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第25章 ボルティゲルン滅亡

「これだけの兵を率いるとなるとやはり壮観ですね。」

 副官のクイントゥスが行軍の最中、アルトリウスにそう話しかけてきた。

「ああ。これほどまでに充実したローマ軍がブリタニアを行軍するのは100年ぶりくらいかもしれないな。」

 アルトリウスは、自らが率いている、整然と隊形を保ちながら行軍するブリタニア軍1万7千を見て感慨深げに言葉を返す。

 アルトリウス率いるブリタニア軍は、マグロクヌスの居城で装備を整えなおし、糧食を補充した上でマグロクヌスの私兵と近隣豪族の私兵を編入し、更には遅れて到着した重兵器隊と合流して再編成を行った。

 完全編成となったブリタニア軍は威風堂々とブリタニア中原を行軍し、ボルティゲルンの勢力圏下に入り、今のところ特に抵抗らしい抵抗を受ける事も無くボルティゲルンの居城へと進軍を続けている。

 所領のあちらこちらに築かれた監視塔と砦にボルティゲルンの兵の姿は無く、全てがもぬけの殻となっており、サクソンに対する敗戦の痛手が窺われた。

 おそらく退却する主力に動揺して持ち場を離れて逃亡してしまったのであろう。

元々ボルティゲルンの私兵は無理矢理招集した農民兵や金で雇われた流れ者の傭兵が多く、訓練度や士気が高いとは言えないため、一度崩れるともろいのである。

 アルトリウスは放棄されたボルティゲルンの砦を、地勢的、機能的に使用に耐えないと判断し全て破却させ、マンクニウム(マンチェスター)の砦のみを接収して一時待機場所とした。

 マンクニウムはアルトリウスらが造営しているコリニウムと同様、元はローマ軍団の前哨基地として整備された場所であり、設備自体はローマが構築したものである事から、他の砦と異なり、規模、機能とも1万7千にまで膨れ上がったブリタニア軍を収容するのに申し分ない。

 アルトリウスは帯同したマヨリアヌスを豪族や有力者の下へ派遣してブリタニア総督府への降伏を促し、またアトラティヌスを使って市民や農民達にブリタニア軍がボルティゲルンと戦う為にマンクニウムまで進駐している事を噂で流させた。

 更にアルトリウスはマンクニウム近郊で大規模な城砦攻撃の訓練を意図的に繰り返し行い、周囲の各勢力を威圧した。

その迫力と錬度の高さに見物に訪れる者が後を絶たず、そこへ紛れ込んだ間諜もわざと見逃して各勢力に対して思う存分ブリタニア軍の精強振りを見せつけた。

 そうしてしばらくすると、アルトリウスがボルティゲルンを倒す為に進駐してきたと言う知らせはボルティゲルンの領内のみに留まらず、近隣の各領地にまで轟いた。

 アルトリウスとボルティゲルン、現在におけるブリタニアの2大勢力が正に激突しようとしているのであるから、この情報が驚きを持って迎えられたのは当然である。

 この戦いに勝利した方が間違い無く今後のブリタニアを支配する。

 しかも、いままで蛮族相手に幾度と無く戦い、常に劣勢でありながらこれらを見事撃破してきたアルトリウスと、サクソン相手にたった1回の戦いで一敗地にまみれたボルティゲルン。

その事実もさることながら、ボルティゲルンは手酷い損害を兵力的にも名声的にも負ったばかりであり、その損害から立て直す間も無く攻め込まれているため、ただでさえ劣勢である上に、進駐してきたブリタニア軍の訓練から窺える訓練度と士気の高さから、誰もがボルティゲルンに勝ち目は無いと判断した。

 すぐさまマンクニウム近隣のボルティゲルンに従う豪族たちがブリタニア総督府への恭順を申し出てアルトリウスの下を訪れると、その動きはボルティゲルン領内へあっという間に広がっていった。

