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第42章 激突(その十)

「騎兵集合!」

 敗走するサクソン軍前衛と一旦距離を取り、アルトリウスは騎兵に集合を命じる。

 もう一度勢いを付け直して突撃を敢行するつもりであるが、正面のサクソン軍本陣は流石に分厚く兵が固めており、容易には抜けないと踏んだのだ。

「総司令官、後方よりアルマリック卿の騎兵隊が追随してきております。」

「そうか・・・来てくれたか。」

 最初の突撃で数を減じてはいるが、損害はそれ程でも無くまた体力的にも余裕がある。

 それに加えてアルマリックの騎兵隊が加わるとなれば突破力は増すだろう。

「アルトリウス、遅くなった、あれがヘンギストの本陣か?」

 追い付いてきたアルマリックが到着するなりアルトリウスに問うと、アルトリウスは無言で頷く。

 サクソン軍左翼はラールシウスが掌握し、完全に寝返った。

 右翼はアエギティウス率いる西ロ-マ帝国軍がサクソン軍を拘束、撃破しつつある。

 後方はティトウス率いる歩兵隊と、アンブロシウスらの諸侯軍が追随しており、包囲される心配はこれで無くなった。

 アルトリウスは血濡れた長剣を振りかざし、勝利をもたらす最後の命令を発する。

「ブリタニア騎兵団突撃!」

    うおおおおおお

 どっと横一線に並んだブリタニアの騎兵団がサクソン軍本陣に向けて突撃を開始した。



 サクソン軍本陣の護衛戦士や剣戦士達は、横一線でなりを潜めるブリタニア騎兵団に得も言われぬ不気味さを感じながら、丸い盾を正面にかざし、必死の防御態勢を取る。

 既に長槍戦士達は完全に撃破され、残っている者達も空きっ腹を我慢して逃走してしまった。

 かろうじて踏みとどまっている戦士達も、裏切り者のラールシウスの戦士団や、横合いから突如現れたローマ軍の猛攻を受けて足止めをされている。

 後方に残った戦士達も動揺で、新たに現われたアルトリウスの援軍がブリタニア騎兵団の後方を守っていた。

「ええい、薄い!薄すぎる!!正面へもっと人を集めろ!!」

 ホルサがいきり立って命令するが、既に戦士そのものの数が減じているのであるからどうしようも無い。

 金切り声を上げているホルサを無視し、戦士達はブリタニア軍の動向に注目していた。

 突如、正面のブリタニア騎兵団から喊声が上がった。

 恐怖。

 どっと横一線に並んだ騎馬兵が一糸乱れぬ統一された動きと速度で迫る。

 壁が押し寄せるように、一気に距離がつまり、サクソン戦士の構える盾の目前に迫るブリタニア騎兵団。

 戦士達はこの時程自分の持つ盾が頼りなく感じられた事はなかった。

 数秒後に自分の身体は盾ごと馬蹄に踏みにじられ、長剣で頭を割られ、人馬一体の突撃で吹飛ばされるだろう。

 目前にボロくずのような物があるが、それがブリタニア騎兵の突撃受けた者のなれの果てである事は目撃していた戦士達全員が分かっている。

 もう間もなく自分もあの姿でこの場所に転がる事になるのだろう。

 敗勢は覆うべくも無く戦場に満ちあふれ、士気は地に落ち、そして指導者達は右往左往している。

 我々はこの島での覇権戦争に敗れたのだ。

 そう考えた戦士の意識は、ブリタニアの大きな馬の馬蹄が頭に当たった瞬間暗転した。



 ブリタニア騎兵団は一気に本陣で最期の防衛線を張るサクソン戦士団の盾壁を突き破った。

 そして本陣へと傾れ込むと手当たり次第に槍を突き込み、剣を振い、馬蹄に掛けた。

 逃げる者は容赦なく背中へ手投げ矢を浴びせ手打ち倒し、抵抗しようと兼を振りかぶる者へは槍をその顔面にお見舞いする。

 アルトリウスは先頭で盾を構えて怖じ気づいている戦士の頭を馬蹄で飛ばし、左右の戦士達へ長剣を振って蹴散らす。

「アルマリック!率いてきた騎兵を連れて後方へ突き抜けてくれ!族長連中は皆殺しにする!!」

「・・・分かった、ヘンギストが来た場合も、討ち取って構わないな?」

「・・・頼む!」

 突き上げられた槍の穂先を切り飛ばし、その戦士を長剣で撫でつつ、アルトリウスが叫ぶと、アルマリックは無言で頷き、自分の率いてきた騎兵を連れて本陣の後方へと向かった。

 アルトリウスは周囲の戦士達を蹴散らしつつ本陣中枢に迫り、戦士長と思しき男達や族長クラスの者達が集まっていると思しき場所へと騎兵団を導いた。

 しばらく行った先の天幕が破れた場所。

 中央に見紛う事なきサクソン王ヘンギスト。

 右に居るのはホルサだろう。

 他にも族長連中が必死に表情で護衛戦士達と共に剣や槍を構えていたが、アルトリウスの目には映っていなかった。

「・・・覚悟!!」

 それだけ言うと、アルトリウスは愛馬を停める事無く一気にその場へと傾れ込む。

 ヘンギストは驚きの表情でアルトリウスを見た後、素早く自分の分厚いサクソンソードを抜いたが、遅い。

 鋭い気合いと共に馬上から駆け抜けざまに振り下ろされたアルトリウスの剣は、ヘンギストの太い首筋を容赦なく叩いた。

 間を置かずに吹き上がる血潮。

 ゆっくり倒れ行くヘンギストを驚愕の顔で見つめるホルサは、しかしその瞬間後方から迫った騎兵に胸を槍で突き破られて絶叫した。

 瞬時にサクソン王の座所は騎兵達によって蹂躙され、阿鼻叫喚の生き地獄と化し、その短時間で生あるものは何も無くなった。


 終わった。

 しかし戦いはまだ終わってはいない。

「すぐにサクソン王ヘンギストを討ち取ったと触れ回れ、それから、ヘンギストとホルサの遺骸は持ち帰る準備をしてくれ。」

 アルトリウスの命令で数騎の騎兵が四方に散り、サクソン王を討ち取った知らせを伝えるべく疾走していった。

 また、別の騎兵達は素早く馬から下り、剣を収めてサクソン軍本陣に張られていた幕を小剣で切り裂き、ヘンギストとホルサの血にまみれた遺骸を包み始める。

 

しばらくすると剣戟の音が止み始めた。

次第に静寂が訪れようとしている。

 アルトリウスは布でくるまれたヘンギストの遺骸をぼんやりと見つめ、今までの軌跡を思い出そうとした、が果たせなかった。

「余りにも多くの事が起こりすぎたからか・・・それとも、思い出したくない・・・か。」

 辛く長い道のりだった、しかしこれで終わった訳では無い。

 確かに戦いは終わったが、サクソン人はまだこの地に居る。

 しかも長い年月が経ち、既にこの島で生まれ育った者もいるだろう。

 また、大陸からは引きも切らずサクソンやその他の蛮族達が海を渡り来ている。

 まだ終わっては居ない。

むしろこれから新しくやって来た者達と折り合いを付けるかという大きな難題が残っているのだ。

「それでも、今は・・・勝った事を喜ぶべきだろうな・・・」

 傍らに居たトゥルピリウスがアルトリウスのつぶやきに気が付いて近寄ってきたが、アルトリウスは苦笑しながら手を振って止める。

 

 明日はこれからである。

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