第5章 ブリタニア軍勇戦!
「総司令官!敵はフランク人の連合部隊のようです、兵数およそ1万5千」
斥候隊長の報告が終わるか終わらないかの内に、平原へ湧き上がる雲のように、人の群れが現れた。
まちまちの鎧兜や長い槍、手斧やフランキスカと呼ばれる斧の付いた槍を装備した軍が足音も荒々しく平原の中央部に進出してきた。
平原の入り口に当たる小高い丘の上から、アルトリウスはその粗末な人の群れを眼光鋭く眺めていた。
「ゲルマン人め・・・」
アルトリウスの瞳に暗い光が燈った。
まっすぐ敵を見据えたまま、アルトリウスは大声でと部下に問いかける。
「用意は良いか!」
おおぅぅぅ
地を圧するような低い声が響き渡った。
アルトリウスは馬上からすらりと、スパタ(騎兵用長剣)を抜き放った。
「やつらの暴虐も今日限りだっ!!!地獄の釜の蓋を開けぇぇぇ!!!!!」
サクソン海岸の沿岸警備兵から、敵襲来の早狼煙を受け、ロンデニィウムで編成を行ったばかりのブリタニア軍3000は、アルトリウスの指揮の下、サクソン海岸へ急行した。
しかし、懸命の行軍もむなしく、海岸地帯の村邑は既に略奪、暴虐の限りを尽くされ、ブリタニア軍は、焼き打たれた村や、山積みにされたブリタニア人の死体を横目に進軍する羽目となった。
人の焼ける、えもいわれぬ臭気を、肉の腐敗し、蛆や鳥獣についばまれた無残な遺骸を眼にした実戦経験の無い若い兵士達は、行軍の合間に嘔吐し、そして涙を浮かべた。
肉親の住む村の変わり果てた姿に発狂し、やむなくロンデニィウムへ後送しなければならない兵士も少ないながら存在し、ブリタニア軍は士気を落とした。
アルトリウスは、襲われた東ブリタニアの中心部へ到着すると、斥候を放ち、また各地の住人から聞き込みで情報を集めることにし、部隊をいったん森林へ宿営させた。
2日後、情勢がほぼ判明する。
サクソン海岸へ襲来したのはフランク人の一派で、ほぼ全員が徒歩であること、約1万から2万程度の兵数であること、また、現在は略奪の成果に満足し、海岸地帯へ移動しつつあることが分かった。
「好機だ、略奪のために分散していた部隊が一箇所に集まっている、挑発してこちらの戦場へ引きずり出そう、一気に壊滅させてやる!」
気を吐いたアルトリウスと対象的に、他の司令官たちは躊躇した。
騎兵こそ1000騎とかなりの数を擁しているが、最大20000の相手にブリタニア軍は総兵力でわずか3000である。
基幹はローマ軍の残留兵であるけれども、その大半は辺境兵や沿岸警備兵、諸侯の私兵を短期間で訓練しなおした寄せ集めの兵である。
司令官達が不安がるのも無理は無かった。
「総司令官、正面攻撃は無理ではありますまいか、兵力に差がありすぎます、一時は攻勢に立ったとしても、すぐに相手の兵力に圧倒され、呑み込まれてしまいます」
そう意見したのは、アルトリウスの副官、グナイウス・タルギニウス。
沈着冷静なベテラン副官は、広げられた絵図面を前に話を続けた。
「サクソン海岸でフランク人の本隊を待っている停泊中の船舶をまずは撃破し、帰還の手段が無くなって士気の落ちた本隊を海岸線で叩く方が無難では?」
フランク人が乗ってきた数十隻の船は、わずかな守備兵とともに海岸線に引き上げられていることが分かっている。
グナイウスはまずこれを叩くべきであると主張したのである。
アルトリウスは、その意見にかぶりを振った。
「いや、だめだ、海岸線で激突しても結局兵力差は埋まらない、むしろ不安定な足場で戦えば、敵より重装備の我が軍が普段以上に体力を消耗するだけだ、部隊が壊滅することになる」
