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第17章 暗転の芽

深深と降り続く雪の中、真っ黒な煙が立ち昇っていた。

肉を焼くえも言われぬ匂いが辺りにたち込めており、時々煙の根元から悲痛な断末魔の叫び声が上がっている。

 煙の下から未だ赤い炎を吹き上げながら燃え上がる有り合せの木材で出来た粗末な砦を背に、鎧の上から纏った厚手のマントをかき合わせる馬上のコンスタンティヌス。

正面から緩く吹きつける雪風をそうして除けながら、コンスタンティヌスが自軍の隊列を振り返ると、ブリタニアから率いてきた軍団兵3000名にガリア招集兵2000名を加えた総勢5000の軍が整然と隊列を組んで行軍している様子が見て取れた。

 コンスタンティヌスはその様子を満足げに眺めてから、再び前に向き直って呟く。

「・・・何もかも順調じゃねえか・・・」


 コンスタンティヌスはヒスパニア派遣軍の編成が完了したのを見届けると、従弟のコンスタンスに指揮権を預け、ガリアの自分が支配している地域を目立たないように南下させてヒスパニアへ向かわせると共に、自分は5000の軍を率いてガリア北部からロアール川北岸へ素早く移動した。

 冬季においては有り得ない速度で急進撃したコンスタンティヌスは、たちまち河岸に巣食っていた蛮族や盗賊ら敵対勢力の諸拠点を徹底的に潰し回った。

コンスタンティヌスの余りの急進檄と火を噴くような攻勢に晒され、越冬体制に入って完全に油断していた盗賊たちは抵抗するいとまも無く壊滅した。

わずか1週間余りの期間でほとんど犠牲らしい犠牲を出さずに周囲の敵対勢力を蹴散らしたコンスタンティヌスは、ロアール川を渡って蛮族が割拠するアキテーヌ地方に入った。

冬季であることから、さすがの蛮族たちも動きが鈍く、コンスタンティヌスはその時間を利用しロアール河畔に新たに簡単な砦を設けて自分の支配地と橋で結び、アキテーヌ各地で逼塞しているローマ勢力に対し、開放を名目にした檄文を発してローマ勢力の結集を図った。

また、周辺地域の平定を目指すかのように錯覚させるため、さらには滞りがちな補給を補うために、積極的に周辺の蛮族軍が篭る砦や拠点を攻め立てたのである。

今も僅か半日で200人余りのヴァンダル族の一派が篭る砦を攻め潰し、食料や武器などの軍需物資を奪い去ったばかりであった。

そんなコンスタンティヌスの行動に勇気付けられたローマの元軍人や市民達がアキテーヌ各地で立ち上がり、俄かにアキテーヌ中が騒々しくなり始めた。

既にヒスパニア派遣軍もアキテーヌを何時でも横断できる位置にまで蛮族に悟られる事なく移動が完了し、蛮族軍がコンスタンティヌス軍撃滅に向けて移動し始めるのを待ってからアキテーヌ南部を突っ切ってヒスパニアへ向かう手筈になっている。

 蛮族軍が慌ててコンスタンティヌスに対抗するため出撃準備をしているものの、親ローマ勢力の反抗に梃子摺って、兵力を集中し切れていないという情報が早くもコンスタンティヌスの元にもたらされており、既に陽動の役目は十分に果たされていた。

しかしながら、コンスタンティヌが引き上げれば、蛮族に対して蜂起した親ローマ勢力が一掃されてしまう事は火を見るより明らかであるため、コンスタンティヌスはあくまでも蛮族軍と一戦して打撃を与え、親ローマ勢力に対する支援を行うつもりでいた。

ところが、コンスタンティヌス配下の将官たちは、陽動作戦が成功したにもかかわらず、危険を犯そうとしているコンスタンティヌスに不満を募らせていたのである。

蛮族軍の砦を攻め潰したあと自軍の砦に戻ったコンスタンティヌスは、軍議の席で、自領への引き上げを主張する将官達と衝突した。

陽動作戦の成功を理由に引き上げを主張した将官にコンスタンティヌスは怒声を浴びせる。

「・・・てめえら、アキテーヌのローマ人を見捨てんのかよ?戦略としては正しいのかも知れねえが、利用してポイ捨てじゃ名分が立たんだろうが!誰にも信用されなくなるぜ!蛮族どもに一撃でも与えて、反抗して逃亡してくるローマ人を受け入れる時間稼ぎと隙を作ってやらなきゃどうにもならんだろうがよ!」

