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第26章 中部平原の戦い

オオオオオオオオ

 低い地鳴りのような鯨波の声と足音が響き渡り、小川の向こう岸からサクソン兵が一気呵成に突撃を開始し、瞬く間に水を蹴立てて小川を押し渡ってくる。

 そのサクソン兵の大軍が向かう先には、緑色のマントや防具を身に付けた軍が構える陣地があるが、その号令や動きで精鋭である事を窺わせはするものの、いかんせん、サクソン軍に比べて数が圧倒的に少ない。

 その内、物見に出ていたと思われる兵がサクソン軍の突撃を視認したのか、慌てて後方へと駆け戻り、そこに設置されている粗末な陣幕の中へそのままの勢いで走りこんでいった。

 陣幕の中には、ローマ風の鈍く光る鉄板重ねの鎧を身に付け、その上から一際鮮やかな緑色のマントを身に付けた男が手を組み、剣を正面に立てて座っていたが、兵士が陣幕へ入ってくると同時にさっと立ち上がる。

「アルマリック卿!サクソン兵が突撃してきます!!」

「くっ!またか!・・・諦めの悪い連中だっ!!・・・槍兵前へ!!」

瓦礫や土を盛り上げて作った簡易陣地の中で指揮を取るアルマリックはうんざりした表情で、泥に汚れた顔をゆがめる。

矢玉飛び交う中で指揮を取るアルマリックは、もう幾度目か分からないサクソン軍の突撃に備え、陣地から槍兵を前面に押し出し、自身も更に戦況の確認しやすい最前線へ、幕僚を伴って向かった。

    ざあああっ

アルマリック自慢の中槍歩兵が丸い盾を構え、槍の穂先を相手側へ向けて低く立てると、鋭い刃で出来た壁が形作られた。

「弓兵隊後方へ!歩兵隊所定位置につけ!!」

 更にアルマリックの号令で、弓兵隊が槍兵隊の後方に陣取り、その弓兵隊と槍兵隊の間に歩兵隊が無言で投槍を構えて布陣する。

大波のように押し寄せるサクソン軍に、余りに頼りない防波堤ではあったが、手持ちの戦力はこれで精一杯。

「怯むな!ここを破られれば後が無いぞっ!なんとしても食い止めるのだ!!!」

    おおう!!

アルマリックの檄に兵士達が勇ましく、そして悲壮に応える。


ブリタニア中原の雄、アルマリックの率いるケルト・ブリタニア連合軍3000は、ボルティゲルン軍の脅迫に渋々応じて、サクソンが支配する東ブリタニア侵攻軍に加わったが、サクソン軍と真正面から激突するとたった一撃で腰砕けになって敗走したボルティゲルン軍の殿を努める羽目になった。

ボルティゲルン軍の左翼を受け持ったアルマリックは、敗走するボルティゲルン軍の兵士を吸収して再編成すると共に、度々サクソン軍に反撃を加え、追撃を遅らせた。

アルマリックの見事な撤退作戦にサクソン軍は手を焼き、遂にはボルティゲルン軍本隊の追撃を諦める。

アルトリウスに文字通り擂り潰されたボルティゲルンであるが、それでもこの時無事居城まで逃げ帰れたのは、アルマリックの奮闘の賜物であった。

翻って、アルマリックは全サクソン軍の追撃を一身に引き受ける事となってしまい、より一層困難な撤退戦を余儀なくされる事となる。

たった今も、誘いに乗って突出してきたサクソン軍に対し、橋を使った計略に嵌めて手痛い反撃を喰らわせたばかりであったが、撤収準備にいささか手間取った為に、サクソン軍本隊に追いつかれてしまった。