アルトリウスは、海岸線とフランク軍の現在地の間にある、焼け落ちて地図から抹消された村を指で示した。
「今日、ロンデニィウムから重兵器隊が到着した、重兵器をこの丘に設置し、騎兵隊でフランク人を挑発してこの下の平原へ誘い込む」
歩兵司令官になった、ティトウス・クロビウスが今度は反対意見を述べる。
「総司令、イマサラですが重兵器何ぞは攻城戦のためのものです。しかも長射程のオナガー(投石器)とバリスタ(大石弓)がたった5張ずつ、素早い移動には向かないんで野戦にはテンで役に立ちゃしないシロモンで」
肩をすくめたティトウス歩兵司令官の隣で、今度はボルティゲルンの息子である、騎兵司令官のボーティマーが反対した。
「総司令官、兵達の士気も奮ってない、死体やら焼け跡やらのせいもあるが、兵士達は兵力差に絶望していて、まともにやれば壊走する恐れがある」
アルトリウスは、幕僚達1人1人をしっかりと見つめ、ゆっくり言った。
「大丈夫だ、敵は今油断している、ブリタニアにはローマ軍が居なくなったということを、情報としてだけでなく、反撃が無いことで実感しているからな、指揮通りにやってくれれば間違いなく勝てる」
少し間をおいて幕僚の反応を確かめる。
半信半疑というところであるが、力強い言葉に、全員がアルトリウスについていく気持ちになっていた。
その様子を見て取ったアルトリウスはにっこりしてから言葉を継いだ。
「では、配置を指示する、よく聞いてくれ」
騎兵司令官のボーティマーは、配下の騎兵50を率いて、フランク人達が宿営している町の廃墟へ向かっていた。
廃墟とは言っても、フランク人が来るまでは普通の町であったのだが・・・
明け方、陣地の構築に見切りが付いた時点で、アルトリウスはボーティマーに新たに指令を出した。
「宿営地に火を放って、撹乱して貰いたい」
ボーティマーは、弓を装備した軽装騎兵を率いて田舎道を駆けていた。
本当ならば、もうそろそろ麦が実り始める頃であるが、畑は荒れ放題で、あちらこちらに焼け焦げた後が痛々しい。
しばらく行くと、焼け落ちた市壁が望見できた。
門には長槍を持ったフランク兵がたむろしているが、緊張感は感じられない。
町の中では1万人以上のフランク人がいる。
ボーティマーは思わず背筋を寒気が走るのを止められなかった。
ボーティマーは騎兵達に合図して静に馬を下りると、馬の口に布切れで作った枚を噛ませ、嘶かないようにすると、近くにあった間垣へと近寄った。
略奪品を品定めでもしているのだろうか、出入りはほとんど無く、先ほどと変わらず10名程度のフランク兵が所在無さ気にたむろしている。
ボーティマーは、門の脇に置かれている荷車に注目した。
町の抵抗の跡であろうか、荷車は板が打ち付けられ、麦わらが積まれている。
おそらく市門を守るために置かれていた物なのだろう、フランク人の使う矢が多数刺さっていた。
ボーティマーはあらかじめ用意していた火矢に火を付け素早くつがえた。
ひょうん
ボーティマーが火矢を放つのを合図に、下馬した騎兵達が一斉に矢を放った。
びゅびゅびゅ
半数が火矢で荷車を狙い、後の半数は見張りのフランク兵を狙った。
荷車は乾燥していたのだろう、あっという間に火の手が大きくなり、市壁の残りに延焼し始めたが、見張りの兵が既に事切れているため、消火する者が居ないまま、燃え上がり始めた。
火の手が大きくなったことで、ようやく町の中に居たフランク人達が騒ぎ始めた。
慌てて市門の外へ走り出してきたフランク兵は、たちまち矢の餌食となった。
「騎乗!引き上げるぞ!!」
数十人のフランク兵を倒したところで、ボーティマーそう号令すると、ひらりと自分の馬に飛び乗り敵の正面へ駆け出した。
