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第30章 アルモリカ遠征

「総司令官、バガウダエの一団を捕捉しました。」

 副官のクイントゥスが言いながら指し示す前方には、戦利品と思しき布や衣服、食料品の入った木箱や布袋、金銀製の什器を慌てて放り出し、ボロボロの鎖帷子を身に付け、鞘も無い剥き出しの刃こぼれした剣を振り回して必死に逃げ惑うみすぼらしい300名ほどの一団がいた。

「よし、一気に蹴散らすぞっ!突撃開始!目標前方のバガウダエ!!」

 アルトリウスの号令一下、馬蹄の音を石畳のローマ街道に轟かせながら100騎のブリタニア騎兵が突撃を開始する。

 

 バガウダエとは、主に西ローマ帝国のガリアで起こった、初めてとも言うべき反ローマ帝国農民反乱である。

 元は度重なる蛮族の侵入に対し、力を失って久しいローマ帝国の正規軍が頼みにならないことから、自分の家族と農地を守る為自主的に武装した農民集団が始まりである。

 それが何時しか農地を放棄した無頼農民による武装集団となり、更にはローマの敗残兵や逃亡兵、盗賊や犯罪者が加わって一大勢力と化した。

 全勢力を率いるような統率者は無く、各地の集団が離合集散を繰り返して各地の都市や農村を襲っては略奪暴虐の限りを尽くすという、ローマ帝国で生まれた蛮族とも言うべき集団である。

 スティリコやかつてガリアを支配したコンスタンティヌスもこの集団には手を焼いていたが、新たにガリア上級総督に任じられた西ローマ帝国総司令官コンスタンティウスも、この集団の一大本拠地となりつつあるガリア西部に対しては、兵力不足が祟って有効な手を打てずにいた。

 そこでブリタニア総督府を司るアンブロシウスをアルモリカ属州の統治権を餌にして、ガリア西部の治安維持と反乱掃討へと引き込んだのである。

「アルモリカ派遣に参加する勇気ある兵士諸君!ガリアでの任務は困難で、味方の援軍は期待できない過酷な戦場が待っている!しかし、我々は必ずや反乱を平定し、敵を降し、生きてブリタニアに戻るのだ!」

 志願兵で構成されたアルモリカ派遣軍の兵士5000名を前に、アルトリウスはそう檄を飛ばし、戦艦に乗り込んだ。

 アルモリカ最西端のブレスト軍港に入港したアルトリウスは直ぐにブリタニア海軍の海兵からなる守備隊を再編成して町とその行政区内の治安を回復させると同時に、町の行政官を再任して行政機構を復活させ、本拠となる後背地を確保してから東進を開始した。

 今回の遠征に同道している上級将官は、副官のクイントゥスと元ヴェネト・イケニ守備隊長のクアルトゥスの2人のみであったが、クアルトゥスは特に寡兵での守備や警備には抜群の能力を発揮していた。

 アルトリウスが攻略し、再構築したばかりの都市における防衛やその経営を一手に任されたクアルトゥスは、アルトリウスに率いられたブリタニア軍主力の不在を狙って逆襲に転じたバガウダエや盗賊を度々撃退し、更には逆襲に転じてこれを討ち破っている。

 サクソン人に占拠された東ブリタニアで、戦闘知識や軍才には恵まれているとは言い難かったヴェネト・イケニ行政長官のタウルスが長い期間都市を維持し続けられたのは、守備隊長のクアルトゥスの才幹に拠る所が多かった事を、ここアルモリカで十分に証明して見せたのである。

「守備は任せてください、総司令官が歩んだ土地は二度と蛮族やバガウダエに踏み込ませませんので。」

 クアルトゥスはにやりと不敵な笑みを浮かべてアルトリウスに豪語した。

 アルトリウスは後方をクアルトゥスに任せ、自分は騎馬部隊を各地に派遣して街道筋や村落周辺の小規模な盗賊やバガウダエを狩り出しては、歩兵隊で待ち伏せて撃滅する作戦を取り、かなりの戦果を挙げている。

 また、バガウダエに襲われたとの知らせがいち早くブリタニア軍に届くよう各地に早馬を整備して、拠点都市までの通報システムを作り、通報を受けた際は騎馬兵を急派して敵を捕捉するようにしたことから、物資的な被害は著しく減少したのであった。