このままなし崩し的に撤退しても、撤退途中、後方からサクソン軍に食いつかれて大損害を被りかねないと判断したアルマリックは、一か八かの反撃に出る事にしたのである。

この作戦が成功すれば、サクソン軍本隊が停滞し、撤退はより容易になるはずであった。

しかし、アルマリックが予想したよりサクソン軍は大軍であり、味方の士気は低く、損害は大きい。

「・・・ふむ、私もここまでかな?」


 海原を走る大海嘯のような勢いで小川を越えて正面から迫り来るサクソン兵の群れを遠望し、アルマリックは誰にも聞こえないような小さい声でぼそりとつぶやく。

 突貫工事で仕上げた土手や逆茂木も、実に頼りなく、こうなってみれば本当の気休めでしかなかった事が分かる。

    ウオオオオオオオオオ

地響きと唸り声が重なり、大きな音の津波となってサクソン軍と共にアルマリック軍の前面に激突した。

「来るぞ!構えろっ!!」

 最前線の歩兵隊長が大声で自分の部下達を鼓舞する。

    がああああああんん・・・

 しかし、その瞬間号令を下した歩兵隊長は、サクソン戦士の体当たりで吹き飛ばされ、倒れた所を剣で一突きにされて絶命した。

    うおあああああ

 サクソン戦士の肉弾攻撃に、いきなり司令官を失い中槍歩兵隊の陣形が崩れそうになるが、アルマリックが素早く温存していた弓兵隊に合図を送る。

    ばんばんばばっばばばんばんばんばばん

 後方から弓兵隊の弓の弦が唸りを上げて振動し、矢が次々と打ち出されてゆく。

    ざあああっ

放たれた矢は、鋭い羽音を立てながら、崩れかけた中槍歩兵隊の直近に集中して降り注ぎ、アルマリック軍を押しまくっていたサクソン戦士の頭上から襲い掛かった。

  どどどどどどどどっ

 矢は密集して前面へと殺到していたサクソン戦士達を次々と射抜き、たちまち前線はサクソン戦士の遺体で埋め尽くされる。

「立て直せ!!」

 歩兵副司令官がその隙を見逃さず号令し、たちまちアルマリック軍の前線は修復された。

 盾ごと体を浴びせかけてくるサクソン軍に対し、アルマリック軍は陣営を崩す事無く、確実に槍の石突を地面で固定し、丸盾の隙間からまるで巨大なハリネズミが出現したかのような堅陣で迎え撃ち、崩れかけた箇所にはアルマリックが的確に弓兵隊を使って集中攻撃を掛けて建て直しの時間を稼ぐ。

    どどどどおおぉぉぉぉどどっどおおおぉぉぉ・・・

 しっかりと把持されたアルマリック軍の槍に身体を串刺され、腕を貫かれ、胴を裂かれたサクソン軍の第1波が絶叫と共に血を吹き上げて倒れ伏してゆく。

    ぬがああああああああああっ

アルマリックからの効果的で合理的な反撃を受けてサクソン軍は大きな損害を出すが、後から後から続々と現われるサクソン戦士たちはそれをものともせず、手斧を投げ、アルマリックの兵士を盾ごと引き裂き、サクソンソードで中槍歩兵の槍を叩き折り、慌てて丸盾を構えた兵士の頭を兜ごと割り、敵味方両方の死体を乗り越えて陣営に食い込んできた。

サクソン軍の勢いは留まるところ知らず、戦況が優勢であるにもかかわらず、死に物狂いの攻撃を次々と仕掛けてはアルマリック軍を押しまくってきた。

アルマリック軍兵士は怖気を奮いながらも勇気を振り絞って善戦するが、サクソン軍の余りの勢いと蛮勇に圧倒され、じわじわと損害を重ねながら後退し始めた。


「全員ここを死に場所と定めろ!!時間を稼げ、ひたすら稼げ!簡単に死んでやるな!!槍で突け!剣で切れ!失くさば拳で戦え!!持ち堪えればボルティゲルンを降したアルトリウス将軍が応援に来るぞ!!アルトリウス将軍を待てっ!!!」

 アルマリックが飛ばした檄に兵士達の士気が若干持ち直すが、これは嘘ではないものの、真実でもない。

 アルマリックは確かにブリタニア総督府へ援軍の要請を行ったが、それはあくまでもボルティゲルンと雌雄を決しようとしているアルトリウスに対してではなく、ブリタニア総督府を司るアンブロシウスに対してであった。