「蛮族ども!報いを受けろ!!」
ボーティマーら50人のブリタニア騎兵は、弓を騎乗から放ちつつ、フランク兵達を挑発する。
フランク軍は渡海して来た為、馬は持ち込んでいない。
ボーティマーらは悠々と弓をフランク兵に射込み、付かず離れずの距離を保ちアルトリウスの待つ戦場へ誘い込んだ。
狭い平原を埋め尽くすような蛮族の群れに、ブリタニアの兵士達は動揺を隠せず、隊列が乱れる。
戦場へ到着したボーティマーは全速力でブリタニア軍の陣地へ駆け戻った。
「ご苦労だったな、しばらくは休んでくれ」
騎兵部隊とともにいたアルトリウスは、ボーティマーにねぎらいの言葉をかけたが、ボーティマーは馬と一緒に汗だくのまま、切れた息も荒々しくアルトリウスに進言する。
「敵は怒り狂っている、見ろ!今のブリタニア軍では動揺してまともにはぶつかれない」
ボーティマーの言葉に、アルトリウスは表情を引き締めると、だっと戦列の前へ駆け出した。
後ろにはウンカの如く1万5千のフランク兵、前にはたった3000のブリタニア兵。
「ブリタニアの兵士諸君!!!」
アルトリウスの大声に、動揺してフランク兵の姿しか見えていなかったブリタニア兵の視線がアルトリウスに集中した。
「見たか!行軍途中の村や町を!畑を!道を!」
アルトリウスは、丘のふもとの焼け落ちた村を示した。
「見たか!破壊と暴力と無秩序の行き着く先を!!」
アルトリウスは、今度はフランク兵を指し示す。
「ローマは去った!しかし、我々はここに生き、そして死んでいく!今ここにあるブリタニアと、ここに暮らす我々と、その家族と、友人の平和と秩序は我ら3000の肩に掛かっている!!奮い立て、ブリタニア兵!!世界に示せ!!我々はまだここにいる!!!」
アルトリウスの檄に、それまで怯えの目立ったブリタニア軍の兵士達の瞳に力が戻り、表情に生気がよみがえった。
乱れた隊列は元に戻り、兵士達は先ほどとは打って変わってきびきびと動き出す。
そして、フランク軍が平原へ入りきったところで、アルトリウスは最前列に出たまま、右手を大きく振った。
その合図を見て、重兵器隊の指揮を執る副官のグナイウスが素早く向き直った。
「はなてぇぇぇええええぇえええぇぇぇ!!!!」
グナイウスの号令に、重兵器隊が即座に反応する。
「オナガー隊、火炎弾投擲開始!!」
「火炎弾投擲開始!!」
「投擲開始!!!」
限界までたわめられた綱が、鎹を解かれて一気に跳ね上がった。
込められた全ての力が、頑丈な樫の木で出来た発射機に伝わり、火炎弾を遥か遠くの平原まで弾き飛ばした。
10機のオナガーとバリスタから放たれた10個の火炎弾は
ひゅーん、ひゅーん
という甲高い音と黒煙を残し、密集して槍を揃えたフランク軍隊列のど真ん中に次々と炸裂する。
破裂した壷から撒き散らされた獣脂や松脂が口火に引火し、一瞬後
ばあっっ
と火炎が沸き起こる。
次々と起こる火炎の柱に呼応し、悲鳴と怒号が錯綜する。
火炎に巻き込まれた戦士達が丸焼けになり、また自分に着いた火を消そうと右往左往するものが現れて、フランク軍のあちらこちらで隊列が乱れ始めた。
逃げ惑う戦士達にも容赦なく、火炎弾は次々と放たれ、混乱を広げてゆく。
「よし、いいぞ、あらかじめ射程を測定して試射してあった成果が出ているな」
副官のグナイウスは冷静沈着な彼にしては珍しく、にんまりと満面の笑みを浮かべた。
重兵器兵達は、そんな副官の顔を省みる余裕もなく、ひっきりなしにレバーと梃子を操作して、全身汗みずくになりながら火炎弾の発射を次々と行っている。