 バガウダエや盗賊は急速にアルモリカ属州内から駆逐され、アルトリウスは街道筋に限ってはアルモリカを越えてガリア西部にまで軍事行動の範囲を拡大していた。

 今日もガリア西部の街道を巡察している途中に近隣の村から被害の訴出を受け、急行したところでバガウダエの一団を見つけて攻撃をしかけたのである。


 アルトリウス率いるブリタニア騎兵はあっという間にバガウダエの一団を蹴散らし、わずかに抵抗の気勢を示した者達もたちまち騎兵に切り伏せられてしまった。

「村へ被害品の回収に来るように伝令を出してやってくれ。」

 アルトリウスの指示にクイントゥスは頷くと、直ぐに近くで残党の警戒をしていた2人の騎兵を選んで被害を訴えた村へと派遣し、他の騎兵達に被害品と遺体の埋葬作業を行うように命じた。

「しかし・・・幾ら倒してもなかなか減りません、かなりの戦果を上げているはずなのですが・・・」

 村へと向かう騎兵を見送りながらクイントゥスは誰に言うともなくそうつぶやくと、自身の長剣を鞘に収める。

「バガウダエも元は農民だからな、生活が苦しくなったり、蛮族に追い立てられなかったら今もきっと畑を耕していたはずの人々だ、普通の人が強盗にならざるを得ない時代のせいと言ってしまえばそれまでだけれども・・・今日助けた村だってこのまま襲われ続ければいつかはバガウダエに転じてしまう。」

「・・・普通の人々が盗賊に・・・そうでした。」

 アルトリウスの言葉にクイントゥスは納得したように頷くが、少し考えてから言葉を継いだ。

「しかし、出自には同情を禁じえませんが、誘降には全く応じようとしませんし、やはり武力制圧しか方法は無いと思うのですが。」

 クイントゥスの言葉にアルトリウスは頷きながら答えた。

「家族を奪われ、土地を奪われ、自分達の生活基盤を失って自暴自棄になる気持ちはよく分かる、それでも自分達が味わった不幸を他人に撒き散らすような真似を許すわけには行かない、素直に説得に応じて降参するものには土地を与えて罪を減じるが、それ以外の者は徹底的に鎮定するしかない。」

アルトリウスは剣を納めながらそう言うと、家族の待つ遥か北の方向を見た。

「1年や2年でカタが付くとは思えない・・・これは長期戦になる事を覚悟しなければならないな。」

 

 コンダテ・レモヌム(現レンヌ)のブリタニア軍駐屯地に設けられたアルトリウスの天幕に兜を取ったクイントゥスが、何やら書状のようなものを手にして入ってきた。

「ガリア上級総督のコンスタンティウス将軍からの招集にも好い加減応じなければなりませんが・・・」

 恐る恐るクイントゥスが話しかけると、野戦指揮所用の簡易椅子に座り、さらに簡易机で決裁書類に目を通していたアルトリウスはとたんに顔をしかめた。

「・・・叙爵の儀式か何か知らないが、この御時勢に何とも訳の分からない事をしようとするもんだな・・・あれほど断ってもだめか?」

「はい、つい先日も総司令官が不在の時クアルトゥスの元に、ルテティアへの召喚状を持った使者がやって来たそうです。」

 申し訳無さそうに言いながら、答えるクイントゥスに、アルトリウスは疑問をぶつける。

「・・・叙爵されるのは本来アンブロシウス従兄さんのはずだろう・・・それが何故俺なんだ?」

 これ以上無いくらいのしかめ面で言うアルトリウスに、クイントゥスは苦笑いを漏らしながら召喚状を手渡し、口を開いた。

「おそらく理由としてはアンブロシウス総督代行の代わりと言う事でしょうが、ガリア上級総督の個人的な意向もあるかもしれません、」

「どういうことだ?」

 クイントゥスの言葉に興味を持ったアルトリウスが尋ね返すと、クイントゥスはあくまでも想像ですが、と前置きをしてから話し始めた。

「単純にアルトリウス総司令官と会ってみたいのではないでしょうか?聞けばガリア上級総督殿も若かりし頃は勇猛さで鳴らした武人、辺境のブリタニアで活躍する武人アルトリウスを見てみたいのではないかと思うのです。」

