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第16章 転地療養

冬も深まり、コーンウォールのアルトリウスの城館周辺にも雪が積もり始めていた。

    どさっ・・・ざー

 枝葉を落とした木の枝が時折雪の重みに負けてたわみ、降り積もった雪が地上へ落ちる音がするが、しかしそれっきり静まり返ったまま、森は静かに城館を包み込んでいる。

 館の中も、ぱちぱちと暖炉から薪の爆ぜる音がしている以外は、いたって静謐に保たれているが、これは館の持ち主が寝たきりである事と無縁ではない。

 アルトリウスは未だ傷が癒えないまま城館で寝たきりの生活を余儀なくされていた。

 ヒベルニアでヘンギストに付けられた傷が思った以上の重症であったためである。

 アエノバルブスの懸命の治療でとりあえずこれ以上悪化する事は無くなったものの、肝臓とあばら骨、それに脊椎の一部を損傷しているのであるから、命に別状が無い方が不思議なくらいの深手であった事は事実である。

 ブリタニア艦隊は怪我の影響で高熱を発したアルトリウスを乗せ、1週間余りで本拠地であるデーヴァの軍港へ到着したが、その時アルトリウスの意識は既に無くなっていた。

 領地からアウレリアも呼ばれ、しばらくアウレリアが付いてデーヴァでの療養を行ったアルトリウスであったが、意識が戻ったのを機会に落ち着いて療養できる自分の居館の方が良いだろうと、今度は陸路で時間をかけてゆっくりと城館まで帰り着いたのである。


「・・・おお、正直言って予断を許さんというのが本音である、確かに命に別状はないが、まさにそれだけの事であるな。」

 アエノバルブスが沈痛な表情でアンブロシウスにそう漏らすのを、湯を用意して部屋の入り口まで戻ってきたアウレリアは胸が締め付けられる思いで聞いた。

 部屋の入り口にいるアウレリアには気が付かないまま、アエノバルブスはアンブロシウス相手に症状の説明を続けている。

 アウレリアは湯桶を手に持ったままアエノバルブスの一言一句を聞き逃すまいと、部屋の壁にぴったり身を寄せて部屋の中の様子を窺う。

「・・・何をしておるアウレリア、話が聞きたいのであれば中に入ればよいじゃろうが、湯も冷めてしまうぞ?」

 杖をついたマヨリアヌスが、部屋の入り口でしゃがみ込んでいるアウレリアを呆れたように眺めてそう言った。

「・・・先生・・・でも・・・」

「・・・話を、真実を聞くのが怖いのじゃろうが・・・古人曰く『1度逃げる者は2度戦う事になる』今ためらっておっても何の解決にもならん、さあ中に入りなさい。」

 不安そうなアウレリアの表情を見て取ったマヨリアヌスは、そう促すとアウレリアを立たせて部屋の中へと導いた。

 湯桶を持ったアウレリアと杖をついたマヨリアヌスが部屋に入ると、寝台に横になったアルトリウスを挟んで話し込んでいたアエノバルブスと、アンブロシウスが話をやめて振り向いた。