最初の一発目は一斉に発射したが、その後は準備が出来次第発射をしているため、今はかなり発射間隔にばらつきがあるものの、還ってそれが途切れの無い攻撃となり、フランク軍の混乱を煽り立てていた。
数は少ないものの、野戦で重兵器が積極的に使用されることは余り無い為か、フランク軍の混乱は徐々に軍全体に広がりつつある。
ばああっ ばあっ
と火炎弾が落下したところから、鮮やかな火柱が立ち上がるたびに、ブリタニア軍の隊列からは喚声が上がる。
フランク軍の族長達は、混乱する兵達をまとめようと、号令を繰り出し、敗走する戦死の何人かを斬捨ててまで、軍を立て直し始める。
全体から見れば火炎弾の炸裂もごく一部であることが分かり始めると、フランク軍の混乱は次第に収まり始めた。
ばああっ
火柱が上がり、そのたびに丸焦げになった戦士達の悲鳴や絶叫が響き渡るものの、一時ほどもフランク軍は動揺せず、槍兵を前列に並べ、ブリタニア軍の陣営へと進軍を開始した。
ブリタニア軍はアルトリウスの指揮の下、堀と木塀に囲われた陣地に展開している。
中央部に重兵器を配置し、その前には弓兵600、次に歩兵が1000、さらに最前列には今回アルトリウスが特に充実を図った石弓兵400が配置されていた。
石弓兵は200ずつ2列に折敷き、低めの木塀からその武器の先端を覗かせている。
ざむざむざむざむ
隊列を整えたフランク兵が、丘の麓まで行進してくる足音が聞こえ始める。
最初とほぼ変わらないペースで、重兵器から火炎弾が打ち出され、少なくない打撃を与えているのだが、最初と違って混乱する兵が少なく、見た目はさほどダメージを受けているようには見えない。
しかし、ブリタニア軍に動揺は無く、全員が落ち着いてフランク軍の行進を見守った。
フランク軍の弓士達は、丘の麓に到着すると、次々とブリタニア軍陣地に向けて矢を放ち始めた。
ぴゅんぴゅんぴゅん
羽音を立てながら、陣地に矢が向かうが、打ち上げになるため弓勢が弱く、矢は力なく陣地の手前やその先の堀に落ち、何とか届いた矢もほとんどが木塀で防がれる。
弓による攻撃が一段落すると、フランク軍は再度行進を開始した。
ブリタニア軍が陣を構える丘には、頂上付近の陣地に向かって斜めに堀が何本か穿たれており、フランク軍は自然と堀を避けて中央部、つまり陣地の正面へ向かって密集する形になる。
足音が重なり始め、いよいよ突撃に移るというところで、フランク軍は一斉に雄叫びを上げた。
グウオオオオオオオォッォォォオオオ
人のものとも思えない、凄まじい鯨波に、びりびりと周囲の空気が震えた。
グナイウスは、最前線に立ち続けるアルトリウスが気になったが、手筈通り弓兵隊に命令を下す。
「弓隊、打ち方用意!!」
きりきりきりきり・・・
ブリタニア軍の弓兵隊が一斉に弓を引絞った。
「放てえええええぇぇぇ!!」
ばばばばばばばばばばばばん
打ち下ろしの形になり、いつも以上の強い勢いでほぼ直線にブリタニア軍の矢がフランク軍の最前列に振り注ぐ。
どどどどどどどどっどっっつ
突撃に移る正にその時を狙われ、盾を正面から外していたフランク軍の剣士達は、次々に矢の餌食となって折り重なった。
絶叫と怒りの声がフランク軍の歩兵隊から上がったが、知らず知らずのうちに密集させられているため、左右へ避けることもできず、また左右へ逃れようにも何筋もの堀に阻まれて進退が思うようにならず、フランク軍の歩兵隊は大きな損害を出す。
「よおおおおおし!そのままドンドン放て!!」
容赦無くフランク軍の歩兵隊に矢が次々と射込まれ、たちまちフランク軍の最前列は死体の山を築いた。