「・・・余計なお世話だな。」

クイントゥスの言葉に興味を失ったのか、アルトリウスは詰まらなさそうにそう言うと召喚状を決裁書類の一番下へと無理矢理押し込んだ。

「今までどおりに、まだ、治安が安定していないと言って断っておいてくれ。」


 ため息を交えてクイントゥスが分かりましたと返事をしながら、もう一通の書状を差し出した。

「これは?」

「こちらも召喚状ですが、西ローマ帝国軍総司令官コンスタンティウス閣下からで、アクイタニアの西ゴート族攻撃に参加するようにというものだそうです。」

「いよいよ来たか・・・期間と概要は記してあるか?」

 手にしかけた決裁書類を机に戻すと、アルトリウスはそう言いながら顔を引き締め、クイントゥスへ手を差し伸ばす。

「はい、こちらです。」

クイントゥスが新たな書状をその手に乗せると、今度は書類の山に埋める事無く、アルトリウスは直ぐにその場で開いて内容を一読する。

『ブリタニア軍司令官アルトリウス殿


 今回西ゴート王アタウルフをアクイタニアから放逐し、ガリアを完全に取り戻す機会が巡って来た。

 ついては、私の招集に応じて貰いたい。

 召集人員は5000名、来月半ばにはいつでもアクイタニアに向けて進発できるように準備を抜かりなく進めておいて欲しい、集結地点は追って使者を派遣する。

 貴官と戦場を共に出来る事を楽しみにしている。

                

                西ローマ帝国軍総司令官 コンスタンティウス』

「・・・余り時間が無いな、直ぐにレモヌムへアルモリカ各地で討伐に当たっている兵を集めてくれ、防備は今までどおりクアルトゥスに任せて、ブリタニア軍団は全力出撃の準備にかかる事にする・・・しかし、いずれにしてもコンスタンティウス閣下とは会わなければならないようだな・・・」


「ううむ、なかなか規律の取れた精強そうな軍団だな・・・返す返すも放棄領土の軍であることが惜しまれる・・・」

 アルトリウス率いるブリタニア軍5000が集結地点であるオルレリウム(現オルレアン)の郊外に到着するのを遠望して、コンスタンティウスは物欲しそうな声を漏らした。

 先に到着していた西ローマ軍1万2千は、ブリタニア軍の合流を待ってオルレリウムの町を通り、ロアール川を渡って西ゴート王アタウルフの待ち構えるアクイタニアへ侵攻する手筈になっていた。

 ブリタニア軍が野営陣を敷く準備を始めると同時に、その中から2人の将官と思しき騎兵が真っ直ぐコンスタンティウスの幕僚達が居並ぶ場所へやって来る様子が見える。

 無駄の無い身のこなしに真っ直ぐ前方を見据える意思の強そうな視線、引き結ばれた口元、コンスタンティウスはその仕草や雰囲気だけでアルトリウスの事が直ぐに気に入ってしまった。

「先頭がブリタニア軍とやらの総司令官を名乗るアルトリウスでしょうか・・・若いですな。」

「ブリタニアのような辺境の田舎者の戦法が果たしてガリアで通じるでしょうかね、お手並み拝見です。」

しかし、ローマ本国から来た幕僚や将官達は、辺境であるブリタニアの騎兵隊長でしかなかったアルトリウスを最初から軽んじており、嘲るような軽口を叩いていた。

「・・・敵を内に抱えていながらもこちらの要請に応えて、5000もの兵を率いて海を渡ってきたのだ、そういう物言いは本人の前ではしないように。」

 軽く将官達をたしなめると、コンスタンティウスは将官達を促して下馬し、アルトリウスとの会見の席が設けられている天幕へと向かった。

コンスタンティウスと将官達が天幕に入ると程なくしてアルトリウスと副官のクイントゥスが従兵に案内されて天幕の中へ入ってきた。

「ようこそ、アルトリウス・カストゥス、ブリタニア軍総司令官、私が西ローマ帝国軍総司令官のコンスタンティウスだ。」

 アルトリウスが自己紹介をするより早く、機先を制してコンスタンティウスがそう呼びかけると、まずコンスタンティウスの将官達が驚いた。

・・・コンスタンティウス総司令官は、田舎者のアルトリウスを同盟軍として扱うつもりなのか?・・・

 将官達は、ブリタニアの田舎者と嘲っていたアルトリウスが同盟軍司令官としてコンスタンティウスから認められてしまった事に少なからず驚きと不満を持った。

 格下と思っていた相手がいきなり対等に近い位置に来てしまったのであるから、当然と言えば当然の反応である。


 一方、アルトリウスとしては驚きもあったが、正規のローマ軍で無い以上下に見られる事は覚悟していたところに、コンスタンティウスの厚い配慮を受けて幾らかは拍子抜けをしてしまった感じを持った。