 天下分け目の決戦前に余計な邪魔をしたくないという、アルマリックの武人としての矜持がアルトリウスに対する直接の応援要請と言う最善の案を潰してしまったのである。

 無論、サクソン人にも決戦の邪魔はさせない。

 そのためには援軍が必要であったが、ボルティゲルンとの決戦に向けて総動員を掛けたブリタニア総督府に余分な兵が残っていない事も分かっている。

 それでも、アルマリックは奇跡が起こる為に必要な最低限の措置を講じてサクソン人との戦いに赴いたのであった。

「アルトリウス将軍を待て!!」

兵の一人が絶叫した事に連動して、兵たちが次々と合言葉のようにその言葉を口にする。

「アルトリウス将軍を待て!」

「アルトリウス将軍を待て!」

 しかし、その希望の言葉もむなしく、アルマリック軍は絶え間なく押し寄せる津波のようなサクソン軍の攻撃に呑まれ、兵士達は次々とその命を散らし、軍は砕かれて行く一方であった。


 アルマリックは、粗末な野営陣の中心にパピルス紙や木簡製の軍役書類や公文書を集め、従兵に命じて火を付けさせる。

 火は直ぐに文書でできた小さな山に回り、意味ある物をただの灰へと変えた。

 サクソン人に文章が解せるとも思わないが、万が一という事がある以上、軍事機密が漏れるような事がないよう慎重は企さなければならない。

 サクソン戦士の中には、前衛をすり抜けて本陣にまで達するものがちらほら出始めているものの、アルマリック軍は後方へ行く敵にも構っていられない程戦況が逼迫しており、そうした敵を阻止、排除するだけの余力も余裕も無い。

 今のところはアルマリックの身辺護衛兵が食い止めてはいるが、もう何時この本陣へ踏み込まれてもおかしくない状態であった。

「陣を固めろ!分散すると押し包まれて全滅するぞ!!」

本陣とは言っても、前線との距離はもう無いも同然であり、またそもそも天幕などは用意していないことから、兵士達が懸命に戦っている様子はアルマリックからは手に取るように見える。