「・・しかし、皇帝陛下、既に本来の目的である陽動の役目は十分すぎるほど果たしております、同胞の保護は確かに重要ではありますが、いかに皇帝陛下とて、見捨てても何ら支障の無い者の為にここで10倍の蛮族軍と正面からぶつかる危険を冒す必要はありません、早急に撤退するべきかと・・・」

 コンスタンティヌスはその将官の言葉を遮ると、更に罵声を浴びせた。

「ふざけんな!!怖いやつはとっとと帰れ!そんな根性ナシの腰抜けどもは要らねえ!!オレは腰抜けでも臆病者でもねえからな!!」


 腐っても軍人である、さすがに腰抜け、臆病者呼ばわりされた将官がむっとした感じで押し黙り目を怒らせると、コンスタンティヌスは人を小馬鹿にしたようにふふんと鼻で笑い言葉を継ぐ。

「端っからまともにぶつかろうなんて考えてんじゃあないんだ、手前らは正面からぶつかる事だけしか考えていねえからダメなんだ、そんな頭じゃこれからやっていけねえぜ?」

「・・・・・!!」

がたたっ

 コンスタンティヌスの挑発に、将官たちは真っ赤に顔色を変えて無言で席を立った。

「・・・なんだ、やる気かよ?」

 コンスタンティヌスもすっと席を立ち、腰の剣に手を掛ける。

 と、その時、伝令兵が会議室へと飛び込んできた。

「報告いたします、アキテーヌのスウェビ、アレマン、サルマートの連合軍が北上を開始しました!」

 それを聞いたコンスタンティヌスが剣の柄から手を離し、にやりと不敵な笑みを浮かべたのと対照的に、将官たちは顔色を真っ青に変える。

「直ぐにヒスパニア派遣軍へ早馬を走らせろ!アキテーヌを突っ切れてな!!」

 コンスタンティヌスの命令に伝令兵は素早く反応し、命令内容を復唱した後会議室から走り去った。

「・・・ってことだな、今から撤収準備をしてるようじゃあ蛮族にケツから喰いつかれっちまうぜ?」

 コンスタンティヌスのその言葉に、うろたえた将官たちはかろうじて言葉や態度にこそ出す事は抑えたものの、明らかに動揺を来たし、半ば呆然と会議室の中に留まっている。

 その様子にコンスタンティヌスは呆れて肩をすくめると、将官たちを眺めながら会議室の出口へ向かう。

「こ、皇帝陛下はどちらに行かれるのでしょうか・・・」

 一人の将官がかろうじてそれだけコンスタンティヌスに声を掛けたが、コンスタンティヌスはその問い掛けを無視して会議室から退出していった。

 コンスタンティヌスが退出した後の会議室で顔を見合わせる将官たちは、次いで外から沸き起こった、兵の召集を命じるコンスタンティヌスの怒声に、ばねで弾かれたかのごとく会議室から飛び出すと、自らの任務を果たすべく砦の各部署へ散って行った。


吹雪の中を襤褸切れの群れがうごめいている。

「お~来た来た、う~んまあ5万は切ってるな。」

コンスタンティヌスはその様子を認めてつぶやくと、配下の近衛騎兵に右手を前に振り下ろして合図し、自分の馬を前へと進めた。

ここはロアール川下流域に近い平原であり、コンスタンティヌスが造営させた砦からもそれほど遠くない場所で、あちらこちらに吹き溜まりや雪溜りがあり、もこもこと雪の小山が平原のあちらこちらに出来上がっていた。

アキテーヌの蛮族連合軍出撃の報に触れ、全軍を召集し砦を出撃したコンスタンティヌスは、戦場をこの平原と定め、蛮族軍の動きを斥候で探りながら自軍をうまく動かして誘導したのである。

コンスタンティヌスは抑えの兵力としてルティティアに配置していた側近中の側近である近衛騎兵500を呼び寄せ直卒の兵力とし、5個ある歩兵大隊に司令官を一人ずつ置いて率いさせていた。

また、アキテーヌで志願してきた元ローマ兵たち1000を編成し、アキテーヌ歩兵大隊を新たに設けており、この時点でコンスタンティヌスの率いている兵は6500名まで増えていた。

