿勢を感じ取ったのか、それとも所定方針通りなのか、その直後サロは進軍を開始した。

見る見るうちにサロ軍は渡河を開始し、陣形を大きく崩すことなく渡河を終えてしまった。

自陣へ戻ったサルスティウスがその様子を見て眉をひそめた。

「・・・おかしい、蛮族兵でありながら統率の取れた動きをしている・・・これは・・・」

 すぐさま伝令を走らせようとしたサルスティウスだったが、先程の事もあり躊躇する。

 背水の陣を相手に強いる方法も考えられたが、コンスタンティヌスが迂回攻撃やスティリコの策を警戒するあまり、ヴィエンヌの町に近い位置での迎撃戦を望んだ事からその戦法も見送られた。

 サルスティウスがそういった事に悩んでいるうちに、渡河を終えて陣形を整えたサロ軍との間に小競り合いが始まった。

 先鋒を受け持つのは元軍団長率いる古参のブリタニア・ローマ軍1万。

 その小部隊が投槍を使用してサロ軍の先鋒と交戦を始めた。

     わああああ

 まだ小部隊同士の戦闘である事と、少し距離があることから、鯨波の声もあまり響かず、サルスティウスは再び意見具申すべきかどうか迷ってコンスタンティヌスのいる本陣を振り返った、その直後

     うおおおおぉぉぉぉおおおお

と地を轟かせるような鯨波の声が上がった。

 「何!?」

サルスティウスが慌てて振り返ると、ブリタニア・ローマ軍団が全て戦闘に巻き込まれていた。

 サロは行進を止めることなく、一気呵成に突撃を命じたのであった。

 最初は小手調べと油断していた、コンスタンティヌス軍の先鋒はあっという間に撃破され、勢いに乗ったサロ軍はそのまま先陣のブリタニア・ローマ軍団に雪崩れ込んだ。

 投槍を使用する間もなく乱戦に巻き込まれたブリタニア・ローマ軍団の兵士達は、大盾を押し立てて必死の防戦に努めているが、いかんせん油断していた事、敵の勢いに呑まれてしまっている事から思うような戦線の建て直しが出来ないで苦戦を強いられている。

 その上相手は剽悍で頑健なゴート歩兵、ブリタニア兵は持ち味の粘り強さを発揮する間もなくゴート兵の大きな槍と剣の前に倒れ伏していく。

「まずい!!ガリア軍団前進!!!」

 精強なブリタニア・ローマ軍団が崩れ始めているのを見て取ったサルスティウスは、立ち直る時間を稼ぐべく自軍に前進を命じた。

 とその時

「!!!」

 最前線で優先する元軍団長がいるのが見えた。

 元軍団長は声を嗄らして号令し、自ら戦いながら軍団の立て直しを図っていたが、現状は芳しくない。

「ブリタニア・ローマ軍団は下がれ!!!陛下の前にて隊列を組みなおし、体制を立て直すのだ!!!!援護はガリア軍団がする!!」

 伝令がコンスタンティヌスの命令を呼ばわり戦場を駆け巡ったことで、ブリタニア兵が一斉に引いてしまった為、元軍団長は最前線に取り残されてしまった。

うああああ

 必死に剣で渡り合っていた元軍団長だったが、ゴート兵に槍を一斉に突き出され、ついに討ち取られる。

 元軍団長は首をかき切られ、首はサロ軍の本陣前に掲げられた。

「ブリタニア・ローマ軍団長戦死!!!!」


「ガリア軍団戦闘準備!!!」

 ガリア軍団を戦場の直近まで前進させたサルスティウスの号令に、雑多な装備のガリア軍団が素早く応じる。

 鎧の型式も所持している武器もまちまちで古臭いものであるが、ガリア召集兵士たちの顔は輝いており、剣や槍を構える仕草もきびきびとしてよどみが無い。

 サルスティウスは、周囲を観察し、敵に押し込まれているこの状況を、少なくとも1時間程度耐え忍ぶことが必要であろうと読んだ。

 今まさに、コンスタンティヌスの本陣から伝令が左翼の騎兵隊と、右翼の槍兵隊に向かって走り出すのが見えた。

 おそらくその伝令が携える命令内容は、包囲攻撃。

 伝令が到着して部隊が動き出し、味方が両翼から敵を包み込む形を取る事ができれば、中央突破を狙っている敵は包囲される事を恐れて後退するか、動揺することは間違いなく、後方のコンスタンティヌス率いる本隊の支援と、ブリタニア兵の立て直しが図れれば、この劣勢を跳ね返す事ができるであろう。