 アルマリックはとうの昔に馬を失って徒歩であるため、疲れが見え始め、陣が弛緩している様子を察して長剣を抜き直接命令を下し、自身もサクソン戦士と渡り合った。

 アルマリックの剣はローマ風の短い刺突重視のグラディウスでは無く、断ち切り重視である祖先伝来のケルト型の長剣で、その長さは自分の背丈の3分の2もある。

 意匠はケルト風であるが精錬や鍛鉄法はローマの技術を使用した、正にブリタニアの剣。

 前線を突破してアルマリックに迫ったサクソン戦士は、上段から風車のように振り下ろされるアルマリックの長剣の一撃を受けて頭蓋を真っ二つにされ、血煙に沈んだ。

「耐えろ!アルトリウス将軍は必ず来る!!」

 横合いから突進してきたサクソン戦士を更に一刀の元に切り捨てたアルマリックは、兵士達を鼓舞するが、最早これまでと覚悟を決めた。

   ぶうおおおおおおおおんんん・・・・

 その時突如戦場に金管楽器の長い吹鳴音が鳴り響く。

戦場が一瞬、停止した。

攻めるサクソン戦士は恐怖で顔を凍りつかせて振り返り、守るアルマリックのブリタニア兵は歓喜の表情に溢れかえる。

「アルトリウスだ!!!」

「アルトリウス将軍の援軍が来たぞっ!!」


「何とか間に合ったようだ・・・」

アルトリウスは戦場の北側から、東西方向に対峙して、まさに戦闘の真っ最中であるアルマリック軍とサクソン軍を遠望し、ほっと安堵のため息を漏らした。

「敵の指揮官は、ホルサ、サクソン王ヘンギストの嫡男だそうだぞ、我が主殿。」

 従兵の格好をしたアトラティヌスが馬上のアルトリウスにささやく。

「今回ははっきりと敵味方だ、この前のようには行かないぞサクソン人どもめ・・・。」

 アルトリウスはボルティゲルンの居城を落とすと、その領土の管理と再編成をマヨリアヌスに一任し、護衛としてガルス率いる1000名の重兵器兵を全て残した。

 50機を越える重兵器は故障や破損も多く、そもそも素早い移動には向かない上に、重兵器兵の疲労も無視できないものであった為である。

 重兵器兵を切り離したアルトリウスは、すぐさま兵をまとめ、一路南下してアルマリックの救援に向かう事としたのである。

 実際アルマリックの援軍要請は、ブリタニア総督府を経由してアルトリウスの元に早い段階で届けられていた。

 アルマリックからの援軍要請を直接受けたアンブロシウスの素早い判断の賜物であるが、それでも既にボルティゲルンの居城を目の前にした段階での要請であったことから、アルトリウスは攻城戦を優先せざるを得なかったのである。

 アルトリウス率いるブリタニア軍は、アトラティヌスの情報を得ながらローマ街道を強行軍で南下した。

 街道から外れた小川で、アルマリックが橋げたを引き落としてサクソン軍の先方を壊滅させた事をアトラティヌスから聞き、アルトリウスはアルマリックの後方に当たる西からではなく、北からサクソン軍を衝く事にし、一旦そのままローマ街道を進んで戦場予定地の北側に出た。

 途中、サクソン軍の斥候や略奪兵に遭遇するものの、あらかじめ進軍先に配置してあったアトラティヌス配下の者を使って排除し、サクソン軍へブリタニア軍の情報が入らないよう細心の注意を払っての移動したことから、無事ブリタニア軍は有利な位置取りを終える。

 ローマの進軍ラッパの音を聞いたサクソン軍の指揮を取るホルサは、小川の対岸で北に整然と揃うブリタニア軍の隊列を目にし、獰猛そうな細い顔を真っ赤に紅潮させて吠え猛った。

「全軍北へ向かえ!!ローマの残党を殺しつくせえええええ!!!」


 サクソン軍は突如現われたブリタニア軍に驚き戸惑ったが、ホルサの号令で、アルマリックを無視して北へ向かおうとし始めた。

 アルマリックは自分の方に掛かるサクソン軍の圧力が目に見えて無くなってゆく事に気が付き、ふうっと安堵のため息を漏らす。

しかし、次の瞬間には眦を吊り上げ、過酷な命令を配下の兵たちに下した。

「緊張の糸を切るな!アルトリウス将軍は現われたがあくまで援軍!この戦場は我々のもの、押し返せっ、今こそ逆転の好機!!」

    わあっ

 一度は緩みかかったアルマリック軍が再び息を吹き返し、兵士達は必死の形相で北へ方向転換しようとしていたサクソン戦士たちに切りかかった。

 驚いたのはサクソン軍である。

 既に撃破したと思っていた、死に体であるはずのアルマリック軍が復活し襲い掛かってきたのである。

サクソン軍は再び混乱する事となった。


「アルマリック卿が反撃に転じたようですね。」

 進軍するブリタニア軍の先頭で、副官のクイントゥスが河岸の戦場を遠望し、アルトリウスに告げた。

「アルマリックもなかなか粘るなあ・・・少し休めばいいのにな。」

 真面目な盟友の奮闘に、にやりとしながらアルトリウスがそう答える。

 サクソン軍は大軍で、ざっと見た限りでも3万は下らないが、アルマリックの陣に攻めかかっているサクソン戦士たちと、小川の対岸で指揮を取っているホルサの本陣には距離が開いている。

 これはそのまま進軍すれば、サクソン軍の本陣が小川の真ん中に入ってしまう為で、仕方の無い措置であるが、ここに付け入る隙があるとアルトリウスは見た。

 アルマリックの思いがけない反撃に遭い、先陣のサクソン軍はブリタニア軍に向かいかけたものの再びアルマリック軍のいる西方向へ転じつつあるが、ホルサのいる本陣はそのままブリタニア軍の方向である北へ小川を渡って来ており、軍が2分され始めていた。