しかし、今コンスタンティヌスの前面に居るのは100の近衛騎兵とわずか1個大隊1000のブリタニア歩兵のみで、吹雪の中ではあるものの他に兵士の姿は見受けられなかった。

対する蛮族連合軍は、各地の親ローマ勢力の鎮圧に兵を割かれたといっても優に4万は超える兵力を揃えており、コンスタンティヌス軍の陣容が蛮族軍側からも見て取れたようで、遠目に見ていても軍全体の雰囲気が弛緩した様子が伝わってきた。

「・・・ふん、まずは第一段階成功か・・・あっさり油断しやがって、蛮族はちょろいぜ。」

 吹雪を防ぐために口元まで引き上げたマントの襟の中で、コンスタンティヌスはそうつぶやくと、平原のあちらこちらを見渡し、1人満足げに頷く。

「・・・事前準備も抜かりなし・・・と」


蛮族軍は騎兵と歩兵の混成であるスウェビ族の軍が右翼、歩兵だけのアレマン族が中央、対照的に騎兵だけのサルマート族が左翼に陣取り前進してくる。

兵数が圧倒的に多いため、平翼陣でそのまま嵩に掛かった様子で突き進んでくる蛮族軍を前に、コンスタンティヌスは不敵な笑みを浮かべると、馬腹をばっと蹴り、馬を走らせて自軍の前に出た。

コンスタンティヌスはしばらく進み、手綱を強く引いて馬を止める。

馬がたたらを踏んだように急停止すると、コンスタンティヌスは後に続く格好になった軍をある程度前進させると、再びすっと右手を上げて停止を命じた。

ざっくざっくざっ・・・

規則正しい足音を立て前進していたブリタニア歩兵は、無言でコンスタンティヌスの合図に合わせてぴたっと一斉に停止する。

「半円陣構成!!大盾を構えろっ!投擲兵器用意っっ!!相手の数に怯むな!!!」

コンスタンティヌスがあらん限りの声で号令を掛ける。

   おおう!!

    ごごごん・・!!

 ブリタニア兵は腹の底から響くような返事でコンスタンティヌスの号令に応じ、最前列の兵士が抱えていた大盾を正面に構えて地面に叩き付け、自分のつま先で後退しないように盾の下を裏側から押さえ付ける。

 それと同時に後方の兵士は前の兵士の肩を支え、片手で盾の後ろに装着している手投げプラムバタを外し、構えた。

 コンスタンティヌスは弧が一番相手に近くなる形の半円形の陣を敷き、包囲されそうになった際は素早く円形陣を作って敵の攻撃を防げるようした。

「まあ、もっとも防御が必要な場面にはしねえがな・・・」

 馬上で一人そうつぶやいたコンスタンティヌスは、四列横隊を作って待ち構えるブリタニア歩兵を頼もしそうに見る。

    うわあああああああああ

    ばんばんばんばんばん

 対する蛮族も一旦停止して陣形を整え、一斉に武器を打ち鳴らし喚声を上げて威圧してくる。

「来るぞ!構えを解くな!!」

    びゃびゃびゃびゃびゃっ

    しゅしゅしゅしゅ・・・

蛮族軍から吹雪が陰るくらいの矢が放たれ、不気味な飛翔音を刻みながら、コンスタンティヌス軍に向けて矢が一斉に降り注ぐ。

「亀甲隊形作れ!!騎兵は後方へ退避!!」

コンスタンティヌスは自らも後方へ退避しながら冷静にそう号令し、ブリタニア歩兵は盾を頭上へ構え、騎兵部隊はくるりと馬首を返して後方へ駆け出した。

    がががががっ・・・!!

 間一髪、騎兵が蛮族軍の矢を回避し、歩兵部隊の構えた盾に矢が突き立った。

    しゅしゅしゅしゅ・・・・

    がががががっ・・・!!!