 ただし、それにはガリア召集兵5000が強力なゴート歩兵9000を少なくともこの劣勢のまま1時間は支えなければならない。

 サルスティウスは戦場にいるとは思えないような落ち着いた声で、配下のガリア召集兵達に語りかけた。

「ガリアの兵士諸君、戦闘準備を進めながら聞いてくれ、視線は敵から外さなくて良い。」

 不思議とその声は戦場の喧騒の中にあってもよく通り、剣を抜こうとしている者、槍の穂先を確かめている者達、鎧兜の装具を点検している者達も、全員が作業を行いつつサルスティウスの言葉に耳を傾ける。

「今から我々は敵であるサロ将軍配下のゴート兵と剣を交える、ハッキリ言って勝ち目は薄い、臨時招集された我等にとっては負担の大き過ぎる相手と言わざるを得ない・・・しかし」

 サルスティウスはそこでいったん言葉を切って、配下の兵士達が見ているであろう前方の戦場に目をやった。

「見るがいい、我らを守るべきはずのローマの剣を、楯を、ゴート製のローマの刃を見るがいい」

 前方では蛮族色を剥き出しにしたゴート兵が、退却するブリタニア兵に追いすがり、次々とその手にかけるという凄惨な光景が繰り広げられていた。

 ブリタニア兵はさらに数を減らしており、このままでは壊滅、敗走するのも時間の問題と思われた。

 サルスティウスは後方に有るコンスタンティヌスの本陣にちらりと目をやりながらさらに言葉を継ぐ。

「あれはローマを名乗る蛮族以外の何者でもない!奴等に勝ちを譲ればガリアは再び蛮族の闇に閉ざされよう、1年前の、我らがコンスタンティヌス陛下の来航以前の屈辱にまみれた日々の光景をよもや誰も忘れておるまい!」

