第20章 ロンディニウム放棄
「反対したいと言うのが感情的な本音ではありますが、実態を見るに事ここに至ってはいた仕方ありません、それ以外に最善の方法は残念ながら私にも思いつきません。」
沈痛な表情に押し殺したような声で行政長官のデキムス・カイウス・ロングスはそう答えた。
「私もできる事ならこの都市は我々の手で最後まで維持したかったのですが、アルトリウスが負傷し、疫病の広がりも危機的な状況である以上、ここを無理して維持したところで味方の損耗や負担のみが大きくなるようでは本末転倒ですから。」
デキムスの言葉に相談を持ちかけた当の本人であるアンブロシウスも苦虫を噛み潰したような顔でそう応じる。
「では、ロンディニウムを放棄を決定事項として、手続きを進めましょう・・・」
疫病はアエノバルブス率いる医師団の必死の尽力をもってしても収束の気配を見せず、とうとうその魔の手はロンディニウムにまで及ぶ事態となった。
それ以前にブリタニア軍の駐屯地で流行した疫病は、ブリタニア軍そのものの存在を揺るがし兼ねない程の打撃を与えたが、ロンディニウムにおいては行政機構や流通、商業に基幹産業たる農業まで深刻な影響を与えた。
大都市での感染を怖れた市民達が外出を控えただけに留まらず、その経済活動そのものを縮小させた事によって、ブリタニア全体の経済が冷え込んでしまったのである。
当然ブリタニアでの疫病流行は商業等で取引相手となる他の地域にも知られる所となり、その結果取引そのものを断られたり、延期されたりする事態も発生していた。
もともとは軍事基地を兼ねた行政府として造営されたロンディニウムは一気に都市としての価値と活力そして魅力を失い、人口の流出が始まり、その結果更に経済活動が停滞して行くという泥沼の悪循環に陥っていり、死の都もかくやという姿にまで落ちぶれたロンデニィウムは行政官僚や軍人の出入りでかろうじて都市としての機能を維持している有様であった。
そしてここに来てサクソン軍による包囲が度々始まったのである。
攻城兵器を持たないサクソン軍は、ロンディニウムを包囲した後はひたすら粗末なはしごを城壁にかけて這い寄る程度の攻め方しか出来ない事から、今のところはアルトリウス不在のブリタニア軍でも問題なく防衛に成功しているものの、数で押しまくる戦法に城壁を越えられそうになる危ない場面も現出し始めているため、予断は許されない状態であった。
何よりこう度々攻囲されるような危険な街には当然誰も住んだり働いたりしたがるわけは無く、また何をするにしてもまず安全を確かめ、確保した上で行動しなければならないため、元々機能低下に陥っているロンディニウムの機能が否が応にも遅延、中断される事となり、ますます都市としての機能や価値が下がってしまっていた。
そして西ローマ皇帝ホノリウスの名を冠した決定的な手紙がロンディニウムにもたらされた。
「・・・よもやここで領土の放棄宣言をされるとは思ってもみませんでした。」
沈痛な表情を更に苦悩にゆがめるデキムス行政長官の言葉に滲み出た悔しさが、アンブロシウスにも痛いほど理解できた。
アンブロシウスは机に近付き、そこに置かれている書状を手に取ってもう一度読んでみたが、何度読んでも書状の文面が変わる事は無く、深いため息をついた。
『ブリタニアの諸都市及び行政官、法務官、執政官及び司令官へ。
我が西ローマ帝国はこの度の危機において、ローマ本国の防衛を強化する事とし、このために各属州から軍団兵力をローマ本国へ帰還する事を命じる事となったものである。
ブリタニアの軍団兵諸君においても速やかにローマ本国への帰還し、行政官諸君については滞りなくこの準備に協力するよう命じる。
なお、ブリタニアの各都市、各属州については今後ローマからの軍派遣を含む援助は一切行わない、今後は自分達の力で防備を整え、自立するよう期待する。
なお、今後同じくローマから一切の徴税権及びその他の徴発権を行使しない事とする。
西ローマ帝国皇帝 ホノリウス』
つまり、ブリタニアは西ローマ帝国から見捨てられてしまったのである。
しかも性質の悪い事にこの文書はブリタニア総督代行たるアンブロシウスだけに届けられた訳では無く、ブリタニアの各役職に就いている者達や、ロンディニウムを始めとする各都市に全く同じ内容の物が届けられているという事であった。
無論、行政長官の役職にあるデキムスにも、またその父であるブリタニア参事会議長であるところのカイウス・ロングス、ヴェネト・イケニ市行政長官のタウルスを始めとする行政官、更にはご丁寧にもボルティゲルンら在地の有力者宛にもこの書状は届けられている。
ブリタニア中がこの時をもって西ローマ帝国から切り離されてしまった事を知ってしまったのである。
早くもケルト系の在地有力者や豪族達は、既に形骸化して久しいローマ支配以前、ケルト部族時代の自らの部族を糾合し、それを根拠として王や諸侯を名乗り始めている。