 アルトリウスは続々と貢物を持って訪れる豪族や有力者達を引見し、マヨリアヌスと相談しながらその有力者達の権限や兵力を奪い、制限し、また時には与えてボルティゲルン領内を元のブリタニアの行政区分へと改変してゆく。

 遂にその動きは北方の大物を動かすに至った。

「アルトリウス、ブリガンテス王マグヌスが参ったぞ。」


マヨリアヌスの言葉が終わらない内に、うっそりと狼の皮を身に纏った大男がアルトリウスの執務室となっている要塞の一角へ入って来る。

アルトリウスは要塞の建物の中では無く、バルコニーとなっている屋上の一角に日と雨除けに天幕を張り要塞内に放置されていた粗末な机と椅子を持ってきて執務室の代わりにしていた。

マヨリアヌスとクイントゥスが慌てて兵士を引き連れ駆けつけるが、アルトリウスは無言で手を振って兵士達を下がらせた。

「・・・お前がアルトリウス総司令官か、初に目にかかるな、マグヌス・ブリガンテスだ。」

 どっかりとアルトリウスの机の前に置かれている椅子にかけると、ブリガンテス王マグヌスは低い割れ鐘のような声で自己紹介をする。

「・・・アルトリウス・カストゥスです、初めまして、でよろしいですか?」

 アルトリウスの挨拶に、くくくっと小さく笑うと、マグヌスは岩石の塊のような手をアルトリウスに差し出し、握手を求め、アルトリウスがそれに応じると、にやりと再び笑みを浮かべた。

「・・・ブリタニア総督府とやらが果たしてどれ程の物かは知らんが、少なくともアルトリウス、あんたとは上手くやっていけそうだ、洒落が分かるってだけでもボルティゲルンの馬鹿野郎とは違うって事だな。」

 ブリガンテス族はローマに従ったかつての友好部族で、ローマと盟約を結んだ王が死去した後は平和裏に属州へと編入されていたが、今もかつてのケルト族の風習を色濃く残しており、正に辺境にふさわしい気風を持っている。

 マグヌスはローマから認められてはいないものの、ブリガンテス族の王位継承者として部族を取りまとめ、ローマの最北辺境を守り続けてきた先祖代々の仕事を忠実に果たしていた。

 ローマ軍団撤退、それに続くコンスタンティヌスのガリア出征以降は内外に対し、正式にブリガンテス王を名乗り、ピクト人やダルリアダと対峙し、一時的には押し込まれたり、国境を越えられたりはしていたものの、今もとりあえずは以前の国境を維持している。

 アルトリウスとボルティゲルンがカレドニアに攻め入った際、しっかりと国境を守るマグヌスがピクト人の後方回り込みや補給線遮断を許さなかった事が遠征成功の影にあった。

アルトリウスとマグヌスはローマが撤退する以前からの顔見知りではあるが、お互い今の地位に就いてからであれば、初顔合わせとなる。

「ベリウスの件では迷惑をかけたな。」

「こちらこそ、反乱であったとは言えあなたの一族をこの手に掛けたのですからね、怨まれているかと思っていましたが。」

 友好部族であったが、ピクト人の誘いと恫喝に屈して反乱を起こした果てに、アルトリウスの手で討ち取られた族長ベリウスは、マグヌスの又従兄にあたる。

 マグヌスはアルトリウスのその言葉にぴくりと眉を動かし、それまでとは違った獰猛そうな笑みを口の端に浮かべた。

「怨んじゃあいるさ、そりゃ当然だろう?又従兄の首を取られたんだからな・・・だがそれは水に流してもらっても良い、あの状況じゃ、お互いああなる他に仕方無かったんだからな。」

