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第42章 激突(その六)

 一瞬の静寂が戦場を包む。

「・・・?なんだ、ローマ人共め、弾切れか・・・?」

 信頼する護衛戦士達に周囲を守られて本陣を前に進めながら、ヘンギストがつぶやいた。

 突如として猛威を振っていた火炎弾の飛来が途切れたのである。

 丘の上に布陣するブリタニア軍に動揺は見られないが、これは何らかのトラブルがあったとみるべきだろう。

 空きっ腹に、何処から何処へ打ち込まれるか分からない火炎弾の脅威に触れ、下級戦士達の戦意は萎えきっている。

 早急に結果を出さない事には、この戦いそのものもさる事ながら、今後の自分の政権運営に支障を来す恐れがある。

 部下を十分に食わす事の出来ない無能な指導者にサクソンの勇猛な民は何時までも従わない。

 食糧不足を理由に一時撤退を主張した有力者のラールシウスの意見が正しかった事が証明されてしまうような事になっては、ヘンギストが今まで苦労して築き上げたブリタニアでの優位性が崩れ去ってしまう可能性があった。

 ヘンギストはブリタニア軍に動揺が無い事は察知していたが、ここは積極的に解すべきであろうとの結論に至った。

 これは好機である。

「・・・親父・・・」

 護衛兵に混じって前進していたホルサがヘンギストを振り返って物言いたげな目でヘンギストに声を掛ける。

「ああ、分かっている・・・よおぉぉし、機会が来た、もう重兵器の火炎に怯える事は無い、ローマ人の弱矢など恐れるにタラねえ!!!ヤロウどもっ!突撃しろ!!!軟弱ローマ人共を打ち破りこの豊かな島を我らサクソンの物にするのは今この時だ!!!!」

   ぬおおおおおおおおう!!!

 破れかぶれになった下級戦士達が長槍を構え、丘の上を目指して突撃を敢行した。

 空腹でおぼつかない足を無理矢理動かし突撃する下級戦士達の後ろから、さらに長剣を与えられた戦士達が突撃する。

「おう、俺たちも出るぞ、ここで決めきってやるわ!!」

 ヘンギストが一旦停止した護衛戦士達を急かし、前線へと近づく。

「・・・親父!親父は後ろへ下がっていてく・・・」

「馬鹿野郎!ここで俺が後ろで見ていたとあっちゃ、今後の士気に関わるっ!!」

 ホルサがヘンギストを案じて後方での指揮を進言しようとしたが、ヘンギストがホルサの言葉を怒声で遮る。

「アルトリウスを討ち取るのは俺だ!!!」

 長大なサクソンソードを抜き放ち、ヘンギストは不適に叫ぶと、丘の上で騎乗のまま下を冷ややかに見下ろしているアルトリウスらしき人影を睨み付けた。

「行くぞやろう共!!!ローマ人共を皆殺しにしろっっ!!!」

 ヘンギストは抜き放った剣でその人影を指すと、前進を始めた。



「・・・動いたな、だが、まだだ。」

 本陣から剣で自分を指した人影を見ながら、アルトリウスは口を片方だけ上げて見せ、逸る騎兵達をそう言って宥める。

 今し方自分を指した男には見覚えがある、忘れようとしても忘れられるものでは無い。

「ヘンギストか・・・ふ、随分と老けたものだ。」

 髪と髭を振り乱し、周囲の者達に何事かを命令している様子が手に取るように分かる。

「・・・だが、それもここまでだ、覚悟しておいて貰おう。」

 急速に迫るサクソン軍前衛に、ブリタニア軍は相変らず矢と手投げ矢で激しく応戦する。

 それまでのどこか腰の退けた進撃と異なり、サクソン軍は急速にそして退く様子無く前進してくる。

「おおっし、前衛は弓を収めろ!大楯構え!!!」

 歩兵司令官のティトウスが号令を掛け、前衛に配置されたブリタニア歩兵はすぐさま大楯を構え、その陰で手早く矢を分解して収める。

 そして持ち手にしっかり手を添え、ブリタニア軍の前衛はたちまち盾の壁で覆われた。

「まだだ、しばらく待て、逸って突出すんじゃねえぞ!」

 ティトウスは配下の兵士達が訓練通りに動く様を満足げに見渡してから注意を与える。

 後衛の歩兵達には引き続きサクソンの下級戦士達に矢を浴びせ続けさせるが、ティトウスはそれまでと違って何かを待つような様子で空を眺めている。

 しばらくして些か老眼気味のティトウスの目は、黒い芥子粒ほどの影が、遙か彼方から迫りつつあるのを捉えた。

「んん?あれか?」

 今ひとつ確証を得られないのか、目を凝らしてその影を見つめるティトウス。

 やがて不気味な風切り音が周囲に満ち始める。

    しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ

    しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ

「おおっ!来た来た、歩兵隊は全員弓矢を収めろ!!」

 その風切り音が幾重にも重なり聞こえてきたのを確認し、確証を得たティトウスは、すかさずそれまで後衛で矢を放ち続けていた歩兵達にも弓を収めるよう指示を下した。

「いいか、これから先は突撃以外の指示は出ないっ!!聞き漏らすんじゃあねえぞ!!!」

 全員が矢を収め終え、盾を構えて剣をいつでも抜ける体勢に入った事を確認したティトゥスは注意を飛ばす。

 どう猛な笑みを浮かべ、ぶるりと武者震いに身を震わせたティトゥスは、磨き上げた兜に劣らぬほど見事に禿げ上がった頭を一撫でし、司令官用の房付きの兜を装着した。

「抜かるなよ、決戦はもうすぐだ。」

 