折角苦心してアンブロシウスやマヨリアヌスが知恵を絞り、ブリタニア統治の根拠をローマ帝国由来のものとし、ブリタニア元老院とまで銘打って位置付けた権威が全て、その拠り所となる筈の西ローマ帝国皇帝に覆された事で水泡に帰した。
ブリタニアは一定のルール内で争われていた内乱の時代から血で血を洗う群雄割拠の時代へと移行したのである。
「アンブロシウス殿には申し訳ないが、私も周囲への対抗上部族長を名乗らざるを得ない状況にある、今後はブリタニア配下の司令官では無く、対等な関係の同盟者として待遇してもらいたいのです。」
アルマリックは届けられたホノリウスからの書状を持参して、早馬でロンディニウムを訪れると、アンブロシウスに淡々とそう申し入れた。
ケルト系部族長出身の有力豪族として唯一ブリタニア側に立っていたアルマリックでさえそう申し入れをせざるを得ない程、ローマ的権威はこの文書で失墜し、ブリタニア各地で王や公卿が乱立すると反比例するようにローマの行政官達は力を失うこととなった。
各都市の行政官やローマ系有力者は、わずかに自分達の所属する都市とその周辺を維持する事で命脈を保つような有様であった。
アンブロシウスを当主とするカストゥス家はローマ由来とはいえ広大な領地を持ち、長年に渡ってブリタニアの在地勢力として発展して来た為、他の行政官達と異なり今すぐに力を失うような立場には無かったが、領地の境目を巡って早くも紛争が生じており、対応を誤れば武力衝突が生じかねない状態であり、とても他の地域の面倒を見ていられる余裕はない。
また、この事態を受けて一部のケルト系ブリタニア人の間でローマ支配を脱し独立を目指そうという台詞を謳い文句に、ローマ系ブリタニア人を排除しようとする動きが出始めており、これによってケルト系ブリタニア人とローマ系ブリタニア人の間柄はこれまで以上に溝が生じていた。
かてて加えて、サクソン人の存在がある。
最近は雇い主であるはずのボルティゲルンの命令さえ蔑ろにし、ブリタニア各地で好き勝手な行動を取り始めているサクソン人の集団は、目下のところブリタニアの各勢力にとって一番の懸案事項となっていた。
そのサクソン人さえもが、ローマ権威の低下を受けてか、各地の入植地で部族王を名乗り、ヘンギストを上級王に抱く支配権を確立しようとしていた。
現在ブリタニアは大雑把に分けて
カレドニア国境 ブリガンテス王マグヌス
北部・北西部 ブリタニア王ボルティゲルン
北東部 コリタニア卿
中部 アルマリック卿
西部北 マグロクヌス卿
西部南 ヴォルティポル卿
南東部・東部 サクソン王ヘンギスト
南西部 ブリタニア総督代行アンブロシウス
が統治権をほぼ確立しており、後はその勢力の間や配下に小豪族が乱立している状態で、 この他には、緩衝地帯及び中立地帯として十大都市が各行政長官の名の下に機構と権威がかろうじて維持されていた。
しかし十大都市の内、最南端のドーヴァー海峡に位置するドルヴェヌム(現カンタヴェリー)はサクソン軍の猛攻を受け陥落し、ヴェネト・イケニ及びロンディニウムは同じくサクソン軍の攻撃を受け陥落寸前の有様であった。
陥落したドルヴェヌムは、都市を利用する術も、意志も無いサクソン軍に徹底的に破壊略奪殺戮の限りを尽くされ、都市としては機能のみならず物理的に消滅してしまった。
東部に位置するローマ都市、ヴェネト・イケニの行政長官タウルスは、かつてアンブロシウスの政敵として十大都市を束ね、アンブロシウスのブリタニア統制に反抗した過去を持つが、誇り高き行政長官は事ここに至り、過去の妄執を捨てなりふり構わずアンブロシウスに救援を求めてきたのである。
アンブロシウスもこれに快く応じ、すぐさま軍需物資とブリタニア軍の一部を派遣した。
タウルスはアンブロシウスからの援助を受けて善戦していたが、いかんせん周囲をサクソン人の勢力圏に囲まれており、根本的な撃退はサクソン人の滅亡以外に到底望めず、今の状態でそれは夢物語に過ぎない以上、陥落は時間の問題と化していた。
早くも十大都市は1つを完全に失い、今また2つを失おうとしており、名実共にブリタニアの親ローマ勢力は徐々に後退しつつあったのである。
また、在地のケルト系ブリタニア人も、サクソン人や配下部族のアングル人、ユート人の蛮行に耐え切れず次々と西部へ逃避を決行しており、サクソン軍の虐殺と相まって、ブリタニア東部及び東南部からはブリタニア人の存在そのものが抹消され始めていた。
まさに、ブリタニアはブリタニア人の土地からサクソン人の土地となりつつあったのである。
「・・・タウルス都市行政長官にも撤収を促しますか?」
デキムスがアンブロシウスにふと気が付いたように尋ねた。
「そう・・・だな、おそらく彼は撤収を断るだろうが、ロンディニウムを放棄した後は救援は不可能になる、ロンディニウム放棄の決定を含めて書状を出そう。」
「分かりました、では早急に。」