 そう言うと、席に掛け足を組んだマグヌスは両手を大きく広げて肩をすくめる。

「それで、条件は何ですか?」

 アルトリウスがそっけなく尋ねると、マグヌスは獰猛な笑みをより一層強め、ぎらぎらした目でアルトリウスをねめつける。

「いいねえ~アルトリウス、実に良い・・・良いだろう、こちらの条件・・・と言うか提案はたった一つだけだ、俺も手を出さないからお前達もオレに手を出すな、だ。」

「・・・無理ですね。」

 マグヌスの提案をにべも無くはねつけるアルトリウスは、更に冷然と言葉を続ける。

「ボルティゲルンの次はあなたですよ、マグヌス。」

 マグヌスはアルトリウスの言葉に呆れたようなかを出両手を再び広げると、口を開いた。

「おいおい、話は最後まで聞くもんだ、その代わりと言っちゃあ何だが、ピクトとダルリアダは俺に任せてくれ、あんたらが大打撃を与えてくれたお陰で、俺だけでも何とかなる、俺らとあいつらの間には地縁血縁で繋がりがあるのは知ってるだろう?」

 アルトリウスはマグヌスの言葉に無言で頷いた。

 元々は同じブリタニアのケルト族であるブリガンテス族とカレドニアのピクト族、ダルリアダのスコット族の間には、ブリガンテス族がローマに従った後も数百年に渡って行き来があり、ピクト族やスコット族と血縁関係になっているブリガンテス族がいる一方、ブリガンテス族の伝を使ってローマ軍に雇われるピクト人やスコット人も少なくない。

「ダルリアダ王国の方はあんたとあんたの兄貴分が引っ掻き回したみたいだから、しばらくは大丈夫だが、カレドニアはもう南下の準備を始めている、だがアルトリウス、あんたがこの条件を呑んでくれるなら北からの脅威は全て俺が取り除いてやる、どうだ?」


 マグヌスの言葉にアルトリウスは手を自分の正面で組み合わせてしばし考えた。

・・・部族社会が主体のカレドニアを完全に無力化する事は不可能、それならば大きく強力な部族をこちらで用意してやれば、その部族の縄張りを越えて攻めては来ないな・・・

 マグヌスのブリガンテス族は、ローマの一部ではあるものの、カレドニアの各部族と常に小競り合いを繰り返していることから、族長たちも実力を認めており、また地縁血縁の濃さからカレドニアの部族として遇される事もある。

そしてローマの威令を受け入れる事の出来る部族でもあるブリガンテス族は、用意するとすれば正にうってつけの部族である。

おそらくマグヌス自身もそれを見越した上で、外交と武力、硬軟合わせた方法でカレドニアの南下を防いでゆくつもりなのであろう。

「・・・良いでしょう、カレドニアとの交易については半分をこちらで取り仕切ります、カレドニアのピクト兵も一定数をこちらで雇いましょう。」

 カレドニアのピクト人が南下するのは土地が貧しい為である。

 ピクト人は余剰人員をローマの兵士として輩出し、ローマの貨幣を手に入れてきたが、西ローマ帝国の衰えと共にその人数は減り、交易に使う貨幣を手に入れられなくなった。

 ローマ帝国による雇用が略奪に対する一定の歯止めになっていたわけであるが、ローマ帝国が衰えて雇用が無くなった結果、貨幣を使って手に入れられない物資を実力行使で手に入れようと、略奪や南下が激化した。

 アルトリウスは再びそのシステムを復活させる事で、カレドニアやダルリアダの南下を緩和しようと考えたのである。

「むう・・・ピクト兵の雇用についてはこちらから切り出すつもりだったから構わんが・・・交易の半分とは、ちょっと強欲じゃねえかい?」

 マグヌスが少し困ったようにアルトリウスに言ったが、アルトリウスも負けてはいない。

「使いでの無い兵士を雇うというのですからこれくらいは当然ですよ、半分貰ったところで、さして交易品の無いカレドニアとの交易ではピクト人兵士の雇用代金にもなりません。」

 しれっとそう言い放ち、マグヌスを唸らせる。

 しばらく思案に暮れたマグヌスは、思い切ったようにばんと自分の両膝を手で叩くと、そのままの姿勢でアルトリウスに笑みを向けた。

「・・・わかった、ボルティゲルンさえいなくなってくれりゃあ、こちら側にちょっかい掛けてくる奴もいなくなることだしな、うちも兵士を全部北に向けられるってもんだ、いいぜ、それで手を打とう。」