「ようやくまともにぶつかれる、この一戦で決めきるぞ!」

アルトリウスはローマ伝来の三翼陣を敷いたブリタニア軍に停止を命じた。

ローマ伝来とは言っても陣形のみで、その兵種構成は大分異なり、騎馬兵の数が圧倒的に多くなっているのがブリタニア軍の特徴である。

アフリカ、エジプトを通じた馬匹の輸入も順調で、アルトリウスの領地であるコーンウォールではアラブ人指導者の元、馬匹の飼育と改良作業と共に、騎馬兵の養成と訓練も順調に行われている。

ブリタニア軍が停止すると、アルトリウスは迫り来るサクソン軍を見つめ、首領であるホルサらしき人物を視界に捕らえた。

豪快な雰囲気を全身から滲み出させている父親のヘンギストと違い、細身で蛮族ながら神経質そうな顔をしているが、繊細さとは程遠い事をアルトリウスは聞き知っていた。

ブリタニア人を捕らえて拷問に掛け、西ブリタニアの情勢やアルトリウスら指導者の事を聞き出そうとしているのは専らホルサで、ヘンギストはその様な細かい事に興味を示さない。

ホルサの拷問は陰惨を極め、何百人と言うブリタニアの市民達がその拷問で命を落とし、家族を奪われ、そして精神に異常をきたしている。

余りの陰惨さに耐えかねて、サクソン側に寝返ってしまったブリタニア人も少なくない。

そういった意味ではサクソン王ヘンギストよりも危険で、気をつけなければならない相手である。

「・・・だが、戦場ではどうかな?その神経質さがうまく生かされているとは思えないな。」

アルトリウスは呟きを残し、颯爽と自軍の前に馬を進める。

「ブリタニアの兵士達よ、あれが我等の仇敵、サクソン王の子ホルサに率いられたサクソン軍だ!大陸各地でローマの領域が蛮族に侵され、文明に彩られた地域が蛮風に染められ、市民は途端の苦しみを強いられている、だが!ブリタニアには我々がいる!我等ブリタニア軍がいる!!ローマに育てられ、我等の祖先が受け継ぎ育んだ文明の、文化の灯を守る我等がいる!!!ここに示せ、ブリタニアの守り手達よ!我等が意志を!!世界に示せ!!我等ブリタニアの勇敢な守り手のある事を!世界が例え蛮族に染まろうとも、我等の有る限りブリタニアに黄昏の時代は訪れない!!!」

しゃらん

アルトリウスが長剣を抜き放ち、その切っ先を小川を渡るサクソン軍本隊へと向けた。

「ブリタニア軍!前進!!」

    おおう!!

 気合の入った返答の声を挙げ、ブリタニア軍が前進を始めると、ホルサはいきり立った。

「軟弱で悲鳴を上げる事しか知らないブリタニアの文明人とやらが生意気に攻めてくるとはっっ・・・!!貴様ら叩き潰せ!!叩き潰してしまえ!!」

    うおう!!

 サクソン戦士たちはホルサの命令に従い、小川を渡り、ブリタニア軍に向かって駆け足で進み始める。

「ブリタニア軍、全軍停止!弓兵隊、射撃開始!歩兵隊は盾を構えろ!!」

 アルトリウスの号令で、ブリタニア軍は停止し、弓兵隊が矢を放ち始める。

    ばばばばばばっ

 ブリタニア軍の矢が飛びサクソン戦士たちに当たり始めると、サクソン軍も矢を打ち返し、しばらくの間矢だけが両軍の間を飛び交った。

 この付近一帯はブリタニアの穀倉地帯で、なだらかな丘が延々と続く平原であり、高低差はほとんど無い為、両軍の矢は均等に届く。

 しかし、隊列を組み、隊長の号令で斉射を繰り返すブリタニア軍の弓兵に比べ、サクソン軍は構えも射程もばらばらに矢を放つ為、次第にブリタニア軍の矢がサクソン軍を圧倒し始めた。