アンブロシウスの返答を受け、デキムスがその準備の為執務室から退出しようとしたとき、アンブロシウスはぽつりとつぶやくように付け足した。
「頼む、今の状況で無事使者が行き帰り出来るかどうかも分からないが。」
デキムスはそのつぶやきに黙礼を返し、アンブロシウスの執務室から退出する。
「・・・さて、部屋の片付けでもするか。」
一人になったアンブロシウスは見慣れた執務室をぐるりと名残惜しそうに眺め、それから朗らかな陽光に誘われて窓へ近づいた。
季節は既に春を迎え、街中の木々があちらこちらで芽吹き始めており、屋根の残り雪と新緑のコントラストがアンブロシウスの目を楽しませる。
城壁は対照的に黒く焼け焦げている箇所が目立ち、一部は矢狭間から大きく崩された後が残り、足場が組まれて石工職人達がかんかんと軽やかな槌音を響かせて城壁の修理に勤しんでいる様子が見て取れた。
その近くでは石弓を油断無く構えたブリタニア兵が城壁の外を睨み据えている。
それはローマ健在なりし頃よりの見慣れた風景そのもので、アンブロシウスにはとてもこの大都市ロンディニウムが放棄されなければならないような状態にまで追い込まれているのが信じられなかった。
しかし時代はアンブロシウスにとって確実に悪い方向へと流れている。
遥か遠く、西ローマ本国ではその軍事的才能と政治力で帝国の屋台骨を独り支え続けたスティリコ将軍が陰謀に嵌められ刑死し、彼が手塩に育てた軍と官僚も粛清されたと聞く。
更にはブリタニアからガリアへと出征し、一時期はガリア全土を支配する勢いでもって西ローマ皇帝を僭称したコンスタンティヌスも、軍を切り崩された上に部下の裏切りに遭い、あえない最期を遂げた。
彼らに代わって立ったのは、無能な皇帝を隠れ蓑にした廷臣や宦官であり、蛮族である。
スティリコを失い、西ローマが弱体化した事で東方の蛮族は今まで以上にローマの領域へと侵入する事は間違いなく、またコンスタンティヌス亡き後のガリアは混乱しておりそれを防ぐ術を持たない。
もちろん西ローマ帝国に至っては言うに及ばず、である。
西ローマと国境を接していないサクソンは、隣接する部族のフランク人がガリアへ進出し移動すれば根拠地の後方が安泰になるため、これまでより多くのサクソン人がブリタニアへ渡来して来るであろう。
ロンディニウムというブリタニア南西部最大の拠点を失う事は、アンブロシウスのみならずブリタニア全体にとって大変な痛手であるが、かといって無理に維持しようとすれば今以上の人的、経済的損害を被ることは火を見るよりも明らかであり、政治的な意味合いの損失と勘案すると五分五分と言った所であろうか。
おそらく文明都市を経営する術を持たないサクソン人にとっては何の意味も、価値も持たない石造りの都市である事から、破壊の後放棄される事はほぼ間違いなく、その為相手側の戦力強化に繋がる心配が全く無いのが不幸中の幸いであった。
既に民間人の避難と移住はほぼ完了しており、後はブリタニア総督府の官僚達と軍人を残すのみ、アンブロシウスは官僚を率いて一旦自分の領地へ引き上げる事にしていた。
ブリタニア軍はアルトリウスの提案でグレバウムの南西に位置する街道の中継点に新たな兵営を築き、駐屯地を設ける事にしている。
アンブロシウスが負傷療養中のアルトリウスを見舞いがてら尋ねた際に軍の駐留地について相談を持ちかけたところ、アルトリウスは即座にその場所を示した。
「・・・ロンディニウムを放棄した後で、サクソン人によるブリタニア西部への猛攻を防ぎ留めるには、野戦で勝敗を決するだけの兵力が集まらない以上、彼らが避けて通れない場所に城砦を築き、否が応にも彼らの不得手な攻城戦をさせて出血を強いるしか手はありません。」
アウレリアの介助を受けながら上半身を寝台の上に起こしたアルトリウスは、怪我の痛みに顔を少しゆがめながら言葉を継いだ。
「それには、街道の集結点であるここ、コリニウムの廃棄兵営が丁度良いと思います。」
アルトリウスは手元にブリタニアの地図を広げ、グレバウムの南西、丘陵地帯へと連なる麓の一点を指し示した。
アルトリウスが指示した地点をアンブロシウスが覗き込むと、そこはロンディニウムとグレバウムを結ぶローマ街道が、ポートゥルスマグナムとグレバウムを結ぶローマ街道、カストゥス家の領地であるコーンウォール地方からブリタニア北方へ延びる街道が交差する地点であった。
「ふうむ、かつては軍団基地のコリニウム分駐所があった場所か・・・確かに今は入れる兵力も無くて野晒しになっているが・・・」
感心したようにアンブロシウスがそう言うと、アルトリウスはわが意を得たりというように大きく頷いた。
「そうです、かつてあった建物の土台も残っていますから、再建は比較的簡単ですし、何よりここに我が軍がいれば、サクソン人が今より西に行こうと、北に行こうと、とても無視して通過する事は出来ない場所です。」