マグヌスが護衛兵を率いて自領へ引き上げると、アルトリウスは進軍を命じた。

マンクニウムの砦には維持に必要な最低限の兵を残し、新たに参加して来た元ボルティゲルン配下の豪族や有力者の私兵を再び編入して総勢2万となったブリタニア軍を率い、アルトリウスはボルティゲルンの居城へと迫った。

その途中、アルトリウスは懐かしい人物と出会う。

「ご無沙汰している、アルトリウス総司令官。」

「・・・待っていたんだ、ボーティマー騎兵司令官。」

 副官クイントゥスに案内され、アルトリウスの元を訪れたのは、ボルティゲルンの後継者にして、ブリタニア軍草創期に騎兵部隊を率いて活躍したボーティマーだった。

「まだ俺の事をそう呼んでくれるのか・・・」

 アルトリウスの呼びかけに呆然とボーティマーがつぶやく。

 ボーティマーは父であるボルティゲルンに、ブリタニア総督府に降伏し、ブリタニア全体の為にサクソン人を共通の敵として戦うべきだと説き続けたものの、頑迷なボルティゲルンはこれを受け入れる事はついに無かった。

ボーティマーは父の説得に失敗すると、思い切ってグィネビアを筆頭とする弟妹を連れ、腹心の部下と共に城を脱出してきたのである。

「野営陣で何も出せないが、ゆっくりしていってくれ、ああ、もちろん弟妹殿にも不自由はさせない、明日になったらすぐに護衛をつけて新都市へ送り届けよう。」

 アルトリウスはボーティマーに椅子を勧めると、自分も椅子に掛けてそう言った。

「・・・重ね重ねのご厚情申し訳ない、聞き分けの無い父に代わって御礼申す。」

 ボーティマーがアルトリウスの言葉に深く頭を下げながら礼を述べると、アルトリウスは手を自分の顔の前で振って顔をしかめる。

「止してくれ、当然の事をしたまでなのだから、それからボーティマー、あなたにも直ぐに傭兵総監の地位に就いてもらうつもりだ、騎兵司令官の職は私が兼任するので辞す形になるけれども、新たに雇われるピクト人兵士の訓練と指揮に当って欲しいんです。」

 

「しかし・・・私の父はあなた方の敵であるということを忘れてもらっては困る・・・敵の息子を信用せよと言うのは無理があると思う。」

 自分の言葉に戸惑うボーティマーを見て、アルトリウスは苦笑を漏らす。

「本来それは私が発する言葉ですね、大丈夫です、自ら敵の息子を信用するなと言うあなたを信用しましょう、ましてや草創期のあなたを知っているブリタニア軍の将官や兵士にあなたを疑う者などいません。」

「・・・・・。」

絶句するボーティマーの肩へ手を置くと、アルトリウスはやさしく言葉を続ける。

「今回の戦いについて参加してもらう事は出来ませんが、これもあなたを信用しない訳ではなく、父と息子の戦いにしたくないからです。」


アルトリウスはボーティマーやその弟妹達を新都市へ送り出すと、早速ボルティゲルンの居城に対する攻城戦を開始した。

ブリタニア軍はアルトリウスの指揮の下、ボルティゲルンの居城を隙間無く取り囲み、軍使を派遣して降伏を促したが、ボルティゲルンがこれに応じる事は無かった。

「総司令官、逃走口をどちらに開いておけばよろしいでしょうか?」

 副官のクイントゥスにそう尋ねられると、アルトリウスは首を左右に振った。

「必要ない。」

「・・・しかし、敵が逃走する道筋を開いておきませんと、死に物狂いになった敵兵士に思わぬ損害を受ける事も考えられますが・・・?」

 包囲戦、攻城戦では囲まれた方の兵士が死兵となり、脱出の為に死に物狂いの抵抗をする場合が多々あり、そうした時に攻め手の兵士がまともにその抵抗を受けとめてしまうと多大な損害を被ってしまう事がある。