 亀甲隊形を保ったままのブリタニア歩兵へ、間髪入れずに再び矢が飛来する。

「心配するな!今矢を撃てるのは威力も射程も無い単弓のアレマンの連中だけだ!サルマートやスウェビの連中は吹雪で使っている弓がダメになってるぞ!!」

 ブリタニア大隊の大隊長がそう言って部隊を励ました。

 草原地帯の騎馬部族であるサルマート族やスウェビ族は動物の膠で素材を貼り合わせた強力な威力と射程を持つ合成弓を使っているが、これは湿気に非常に弱く、湿気を含むと膠が溶け出して弓がばらばらになってしまうという弱点を抱えていた。

 それに対して西ローマやその周辺の部族で使われているのは木材一本を素材とする単弓で、これは威力的に合成弓から数段劣るものの、湿気や劣悪な条件化に強く、手入れも簡単であった。

 折りしも戦場となっている平原は湿気をたっぷり含んだ吹雪が吹き付けている。

「やっぱりだな、サルマートやスウェビの連中は弓をつかえねえ。」

 コンスタンティヌスが見立てたとおり、今矢を放ってくるのは西ローマの国境地帯に程近いライン川上流域に本拠地を持つアレマン族だけである。

 それも白兵戦を得意とするアレマン族は弓兵をあまり連れてきておらず、亀甲隊形で完璧に矢を防ぐコンスタンティヌス軍へまともな損害を与える事も出来ないまま、次第に放たれる矢が少なくなり、そして矢が尽きた。

    うわあああああああ!!!!

一瞬の間をおいて、コンスタンティヌス軍から喚声が上がる。

コンスタンティヌス軍は亀甲隊形を解き、盾を剣や槍で打ち鳴らして蛮族軍に健在である事を見せ付け挑発する。

    ざむざむざむ

それに応じるように、一応戦列を揃えた蛮族軍が、雪を踏み分けながらコンスタンティヌス軍に向かって前進を開始した。


   うがああああああああああああああああ

彼我の距離が70メートルぐらいになった時、突然蛮族軍が爆発したように突撃を開始した。

 中央のアレマン歩兵を中心に左翼のサルマート騎兵、右翼のスウェビ歩兵と騎兵の混成部隊も一斉に突撃を開始する。

 そこに作戦などは無く、ただ力と数で敵であるコンスタンティヌス軍を押し潰そうとする意志があるだけであった。

 蛮族たちにもガリアを制したコンスタンティヌスの勇名は無論届いており、当初各部族の族長や貴族達はアキテーヌ(アクイタニア属州)に対する本格的な侵攻かと身構え、戦士たちを集めて最大限の警戒をしていたものの、散発的な反乱を誘発し、勢力圏の境目であるロアール川流域の小砦や部族を攻撃するばかりで一向に本格的な攻撃に移らないコンスタンティヌスに不審を抱いた。

 冬季で十分な情報が得られず、また情報そのものも錯綜していた事もあって蛮族連合はコンスタンティヌスの攻撃の意図や規模を測りかねていたが、やがて正確な情報が得られると、これを好機と捉えた。

 コンスタンティヌスが直接乗り込んできているが兵数はわずかに5000余り、しかもロアール川を越えて来ている。

 ここでガリアを制している目の上のたんこぶであるコンスタンティヌスを倒せば、手が出なかった豊かなガリア北部、中部が手中に入るばかりか、各地でゲルマン部族の大軍を破り勇名を馳せるローマ将軍コンスタンティヌスを倒したとして、その部族の勢威も一気に高まる。

 ヒスパニアに向かう別行動を取る軍の存在などは、彼らからすれば思考の枠外の事であり、蛮族側の目は完全に北に向けられた。

蛮族の族長らは、コンスタンティヌスの目的は曖昧なロアール川流域の勢力圏を確立するため、蛮族軍の行動が鈍る冬季に敢えて小勢で渡河して来たものと判断したのである。

そして改めて対面すると、その小勢っぷりは蛮族から見ても哀れなほどであり、むしろよくこの小勢で戦いを挑んできたものだと、コンスタンティヌスに対して称賛を与える族長まで現われる始末であった。

連合軍とは言っても、統制が取れている訳ではなく、今や族長や貴族達の関心事はコンスタンティヌスを誰が討ち取るかという事だけであり、その為各部族の族長が牽制や駆け引きもそこそこにして、早い者勝ちと言わんばかりに我先にと各配下の戦士達へ突撃を命じたのであった。

コンスタンティヌスはローマ将軍の象徴である赤いマントを翻し、兜に赤緒の房を付けている上に、この日は特別に真っ赤な吹流しをいくつも近衛騎兵に持たせていた。

視界の悪い吹雪の中でも、真っ赤な吹流しに赤いマントや装束は良くも悪くもかなり目立っており、蛮族は敵軍というよりもコンスタンティヌス個人を目がけて殺到しようとしていた。