サクソン軍が西に攻めて来れば、要塞に立て篭もって防ぐ事ができ、また要塞を無視して北に行こうとすれば、機動力のあるブリタニア騎兵団がサクソン軍の後背を突く事が出来る上に、サクソン軍進発後の手薄なブリタニア東部に進撃するという作戦もまた可能である。
いずれにせよサクソン軍は自軍の行動の自由を確保する為には、この要塞を何らかの形で無力化しなければならない。
勢力圏的にも、改めてアンブロシウスと対等な盟友関係を結んだアルマリックとの領地の中間地点に位置しており、協力的な十大都市のひとつグレバウムは直近にあり、敵味方の向背定かならない、ブリタニア西部の有力者ボルティポルやマグロクヌスに対する強い牽制にもなる場所である。
「既にアウレリア姉さんに頼んで、私の領地から資材と人員を手配して城砦の建造に当たらせています、現地指揮は私がと言いたいところですが、何分この身体なもので・・・姉さんに私の考えを伝えて代行してもらっています。」
「大丈夫ですよ、心配は要りません、アルの言い付け通りお仕事は進めていますから。」
早い手回しに半ば呆れる思いで姉を見たアンブロシウスに、アウレリアはにっこりと微笑んでそう言った。
「まあ・・・早い方が何かと都合はいいが、もし何だったらマヨリアヌス先生に手伝ってもらおうか?」
「大丈夫です、この仕事は私達夫婦の共同作業なのです!」
何気ない言葉に強く反応された上に、胸を張った姉からのろけの混じった仕事自慢をされてしまったアンブロシウスは、ポリポリと頬を人差し指で掻きながら気まずそうにアルトリウスを見ると、アルトリウスも顔を赤くして面映そうな表情で居心地悪そうに不自由な身をよじっている。
「・・・まあ、そう言う事なら、任せるさ。」
アウレリアがコリニウムの砦造営の為にアルトリウスから新たな指示をもらって、嬉しそうな笑顔を残して部屋から退出するのと少し遅れてマヨリアヌスが入室してきた。
「・・・なんじゃ、アウレリアがやたら嬉しそうに共の者を連れて旅装で出て行ったのじゃが・・・。」
マヨリアヌスは左手に羊皮紙の束を抱えたまま、怪訝そうにアウレリアが去った北の方角を見ながら言った。
「何でも夫婦の共同作業だそうです。」
「んん?なんじゃそれは・・・?」
そう言って、マヨリアヌスの怪訝さを更に深めたアンブロシウスは苦笑しつつ先程の顛末を説明した。
「ふうむ、なるほどのう・・・夫婦の共同作業は取りあえず置くとして・・・コリニウムの軍団分駐所とは、また良い所に目を付けたものじゃ。」
マヨリアヌスは感心したようにうなると、アルトリウスとアンブロシウスへ目を交互に向けながら話を切り出した。
「実は東ブリタニアのあちらこちらからサクソンどもに追われた難民の退避場所を用意するよう要請されておってのう、今正式に出されておる要請だけでもこんな数に上るのじゃ。」
マヨリアヌスは左手に持っていた羊皮紙の紙束をどさりとアンブロシウスの座っている席の前に置かれた机に置いた。
「・・・これはまさか」
アルトリウスがその紙束を見て暗い表情でそう問いかけると、マヨリアヌスは重々しく頷いて答える。
「アルトリウス、そのとおりじゃ、数万名の難民の名簿と救援要請じゃよ、書類で正式な要請が出せるのは行政官が統制を持って避難民を誘導しておる集団だけじゃから、あくまで一部に過ぎんが・・・全体での数となると10万を軽く越えるじゃろうな。」
「これにロンディニウムの市民が加わるのか・・・。」
更に暗い表情で、紙束をめくりながらアンブロシウスがつぶやく。
サクソン人の支配下に入ったブリタニアの各地で繰り広げられる凄惨な蛮行の影響が最悪の形で現われ始めている。
噂が噂を呼び、早くもサクソン人侵攻の噂の立つ地域からは次々とブリタニア人の脱出が行われている。
ある者は家族とはぐれ、ある者は混乱の最中事故で怪我をし、またある者は財産を失った。
それでも命を奪われず、例えそれ以外の全てを失ったとしても無事脱出できた人々は、まだましなのかもしれない。
「・・・力及ばずこのような事態を迎えてしまうとは。」
「・・・身体さえ動けば・・・!」
アルトリウスは歯を食いしばり、悔しそうに拳を握り締め、アンブロシウスの表情はより一層暗いものに変わる。
マヨリアヌスは2人の様子に同情を禁じ得無かったが、その責任は何も2人だけに起因するものではない。
時代は確かに困難な時代ではあるが、マヨリアヌスを含めたブリタニアの指導的立場に有る者達が一致団結して事に当たれば決して回避できなかったものでは無かった。
事ここに至ったのは、仲間内での覇権争いにうつつを抜かしていたブリタニア全ての指導者達の不甲斐なさが原因である。
しかし、その事を自ら悟り、打開すべく全力で取り組む若い2人の姿にマヨリアヌスは希望はまだあると考えていた。
マヨリアヌスはひとしきり2人を眺めて思案した後で、徐に口を開く。
「反省しておるところなんじゃが、更に悪い事に、ポートゥルスマグナムの船主組合長からも書状が届いておる、ロンディニウム放棄に合わせてポートゥルスマグナムの市民も西ブリタニアへ退避したいという意向を示しておるそうじゃ。」