「おお、使用人のような仕事をさせて申し訳ないのであるが・・・」

 アエノバルブスが申し訳無さそうにそう言うと、アンブロシウスがとりなした。

「いや、秘密を知るものは少ない方がいいですから、アルトリウスの世話は姉さんにお願いするのが一番良いのですよ。」

「はい、アルの世話は幼いころ以来ですけれども、大丈夫です、あのころに比べたら今はすごく大人しいですし。」

 アウレリアは硬いながらもわずかに笑みを浮かべてそう応じた。

「・・・今は暴れたくても体が動きませんよ・・・」

 寝台のアルトリウスが弱弱しくアウレリアの言葉を引き継いだ。

「おっ?気が付いていたかアルトリウス、どうだ具合は?」

 アンブロシウスが再度寝台に向き直ってアルトリウスの顔を覗き込んだ。

 相変わらず顔色は優れず、唇も乾いているがアルトリウスの目には意志の光が戻っていた。

「・・・まあ、良くはありませんが、ぼうっとした感じはだいぶ消えました・・・」

 ほうっとため息を付いたアルトリウスをアウレリアは唇を噛み締めながら見つめていたが、まだ湯桶を手にしている事にはっと気が付き、慌ててアエノバルブスに差し出した。

「アエノバルブス先生、お湯をお持ち致しました。」

「おお、済まないのである。」

 アエノバルブスは寝台の脇に置いてある台にアウレリアから受け取った湯桶を置くと、アルトリウスの毛布を剥いだ。

「アルトリウス、ちょっと背中を見るのであるぞ。」

 アエノバルブスはアルトリウスが頷いたのを確認し、アンブロシウスと一緒にアルトリウスを寝台に横向きに起こすと、アルトリウスの上着をめくり上げる。

 無残な背中の傷が顕になった。

 

「ふううむ、まあ傷の具合は落ち着いているのであるが、手当てをした時にあちこち肉やら神経やらを切った訳であるし、内臓や脊椎も痛めておったからな・・・まあ半年ぐらいは安静にせねばどうにもならん。」

 アエノバルブスが湯で浸した布で傷口を拭き清めた後、アルコールで消毒をしながらそう言った。

「・・・半年もの間ここでこうしていなければいけないのですか・・・」

 傷口の処置が終わり、アウレリアに毛布を掛けられながらアルトリウスが落胆したようにそう弱々しく答えた。

「アルトリウス、心配するな周辺の蛮族たちはお前の働きのおかげで向こう10年はブリタニアへ手を出す事は出来ない程の損害を受けている、1年2年はゆっくり休んでいてもらって大丈夫だ。」

 アンブロシウスは申し訳無さそうに自分を見つめるアルトリウスに、優しくそう話して聞かせた。

 アンブロシウスが話したとおり、アルトリウスの八面六臂の活躍によって、ブリタニアへ侵攻しようとする蛮族や反乱勢力はことごとく打ち倒されていた。

 ブリタニア北方国境地帯は、ローマに従っていたが、ガリアへのローマ軍団出征を知って反ローマを打ち出したものの、アルトリウスの掃討作戦でベリウスを始めとする小規模の反乱勢力は早い段階で討ち果たされていた。

 海を越えて侵攻して来たフランク人の一派はサクソン海岸の戦いでアルトリウスに皆殺しにされ、周辺のゲルマン諸部族と合わせて恐怖心からブリタニアへ侵攻する意欲を失っている。

北西国境地帯のダルリアダは、軍を派遣し威嚇して有利な条約を結ぼうと目論んだところを、アルトリウスに看破されて戦いに引きずり込まれ、その戦いで頭領を失った上に後継者争いが未だに収拾されておらず、ブリタニア侵攻どころの話では無くなっている。

総力を結集し、西部から海を越え侵攻して来たヒベルニアは、待ち構えていたアルトリウスにデーヴァ近郊の戦いで敗れ、ほぼ全軍を失って勢力を大きく減じさせた。

北方のカレドニアとスコットは、アルトリウスと小競り合いを繰り返した後、大軍で南下したところをボルティゲルンのサクソン人傭兵に撃破された上、今回アルトリウスも加わった遠征でブリタニア側に決戦に持ち込まれ、これまた大敗を喫して一気に勢いを失ってしまっている。

その結果、直ぐにでもブリタニアを窺うような勢力はいなくなり、ブリタニアはローマ全盛期以上の平穏を勝ち取る事となった。

「まあ・・・ボルティゲルンは敵とは言っても蛮族じゃあない、一応あれでも我々と同じブリタニア人だからな・・・」

 アンブロシウスは、静かに目を閉じるアルトリウスの顔を見ながら痛し痒しといった顔で腕組みをしてそういった。

現在は残念な事に、一旦は対外防衛に向けたその軍事力をブリタニアの諸勢力は内部抗争に向け始めた事から、ブリタニアはそれまでの緩やかな同盟関係から完全な分裂状態に突入する事となり、蛮族に対して軍事的に有利な今の状況を生かせる体制に無いのが実態であった。