その様子は狙われているコンスタンティヌス自身が一番良く分かる。

何せ自分目がけて万を超える蛮族の群れが殺到して来るのである。

「ふん、オレの名も大帝と同じって以上に轟いたもんだぜ、字も読めねえ蛮族にまで付け狙われちまうなんてな!・・・放て!!」

 コンスタンティヌスは皮肉げに口元をゆがめると、そう命じた。

    ばばんばんばんばばばん

 重装歩兵の後列に隠してそれまで温存していた弓兵が矢を文字通り矢継ぎ早に放つ。

しゅしゅしゅしゅしゅ・・・

どどど・・どかどか・・・・

 吹雪にまぎれて矢が飛び、アレマン族やスウェビ族の戦士を射倒した。

 それまで一筋の矢も射返してこなかったことから、コンスタンティヌス軍に弓兵が居ないと思って全力で突撃していた蛮族の戦士達が矢を受けてばたばたと倒れる。

 ローマの軍制で弓兵はそれ程重視されておらず、編成によっては帯同しない事もままあるが、コンスタンティヌスは歩兵の一部に弓を持たせる事で常に弓部隊を備えるようにしていた。

 構えた大盾の後方から矢が次々と蛮族軍に向けて放たれ、主に前面のアレマン歩兵に損害が生じる。

損害を受けて中央に位置するアレマン軍の進撃速度が次第に鈍ると同時に、左翼のサルマート騎兵が突出してきた。

 重装騎兵を主幹とするサルマートの騎兵は、遠い昔ローマが健在な頃は勇猛な同盟軍騎兵部隊として名を轟かせ、ブリタニアにも多数が派遣されており、ピクト人やスコット人との戦いに活躍し、現在のブリタニア騎兵団の元となった。

    どどどどどどどどどどどどどど

    おおおおおおおおおおお!!!!!

そのサルマート騎兵団1万が長槍を構え、地響きを立てて突撃を敢行してきた。


「来たぞ!サルマートの騎馬戦士団だ!!陣形の厚みを増やせ!!」

 コンスタンティヌスの号令でブリタニア歩兵は矢を放ちつつそれまでの4列横隊から6列横隊に素早く陣形を組み替えて、大盾を構えた。

 サルマートの騎馬戦士たちは、コンスタンティヌス軍の矢に数十騎が射殺されたものの、その損害をものともせず突撃を継続する。

 騎馬戦士の立てる地鳴りが吹雪を圧倒し、もう数呼吸でコンスタンティヌス軍の陣営に殺到するというその時、突如として先頭の騎馬戦士たちが転倒した。

「・・・よし!!掛かった!!」

 後続の騎馬戦士たちが転倒した戦士たちを避けて突撃を継続しているにも関わらず、コンスタンティヌスはぐっと拳を握り締め、作戦の成功を確信した。

と、見る間に再び先頭を駆けていた騎馬戦士がばたばたと転倒する。

先程転倒した騎馬戦士と今回転倒した騎馬戦士のせいで進撃路が塞がれた格好になり、更に後続の騎馬戦士たちがその線でごった返した。

その内にどんどんと後続が続き、馬体同士が衝突して落馬する者まで現われ始める始末でサルマート軍は一時的に混乱する。

「!!!!!!!!!!!」

 族長らしい一人の騎馬戦士が何事かを絶叫し、配下の戦士たちを引き返させようとしているのが見て取れた。

「・・・ふん、今頃気付いたか、遅いぜ。」

コンスタンティヌスは自ら弓を手に取り、矢を番えて思い切り引き絞ると族長に向けて矢を放った。

    びん

    しゅうぅぅぅぅぅ・・・・

    どっ

狙い過たず、コンスタンティヌスの放った矢は吸い込まれるように族長の鎧の胸部の隙間に吸い込まれ、背に鏃を突き出すと、矢羽の根元まで深く埋まって止まった。

「・・・・・!!」

 族長は驚いたように自分の身体を貫く矢を見つめ、それから矢が放たれたコンスタンティヌスの方を見た後、信じられないというような顔をして落馬し、事切れた。

「今だ!!!やれっっっ!!!!!」

     ばんばんばんばんばばばん

     びゅんびゅびゅびゅっびゅっ

     ぶんぶんぶんぶん

 コンスタンティヌスの号令一下、弓部隊の矢が集中し、ブリタニア歩兵の後方から手投げ矢が、そして前面からはピルム(投槍)が次々に投じられた。

足の止まった上に指揮する者を失ったサルマート騎馬戦士たちは進退すらままならず、コンスタンティヌス軍からありとあらゆる飛び道具を雨あられと浴びせられ、雪原を自分と愛馬の血で赤く染め無言でばたばたと倒れ伏す。