・・・どうやって自己紹介をしようかと思っていたが、コンスタンティウス閣下はブリタニア軍を同盟軍として待遇してくれるという事か、しかし将官達はそうは思っていないだろう、今のコンスタンティウス閣下の気配りで少なからず機嫌を損ねたようでもあるし、気を付けなければ・・・

アルトリウスは将官達の様子を見てそう思いながら徐に挨拶を始める。

「ありがとうございます、今や別の国となってしまったブリタニアですが、皆様と同じ歴史を持ち、かつてはローマ帝国の一部として重要な位置を占めていました、故あって今はローマ帝国とは離れておりますが、そのブリタニアが今もって存続しているのは西ローマ帝国のお陰です、精一杯奮戦いたしますので宜しくお願いします。」

 アルトリウスは出来るだけ丁寧な口調でそう言い、天幕に用意された席の一番末席に立った。

 コンスタンティウスはその挨拶や態度に満足したのか、笑顔で全員に着席を促すと、再びアルトリウスに話しかけた。

「アルトリウス殿は昨今の事情に疎かろうと思う、西ゴート族の情勢と今回の作戦について説明させよう。」

 コンスタンティウスの言葉に、副官と思しき将官が立ち上がって、コンスタンティウスの言葉を受け継いだ。

「西ゴート族は先代のアラリックが急死してからはアクイタニアに入り込んでいましたが、当初は西ローマ帝国との協調路線を取っていたものの、現在の王アタウルフが突如として、ローマ傲略時に攫っていたホノリウス陛下の妹君と結婚すると言い出したのです。」

 一気にそこまで説明した将官はアルトリウスの様子を伺い、アルトリウスが何の反応も示していないのに少し気落ちしたかのような素振りを見せたが、気を取り直して説明を再開する。

「ホノリウス陛下はこの結婚をお認めにならず、厳命によってコンスタンティウス閣下が西ゴート族の討伐を行う事になりましたが、一筋縄ではいかない上に大軍であるため、海上封鎖で兵糧攻めを敢行し、昨年西ゴート族の降伏を勝ち取りましたが、以前妹君の返還に応じない事から、再度討伐を行う事と相成りました、今回は直接陸路軍を送り込み、西ゴート族を決戦に持ち込んで、妹君を救出するか、引き渡させる事が目的です。」

「既にアタウルフと妹君の間には子供が生まれておる、皇位継承権を持っている子供だ、ローマの皇統に蛮族が入ってしまったどころではない、このままであれば将来西ゴート族が西ローマ皇帝となりかねん由々しき事態なのだ。」

 副官の説明をコンスタンティウスが更に引き継いで重々しくそう言った。

 アルトリウスは神妙に頷きながら聞いていたが、その情報はアルモリカに入ってから自然と聞こえてきており、アルトリウスどころか遠くブリタニアのアンブロシウスでさえ既に知っているものばかりで目新しいものは何も無かった。

「それで・・・大変な情勢である事は十分に分かりましたが、西ゴート族とはどの辺りでぶつかるのでしょうか?」

ざわっ・・・!

 アルトリウスのその言葉に、説明を蔑ろにされたと感じた副官が絶句し、将官達が怒りでざわつく。

「・・・落ち着けい、アルトリウス殿は一刻も早く敵と相見えたいだけだ、後方・・・と言うよりも、ブリタニアが心配なのであろう?サクソン人もそろそろ打撃から立ち直りつつある頃だからな。」

 左手を前にかざすと、コンスタンティウスはそう言って将官達に自重を促し、アルトリウスに顔を向けた。

「アクイタニアに入ってから西ゴート族に何らかの動きがあるかと思うが、アタウルフは若いわりに老獪な戦術を取る、おそらくは首都と定めたトロサ(現トゥールーズ)付近まで我々を引き込む腹だろう。」