 加えて、前面に出たブリタニア歩兵が盾でサクソン軍の矢を防いでいるが、サクソン軍は個々の兵士達がばらばらに盾で矢を防いでいる。

 サクソン軍の制度や戦法がまずいのではなく、抽象的な命令や号令を繰り返すばかりで具体的な命令を下せないホルサの指揮能力の問題であろう。

 ついに痺れを切らしたホルサが突撃を命じたのか、サクソン軍は矢を打つのを止め、盾を前面に構えたサクソン歩兵がブリタニア軍の隊列に向かって進み始めた。

 サクソン戦士は丸い盾に身体を隠して前進を始めたため、アルトリウスは弓兵隊に射撃を止めさせた。

 糧食だけは途中ボルティポルやマグロクヌスに供出させている為心配ないが、戦闘らしい戦闘はしていないとはいえ、新都市を出発してから既に1月、ほぼ補給らしい補給も無しでここまで転戦して来たことから、矢や投槍といった消耗品の武具が不足がちになってきており、無駄使いは出来ない。

     オオオオオオオオオオオオ・・・・!!

 矢が飛んで来なくなった事に気が付いたサクソン戦士達が、一気に距離を詰めるべく雄叫びを上げながら全力疾走での突撃に移った。

 アルトリウスは剣を手にした右手をさっと上げてから一気に振り下ろし、歩兵隊に突撃を命じる。

     うおーっ!!

 サクソン軍の雄叫びに負けない意志のこもった鬨の声を挙げ、ブリタニア歩兵も突撃を開始すると、サクソン戦士は戸惑う。

 今まで相手取ってきたローマ軍は、まず相手の一撃を受け止めてからの反撃が常套手段であり、ましてやブリタニアでは、大概サクソン戦士の第一撃を受け止め切る事が出来ずにそのまま敗走してしまうのがほとんどであった。

 現にボルティゲルンの軍はそれで瓦解し、壊走したのである。

 今まで見た事も無いブリタニア側の大軍を集めたボルティゲルンに対し、最初は慎重に事を進めていたホルサも、その大軍をたった一撃で壊滅させた事に自信を付け、気が大きくなっていた。

 大将たるホルサがそうなれば、当然配下の戦士たちも自信を深める。

 言うなれば、ブリタニア軍を舐めていたのであるが、今までに無い士気と錬度の高いブリタニア兵と対峙し、サクソン戦士たちが戸惑うのは当然と言えば当然であった。

   ががああああん!!

   おああああああ!!

 真正面から盾と盾がぶつかり、雄叫びと時の声が重なる。

   どかっ ぐさっ がぎっ ずしゅっ どがっ

   うぎゃあああっ ぐえええ うわああ

 戦場は直ぐに絶叫と肉を絶つ生々しい声音に満たされた。

 サクソン戦士の中に、体当たりでもサクソンソードを叩きつけての攻撃でも崩れないブリタニア兵に戸惑いを通り越して焦りが生まれる。

   今までの軟弱なブリタニアの兵ではない

 翻って、士気高いブリタニア兵は巧みに盾と盾の間に剣を差し込みサクソン戦士を血祭りに上げ、後方からは槍を突き出してサクソン戦士の丸い盾を貫いてくる。

 たちまち乱戦はブリタニア軍有利へと傾いた。


「ブリタニア騎兵団突撃!右翼はサクソンの後ろを衝け!左翼は私に続け!サクソンの本陣を狙う!」

 相手の驕りを見て取ったアルトリウスは、直ぐに両翼を固める騎兵に突撃を命じると、自身も護衛兵を率いて左翼から突撃を開始した。

   どどどどどどどっ

 正面のブリタニア歩兵の予想外の戦いぶりに梃子摺ったサクソン戦士たちは、ブリタニア騎兵に気付くのが遅れ、振り返った時には恐怖で顔を凍りつかせる事しかできなかった。

   うおおおおおお

   どどどどどどど

   どしゅ ぼか がつん びしっ

   ぎええええええっっ

振り向く暇さえなく、長剣を浴びせられ、投槍を受け、馬蹄にかかってサクソン戦士たちが絶命してゆく。

アルトリウスは、小部族の族長と思しき人物に狙いを定め、馬上から横薙ぎに長剣の一撃を放つ。

アルトリウスに狙われた族長は、殺気を感じたのかとっさに振り向きはしたものの、顔面にアルトリウスの長剣をまともに浴び、上半分を断ち切られ、脳髄と血しぶきを吹き上げて絶命した。