「容赦するな!!全滅させろ!!!」

 コンスタンティヌスの命令に、歩兵達は肩を怒らせ、全ての矢弾を使い尽くす勢いで飛び道具を使い続け、突進力を失った騎馬戦士たちは為す術も無く討ち取られてゆく。

ある騎馬戦士は引き返そうと馬首を巡らせた所へ矢を受けて馬から無言で転げ落ち、またある騎馬戦士は無理矢理前進しようとして馬ごと投槍に貫かれて絶叫を上げる。

「・・・窪み程度の落とし穴にあれ程効果が有るとは思いもしませんでした。」

次々と味方歩兵隊の手で血祭りに上げられてゆくサルマートの騎馬戦士達を眺め、赤い吹流しを掲げている近衛騎兵の一人がそうコンスタンティヌスに言った。

「まあ、何でもモノは使い様ってこった、重装の騎馬にはちょっとした穴ぼこでも足を突っ込んじまえば致命傷になっちまうからな。」

コンスタンティヌスは、今回最も脅威となるサルマート騎馬戦士の一斉突撃に対抗するために戦場を選定した上で罠を仕掛けた。

その罠とは、馬の足がすっぽり入るくらいの深い穴を自軍の陣営前へ、それこそ蜂の巣状にして無数に掘らせたもので、穴の入り口には雪が詰まってしまわないように、枝葉やぼろ布で薄い蓋を施しておいた事から、その後降り積もった雪が穴の存在そのものを覆い隠していた。

サルマートの騎馬戦士たちはそうとは知らず一斉突撃を仕掛けたが為に、まんまとコンスタンティヌスの罠に嵌ってしまった。

重装備のサルマート戦士が乗った馬達は次々とその穴に足を取られ、深く、そして適度な大きさに掘られた穴から上手く足を引き抜く事が出来ず、更にはその速度と重量で穴に突っ込んだ自らの足を折り次々と転倒する結果となったのだった。

突進力を殺され、立ち往生した騎馬戦士は飛び道具の良い的と化した。

また一騎の騎馬戦士が矢に首筋を射抜かれて落馬する。

それを合図にしたかのように後方から敗走が始まり、やがてそれは全体に広がってサルマート軍は崩れ去った。

「撃ち方止めろっ!次は歩兵が来るぞ!!体力を温存するんだっ!」

 歩兵大隊長が敗走するサルマート軍を遠望してそう号令する。

 体力の消耗はかなり激しいものの、ほとんど損害らしい損害を出さずに最大の強敵であるサルマート族を破ったコンスタンティヌス軍は、次に進撃してくるアレマン族、スウェビ族の部隊に備えるべく陣形を元に戻す。

 馬と違い歩兵には、先程絶大な効果を発揮した罠も通用せず、時折穴に足を取られて体勢を崩したり、転倒するものが居る他は無傷で行進してくる。

 ただ、依然と続くコンスタンティヌス軍の弓や攻撃に加え、サルマートの敗走を見た後で各部族長が慎重になっている事もあり、最初の様な野放図な突撃は仕掛けてこないため、進撃速度は著しく落ちていた。