その言葉にアンブロシウスは頷く。
「・・・ポートゥルスマグナムはロンディニウムの積出港が発展した港町ですから、当然と言えば当然です・・・受け入れ場所の打診ですね?」
「その通りじゃ、ウィビウス・カッラ船主組合長はイスク・ドゥムノニウムの港町を指定してきた。」
イスク・ドゥムノニウムはコーンウォール半島の中程にある中規模の港町であるが、ポートゥルスマグナムと比べても明らかに規模が小さく、見劣りする。
ただ、ローマ街道が連結されている他にサクソン人の勢力圏からは遥かに離れた場所となるため、今までサクソン人の入り込んだ東ブリタニアにあるポートゥルスマグナムとは段違いに安全である事は確かであった。
「・・・すぐに町の拡張作業を始めましょう、安定した交易でもたらされる利益は私達の生命線です。」
アンブロシウスは間髪いれずそう答えた。
実際、ブリタニアと他地域の交易で得られる利益は、今のところ海軍を実質的に維持しているアンブロシウスのカストゥス家だけが独占的に享受しており、その利益は莫大なものとなっている。
「うむ、船主組合長から費用負担については全面的に請け負う旨の申し入れが為されておる、交易権を一手に握った我等がひいきにした故の恩恵でもあるのじゃからして、遠慮は無用というところじゃ、費用については心配あるまいて。」
マヨリアヌスはアンブロシウスの発言に大きく頷きながら満足そうに答え、屋敷の従者を呼んで既にしたためてあった手紙を渡し、使いをポートゥルスマグナムへ出すように言いつける。
「そこで提案じゃ、アルトリウス。」
「なんでしょうか先生?」
突然話を振られたアルトリウスが少し驚いて問い返すと、マヨリアヌスはにやりと笑って紙束の中から1枚の羊皮紙を抜き取り、寝台に近付くとアルトリウスへその羊皮紙を手渡した。
「これは・・・新しい都市を造るのですか?」
手渡された羊皮紙を一読したアルトリウスが驚きの声を挙げる。
「そのとおりじゃ、ロンディニウムに代わる新たなブリタニアの首府を立てるのじゃよ。まあ当分の間はカストゥス家の町となろうが、最終的にはブリタニアの首府に発展させる心積もりじゃ、場所はお主の見立てたコリニウムで良かろう。」
びっくりするアルトリウスと取り澄ましたようなマヨリアヌスに対し、アンブロシウスは苦りきった表情でマヨリアヌスを問い質す。
「そんな首府を建築する費用がどこにあるのですか先生?疫病に軍事費に、先程のカレドニア侵攻戦、それに海軍船舶の維持費をブリタニアの十分の一にも満たない我が家だけで賄っているのですよ、交易の利益があるといえども最早我々には財政的な余裕がありません、金庫は空です。それは先生の方がよくご存知ではありませんか。」
ブリタニアが分裂状態を深めるにつれ、各地の豪族や都市からの税収が著しく減少し始め、遂には豪族からの税はブリタニア総督府の金庫へ一切入ってこなくなった。
都市からの税も、搬送の途中における豪族の横領や、盗賊蛮族の横行や襲撃、それに対する措置の負担増から各都市の行政長官たちはロンディニウムへの納税を諦めてしまった。
今はカストゥス家がブリタニア総督府を取り仕切り、総督府に掛かる費用や負担の全てを立替ており、当然それは行政官やブリタニア軍兵士に対する給料も含まれているため、今やブリタニア総督府はカストゥス家の家政組織と一体化してしまっていた。
ボルティゲルンはブリタニア王を名乗ってはいるものの、そういった組織については自前の家臣団を持っている事からブリタニア総督府に対しては無関心であり、アンブロシウスは、意図せずして放置されていた優秀なローマ系の官僚組織と行政官を手に入れる事が出来た。
その行政官を率いるのがマヨリアヌスで、かつてのアドバイザー的な立場から変わり、今はアンブロシウスの舞台裏を支えて行政と財政を取り仕切っている。
マヨリアヌスに率いられた優秀な行政官たちは、田舎に過ぎなかったカストゥス家の領地を見る見るうちにローマ風の公共施設と農業技術を導入して発展させていった。
領地収入自体も、かつての素朴な農法で行っていた頃と比べて倍以上の収穫と成果を得られるようになり、さらに徴税方法や加算方法も改められ、農民が十分以上の収入を得られた上に税収も増加するという成果も上がっている。
カストゥス家の領地全体の経済力が飛躍的に増加したとはいえ、それまでも難民達を積極的に受け入れて未開地の開墾や都市の職に就けていた実績があるにせよ、さすがに今回のように10万以上の民を一時に受け入れるような事は不可能である。
確かにマヨリアヌスの言う通りに新しい都市を建造すれば、住民をあちこちから募集しなくとも、難民と化した数万の民を収容してしまえば良いし、それによって難民問題も解決する。
軍や行政官を受け入れ手狭になっているアンブロシウスの居館も新しい都市へ移転してしまえば一石3鳥以上の効果が期待できる魅力的な提案ではあったが、いかんせん先立つものが無い。