 その様な事態を防ぐ為、攻め手はどこかに一箇所、敵の兵士が脱出しやすい場所を作り、死兵とならないようにするのが常識であった。

「いや、このままで良い、徹底した包囲戦を仕掛ける、逃走口は設けない。」

 しかし、アルトリウスはボルティゲルンの居城を包囲するに当たっては、重兵器こそ3方向のみに配置したものの、各兵士については東西南北4方向とも隙間無く、文字通り蟻の這い出る隙間も無い布陣を敷くよう指示する。

「殲滅戦をするおつもりですか?我が方にも甚大な損害が生じかねませんが・・・」

 クイントゥスが不安そうにアルトリウスにそう進言するが、アルトリウスは薄く笑って布陣はそのままにするように改めて指示を出すと、クイントゥスを安心させるように答えた。

「大丈夫だ、不用意に城壁へ近付いたりしないように全兵士に指示を出しておいてくれ、併せて敵の弓矢の射程距離圏外から攻撃する事のみを許可する。」

ブリタニア軍の布陣が終わり、重兵器への初弾装填が済んだとの報告がアルトリウスの元に届く。

全ての準備が整った。

重兵器も最早発射の命令を待つばかりとなったが、アルトリウスは再度軍使を送りボルティゲルンに降伏を促したものの、先程と同じく激しく拒絶されて軍使は空しく手ぶらで戻ってきた。

アルトリウスは、軍使が城門から手ぶらで出てくるのを確認すると、その報告を待たずして自陣の最前列へ飛び出し、右手を高く掲げて兵士達の注意を引く。

「兵士諸君!ブリタニア王を僭称する者の居城を見よ!己が身のみを守らんが為に築きし醜い城を!!あの城のどこに逃げ来る民を収めるのか!?あの城のどこに迷いし民を守る意志があるのか!?あるのは己の顕示欲と醜い保身の意志のみ!!王たる者が民を守らずして誰が守ると言うのか!!その様な者に王を名乗らせて良いのか?王たる資格のないボルティゲルンを今こそ廃せ!!偽王誅すべし!我等ブリタニアの意志を示せ!!」

アルトリウスは兵士達に馬上から檄を飛ばし、すらりと剣を抜き放つと号令を発した。

「放てええええ!!!!」

    ごっっっ!!!!

 3方向に配置された合計50機もの重兵器から一斉に石弾と火炎弾が発射され、ボルティゲルンの居城の外壁や建物に次々と命中し、土石と火炎の花が咲いた。

    がんがんがんががががんががん・・・・がんがん

 巨大な弾が次々と新造された重兵器から打ち出され、まるで雨のように城壁や外壁に降り注ぐと、城の外壁は弾の打撃力に耐えかねて早くもぼろぼろと崩れ始めた。

また、火炎弾は建物の中に飛び込み、その周辺の物を巻き込んで燃え上がる。

 ボルティゲルンの居城は瞬く間に重兵器の攻撃で滅多打ちにされ、打撃を受けた際の土煙と火炎弾によって発生した火災の煙に包まれて見えなくなってしまった。

「アルトリウス総司令官、どうしますか、一旦射撃をやめますか?」

重兵器総監のガルスがアルトリウスにお伺いを立てると、アルトリウスは首を左右に振って答える。

「いや、攻撃続行だ、弾が無くなるまで撃ち続けろ。」

「・・・了解。」

 

「ぐぬぬぬ・・・アルトリウスめっ!投石器の攻撃だけでもって戦を終わらすつもりであるかっ!!」

 ボルティゲルンは剣の柄を握り締め、悔しそうにそうつぶやく。

 次々と報告が寄せられるが、どれもこれも城が甚大な被害を受けたと言う内容のものばかりで、何一つとしてボルティゲルンに有利な内容は無かった。

 ブリタニア軍はボルティゲルン側の矢が届かない遠方から、一方的にオナガー(投石器)やバリスタ(大石弓)で石弾や火炎弾を打ち込むばかりで、決して城壁に近付いてこない。