 盾を構えて慎重に進撃してくる蛮族軍と、その姿を見据えて疲労回復を図り、先程の戦闘で使い切った矢弾の補充を行うコンスタンティヌス軍との間で奇妙な静けさが広がる。

      ざっざっざっ

 蛮族軍の足音だけがいやに大きく響く。

やがてコンスタンティヌスの罠を警戒して真正面から攻める事を選んだ蛮族軍約3万と、コンスタンティヌス軍1100が相対した。

双方の距離がじりじりと縮まり、お互いの顔がはっきりと判別できる距離までに達したところで蛮族軍が進撃の歩みを止めた。

ひゅうううううう

 その間を一陣の風が通り抜けたその直後。

うおおおおおおおおおおおお

 突如何の前触れも無く双方の陣営から全く同時に鬨の声が上がり、蛮族軍の陣営が爆発したかと見紛うばかりの凄まじい勢いで突貫を開始した。

      どおっ

 迎え撃つコンスタンティヌス軍から一斉に投擲兵器が蛮族軍に叩きつけられ、暴風のあおりを喰ったような勢いで先頭の戦士たちがなぎ倒されるが、それをものともせず、後続の戦士たちは大盾を構えて待ち構えるコンスタンティヌス軍の先鋒へ踊りかかる。

      うわああああああ

どっがあああああん

      うらああああああ

 たちまち少数のコンスタンティヌス軍は白刃林立する白兵戦の渦に巻き込まれた。


 凄まじい剣戟の音と盾同士がぶつかる音がひとしきり響き渡り、頑強に抵抗を続けるコンスタンティヌス軍の陣が少しずつ押し込まれ始めたその瞬間を狙って、コンスタンティヌスは直近に控えている近衛騎兵に鋭く命じる。

「火矢を上げろ!!!急げ猶予は無いぞっ!!」

 命じられた近衛騎兵は、強張った顔をコンスタンティヌスに向けて頷くと、あらかじめ脂を染込ませて用意してあった火矢をすぐさま番えた。

 別の騎兵が大慌てで火打石と短刀を持って駆け寄り、こすり合わせて火種を作ろうとするが、緊張している為かなかなか火矢に火が点かず、コンスタンティヌスをやきもきさせた。

「まだか!!何をしている!さっさとしろっ!!!」

 元々ぐずぐずしている者に対する我慢の出来ない性質のコンスタンティヌスがその近衛騎兵を怒鳴り付けてしまったため、更に慌てた近衛騎兵が火打石を取り落とす。

 剣戟の音がコンスタンティヌスの周辺にまで迫り、コンスタンティヌスは大盾を突き破って、陣内へ突入しようとした数名のアレマン戦士を見て取り、素早く矢を放って射殺す。

「急げ!!」

まごついていた近衛兵がようやく火矢へ火を点ける事に成功する。

 射手の近衛騎兵は、十分に火が矢に回った事を確認すると、あらん限りの力を使って弓の弦を引き絞り、天空へと放った。

     びゅううううううううううん・・・・

黒い煙と紅い火を軌跡に残しながら、火矢が吹雪の空を飛び去る。

    おおおおおおおおお!!

それを合図に、5つの場所から同時に鯨波の声が挙がった。

後方で配下の戦士たちを指揮していた蛮族の族長達は、突如平原のあちらこちらから沸きあがった鯨波の声と共に、真っ白な雪山の中から降り積もった雪を蹴立ててローマ歩兵が湧くように現れた事で度胆を抜かれる。

コンスタンティヌスは、吹雪で視界が十分でない事、蛮族軍が自軍を小勢と見ている事、そして自分の盛名を蛮族が欲する事を見越して、平原の中央部に敵が達した際、それを半円状に包囲するような形で各1000ずつ5ヶ所に伏兵を配していたのである。

近衛騎兵400は、平原の入り口付近で待機し、最後に平原後方へ移動して包囲を完成させる事になっていた。

 現われたローマ歩兵は一斉に駆け寄ると、未だ戦いの前方でコンスタンティヌスの首を狙って殺到している戦士たちの後方から襲い掛かる。

     びゅびゅびゅびゅ

     ばばばばばっばば

 投槍と手投げ矢の嵐が吹雪と共に後方から戦士達に吹き付け、後方からの攻撃に蛮族戦士たちは次々と為す統べも無く倒されてゆく。

 しかも前でコンスタンティヌスを討ち取ろうと奮戦している蛮族たちは未だ後方からの攻撃にすら気が付いておらず、族長達がようやく一部の戦士たちを後方に振り向け始めたところで、投擲兵器を使い尽くしたコンスタンティヌス軍歩兵の突撃が始まった。

     うあああああああ!!!