カレドニアでの決戦後、ボルティゲルンはサクソン傭兵の牙をアルトリウスに向ける事で、表立って自分に反抗する勢力を潰す事を明らかにした。

これをきっかけにブリタニアはそれまで水面下での政治的な権力闘争から本格的な内戦状態に入ったのである。

ボルティゲルンは既に、ブリタニア北部をほぼ制しており、現在はサクソン人へ勝手に与えたブリタニア東南部の勢力確立に向けて反抗勢力の武力鎮圧を図っていた。

 ブリタニア中部で心ローマ派の諸侯を取りまとめたアルマリックが唯一ボルティゲルンの足止めに成功していたが、それも自分の領地を守ることに手一杯の状態で、とても他の地域へ援軍を出せるような余裕は無い。

アンブロシウスも手を拱いていた訳ではない。

ボルティゲルンの反抗勢力の連携や、情報収集を行うと共にボルティゲルン側の諸侯の切り崩しを謀ったりするなど、あらゆる手立てを考えられるだけ打っていた。

ただ肝心の軍事面ではボルティゲルンに水をあけられてしまっているのが実態であり、アルトリウスが負傷してからはグナイウスやクィントウスがブリタニア軍を指揮してボルティゲルンに対抗していたものの、疫病の影響も抜けない兵力不足の状態で出来る事は限られており、各地での小競り合いでお茶を濁す程度に終始せざるを得ず、ボルティゲルンの勢力拡大を止められなかったのである。


「すいません、こんな大事な時に怪我をしてしまうなんて・・・」

目をつぶったままアルトリウスが静かにそう言うが、その場にいた誰もがアルトリウスを本当にしょうがないヤツだというような呆れた、それでいて優しい眼差しで見ていた。

「何も気に病む事はあるまいて、確かにお主の勇名は轟いておる故に、お主が出る事で何らかの威嚇は出来たかもしれん、しかし実際に何かを為そうとするにあの兵数では余りに少なすぎた。例えお主が率いたところで出来る事は限られておったじゃろう。」

 マヨリアヌスがこつりと杖を突き直してそう言う。

「そうですよ、アルがあちこちで頑張ってくれたおかげで、今は少なくとも海を越えてきたり、城壁を越えてやってくる蛮族は居なくなったんですから。」

 にっこりと微笑みながらその言葉に頷いてから、アウレリアはアルトリウスの毛布の首元を整え直してそう言った。

「アルは頑張っています、何も恥じる事なんて無いんです。」

アウレリアは誇らしそうにそう言葉を継ぐと、ふと何かに気付いて寝室の反対側にある木戸へ近づいた。

アウレリアが木戸をそっと押し開く。

先程まで静かに降り続いていた雪は既に止み、雲の切れ目から陽光が差していた。

「あら、もう雪はやんだみたいですね~」

 外の天気を確かめたアウレリアは、のんびりそう言いながら木戸をめい一杯開く。

 真っ白な雪に反射した陽光が窓から中に入り、薄暗い部屋を静かに照らし出した。

 目をつぶっていたアルトリウスはその光を瞼に受け、木戸が開かれた事を知った。

アルトリウスが瞼を薄く開くと、そこには穢れ一つ無い純白の世界が広がっていた。

「・・・・」

戦場の凄惨な光景に長い間過ごし、人が簡単に命を失い、怪我で血飛沫を上げてのた打ち回り、最後はゴミの様に片付けられていく光景を当たり前としてしまっていた自分に改めて気付いたアルトリウス。

笠の掛かった太陽が淡く浮かび、積もった雪が陽光を反射し、キラキラとアルトリウスの目を射る。

 ますます激しくなる人の世の争いは文字通り何処吹く風、ブリタニアの大地は古の未だ名も無き時代と何ら変わる事無く雪や風でその身を彩っている。

悠久の時を過ごしてきた大地からすれば、今この館に居いるアルトリウスなどは、記憶にも残らないぐらいのほんの一刻、留まったに過ぎない存在でしかないのだろう。

そんな大地の風景を見てアルトリウスは、素直にその美しさを受け入れる事が出来た自分に静かに驚いた。

人の世を守る立場にある者が、戦場という一番人の世からかけ離れた場所に居なくてはならない矛盾を背負わされたアルトリウスは、かつての総司令官たちがそうであったように、戦場というこの世の地獄に心を折られ、感情を荒まされ、自分が徐々にケダモノともバケモノとも付かないモノになってきている事に気が付いていた。