 今はアルマリックが必死で押さえ込んでいるものの、敗走するボルティゲルンを追ってサクソン人も領内へ侵入しており、アルマリックが何時まで持ちこたえられるか確かな予想できない。

いかに強力になったブリタニア軍とて後背に敵を抱えての戦闘は避けたいはずである。

 そう考え、てっきり早めの決戦を狙って無理押し力押しの城攻めを敢行してくると予想していたボルティゲルンは、ものの見事に肩透かしを食らってしまった。

 力押しの城攻めとなれば、町を城壁で囲ったローマ型の都市よりも、砦型で、建物と防御施設が一体化しているボルティゲルンの城の方が防御に向いている。

 ローマ型よりもはるかに小型で、兵力移動も建物内部を縦横に使ってできるため、いちち城壁や街中を駆け回らなければならないローマ型より、防御する側としては迅速に相手の攻撃方法や重点に対応した兵力配置が可能であるためである。

 アルトリウスがボルティゲルンの予想通りの攻撃をしてくれば、撃退する事は十分に可能なはずであったが、重兵器による徹底的な遠隔攻撃の前にその戦略は崩れ去った。

 そもそも、ボルティゲルンが想定していた敵は近隣の豪族や、ピクト、ヒベルニアの蛮族のみで、ローマ装備の軍が攻め寄せて来る事を全く考慮していなかったことから、城には大型投擲兵器の備えがなく、反撃しようにもその術がない。

 ましてや大型投擲兵器の作成、設置にはそれなりの技術と費用が必要であり、サクソンへの支払いで汲々としていたボルティゲルンにその様な余裕も発想も無かったのである。

 ボルティゲルンが色々と思惑が狂って悔やんでいる間にも次々と弾が城に命中し、最深部にあるボルティゲルンの執務室でさえ、着弾の衝撃で大きく揺らいだ。

   どずうううん・・・

重い着弾音に衝撃波と振動が遅れてボルティゲルンの足元に達すると、ボルティゲルンは思わずはっしと机に手を突いた。

「・・・・おのれえええええぇぇぇぇぇ・・・・・!!」

 ブリタニア軍の接近を知り、昨日のうちに嫡男ボーティマーに唆され、一族衆があらかた城から逃げ出してしまった事は既に知っていたが、ボーティマーからブリタニア軍に対する情報を得ても、ボルティゲルンはそれを信用しようとせず高を括っていた。

 この戦でアルトリウスに手痛い反撃を加え、ブリタニア軍を退ける事が出来れば十分失地の挽回も可能だというように、漠然と思っていたボルティゲルンであったが、まさかこれほどまでに軍事力に差を付けられているとは思いもよらず、今更ながらアルトリウスに的外れな逆恨みに近い嫉妬と憎悪が沸いた。

 どす黒い感情が胸に湧き起こりボルティゲルンはその感情に任せて怒声を放つ。

「なぜ食い詰めローマ人の末裔がこうも幸運に恵まれるのであるか!正統なるブリタニアの民は我らこそであるぞっ!!神は我を見捨てたか!?」

     どどどどどがああああああん・・・・

 その瞬間、執務室の天井付近に射撃間隔の重なった重兵器から一斉に放たれた硬い石弾が集中して命中し、その箇所の天井が一気にボルティゲルンの上へと崩れ落ちる。

「ぬあああああああっっっ!!!?」

 あっという間にボルティゲルンは重い石材の下敷きとなり、更にその上に火炎弾が数発命中して中に詰められていた松脂や獣脂を飛散させると、ボルティゲルンの埋まった付近一帯は瞬く間に火炎の渦へと巻き込まれた。