     ぎゃあああああああ

     がぎいん がん どす

 蛮族軍の後方でいきなり背中を切り立てられた戦士たちの絶叫と、それでようやく気が付いた蛮族戦士たちの必死の抵抗による剣戟の音が轟き始めるが、明らかに不意を衝かれた蛮族軍の反撃は微弱で、たちまち後方から蛮族軍は蚕食されてしまう。

「今だ!!反撃しろ!!敵陣を喰い破れっっ!!!!」

 コンスタンティヌスは大勢の蛮族軍全体に後方からの伏兵出現が知れ渡るまでしばらくそのまま守勢を取らせていたが、ようやくその事実が知れ渡って前面の蛮族戦士たちが浮き足立ち始めたのを敏感に察知し、100騎の近衛騎兵を率いて自ら突進しつつ攻勢を命じた。

     びしっ、 がすっ

 コンスタンティヌスは剣を引き抜き、後方を気にして振り返った蛮族戦士の首を一刀の元に切り落とし、血が吹き上がる前にその横の戦士の盾を腕ごと切り飛ばす。

 コンスタンティヌスに続いた近衛騎兵たちも、浮き足立った戦士たちに襲い掛かりそれに前面で今まで敵の攻撃に耐えていた歩兵達が加わると、蛮族戦士たちはそれまでの攻め疲れもあって直ぐに及び腰になった。

 更に後方で喚声が上がった。

 近衛騎兵が蛮族の包囲を完成させるべく、蛮族軍の真後ろに向かって疾走を開始したのである。

 浮き足立った蛮族軍は、新たな騎馬兵の登場で色を失い、退却を始め、それはやがて秩序を失った敗走へと変わっていった。

「逃げるやつは逃がせ!全滅させようと思うんじゃねえ!!」

 コンスタンティヌスは敗走を始めた蛮族軍を追撃しようとする歩兵隊を引き止めた。

 コンスタンティヌスには自軍の50倍もの敵の攻撃を受け続けた直卒の歩兵隊にもう余力が残っていない事は十分過ぎるほど分かっていたし、また長時間吹雪の中で機会を待っていた伏兵も、凍えて身体が満足に動かない事も理解していたからである。

 優位を保てるのは不意を付く事が出来た一瞬の間だけであり、それ以上に戦功を焦って追撃でもしようものなら、反抗の姿勢を示された時に全滅するのは自分達である事を正しく理解していたコンスタンティヌスは、400の近衛騎兵にも包囲は真似事だけにするよう言い含めてあった。

 そうする事で、包囲網をなんとしてでも抜け出そうとする意識が蛮族軍の中に生まれ、より一層敗走に拍車をかける事が出来る。

 逆に包囲を完成させてしまえば、死に物狂いになった蛮族兵の反撃で無視出来ないぐらいの損害が生じるであろう事は火を見るより明らかであった。

コンスタンティヌスとしてはアキテーヌを支配下に置く事が兵力的にも、自分たちの勢力の政治能力的にも出来ない以上は、勝利したという事実だけが必要なのであり、無理な追撃で兵を損じる事は無駄と考えたからである。

「サルスティウスよ、お前さえ生きてりゃなあ・・・・」

 珍しく沈痛な表情を浮べたコンスタンティヌスは、逃げる蛮族軍を眺めながら悔しそうにポツリとそう漏らした。

 今更ながら、コンスタンティヌスはサルスティウス戦死の報を聞いたときの衝撃を思い出した。

 引き上げられたサルスティウスの遺骸は、不思議なほど損傷が少なく、その死顔は非常に落着いたものであった。

「・・・歯は喰いしばってたがな~あいつらしい・・・」

 彼が居てこそ、ガリア統治が順調に進んでいた事を改めて思い知る事になろうとは。

強気なコンスタンティヌスもさすがに最近の自分の宮廷内の腐敗振りにうんざりしており、その腐敗と閉塞を打破する為に決めたヒスパニア派兵であったが、コンスタンティヌス自身、ヒスパニアを支配下に置ける成算があるかどうかは正直五分五分だと考えていた。

 それよりも新たなサルスティウスとなる人材、それに匹敵する人材を得たいが為に決めた割合が大きく、その望みはマクシムスのような人材がいる事を考えれば、決して捨てたものではないはずであった。

「後は無能とは言わねえが、ぱっとしない従弟殿とマクシムスに任せるか・・・」

 コンスタンティヌスは最後にそう言うと、ふぶき吹き荒ぶ平原を後に撤兵を命じた。

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