「・・・くそ、この音は・・・やられたか・・・」

 ヘンギストは風切り音を耳にして自分が思い違いをしていた事に気がついた。

 ブリタニア軍は火炎弾を切らしてなどいなかったのだ。

 自陣に迫り、密集したサクソン軍を狙い撃ちする為に一時的に火炎弾の発射を止めたのだろう。

「ちっ、ここまで来ちまったからには仕方ない、今更戻る事はできねえ、突っ込ませるしかねえか。」

 サクソン軍の最前線である槍持ちの下級戦士達は既にブリタニア軍前衛の大楯歩兵と小競り合いを始めている。

 ヘンギストの督戦が行き届いている正面はかなり早くブリタニア軍の前衛に到達したが、左翼と右翼は共に行き足が鈍く、まだ丘の裾辺りをうろついていた。

 効果的な包囲攻撃は望めそうにも無いが、それでも数は力である。

 包囲が成りさえすれば、ブリタニア軍は揉み潰されてしまう以外に未来は無い。

 そう思い、叱咤激励恫喝を繰り返してようやくここまで前線を押し上げたにも関わらず、ここに来てブリタニア軍の火炎弾が降り注ごうとしているのだ。

 本来なら被害を軽減させる為に陣を下げ、兵同士の間隔を広げるべきなのだろうが、もう既に歩兵同士が接触しており、ここで後退すればただでさえ低い戦士達の戦意が崩壊しかねず、さらにその混乱に付け込まれて大打撃を被る恐れがある。

 アルトリウスは決して運の良い戦士長では無いが、少ない好機をモノにする事の出来る技量についてはずば抜けており、ここで隙を作ってしまうわけにはいかない。

 後ろを見せたが最後、ブリタニアの選りすぐった騎馬戦士達がヘンギストを馬蹄に掛ける事になるだろう。

「くそっ!!進め進め、左翼と右翼にもローマの陣地へ早く取り付くように伝令を出せっ、急げっ!!」

 空を気にしながら悪態をつき、ヘンギストは戦士達を急がせた。



「思ったよりもアルトリウスは不甲斐なかったな、この島のローマ人もここまでか・・・」

 ラールシウスは気落ちしたようにそう傍らの息子に話しかけた。

「・・・まだ分からんぞ、親父殿よ、あのアルトリウスだぞ?」

「そうは言っても、この数の差はいかなあのアルトリウスと雖もひっくり返せまい、ブリタニア国とやらはこれで仕舞いじゃ。」

 ランスシウスの言葉を否定し、ラールシウスは丘の上を見上げた。

「もしやと思うて仕込みをしてみたが・・・やはりそう上手く事は進まぬか、残念だが致し方ない、戦士達にローマ軍へかかる様伝達してくれ。」

 ラールシウスは今まで控えさせていたブリタニア軍への攻撃に踏み切る決断を下し、ランスシウスへ配下の戦士長へその命令を伝達するよう告げる。

「親父殿、このままヘンギストの風下に着くのか?」

「仕方有るまい、流れが変わらなんだのじゃからな、腹立たしくはあるが、我らも一族郎党を抱えておる以上、これらを養う責任がある、勝ち目の無い方に付く事は出来ん。」

ランスシウスの質問に苦虫をかみ潰したような渋い顔で答えるラールシウス。

「しかし、ヘンギストは我らの事を良くは思っていない・・・」

 ランスシウスは危惧するような顔で、族長でもある父親の言葉に反駁する。

「心配はいらんだろう・・・奴とて今回の戦では痛手を負った、発言力は弱まらざるを得ん、我らにも奴の上に立つ目が無いとは言えぬ。」

 ラールシウスは心配ないと手を振りながら答える。

 ランスシウスはそれでも言い募る。

「もうしばらく様子を見ても良いだろう?」

「駄目だ、これ以上の遅延はヘンギストに裏切りを疑われる、お前もさっき言っていただろう?我らはヘンギストに良くは思われていない。」

ラールシウスは動こうとしないランスシウスに見切りを付け、戦士長達へブリアタニ亜軍への攻撃命令を伝達するべく指示を出そうとした。

       ずあっ!!!

 しかしその時、ヘンギストの居る陣の正面に火の壁が立ち上がった。

 ラールシウスとランスシウスは同時に椅子から腰を浮かし、ヘンギストの陣を呆然として見つめた。

 火の壁は次々と立ち上がり、ヘンギストの陣を飲み込んでいく。

 その混乱ぶりと阿鼻叫喚の様は左翼にいるラールシウスとランスシウスからもよく見えた。

 圧倒的な火の壁は、まだ止まらない。

「族長!」

 思わぬ光景に慌てた戦士達が駆け込んでくる。

 ラールシウスはドサリと力を抜いて椅子へ座ると、未だ立ったままヘンギストの陣を見つめるランスシウスを余所に駆け込んできた戦士に指示を与えた。

 戦士が驚きながらもランスシウスの指示にうなずき、飛び出してゆく。

「親父殿・・・」

 指示の内容を漏れ聞いたランスシウスが振り返る。

「・・・今回は、ランスシウス、おぬしの感が正しかったようだな。」

 ラールシウスは頷くと顔をヘンギストの陣へと向けた。

「これで我らも裏切り者となった、2度と故郷の土は踏めまい、覚悟を決めるが良いぞ。」

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