 言葉を切って目蓋を数瞬閉じたサルスティウスの脳裏に、今朝自分を見送ってくれた妻と息子の姿が浮かんだ。

・・・すまない、どうやら私の命運はここまでのようだ・・・

 サルスティウスはかっと目を見開くと、それまでと一転してあらん限りの大音声を発す。 

「進めガリアの兵士達!我ら死してガリアの未来の礎とならん!!!」

     うおおおおおおおお

 サルスティウスの檄に触発されたガリア軍団5000は鬨を作り、サルスティウスを先頭に一丸となって土煙を上げて迫るゴート兵の群れに突撃を開始した。


 敵の有力な将軍を討ち取って士気の上がるサロ軍は、後退するブリタニア兵を追い嵩にかかって突撃してきたが、新手のガリア軍団が突撃してくるのを見て一旦追撃を止める。

   うおあああああ

双方の陣営から鯨波があがり、そして

   がこおおん

 一瞬後、サロ軍の先鋒とガリア軍団が激突した。

 先頭を切ったサルスティウスは盾を構えようとしていた正面にいるゴート兵の一瞬の隙を付き、剣を鋭く相手の胸に滑り込ませる。

 左手に持った盾を正面に構えようとしていたゴート兵は、自分の盾の死角になった部分から剣が突き出され、自らの胸に突き立つのを見て驚いたような顔をしながら崩れ落ちた。

 サルスティウスは返す刀でその後ろから槍を突き出そうとしていたゴート兵の首を剣で凪いだ。

 一瞬後鮮血を噴出したゴート兵が仰向けに倒れる。

 しかし、更に現れた巨漢のゴート兵は長剣を大上段からサルスティウスめがけて振り下ろしてきたので、サルスティウスは慌てて自分の剣を引き、剣の柄元で斬撃を受け止めた。

   がつううん

 ものすごい衝撃がサルスティウスを襲い、一瞬気が遠のいた。

 「ぐっ、この・・・」

 サルスティウスは無理矢理意識を取り戻すと、めい一杯力を込めて剣を押し戻す。

かろうじて相手と鍔迫り合いの状態になることはできたものの、巨漢の敵に上から押し込まれ、徐々に劣勢へと追い込まれた。

 お互いの剣が火花を散らし、がりがりと刃毀れしていく。

 じわりじわりと相手の剣先が自分の顔に迫るのをどうしようもなく眺めるサルスティウ

スが、もうだめかと覚悟を決めたその瞬間

ばしっ

 鈍い音がすると同時に、敵から力が急に抜け落ちた。

サルスティウスはその隙を逃さず無我夢中で剣を滑らせて身体をさばくと、ゴート兵はどさりと面前に倒れ伏す。

その顔を見ると眉間が断ち割られているのが分かった。

「大丈夫か、サルスティウス司令官!?」

 似合わない鎧を身に纏った、見るからに農夫といった風情の50絡みの兵士が心配そうにサルスティウスを覗き込む。

「だ、大丈夫だ、危ないところをすまない、助かった・・・」

 兵士はその様子を見てにやりとすると、剣を持ったままの手でサルスティウスの肩をバンっと叩き、戦場へと戻っていった。

 その後姿はたちまち乱戦の中に混じり消えてしまう。

「サルスティウス司令官、後方へお戻り下さい!司令官不在では命令の伝達も、部隊の指揮も出来ず困ります!!」

 その声に振り向くと、コンスタンティヌスの幕僚と伝令がいた。

「さあ、早く!後方へ!!陛下の命令です」

 激突直後、攻め疲れの見えるゴート兵は、気合十分で異常なまでの粘りと戦いぶりを見せるガリア兵にたちまち押され気味となったものの、時間が経つに連れ損害の目立ち始めたガリア兵に対して兵数の差で圧倒して踏みとどまり、前線は拮抗し始めていた。

 そして今、兵数の差が徐々に現れ始め、ガリア兵が今度は押される側に回ろうとしている。

 しかしながら、未だ包囲陣は完成していない。

 その様子を見て取ったサルスティウスは、伝令達にかぶりを振った。

「後方へは行きません、私が下すべき命令は、もう何も無い。」

 サルスティウスは自分の剣を見つめた。

血糊と脂にまみれてはいるものの祖先伝来のグラディウスは刃鋭く、未だその役目は終わっていないと言わんばかりに鈍く輝いている。

「我々はここでゴート人を喰止めて時間を稼ぎます、最後に陛下にお伝え下さい、ガリアの兵士達は感謝しています、と」

「お待ち下さい!何に感謝と言うのですか!」

 踵を返したサルスティウスは、伝令が発したその問いに答えることなく前線へ向かった。


 一進一退を続ける前線に到着するサルスティウスを見て、ガリアの兵士達は苦しい状況にもかかわらず満面の笑みで彼を迎えた。

 ただ、戦闘自体は小康自体で、敵味方とも疲労の色が濃いため積極的な戦闘にはならず、大半が盾で押し合ったり、お互いの盾を剣や槍で叩きあったりして揉み合いの状態が続いている。

「やあ、司令官、大変だよここは。」

「無理しなくて良いよ司令官。」

「あんた机の虫だからな~気張って腰抜かすなよ~」

戦塵にまみれ、負傷し、返り血と自分の血で身体を染めながらも兵たちは明るく語りかけてくる。

見れば、先程サルスティウスを助けた兵士も盾を構えて最前線でまだ戦っていた。

サルスティウスは、へっぴり腰で盾を構えているその兵士の姿に苦笑すると、周囲の兵士達に語りかけた。

「みんな、よく頑張ってくれた、ただ申し訳ないがもう一頑張りしてくれ、まだ包囲陣が完成してない、ブリタニア軍団の再編成もまだ半ばだ。」

 その言葉に、さすがのガリア兵たちも緊張する。

「・・・司令官、おれたちもうそんなに保ちませんぜ。」

 年配の兵士や軍務経験を持たない兵の多いガリア軍団、その兵士の言葉にウソ偽りは無かった。

 5000を数えた兵士も今や明らかに数を討ち減らし、最初のガリア兵の勢いに恐れをなしたゴート兵が攻めあぐねている事から戦線を保っているに過ぎない。

「分かっている、しかしむざむざ包囲されるのを待つほど敵も馬鹿ではない、そろそろ敵は攻勢にかかるだろう、これを耐えねば我らは敗北する。」

 兵士達は唇を噛んでそう話すサルスティウスの姿を見て、それからお互いの顔を見つめあった。

「まあ、司令官がそういうならしょうがないな、最初から生きて帰れるとも思ってなかったし・・・」

「・・・ああ、おれっちの嫁子供が安心して後を過ごせるなら、なあ」

「おれみたいなのでも、役に立つ事ってあるんだって、みんなの為に何か出来るって気付かせてくれたのは司令官だし」

「おめ、ゴクツブシって言葉が抜けてるぞ~」

最後に若い兵士が発した言葉にみなどっと笑った。

「・・・という訳で、やりましょう、ガリアがドンだけのもんか見せてやります。」

最初にサルスティウスに保たないと言った兵士が、全員の言葉を引き受けた上で代表してそう言った。

「全員あなたと皇帝陛下には感謝していますから、明日の見えない我々に明日を示してくれたあなた達にね」

 サルスティウスはその言葉に笑みを見せる。

「分かっている、さあ行こうか!未来のために!!」

「「「未来のために!」」」

 サルスティウスの言葉をガリア兵たちが唱和した。

「ガリア軍団前進!」


ガリア軍団最後の攻撃が始まった。

それまで主に盾を使って小競り合いをしていたガリア軍団は一斉に盾を投げ捨てて剣と槍での攻勢に出る。

   うわああああああ!!!!