「それが、あるのじゃよ。」
アンブロシウスの言葉を聞いたマヨリアヌスはにんまりと笑うと説明を始める。
「実は、ヒスパニアへ派遣しておった商船団が、コンスタンティヌスに従っていたブリタニア軍団の歩兵が難儀しておるのを拾ってガリアへ送り届けた時の事らしいのじゃが。」
コンスタンティヌスがヒスパニアへ軍を派遣し、その軍が裏切った事が遠因でコンスタンティヌス自身が敗亡の憂き目にあった事は記憶に新しい。
「その際にコンスタンティヌスからの謝礼じゃと称して、何やら黒ずくめの集団が大量の箱詰めされた金貨をアルトリウス、お主宛に運び込んだらしいのじゃ、カッラ船主組合長から報告が来ておる。」
マヨリアヌスはアルトリウスの方を見ながら、紙束から再び1枚の羊皮紙を抜き出してアンブロシウスに手渡した。
納得の行かない表情で受け取ったアンブロシウスは、その羊皮紙を一読すると目をむき顔色を変えた。
「!!何ですかこの金額は!!?」
その羊皮紙には、優に都市を2つは丸々建設できる以上の金額が記されている。
「その商船団自体は、その後に船主組合の命令で交易の為にベルギカ、ガリアを回って再びヒスパニアまで足を伸ばしておるゆえに帰国が今になったらしいの、船団指令の話では中身は銅貨と武具類が入っておると言われたそうじゃが、特に中をあらためたりはせんかったらしいわい。」
マヨリアヌスはそう言うと、紙束をまとめてアンブロシウスに全てを手渡した。
「箱を空けた時も金貨の上には銅貨や武具が詰め込まれておったそうじゃ。」
「しかし・・・出所がはっきりしない金銭を使うのは・・・」
それを受け取りながら心配そうにそう言うアンブロシウスに、マヨリアヌスはふうむと顎鬚をなでながら言葉を発した。
「確かにコンスタンティヌスからというのは眉唾物じゃ、あの頃の奴めは兵士の給金も払えんで暗殺の原因の一つを作っておったしの、何のためにブリタニアへ金銭を送ったのか分からんし、誰の何の謀かも分からんが贋金という訳では無いし、怪しいのは出所だけじゃ、素直に貰って置いてもばちは当たらん、これを使い込んだところで遥か辺境のブリタニアまで蛮族の並み居る中を掻い潜って取り立てに来るような強者は何処にもおらんわい。」
マヨリアヌスはなおも心配そうに眉をひそめるアンブロシウスの肩にぽんと手を置いて言葉を付け加えた。
「もし万が一にでもそんな者がおったらそれは正に望むところじゃ、そ奴に蛮族を追い払って貰えるのならば、金など幾らでも返そう。」
マヨリアヌスの言葉にアンブロシウスは渋々ながらも同意すると、受け取った羊皮紙の紙束に目を通し始めた。
「・・・疫病も収束には向かいつつあるのですね。」
「うむ、アエノバルブス師から連絡が入っておる、まあ、残念ながら治療が功を奏した訳ではない様じゃがな。」
疫病収束の兆しありの報告書を前にしていながら、再び暗い顔をするアンブロシウス。
「・・・蛮族による虐殺のおかげですか・・・」
「・・・いた仕方あるまい。」
アルトリウスの言葉にマヨリアヌスも暗い顔で答えた。
サクソン人ら蛮族の襲撃を受けた東ブリタニアの都市や集落を中心に感染が拡大していた疫病は、それを持ち込んだ蛮族の手によって終息しようとしている。
蛮族が侵攻した東ブリタニアでは以前から居住しているブリタニア人の土地を奪う為に虐殺が行われていたが、疫病に冒されて逃げる事のかなわない人々が主にその標的となってしまっていた。
つまり、病気で身動きの取れない人々や体力の落ちている人々、そして感染している可能性の高いその家族や友人、近隣の者がそれを庇おうとした事で蛮族の追及を逃れられず凶刃の犠牲となっていたのである。
しかしその結果、感染拡大が抑えられるという無残な幸運をブリタニア側にもたらした。
逃げる事の出来た健常者だけが難民となり西ブリタニアへ流入して来ているため、今のところ難民集団から疫病の爆発的な感染は報告されていない。
早い段階で感染したブリタニア軍の兵士達の間でも既に大規模感染は終わっている事から、アエノバルブスはこのまま順調に推移すれば疫病の流行は終わると予測していた。
「・・・冷酷な幸運か・・・酷い話だ。」
吐き捨てるようにアルトリウスがぽつりと言った。
「これも運命といえば運命じゃ、悔しい気持ちは分かるが、我が方にとって良い事は良い事で素直に受け入れ、このような悲劇が2度と起こらぬよう努めるのが優れた指導者というものじゃ。」
マヨリアヌスはそうアルトリウスを諭してから、アンブロシウスに向き直った。
「最終的にはコリニウムへロンディニウムに匹敵する都市を建設する事として、当分の間はアルトリウスの計画通り要塞を建造し、サクソン人への備えと成す事にするのが良いじゃろう、まあ、何時までも避難民を野晒しで置く訳にもいくまいからの、早い段階で都市の建築を始める事になるじゃろう。」
ばん!!