人間らしい感情や、感動に対する感性が極端に鈍ってきている事にも気が付いていたアルトリウスであったが、それらの事実に悲しさとも、憤りでもない、むしろ諦めに近い感情しか湧かなかった。

 しかし、今日この風景で感じた感嘆や清清しさは、かつて自分がいつも感じていたものと同じものであった。

「・・・綺麗ですね・・・」

 アルトリウスの口から素直にその言葉がつむぎ出される。

「やっと昔のアルに戻りましたね。」

 木戸を固定し終えたアウレリアは寝台まで戻るとアルトリウスの額にそっと手をやって髪を分け、露わになった額をトンと人差し指で小突くと、顔を近づけ、じっとアルトリウスの目を見つめながら言う。

「・・・優しいアルが戦いに出て何を気にしていたのか、どんな気持ちで戦場に居たのか、私は分かるつもりです。きっと色々なものを見てきたのでしょうし、綺麗事では済まされない事をしたのかもしれません、でもアルは昔から気立ての優しい勇気のある男の子である事実は、どんな事があっても変わらないのです。今アルが感じている悲憤や諦念、怒りや憤慨はアルが優しいアルのままだからこそ感じているものだという事を忘れないで下さい、例え何をしても体験しても私はアルの事をキライにはなりませんし、アンブロシウスも、マヨリアヌス先生も、それからあの固い副官さんだって皆そうなんですからね。」

アルトリウスは、アウレリアの言葉でふうっと肩から重い何かが抜け落ちたような気がした。

アルトリウスの沈鬱な表情が柔らかくなったのを見て取ったマヨリアヌスがつぶやく。

「ふうむ、やはりアウレリアを娶わせて正解だったようじゃのう・・・わしらではどうにもならんものをあっさり取り除いてしまったようじゃ。」

「アル、おはようございます、今日も良いお天気ですよ。」

 アルトリウスはアウレリアの柔らかな声と、開け放たれた木戸から入る冬の清らかな陽光と冷たい微風で目が覚めた。

「いくら大怪我をしたからといって、何時までもお篭りさんでは反って身体にも良くありませんから、しばらくこうして風を入れますね。」

 アウレリアはにっこりしてそう言うと、木戸を固定する。

 昨夜も雪がかなり降った様子で、日中の晴天にもかかわらずかなりの積雪である。

 昨日の景色と全く同じ景色を見てアルトリウスは、当たり前の光景を素直な気持ちで見る事の出来ている自分に改めて感動した。

昨日まで殺伐とした自分の心が果たして本当に存在していたのかさえ疑わしいくらいの劇的な癒され具合に、アルトリウスは自分の事ながら奇妙な感触を味わった。

「・・・一体あの感覚はなんだったんだろう・・・」

 部屋の中にいそいそと食事が用意された台車を運び込むアウレリアの様子をぼんやりと眺めながらアルトリウスは自問する。

 戦場で敵となった蛮族戦士たちをその手にかけ、殺戮を指示し、昨日まで共に語り合った味方の兵士達が物言わぬ肉片や骸となって大地に転がる凄惨な戦場に立っていた自分を失った訳ではない。

 確かにそれを行った自分はここに存在している。

 しかし、以前はそんな殺伐としたブリタニア軍総司令官アルトリウスとしての自分しか居なかったところが、今は景色を美しく感じ、ブリタニアを愛し、アウレリアを愛おしく想い、アンブロシウスやマヨリアヌスを尊敬しているルキウス・アルトリウス・カストゥスも存在している。

「自分は自分・・・何を為しても自分は自分・・・」

 戦場で剣を振るうのも、農場で鍬を振るうのも同じ自分、冷静な自分と情熱的な自分があるのと同じ、自分は自分以外の何者でもないという当たり前の事にアルトリウスは気が付いた。

 ぼーっとそんな考えをしていたアルトリウスは、ふと心地よい麦を煮立てた香りに我に返る。

 見るとアウレリアが蓋をした鉄鍋と水差しに木製の食器を二組、台車へ載せてアルトリウスの寝台に近付いて来ていた。

 普通であれば土師器の食器を使うところを、アルトリウスが十分に起き上がれない事と、手入れが面倒くさいものの軽くて丈夫な上使い勝手が良い事から、アウレリアはアルトリウスが負傷してからは木製の食器を用意して使用していた。