  ぬわあああああっ・・・

前面のブリタニア歩兵と後方から突撃してきた騎兵に挟まれ、進退窮まったサクソン戦士たちは、破れかぶれの反撃を試みるが、後方の騎兵突撃には抗する術が無く、また前面の歩兵が防御重視の戦法に変えて硬く盾を構えて後退してしまい、挙句の果てはその後ろから投槍を浴びせられて損害を増やす結果にしかならなかった。

降伏しようにも今まで自分達がブリタニア人にしてきた事を思えば、ただで済む訳は無く、またそれまでいいように戦勝を拾ってきた軟弱なブリタニア人相手に降伏するなどという事は、サクソン戦士たちの誇りが許さなかった。

 ぐああああああ

しかし生き残ったサクソン戦士の捨て鉢な攻撃はいなされ、たちまち馬蹄と剣の餌食となり、サクソン軍の半数が全滅した。

ブリタニア兵は余りにもあっけなく散ってゆくサクソン戦士に驚きの感情を隠せない。

草創期からブリタニア軍に参加している古参の兵たちは、今まで互角の兵力で蛮族の軍と対戦した事が無く、斬っても倒しても湧き上がるような蛮族の大軍相手に苦戦しながらアルトリウスの指揮によって敵が敗走するという戦いを繰り広げてきた。

アルトリウスが戦線を離脱してからはまともな勝ちを得た事が無く、粘り勝ち、引き分けの戦いだけを数多く経験してきたのである。

しかし、今は違う。

アルトリウスが復帰し、その上兵力的にも互角というこれまでに無い有利な条件での戦いは、圧倒的にブリタニア軍優勢で進んでいる。

投槍を投げ、盾で敵の剣を受け止め、そして自分の剣で敵を切る。

そこに今まで自分達を圧倒してきた蛮族の姿は無く、勝利の予感だけが古参兵を高揚させた。

 一方、最近ブリタニア軍に志願した元東ブリタニアの市民は、豪族や有力者達の軍がサクソン軍の手で木端微塵にされる光景を何度も見てきた。

 家族ともども農地と住み慣れた村落を捨てて難民となって西に逃れ出る事を決断したのも、余りにブリタニアが弱すぎると感じたからである。

それが、今日変わった。

 自分が突き出した槍の穂先にかかってサクソン戦士が血を吐きながら事切れる。

 その生々しい感触にはいつまでたっても慣れる事が出来ないが、それでも今までどんな事をしても適わないと思っていた蛮族が、今正に自分の手で絶命したのだ。

 ブリタニア人は弱く無いのだ。

    うおおおおお!!

 自信を取り戻したブリタニア兵達は、サクソン軍を果敢に攻め立てる。


「こ、こんな馬鹿な・・・軟弱で惰弱なブリタニア人ごときに我々サクソンが負けるなどとは・・・!畜生!!」

 ホルサは敗戦を隠しようも無いこの状況下においても強がりを捨てなかったが、嵩に掛かって攻め立てて来るブリタニア軍とその騎兵隊の猛進撃を目の前にし、ようやく自分の命の危険を感じ取った。