「うえああああああああ!!??」

 ボルティゲルンは身動きの取れないまま石材の上からじわじわと熱せられ、さながら石焼釜で蒸し上げられるように焼かれてゆく。

 ブリタニア王を名乗り、サクソン人を呼び込んでブリタニアにおけるローマの落日を現出した梟雄ボルティゲルン。

その最期は、一族に見放され、誰に見取られる事も無く石の下での無残なものであった。


 一方ブリタニア軍の重兵器隊では、アルトリウスが連続射撃を命じたが為に兵士達が激しい疲労に襲われていた。

 普通であれば、城壁が崩れるか、敵が突撃を開始すれば『射撃止め』の号令がかかり、一旦重兵器兵たちは過酷な重労働から解放されるのであるが、今回は様相が違う。

 重兵器兵たちは、鉄の大きな歯車を梃子で回し上げ、鎹を嵌め、大型動物の腱でできた強力な弦を引き、重く大きい石弾や火炎弾を装填して発射装置を作動させて弾を打ち出す一連の作業を休み無く、百回近くも繰り返している事から、疲労が蓄積し、徐々に重兵器の発射速度が落ち始めていた。

「頑張れ!それでも貴様ら重兵器兵に選抜された精鋭か!!」

 ガルス重兵器総監が声を嗄らし、自分も装填作業を手伝いながら配下の重兵器兵たちに激を送るが、いかんせん肉体的な限界が近付いている事はガルスにも分かっていた。

 また、新造した兵器であるため、新品に付きものの不具合が発生したり、強度不足と連続使用の負担から、基幹部に亀裂や破損が生じて使用できなくなったものも出始めている。

「伝令を飛ばせ!重兵器隊は兵器の強度及び兵士の疲労から発射速度を遅らせる事を総司令官に伝えろ!!重兵器隊、射撃速度2分の1に転換!」

「その必要はないよ、重兵器隊射撃中止。」

「総司令官?」

 初夏にもかかわらず、身体から湯気を立ち昇らせんばかりの様相で火炎弾を装填し終えたガルスが伝令を出そうとしたところに現われたアルトリウスは、ガルスの指示を遮って射撃中止を命じた。

「・・・城は、もう無い、崩れ去ったからな。」

 アルトリウスが指さす先には、とても城とは呼べない瓦礫の山が燃え上がっている様子があった。

 50機にも及ぶ重兵器の連打を浴びて、外壁は原形をとどめないまで完全に破壊しつくされ、付随していた設備や建物も一緒に崩れ落ち、城の中心部を頂点とするいびつな山が形成されていた。

 しかも、火炎弾の攻撃によってそのいびつな瓦礫の山は、激しく燃え上がっている。

 遂に、ブリタニア軍はボルティゲルンの居城を一兵の損失も無く陥落させた。

 ボルティゲルンは、一筋の矢を放つ事さえ出来ず、ろくな反撃をする事も無いままブリタニア軍の前に敗れこの世界から姿を消すこととなったのである。

 攻撃止めの号令が発令され、全ての方向に配置されたブリタニア軍の陣営から、次々と発令が復唱されて攻撃態勢が解かれていく。

 兵士達は、感慨深げに燃えるボルティゲルンの城だったものをしばらく見つめていたが、アルトリウスから一番はなれた南側の陣営から突如兵士達の歓声が上がる。

それは直ぐ両隣の陣営へとまるで爆発したかのように伝播し、瞬く間にブリタニア軍の陣営は歓声の渦に巻き込まれ、兵士達が剣を掲げ、足を踏み鳴らしてアルトリウスを讃える。

   アルトリウス!アルトリウス!

アルトリウスの間近でも、疲労の色が濃いものの、立ち上がり笑顔でアルトリウスの名を連呼する重兵器兵たちに釣られて、歩兵や槍兵たちが自分の武器を鳴らしながら一緒になってアルトリウスの名を連呼している。

アルトリウスが陣地の前に立ち、剣を抜いてその声に応えると、再び全方向から歓声が爆発した。

「終わったか・・・長い、回り道だったな・・・」

 剣を収め、背後の城跡を振り返るアルトリウスは、そう一人つぶやいた。

 陥落と言うには優しすぎる、文字通り完膚なきまでに城ごとボルティゲルンとその配下の兵士達を擂り潰したアルトリウスは、自分の名が木霊する夕闇の中、映える炎の山を静かな眼差しで何時までも見つめ続けていた。

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