「そうですか・・・それでは平原で正面からぶつかる一大会戦になりますね、われわれブリタニア軍は左翼を受け持つという事で宜しいでしょうか?」

 コンスタンティウスの言葉にアルトリウスが顎を撫でながらそう言うと、コンスタンティウウスは鷹揚に頷く。

「うむ、それで構わん、我が方の騎兵は左翼に集中させる、右翼はブリタニア軍に任せよう。」


 アルトリウスがクイントゥスを伴って天幕を出て行ってからしばらくの間、将官達は誰も言葉を発しなかったが、徐に副官が口を開いた。

「コンスタンティウス閣下、本当にあのような何処のものとも知れない辺境の蕃軍を決戦にお使いになるおつもりですか?我々としてはあれらの軍は分離して運用するか、補助的な作戦を考えていたのですが・・・」

 副官の言葉に対し、コンスタンティウスはゆっくり椅子から立ち上がると天幕のアルトリウスが去った出入り口を見つめ、ゆっくりと口を開く。

「・・・お主等が蕃軍というそのブリタニア軍だが・・・わずか半年ばかりの間に、我々があれほど手を焼いたバガウダエを駆逐してアルモリカは愚か、西ガリアの治安まで回復させてしまった事はどう見ているのだ?」

「・・・・」

「・・・・」

 コンスタンティウスの問いかけに将官達は黙り込むか、無言でお互いの顔を見合わせる事しか出来なかった。

 その様子を見てため息を付いたコンスタンティウスは言葉を継いだ。

「小規模な作戦に適した編成なのかもしれんが、今日の行軍の様子や陣地設営の手際を見る限り、ブリタニア軍はかなりの錬度と経験をもつ兵士達によって構成されている事は間違いない、ましてや指揮官のアルトリウスが少数で度々蛮族の大軍を破っているのは噂でも誇張でもない確かな事実だ、この軍を決戦で中央に据えないで何処で使うというのだ?」

 一旦そこで言葉を切ったコンスタンティウスは居並ぶ将官達に視線を戻すと、厳かに言い放った。

「わしとしてはむしろ中央に持って来たいぐらいなのだが、兵数や兵種構成から左右いずれかで使うのが適当だと考えた、アルトリウスもそう考えた、この意見に異論のある者は直ちにローマへ帰れ。」

 息を飲む将官達を後にして、コンスタンティウスは悠然と天幕から出て行った。

 コンスタンティウスは外に出ると駐屯地を護衛兵も伴わずに一人馬で離れ、オルレリウムの城壁へと登った。

「・・・ふう、年には勝てんな、これしきで息を切らしているようでは先が思いやられる。」

 周囲が一望できる場所に到着すると、コンスタンティウスはブリタニア軍の陣地と西ローマ帝国軍の陣地を眺めた。

 両方とも整然と陣地を構築しているが、活発に訓練や設営の後始末をしているブリタニア軍に比べ、先着して既にそういった作業を終えているとはいえ、どこか雰囲気の暗い西ローマ軍が気になった。

 西ゴート族から西ローマ帝国へ供出させた3万のゴート兵はガリア東部の国境で仲の悪いフランク人とにらみ合わせており、迂闊に動けない状態にしてあるが、それでもブリタニア軍を加えたとはいえ、総勢1万7千で5万近い西ゴート軍とぶつからなくてはならないのである。

「憂鬱になる気持ちは分からぬでもないが・・・ぐうっ・・・!?」

 そうつぶやいたコンスタンティウスは、突然胸を押さえてうずくまった。

 苦しそうに顔を歪め、口の端からはだらしなく涎が髭を伝い、糸を引いて城壁へ落ち、搾り出すように息を吐き続けるコンスタンティウスは、しばらくそうした後で、ようやく荒い息をつきながら城壁の矢狭間に寄りかかって立ち上がる。

「・・・また、発作か・・・最近間隔が短くなっているな・・・わしの身体も何時まで持つ事やら・・・」

 後継者はまだ育っていない。

コンスタンティウスはアエティウスとボニファティウスという若い2人の将官が将来有望と見ているが、まだまだ未熟者の域を出ていない。

2人が育つまで10年は必要であろう。

 アルトリウスは中継ぎにしたい逸材だが、いかんせんブリタニアの片田舎の土地持ち貴族で出自が低く、宮廷との繋がりも皆無であり、後ろ盾となれる者が寿命の尽きそうな自分以外にいない。

「後10年か・・・長い、長すぎる。」

ぐいっと自分の身体を持ち上げ、コンスタンティウスは荒い息をつきながらつぶやいた。

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