しかし捨て鉢な攻撃ではなく、的確にサロ軍の弱点を狙って波状攻勢を掛け、相手の前線を突き崩して来るガリア軍団に、それまで攻勢に出る隙を覗っていたゴート歩兵はその余裕を失って防戦に追われ始めた。

サルスティウスもグラディウスを握り締め攻勢に加わり、周囲の兵士達と共にゴート兵の前線に突撃する。

がつっ がり ぎいぃいん どかっ ばしっ

 サルスティウスの剣が敵の盾を噛み破り、肉を絶ち、剣を跳ね飛ばして、腕を裂き、眉間を断ち割る。

 みるみるうちにガリア兵は、サロ軍の前線に食い込み、ゴート兵を押し戻した。

 「奮え!今こそ命を燃やせ!!」

「未来の為に!!」

疲労困憊のガリア兵たちは身体を引きずるようにして攻勢を掛け続ける。

 しかし、物理的な限界をとうに超えた彼らを動かし続けていた精神力ももはやこの時尽きようとしていた。

 歯を食いしばって戦い続けるガリア兵だったが、櫛の歯が抜けるように、1人また1人と討たれていく。

 サロ軍の前線に食い込んだガリア軍団は、波打ち際の波のように溶けるように消え始めた。

 サルスティウスの回りも気が付けば目に入るのは敵のゴート兵ばかりで、味方は自分の周囲に数えられるほどしかおらず、その味方も力尽きて次々と目の前で討ち取られていく。

 「諦めるな!!!戦え!戦い続けろ!!」

サルスティウスの激励が空しく響くぐらい聞くべき味方も存在しない状態となり、サルスティウスはいよいよ覚悟を決めた。

必死に戦いながらも遠望すれば、左右両翼の布陣もほぼ完了しつつあり、後方からは頼もしい味方のかける号令がかすかに聞こえ始めている。

「・・・司令官!勤めは果たせたようで!!司令官は撤退して下さい、今ならまだ間に合う!!」

 兵士を代表して最後に発言した兵士が血みどろにした顔をサルスティウスに向け、振り絞るような声で告げた。

 他の兵士たちもその声に触発されるように、サルスティウスの周囲に壁を作り、消えかかった命の炎を烈しく燃やすかのようにゴート兵に立ち向かう。

「あなたが居てくれれば、私たちの思いと犠牲が生きる!ガリアを頼みます!!」

「・・・すまない!」

 サルスティウスが今までとは別の覚悟を決め、脱出を図ろうとしたその時、何処からか飛来した1本の投槍がサルスティウスの首に突き立った。

    がは

 サルスティウスの口から鮮血がほとばしる。

目を見開き、歯を食いしばって左手で虚空をつかむ様にもがいた後、グラディウスを握り締めたままがっくりと膝から崩れ落ちるサルスティウス。

サルスティウスの瞳から一筋の涙が流れ落ちたかと思うと、その全身からみるみるうちに命の光が消え去った。

「「司令官!!!」」

 その姿を見た兵士達はその瞬間全員が無念の表情を浮かべたが、きっと前を向くと次々とゴート兵の群れに飛び込んで行く。

全員が烈火のごとく暴れまわってから討ち果たされたその瞬間、後方からローマ兵のピルム(投槍)がゴート兵に降り注いだ。

    びゅんびゅんびゅんびゅんびゅん

突然の攻撃に対処する間もなく攻撃に倒れ伏すゴート兵の前方に、再編成の終わったブリタニア・ローマ軍団の兵士と、コンスタンティヌス直卒の部隊が現れる。

遅まきながら包囲陣が完成したのだ。


コンスタンティヌス軍の左翼騎兵隊は、サロ軍の騎兵を数で圧倒して左翼を固め、右翼の槍兵隊は同じくサロ軍の騎兵を撃破し、中央のゴート歩兵部隊に圧力を掛け始めた。

それを見て取った将軍サロは、直ちに包囲陣形から逃れるべく主力のゴート歩兵を後退させたが、大きく損害を受けたコンスタンティヌス軍も追撃するまでの余裕は無く、ヴィエンヌの町を後方ににらみ合いの状態となった。

 初戦は引き分けという形となった、しかし損害だけを見れば、コンスタンティヌス軍は兵力といった面よりも、元軍団長にサルスティウスという正に要の欠くべからざる将軍2人を失い、士気や今後の政策、軍編成といった潜在的にきつい損害を被った。

 サロはその後数日に渡って対陣し、ヴィエンヌを攻囲するそぶりを見せたが、コンスタンティヌス軍の牽制にそれを果たせず、1週間のにらみ合いの後ローマ街道を南下し、アルプスの向こうへ撤退していった。

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