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第42章 激突(その二)

「退け!!深入りするな!!」

 自分の剣を胸に受け、命を落としたサクソン戦士を尻目にアルトリウスが叫ぶ。

 サクソン軍右翼はブリタニア重装騎兵の苛烈な突撃を横合いからまともに喰らい、前線を大きく破られて後退している。

 未だ下級戦士達の混乱は収まっていないものの、右翼だけで3万もの大軍であり、今の状態に乗じて離脱しなければ押し包まれ、大きな損害を受けかねない。

 いかに精強なブリタニアの重装騎兵と言えども、数の力を侮ることは禁物である。

「退けっ!!」

 アルトリウスは自ら殿に立ち、重装騎兵が離脱してゆく様子を見守る。

 トゥルピリウスとクイントゥスに率いられた護衛騎兵が身の周りを固めはじめる頃にはほぼ離脱も終了し、アルトリウスは後退に移った。

 サクソン軍の右翼は重装騎兵の出現にすっかり怯えきってしまい、進撃の速度が著しく遅くなる。

 アルトリウスが直に率いるブリタニア重装騎兵団は、ほとんど損害らしい損害を出さず、再び自陣である丘の頂上付近へと戻る。

「くそっ、そう来たか・・・まさか虎の子の騎兵を枝葉の攻撃に使うとは・・・そういうのは思いつかなかったぜ。」

 ヘンギストが右翼を指揮する族長から急報を受け、一旦拳で膝を叩いたが、直ぐに思い直して派遣されてきた伝令の戦士に言を預ける。

「いや、族長に伝えろ、下級戦士共など幾ら死んでも構わねえ!数にものを言わせろ!とにかく丘を包囲するんだ!!」

 伝令が右翼へと戻ると、ヘンギストは未だ包囲の半ばにも達していない左翼に目を向けた。

「・・・左翼の歩みが遅えな・・・びびってやがるのか?」

 明らかに左翼の戦士達の動きが鈍い。

 しかし同じ高度にいるヘンギストからは中段に位置しているラールシウスとランスシウスの姿は見えず、中段が意図的に歩みを遅らせている事までは分からない。

 目に映るのは、やる気のない戦士達の姿のみで右翼の混乱を知って怖じ気づいたとしか見えず、ヘンギストは別の護衛戦士を呼び寄せ、指示を下す。

「左翼のラールシウスに急ぐように伝えろ。」

「・・・親父、ラールシウスは大丈夫なのか?」

 ホルサが他の族長に聞こえないよう、小さな声でヘンギストに問いかける。

「あん?・・・」

「・・・あの親子だ、裏切りではないのか?」

左翼の指揮を執っているラールシウスに不信感を隠そうともせず、ホルサがヘンギストに問うが、ヘンギストは息子の懸念を一笑に付した。

「ん・・・?ああ、それはあり得んな、奴らは古くさい誇りを持つ古のサクソン戦士のつもりでいる馬鹿共だ、間違っても信義にもとる行動はやらん、裏切りはない。」

「それは・・・」

 心配そうに言葉を返そうとしたホルサに、ヘンギストはあくどい笑みを浮かべながらそれを制し、言葉を継いだ。

「第一、今裏切った所で奴らに利が有るとは思えん、ローマ人共が圧倒的に劣勢なのは変わりねえ、例え裏切りの約束があったとしても、だ、俺たちが勝てば良いだけの話だ・・・まあ、お前の言うとおり、あいつら最近小うるさくなってきたからな、この戦が終わったら一族諸共皆殺しにしてやろう。」

 左翼に不審の目を向けたまま、ホルサはしかしヘンギストの言葉に頷いた。

「・・・分かった、そういうことなら良い、後は親父に任せる。」

「おお、ラールシウスの土地と女は貴様にくれてやるわ。」

 そう言いながら豪快にホルサの心配を笑い飛ばしたヘンギストは、いよいよ最終的な号令を下す。

「騎馬が正面に出てこないなら、勝負を掛ける!!左翼と右翼の歩みを早めさせろ!金ぴかの馬ごときにびびってんじゃねえぞ!!正面でアルトリウスの粘り強い歩兵を釘付けにしている間に周囲から一斉に襲いかかれっ!数で押しつぶしてやる!」


「総司令官、サクソンの動きが早まりました、丘の上の我々を包囲するつもりのようです。」

「ああ、こちらの重装騎兵が限定的な攻撃にとどまると踏んで勝負を掛けてきたな・・・あるいは数の力で押しつぶせると見たか・・・」

 クイントゥスの言葉に、アルトリウスは頷きながら答えた。

 アルトリウスは歩兵を丘の中腹まで進出させ、サクソン戦士の正面と激しい投擲兵器の応酬を繰り広げさせる一方、敵の右翼に一撃を加えた後は重装騎兵を一旦丘の上まで引き上げさせ、攻撃を差し控えていた。