アルトリウスの屋敷でのマヨリアヌスやアルトリウスらとのやり取りを思い出しながら部屋の片付けを進めていたアンブロシウスは、突如乱暴に開かれた自室の扉に驚き、整理の手を止めて扉の方角に目をやると、アルトリウスの副官を務めているクィントスが軍装を解かないまま顔を青くして立ち尽くしていた。
今はアルトリウスが療養中であるため、一時的に副官の任務を解かれてロンディニウムとカストゥス家の領地を結ぶ街道の守備隊長をしているはずであった。
「・・・何事ですか?」
その表情にただならないものを感じたアンブロシウスは片付けの手を止めて尋ねる。
「・・・申し訳ありません、コリニウムの建設現場が襲われました、護衛に付いていた100名は全滅、現場で指揮を取っていたアウレリア殿は攫われた様子です。」
「・・・!?」
余りの出来事に言葉を詰まらせるアンブロシウスに、クィントスは更に畳み掛けるように報告を続ける。
「ロンディニウム撤退の隙を突かれました、ブリタニア軍の主力はほぼ全てがサクソン人の牽制に出動していますので、護衛が少なくなったのを見計らっていたようです、護衛隊が時間稼ぎをしている間に職人や工人、人夫は無事逃げおおせたとの事です。」
「アルトリウスにこの事は?」
「アルトリウス総司令官の居館の方が近かったので・・・既にお伝えしてありますが、自ら救出に出ると我々が止めるのを振り払おうとして寝台から転げ落ちられたり・・・取りあえず護衛兵には居館から出さないように命じてあります。」
自分の指示で動いていたアウレリアを攫われてしまったアルトリウスの心情を思うといたたまれないが、今従弟に無理をされて寿命を縮められてしまう事は一番に避けなければならない。
その結果例え姉を失う事になってしまっても、である。
しかしそれでも姉を無碍に見殺しにするという事ではない。
アンブロシウスは場所が今だサクソン人の活動領域外である事から、犯人は地方豪族か盗賊の類であろうと予想した。
ブリタニア人であれば、交渉の余地はあるだろう。
「・・・それで、犯人は何処の者達ですか?」
何とか平静を装ったアンブロシウスがかろうじてそう尋ねると、クィントスは、顔を伏せながら答えた。
「西のボルティポルの軍だったようですが、サクソン兵の姿もあったとの事です。」
最悪の相手であった。
「戦王アルトリウスがいるというから襲撃に参加したのだ、聞いていた話と違うではないか。」
無骨なサクソンソードを振りかざし、一際大柄なサクソン人の隊長が、興奮した様子でブリタニア人の隊長を睨みつけながら詰め寄っていた。
「我々もアルトリウス将軍が手薄な状態でいると聞いていたから襲撃したのだ、偽情報を掴まされたのはこちらも同じだ、意味の無い言いがかりは止めてもらおう。」
ブリタニア人の隊長も剣の柄に手を掛けて負けじとやり返し、部隊は険悪な雰囲気に包まれる。
ここはグレバウム北側のセヴァーン川河川敷、ボルティポル配下の部隊とサクソン人部隊が縄を掛けられた人間を間に挟んでいがみ合っていた。
「・・・失敗してしまいました、守備隊の皆さんに申し訳ない事を・・・」
縛られながらも唇を噛み締めてそう後悔の呟きを漏らしているのは、皮製の鎧を身に纏って男装したアウレリア。
アウレリアはアルトリウスから新たな指示を受け、コリニウムの建築現場へと赴いたのであるが、ロンディニウム撤退作戦が発動されていた関係で、護衛兵がそれまでの3分の1にまで減らされていた。
また、アルトリウスやアウレリアにはブリタニアの内陸部がこれまで戦場になっていない事やサクソン人の行動範囲から外れていた事で油断があった事は否めない。
それでも、いち早く敵の接近を発見した守備隊は、建築現場で働く人々の安全を優先し、時間稼ぎの為に戦う事を決断したのであった。
アウレリアは、当然この時に守備隊長から脱出するように促されたが、頑としてこれをはねつけた。
「私はアルトリウスの妻なのです、私が敵に後ろを向けて逃げるわけには行きません!」
それでも再三翻意を促した守備隊長であったが、アウレリアの固い決意の前に折れてしまい、残る事を認めざるを得なかった。
アウレリアとしては、おそらく時間稼ぎに留まらず、全滅まで戦う覚悟を決めていた守備隊に自分という護衛目標を与え、頃合を見て脱出を指示するつもりで残ったのであったが、敵の目標がアルトリウスと勘違いしたアウレリア自身であったことで、完全に裏目に出てしまう事となる。
1000の兵に隙間無く囲まれ、アウレリア目がけて殺到する敵兵たちを防ごうとした守備隊は次々に身代わりとなって討たれた。