「また、難しい顔をしていますよ?」

 アウレリアが鉄鍋から木製のお玉で木椀に出来立ての麦粥をよそい、アルトリウスに木匙と共に差し出した。

 受け取ったアルトリウスの目の前で木椀からふわりと湯気が立ち昇り、温かな麦粥の香りが鼻腔をくすぐる。

 怪我のせいもあって、昨日までは味気なく感じていた麦粥の香りにアルトリウスは飢えに近いくらいの食欲を覚えた。

「・・・今日は食べられそうです。」

 アウレリアが自分の分の麦粥をよそうのを待って、アルトリウスはそう言うと、木匙を取り、感謝を奉げるのもそこそこにして一心不乱に麦粥を食べ始める。

 一緒に感謝を奉げたアウレリアは、アルトリウスの余りの勢いにびっくりすると同時に、くすりと笑みをこぼし、しばらくその様子を眺めていた。

 やがて麦粥を掻き込んでいたアルトリウスが一息つくと、アウレリアは水の入った木杯を差し出す。

アルトリウスはありがとうと言いながら木椀と木匙を左手でまとめて持ち直してアウレリアから木杯を受け取り、ぐびぐびぐびっと水を一気に飲み干した。


ふうっと深呼吸をするアルトリウスは、傍らで木椀を持ったままくすくす笑っているアウレリアに気が付いて怪訝な表情をする。

「・・・どうかしましたか、アウレリア従姉さん?」

 不思議そうに尋ねるアルトリウスに、笑みを浮かべたままアウレリアは自分の木椀を台車へ置くと、アルトリウスの手から木杯を引き取る。

「怪我をしていて元気が無いのは分かっていたんですけれどもね、いつもお汁を少し飲んだだけで食事を止めてしまうから、ちょっぴり残念に思っていました・・・御代わりは要りますか?」

「・・・いえ、さすがにそこまでは・・・」

 アルトリウスはそう断って自分の木椀をアウレリアに手渡すと、開かれた木戸から外を眺めた。

「・・・もう厳しい冬も間もなく終わりますね・・・」

 雪はまだ深いが、日々暖かさは増して来ており、春の足音は確実に近付いてきている。

 雪がなくなれば再びブリタニアは戦乱の渦に投げ込まれる事になる。

「・・・半年は長いです、悪い事が起こらなければ良いんですが。」

 アウレリアは右手でアルトリウスの左手をそっと握ると、アウレリアを見て首を傾げたアルトリウスにゆるゆると左右に首を振った。

「大丈夫です、悪い事なんて何も起こりません。」

 そう言った後、アウレリアはぎゅっと右手に力を込めるといたずらっぽく微笑むと言葉を継いだ。

「それより!怪我していると言ってもお家でゆっくりする事なんて何年も無かったのですから、たまには家業を手伝ってください、春になったら色々やって貰いますからね~」

「・・・ええ!怪我人を使うんですか?」

「春には怪我も大分良くなっているに決まっています、農耕の道は厳しいのです。」

ぴしりとたしなめるような口調で言うと食事を再開したアウレリアに苦笑いしたアルトリウス、ふと笑みを止めて再び外の景色を眺めた。

アルトリウスの視線に釣られたアウレリアは食事の手を止めると、外を眺めるアルトリウスの視線を追って館の外の雪景色を眺める。

 ひょこっと白いウサギが2羽、窓の外に現われる。

ウサギ達はしばらく2人の視界の中で仲良さげにじゃれ合いながら雪の中を飛び回った後、再び視界の外へ出て行ってしまった。

 なんとなく気配に気付いてアルトリウスが振り返ると、じいっとアルトリウスを見つめているアウレリアとばちっと視線がぶつかった。

2人はそのまま少しの間見つめあうと、照れたように赤面した後どちらからともなく笑い出す。

楽しげな笑い声がゆきでつつまれた静かな館の庭にいつまでも響いていた。

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