「こ、こ、このままではこちらがやばいではないか!に、逃げるぞっ!!退却だ!貴様らはアルトリウスを足止めしろ!!」

 護衛に付いていた戦士にそう言い捨てると、ホルサはくるりとブリタニア軍に背を向けて足早に退却し始めた。

 ホルサが部下を捨石にして戦場を離脱しようとしている様子は、馬上のアルトリウスからも認める事が出来た。

「指揮官が真っ先に戦場を離脱するとは、武人の風上にも置けない行為だぞ・・・!」

 憎き敵としてよりも、同じ兵を預かる指揮官としてあるまじき行為をするホルサに憤りを感じるアルトリウス。

 アルトリウスは飛びかかってきたサクソン戦士を一太刀で切り捨てると、すううっと深く息を吸い込んだ。

「ホルサァァァァァァ!!勝負しろぉぉぉッ!!」

 喚声と悲鳴、剣戟の音鳴り響く戦場に、アルトリウスの怒声が轟く。

 ホルサはその声を聞き、ぎくりと一瞬身を強張らせたが、見栄をかなぐり捨てて脱兎の如く駆け出した。

 ちらりと後ろを振り返ったホルサの目に、血濡れた長剣を後ろ立ちの馬上で掲げ、物凄い目で自分を睨みつけるアルトリウスの姿があった。

   ひっ

 息を引き込むように呑んだホルサは、そのまま後ろを振り返らず一心不乱に逃げ始めるが、アルトリウスの追撃がたちまち迫る。

   どかかかかか

 アルトリウスの追撃を妨害しようとホルサの護衛戦士達がアルトリウスの前に剣と盾をかざして立ちはだかるが、アルトリウスは盾を構えるサクソン戦士に馬体をぶつけてふっ飛ばし、出来た隙間へ強引に馬を進め左右の戦士を切り伏せ、突き倒した。

 そうしてホルサの護衛の戦士達をあっという間に蹴散らしたアルトリウスは、ホルサの背中に追いすがると、一気に切り上げた。

   ざしい

   ぐええええええっ

 乾いた布を裂くような音を立て、背中を斜めに切り上げられたホルサが絶叫を上げて地面に倒れた。

 アルトリウスがホルサに止めを刺すべく馬を返そうとすると、追い付いて来たホルサの護衛戦士たちが再び立ちはだかり、別の戦士たちが倒れたホルサを抱え上げて小川の向こうへと引き上げてしまう。

 その後乱戦となっていた歩兵と騎兵がサクソン戦士を追ってなだれ込んで来た事から、ホルサとアルトリウスの間に距離が開いてしまった。

「・・・仕留め損なったか・・・仕方ないな。」

 アルトリウスは、そう言うと大きく深呼吸をしてからサクソン戦士の血に染まった剣を数度振ってその血を落とし、小川の対岸へと壊走するサクソン軍を目で追う。

 ホルサが直接率いていた2万余りのサクソン軍本隊は、アルトリウス得意の騎兵による包囲攻撃で打ち砕かれ、半数以上を失って小川の反対側へと引いて行った。

 また、右翼の騎兵はその余勢を駆ってアルマリックを攻めていたサクソン軍の先鋒部隊を後方から攻め、挟み撃ちにして壊滅させている。

 敵将のホルサに大怪我を負わせ、サクソン軍の指揮系統を混乱させはしたものの、討ち取る事は出来ずに終わってしまったが、まず結果を見れば完全勝利であろう。

 アルトリウスの元に、副官や従兵を従えたアルマリックが、兜を手で持ち、泥と血で汚れた緑のマントを翻しながらやって来た。

「アルトリウス、お陰で助かった。」

 疲れこそ窺えるものの、謹厳実直を絵に描いたようなアルマリックにしては珍しく、笑顔を見せながらそう言った。

「アルマリック・・・こちらこそ、到着が遅れて済まなかった、無事で何よりだ。」

 アルトリウスは同じく笑顔で馬から降り、がつんとアルマリックと強く腕を打ち合わせ、互いの腕を取り合った。

「・・・勝ったな・・・」

「・・・ああ。」

 どちらからとも無く戦場に目を移したアルトリウスとアルマリックは横に並ぶ。

 あちこちでブリタニア兵が生き残りのサクソン戦士に止めを刺している一方、死体を埋葬したり、怪我の手当てをしているブリタニア兵がいる。

 戦いそのものは完全勝利に終わったが、命を、犠牲を払った者達にとってその勝利には意味があるのだろうか・・・

 アルトリウスは激しい戦いの後の静かではあるが、陰惨な光景を目にしながら考える。

「・・・いやそうじゃない、この勝利を意味あるものに繋げるようにしなければいけないという事なんだな・・・」

アルトリウスの目に、戦友の変わり果てた姿に崩れ落ちるブリタニア兵の姿が映った。

犠牲を払った者にとっても意味ある勝利にするには、勝利そのものよりもその勝利によって何を得たか、何を得られたか・・・そして、何を得ようとするのか。

 傾きかけた日を背に、アルトリウスとアルマリックはサクソンの去った東を何時までも見つめ続けていた。

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