アウレリア自身も剣で幾度と無く切付けられ、必死に防いでいる内に後ろから兜を打たれて昏倒してしまったのである。
気が付いたときには兜は引き剥がされ、後ろ手に縛られた状態で地面に転がされていた。
兜を乱暴に引き剥がしたのだろうか、アウレリアの顎と首筋には赤い筋上の傷がいくつもできており、見えない傷がぴりぴりと痛む。
「ともかく、今はいがみ合っているよりもあの女の素性をはっきりさせる事のほうが大事だ、それが終わった後に我が殿の元へ連れてゆく。」
がたがたと言い合いを始めた部下達を一喝して抑え、ブリタニア人隊長はサクソン人隊長にそう言って一旦断りをいれてから痛みに気を取られているアウレリアへと近付き、ぐいっと胸元を掴み上げた。
「おい女、貴様一体何のつもりでアルトリウス将軍の真似などしてあの砦の建築現場になどいたのだ、何者だ、まさかアルトリウス将軍の影武者か?」
アウレリアが胸倉を掴まれたままぼんやりとした頭で、似ているのは当たり前です、この鎧は今のアルの物と同じ意匠ですが、アルの少年時代に使っていたお下がりなんですから、と考えていると、サクソン人隊長がブリタニア人隊長を嘲った。
「噂の戦王アルトリウスは女を影武者に使うほどの腰抜けなのか?」
そして自分の部下達にブリタニア人隊長の問いを訳して聞かせると、サクソン人たちは一斉に嘲笑した。
「・・・何を言うか!貴様ぁぁ!!」
二重の意味で馬鹿にされたブリタニア兵たちが色めき立つ。
「ふん、何れにせよ戦王アルトリウスでなければ、なんの価値も無い。」
サクソン人隊長がそう言いながらアウレリアに近付いたが、ブリタニア人隊長に胸倉を掴まれているアウレリアの様子を見た途端に、にやりとケダモノのような表情を浮べた。
「・・・ふむ、なかなかいい女ではないか、気が変わった、素性などどうでもいい、その女報酬の一部として我等が戴いていく事にしよう。」
その言葉にブリタニア人隊長が顔色を変える。
このままサクソン人に渡せば敵とは言え同胞たるブリタニア人女性が手酷いという言葉すら生ぬるい仕打ちを受けるのが目に見えている。
「・・・そうはいかん、共闘関係にあるとはいえ、形上貴様らを雇ったのはこちら側なのだから、雇い主に従ってもらおう、この女の身柄は我々が預かる。」
ブリタニア人隊長がそうきっぱりと断ると、サクソン人隊長がサクソンソードを一閃させ、ブリタニア人隊長の首を跳ね飛ばした。
どか
ばしゃばしゃ・・・
「では契約はここまでだ。」
言うが早いか、ブリタニア人隊長の首がごろりと転がり落ち、そしてその首があった場所から血が噴き出してアウレリアの顔面に飛び散った。
アウレリアの胸倉を掴んでいたブリタニア人隊長の手から力が抜けて行き、遂には首なしの身体がどさりとアウレリアの横へ倒れ込むと同時にサクソン兵は一斉にブリタニア兵へ襲い掛かった。
うわああああああ!!!
がきん どか ぎいいん ばき
兵士の数は双方とも500程度ずつであったものの、不意を撃たれた上に指揮官である隊長をいきなり失ったブリタニア兵たちは恐慌状態に陥り、次々に背を向けて逃げ始める。
サクソン兵は情け容赦なくその背後に追いすがっては逃げるブリタニア兵の背中に剣を浴びせかける。
「あああ・・・・!」
たちまち一帯は血と肉片に埋め尽くされ、アウレリアはその凄惨な光景を縛られたまま眺めている事しかできなかった。
一時もしない内に残ったのは幾分か数を減らしたサクソン兵だけで、ブリタニア兵は討ち果たされ、わずか数名だけが命からがら西方へ落ち延びて行った。
「まあ、道案内としちゃ役に立ったがもともとスカしてて気に喰わなかった野郎だったしな、最後はこうするつもりだったんだ、ちっとくらい早くなったところで構わねえやな。」
そう言いながら返り血を全身に浴びたサクソン人隊長がアウレリアにのっそりと近付いてくる。
「さあて、邪魔で気取ったブリタニアのクソは綺麗にまとめて流してやったぜお嬢さん、今度はあんたが俺達に色々してくれる番だぜ。」
にたありと獰猛な犬を思わせる表情で笑ったサクソン人隊長が自分の胸元へと手を伸ばしてくるのを呆然と見て取り、アウレリアは絶望に押し潰されそうになりながら唇を噛み締め必死にアルトリウスを思い意識を繋ぎとめようとした。
ぶちぶちと衣服と鎧が強引に剥ぎ取られてゆく。
「はっはっはっ~だっれも助けに来られやしない、諦めるんだなあ~」
「うう・・・ああああ!!」
アウレリアの意識は奈落の暗黒へと真っ逆さまに落ちていった。