フランク軍は突撃を繰り返すものの坂道で思うように走れない事や、陣地に近付くにつれ多くなる微妙な深さの堀や起伏に阻まれて木塀へなかなか接近できず、また撃ち降ろされる矢に進撃を阻まれた。
フランク軍は前線の族長の指揮によって、再度盾を正面に構え、密集隊形を構築し、ブリタニア軍の矢を防ぐ体制に入った。
フランク軍の先陣は死体の山を築きながらも既に丘の中腹より上まで達しており、近接射撃の出来ない重兵器は後続を狙う他無く、フランク軍は隊列を整えたまま、盾を並べて今度はじりじりと少しずつ、しかし確実に歩みを進め出した。
その間も休まずブリタニアの弓兵隊は矢をフランク軍に浴びせるものの、その矢は盾に突き立つばかりで効果は著しく薄くなった。
時折、逸って手斧や投槍を投げ込もうとするフランク戦士が現れるが、すぐに体中に矢を生やす結果となるため、膠着状況が一時的に生まれた。
じりじりと迫るフランク軍。
がんがん矢を射込むブリタニア軍。
お互いの顔が確認できる位置まで距離が詰まり、緊張感が高まる。
うおおおおお
ついにフランク軍が盾を前にかざしたまま堰を切ったように怒涛の突撃を開始した。
おおおおおおおおおお
アルトリウスは、冷静にフランク軍が迫るのを確認し、さっと左手を挙げた。
「まだだ!!まだ撃つな!!!」
うおああああああおおああああああ
「まだだ!!!」
うがああああああああああああああああああああ
今、まさにフランク兵が木塀へ到達せんとしたその瞬間。
「今だ!!第一列放てええぇぇぇえぇ!!!!!」
裂帛の気合とともにアルトリウスの左手が振り下ろされた。
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ
アルトリウスの気合が乗り移ったかのような鋭い風切り音と共に、ブリタニア軍は石弓を放った。
石弓用の短い矢が一直線にほとばしる。
ばきゃ べき がりり どがっ
フランク軍の第一列目の戦士達が巨人の一撃を喰らったかのように後ろへと吹っ飛んだ。
フランク軍戦士の構えていた盾は、あるものは大きな穴を穿たれ、またあるものは繋ぎ目から盾の半分余りが持っていかれている。
そして例外なくその盾の持ち主はうめき声一つ上げることなく絶命していた。
慌てて第2列の戦士達が盾を構えるが・・・
「第2列!!」
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ
アルトリウスの号令で放たれた2列目の石弓に、またもやフランク戦士達はなぎ倒された。
構えている盾も前列にいる同僚の戦士も射抜いて殺到する石弓の矢に、フランク戦士達が怯んだ。
自分の盾を懸命にかざすが、再び猛烈な勢いで飛来する石弓の矢は、全くお構い無しに、そしてフランク戦士達をあざ笑うかのように軽々と盾を射抜き、粉砕し、肉体へと到達した。
フランク軍は石弓の勢いに圧倒されて進撃が止まったのみならず、後退することすら忘れたかのように、ただひたすら耐えていたが、盾は次々と矢に叩き割られていく。
石弓に射すくめられ、進撃の止まった前列と、そうとは知らずに進んでくる後列のフランク戦士達がごった返し、しばらくするとその混乱が頂点に達した。
「今だ!倒せっっっ!!!!」
ばん
アルトリウスの号令で陣地の前面の木塀が一斉に前へと倒れ、フランク軍の進撃を阻み続けていた堀の上にまるで橋のように架かった。
「突撃!!!」
わあああああああああああ
再びアルトリウスの号令で、左右に避けて矢を装填している石弓隊の間を割るように、1000の歩兵隊が転げ落ちんばかりの勢いで大盾を構えて突進する。
ぐわあん