 一時混乱したサクソン軍の右翼は、その後の攻撃が無かったことで次第に立ち直り始めており、そして歩みを早めて包囲攻撃の態勢を取りつつある。

 左翼も右翼に比べて遅延してはいるものの、次第に包囲の体制を整えつつあった。

「総司令官、頃合いではないでしょうか?」

 クイントゥスが少し焦りを含んだ声色でアルトリウスに進言する。

「・・・いいだろう、合図を送れ。」

 アルトリウスの言葉に、クイントゥスは振り返るとすかさず右手を勢いよく上げ、背後の弓騎兵に合図を送る。

 弓騎兵はその合図を見て素早く火矢を番え、そして放つ。

   1本、2本、3本・・・

 続けて丘の上から放たれた矢はサクソン軍の左翼方向へと向かい、濃い煙と炎を引きながら落ちていった。

 しばらく何の変哲も無く時が過ぎる。

   ずどんっ

 重々しい音と共に、人の背丈の数倍もある火柱がサクソン軍正面の槍戦士達のど真ん中に吹き上がった。

「!!!??」

 一瞬で十数名の槍戦士達が火柱に巻き込まれて絶命し、その周囲にいた槍戦士達は熱風と炎の飛沫を浴びて絶叫上げて転げ回る。

   ずどん  ずどん  ずどん  ずどんっ

 次々と火柱がサクソン軍の正面に立ち上がり、そのたびに少なくない数の戦士達が巻き込まれて命を失っていく。

「なにっ!?オナガー(投石機)かっ?そんな馬鹿な、重兵器は何処にも見当たらないぞ!!」

 続々と立ち上る巨大な火柱に右往左往する下級戦士達をどうすることも出来ずに呆然と眺めながら、ホルサは思わず大声を上げた。

「何処から打ち込んでやがるんだっ!!?」

 

「いいぞ、全然見えんが、良い感じだ!」

 指揮を執る重兵器総監のガルスは、最新式の重投石機オナガーが次々と火炎弾を発射する様子を総覧し、機嫌良く叫ぶ。

    ばしいいいん  ががあああん

 激しい音を残し、巻き上げ機から力を受けた発射機が横木に衝突する。

その勢いで放たれた弾が丘を越えて遙か遠くへ消えていった。

「わははははっ!サクソン人共も、まさかこれほど遠くから撃たれるとは思ってもみないだろう!」

 ガルスは頼もしげに最新式の重投石機を見上げながら本当に機嫌良く再度叫ぶ。 

 筋骨逞しい重兵器兵はいつも通り汗みずくになって機器を操り、梃子を回転させ、釘を打ち、そして打ち台に火炎弾を載せる。

「まさかこれ程の物を用意しているとは・・・」

「うむ、ブリタニア軍の底力を見るような思いだ。」

 2000余りの歩兵を率いて到着したアルマリックの感嘆の言葉に、1800の兵を率いるグラティアヌスが同じような様子で応じた。

 アルマリックとグラティアヌスの2人は、アルトリウスとは未だ顔を合わせていない。

 アルトリウスがパドニクスの丘へと軍を進めた後、入れ替わるようにしてアルマリックが、そしてしばらくしてグラティアヌスの軍が重兵器隊と合流した。

 アルマリックとグラティアヌスは訓練不十分な近隣の豪族の私兵や配下の兵達を率い、出来うる限りの速度で進軍し、アルトリウスの野営地であったこの場所にようやく到着したのである。

 ここはアルトリウスがサクソン軍と対峙する戦場より北西の窪地。

 他に用意された従来の重兵器の持つ射程からはるか遠く離れたこの場所からの攻撃を可能にしたのは、東ローマ帝国はアレキサンドリアから直輸入された最新式の重投石機。

 がっちりと地面に据え付けられたそれが20基、順番に途切れなく火炎弾を射出していた。

 しばらく呆気に取られたような、それでいて憧憬のこもった視線で、ガルスの檄とかけ声でそれに答える重兵器兵、そして騒音を立てて火炎弾を放つ重兵器の様子を眺めていたアルマリックとグラティアヌス。

「西後方より、部隊が接近中です!!歩兵が約4000!!」

 突如破られた騒音の均衡。

その知らせを聞いて、アルマリックとグラティアヌスは総毛立った。

「部隊の所属が判明しません!」

 互いに顔を見合わせたアルマリックとグラティアヌスは、陣地に設えられた物見台へと走る。

 今ここには訓練不十分な歩兵が合わせて3800があるのみで、重兵器兵はそれなりにいるものの直接戦闘の戦力とはなり得ない。

 その為、アルトリウスは戦場から離れたこの場所へ密かに重兵器隊を配置したのである。

 もしサクソンにここが見つかり、兵を差し向けられる様な事があれば、ここに配置された重兵器兵が全滅するという直接的な効果だけでなく、最前線で戦うブリタニア軍は切り札を失い、敗走する事態となりかねない。

「おらあっ!!手を休めるな、重兵器兵は引き続き発射作業に従事しろ!!敵はアルマリック卿とグラティアヌス卿に任せておけ!!」

 一瞬、その知らせに手を止めた重兵器兵達に、すかさずガルスが檄を飛ばした。

 はっと我に返った重兵器兵達は、一瞬互いの顔を見合わせるなどして戸惑いを見せたものの、直ぐに唇を引き結び、重兵器の操作作業にも戻る。

「俺たちは短剣ぐらいしか持ってねえ、悩んだって、逃げられるわけじゃなし、手を止めてる暇はねえぞ!!弾を込めろ、梃子を上げろ、発条を巻けっ!今は本分を全うする時だ!」


 ガルスの檄を余所に、アルマリックとグラティアヌスは争うようにして物見台へ登り、後方を望見した。

 身軽なアルマリックが先行し、追い付いてきたグラティアヌスと共に報告のあった、陣営西後方へと目を向ける。

「あれだ!」

「サクソンかっ!?」

 グラティアヌスが先に部隊を発見したアルマリックに鋭く尋ねる。

「いや、旗の紋章にブリタニアの赤い竜が見える・・・あれは、アンブロシウス総督直卒の部隊?」

「アンブロシウス総督だと・・・?」

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