石弓に射すくめられ、腰が引けている上に坂の途中で密集して踏ん張りの利かない状態で、丘の上から走り込んで勢いが付いたブリタニア兵の大盾を構えた体当たりをまともに受け、フランク戦士達は一気に吹っ飛ばされた。
折り重なる味方の下敷きになり圧死する戦士や、横に穿たれた空堀に転落する戦士、また坂を転げて泥だらけになり、味方打ちされてしまう戦士が続出し、フランク軍は大きな損害を受ける。
どどどどど
ブリタニア軍は倒れたフランク戦士を踏み抜き、剣で止めを刺しながら、一気に丘の中腹まで突撃すると、一旦大盾を低く構えて停止した。
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ
恐ろしいうなり音を伴って、石弓隊の矢と弓兵隊の矢が同時に雨のように降り注ぐ。
どどどっ ばき ばり どかっ
体勢を立て直そうとしていたフランク軍が再び混乱に陥いる。
その隙にブリタニア歩兵はじりじりと下がり、フランク軍が体制を取り戻したときには再び陣地に入り、倒した木塀は元通り引き上げられた。
一方的に叩かれ続けて、フランク軍はあきらめるどころか益々いきり立つ。
再度突撃を敢行しようとするが、石弓兵や弓兵にそれを阻まれて徒に犠牲を重ねる。
出鼻をくじかれる形で数次に渡る攻勢はことごとく跳ね返されてしまい、さすがのフランク軍にも濃く疲労の色がにじみ始め、進軍が停滞した。
わはははははははは
さらにそれを嘲笑うブリタニア軍の笑声がフランク軍に届き、疲労と怒りの綯い交ぜになったフランク軍は額に青筋を浮きたてて、破れかぶれの突撃を仕掛ける。
「まだまだ・・・・」
弓による攻撃を続行させたまま、アルトリウスは再度フランク軍が木塀に取り付くのを待った。
「石弓撃て!!!」
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ
石弓の一斉射撃でフランク戦士達がなぎ払われたが、いきり立ったフランク軍はそのまま戦死者を乗り越えて迫ってくる。
うがあああああ
アルトリウスは冷静にフランク戦士を見つめつつ、左手を大きく振り上げた。
「重装騎兵隊突撃!!!」
がん
木塀が倒される。
ブリタニア軍の歩兵隊が突撃して来ると予想していたフランク戦士たちは、盾を構えて身構えた。
が、次の瞬間、恐怖に固まり、そして戦士たちは逃げ惑った。
馬に鎖帷子を装備し、騎乗の兵士達も全身鎧を付けた、重装騎兵が一気に丘を駆け下ったのだ。
フランク軍は、見た事の無い化け物のような騎兵隊になすすべも無く軍を真っ二つに切り裂かれ、突撃を受けて生き残った戦士達も茫然自失のうちに、後方から続いて突進してきたブリタニア歩兵隊に討ち果たされてゆく。
アルトリウスは重装騎兵隊の先頭に立ち、先程から戦闘の最中に目星をつけていたフランク軍の部族長達を次々に討ち取った。
指揮官を失い、長い攻勢に攻め疲れていたフランク軍は、壊走する。
さらに
わああああああ
付近の森に潜んでいた地元農民の有志が、鍬、鋤で丘のふもとの左右から沸き上がる様にして攻撃を始めた。
三方向から攻め立てられたフランク軍は見る見るうちにその数を減らし、血路を切り開いて海岸へ逃れたものを除いて、ほぼ壊滅した。
最後の力を振り絞って突撃した後だけに、フランク軍の打撃は深刻で、逃走の途中に力尽きて倒れ伏す戦士達が海岸線まで累々と続くこととなった。
アルトリウスはブリタニア軍を率いて伏兵やまだ息のあるフランク戦士たちに注意しながら海岸線へと向かった。
フランク軍の残党は、何とかたどり着いた海岸で数隻の船に乗り込み、逃走を図っていたが、ブリタニア軍が追い付いて来た事に気が付くと絶望の表情を浮かべ抵抗をあきらめた、しかし
「1匹たりとて逃がすな!!けだものを殲滅しろ!!」
アルトリウスは情け容赦の無い命令を下した。
慌てた副官のグナイウスがアルトリウスに進言する。
「総司令官、敵は降伏しております、ローマの先例に習い降伏を受け入れ、改めて傭兵として我が軍に組み込むべきではありませんか」
その瞬間、グナイウスは進言したことを後悔する。
アルトリウスが暗い灯をともした目をグナイウスにゆっくりと向けたからだ。
「・・・その必要は無い、我々に蛮族の傭兵は不要だ、ブリタニアはブリタニア人の手だけで守る・・・!!」
絶望すら感じさせる暗い灯をともした目を再びフランクの残党に向けたアルトリウスは、兵士達に冷厳と命令した。
「全員殺せ、蛮行の報いを受けさせる」
武器を捨て、砂浜に跪いたフランク戦士たちは、アルトリウスが近づいて来るのを諦めと開き直りの表情で見つめる。
アルトリウスは率いてきた歩兵隊を展開し、フランク戦士達が固まっている場所を半円形に囲ませた。
ざっと見て2,3000の戦士たちが、足元に武器を投げ打って座り込んでいる。
戦士長と思われる1人がアルトリウスに近づき、剣を差し出して降伏の礼をとった。
アルトリウスは冷たくそれを見下ろすと、軽く手を掛けていた長剣の柄を握り直す。
びゅん
アルトリウスは、抜き撃った剣を鞘に収めた。
一瞬後、戦士長が声にならない叫び声を上げる。
降伏の礼をとっていた戦士長の両腕が肘の先から切り飛ばされ、差し出していた剣ごとそのままの形で地面に落ちていた。
アルトリウスがすっと踵を返すと、絶叫のまま戦士長の首が木から葉が落ちるようにはらりと落ちた。
戦士長の首が落ちた場所から、しばらくするとじんわり血が砂浜に滲み出し、周囲に居たフランク戦士たちがようやくこれから何が起ころうとしているのかを理解した。
どか
ものも言わず突き出された槍に貫かれ、立ち上がって逃げ出そうとしていた戦士が絶命する。
それを合図にブリタニア軍はフランク戦士へ一斉に襲い掛かった。
あちこちで叫び声と断末魔の悲鳴が上がり、剣や槍が衣服と共に肉を裂く音がひとしきり続く。
慌てて船に向かって逃げ出そうとした戦士も、置いた武器を拾って抵抗しようとした戦士も全て等しくブリタニア軍の刃の前に果て、文字通りフランク軍は全滅した。
「死体を全て海に流せ」
戦場と最後の砂浜のフランク軍の戦死体を集めるように指示したアルトリウスは、さらにそう命令を下した。
「対岸の蛮族どもにブリタニアの意志を示す」
鎧や兜などの重量物を取り除かれたフランク軍の戦死者達は、海岸から海へと次々に流された。
中には再び波に押し戻されてくるものもあったが、アルトリウスは3日掛けて全ての戦死体を海に流させた。
戦死体は海流に乗り、不気味な列を成してフランク族の住むベルギカへ向かって行った。
4日後、ベルギカの海岸は騒然とした雰囲気に包まれた。
ブリタニアへ渡った戦士たちが、斬撃の痕も生々しく遺骸となってベルギカの海岸を埋め尽くしたのである。
戦士たちの子供や妻、そして親達は遺骸に取り縋って泣き叫び、呪詛の言葉と共にブリタニアの島影を見つめたが、再度ブリタニアへ侵攻する余力どころか、戦士たちが全滅したことがこの状況から他の部族に伝わるのは時間の問題であるため、他部族に備え守りを固めるのが精一杯の状態であった。
その後ほんのわずかな生き残りがブリタニアから帰還すると、彼らはローマの将軍アルトリウスの恐ろしさと残虐さを余すことなく伝え、畏怖と共に戦の王の名が記憶され、フランク軍はブリタニアへの侵攻をあきらめた。