第14章 サクソン傭兵軍団
遥か遠方であるが、その部隊の異様さは直ぐに見て取れた。
肉厚な片刃のサクソンソードを統一装備としてはいるものの、それ以外は好き勝手な鎧や兜を身にまとい、中には明らかに丸裸に近い格好をした者までいる。
一様に筋骨逞しく、粗野な印象が先立つその集団はサクソン傭兵隊、ボルティゲルンが雇い入れていた蛮族たるゲルマン人の傭兵部隊である。
「・・・もう既にあれだけの数を招き入れていたとは、相変わらず油断のならないことだ。」
騎乗のアルトリウスは整然と隊列を組んでいる自分の率いているブリタニア軍の部隊と見比べながらそうつぶやいた。
サクソン傭兵を率いているのは古臭いケルトブリタニア風の鎧を装備した一団で、ボルティゲルンの姿もそこにあった。
率いるとは言っても、実質的な戦術は傭兵に一任しているらしく、ボルティゲルンがいるのは部隊の遥か後方で、おそらくあそこからでは効果的な指揮は不可能であろうと思われる位置であった。
サクソン傭兵はざっと見ただけでも1万は下らない、いつしかブリタニア軍に匹敵するだけの兵を揃えてしまっていたボルティゲルン、王を名乗る気になった事にも今なら頷けるとアルトリウスは思った。
「蛮族を蛮族にぶつけると言うのは古来ローマの戦法ではありますが、この数は行き過ぎではありませんか?常時これだけの軍を維持するのは並大抵のことではありますまい。」
同じく騎乗の副司令官のグナイウスが怪訝そうにアルトリウスにそう言った。
「・・・報酬は土地じゃよ副司令官、ボルティゲルンは勝手にあちこちへサクソン人どもを入植させておるのじゃ、普段は土地を耕し、戦があるときだけ召集するという契約を結んでのう・・・従って平時に給料は支払っておらん、実に安価な兵隊じゃ、ボルティゲルンの配下にもそれなりに知恵の回る者はおるようじゃな、あやつ自身が考えた契約ではないじゃろう。」
アルトリウスに代わってそう答えたのは騎乗こそしているものの、戦場には似つかわしくない平服姿のマヨリアヌス。
「しかし、1万とは・・・普通に考えればその5倍のサクソン人が既にブリタニアで生活を始めているということですか・・・」
敵である5万からのサクソン人がブリタニアに土地を持ち、生活をしているという事実に愕然とするアルトリウス。
・・・外敵を打ち払い、ブリタニアに侵入させないように奮闘してきたのは一体何のためだったのか・・・
「あれが部族長のヘンギストでしょうか?」
グナイウスがボルティゲルンの隣で騎乗している見た事のない大男を指差してマヨリアヌスに尋ねた。
「おそらくは・・・間違いあるまい。」
マヨリアヌスはグナイウスの指の先を遠望し、その姿を確認してから頷きそう答えた。
サクソン人ヘンギスト。
ボルティゲルンの求めに応じ、ゲルマニアから一族を率いて渡海してきたサクソンの部族長の一人である。
その配下にある獰猛なサクソン戦士団は1万を数えるが、3万から5万の戦士を有する部族長が複数存在するサクソン人の部族長の中ではそれ程大きな勢力とはいえない。
ボルティゲルンとしても適当な大きさの勢力と考えヘンギストを選んだのであろう。
当初は戦士団だけを率いてくる約束であったが、ヘンギストは報酬を金から土地に換える事を要求し、一族を率いて渡海して来てしまったため、やむなくボルティゲルンは自分の本拠領地から離れた、しかも自分の領地でもない荒廃著しいブリタニア東部の土地を勝手に与えることを約束した。
サクソン人はボルティゲルンの指揮の下、ブリタニア南東部の廃村や耕作放棄地に入植を始めたが、近隣のブリタニア人村落と習慣や言語の違いから摩擦を生じ、度々手酷い衝突を起こしていた。
本来の領主や騎士達がボルティゲルンに抗議するも、ボルティゲルンは言を左右にしてこれに応じないばかりか、サクソン人の求めに応じて近隣村落を圧迫したり、焼き討ちしたりしたため、度々ボルティゲルンとサクソン人に対する武力抵抗が勃発しており、ブリタニア東部は荒廃がさらに進行してしまっていた。
そんなボルティゲルンと今回共闘という形を取ったのは、ブリタニア王の名の下にボルティゲルン側からピクト人の残党部隊の掃討作戦について、出兵を求める内容の書簡がアンブロシウスとアルトリウスに届いたのがきっかけだった。
ロンディニウムの執務室でサクソン傭兵隊の戦勝報告を受けた直後、ブリタニア王の名を用い、諸侯に対する礼式に則った書簡を手にしたアンブロシウスは、不承不承兵を出さざるを得なかった。
おそらくは防衛戦では満たされない配下のサクソン人たちの獣じみた欲望を満たすために、戦勝略奪を行う事がボルティゲルンやサクソン貴族の目的であろう。
ただし、いくら大打撃を与えたと言っても敵の本拠地へ侵攻する作戦であり、相手の反撃も十分予想される事から、自分達だけ損害を被ってしまう事を避けるために、アルトリウスらを道連れに引き込んだのである。
ボルティゲルンらサクソン傭兵隊は東部から、アルトリウスらは西部からピクト人を追い上げ、残敵の掃討作戦に当たることになったのであるが、その残党を追ううちにアルトリウスらはハドリアヌス帝の城壁を越え、ローマ系の軍としては本当に何十年かぶりにカレドニアへ侵攻する事となった。
ダルリアダとの戦闘から帰還したばかりのブリタニア軍を再召集し、ロンディニウムを発ってから早くも1月以上が経過していた。
季節は秋を迎え、ブリタニア北方に位置するカレドニアの厳しい大地には早くもちらちらと雪が舞い始めており、雨も雪混じりのみぞれ雨となる事が多くなっていた。
ブリタニア軍は定期的に補給をアンブロシウスの手配で受けており、その現地調査官としてマヨリアヌスがアルトリウスに同行していた。
マヨリアヌスは冬の訪れが早まる気配を察し、装備品や食糧に冬仕様を取り入れ、ブリタニア軍は飢えと寒さからは無縁であった。
しかしながら、ブリタニア軍のように輜重隊を持たず、自前の食糧調達のすべを持たないサクソン傭兵達は、カレドニアに侵攻した後は5日分程しかない自分の手持ちの食糧を食い尽くすと近隣の村邑を襲う事で食料を調達し始めた。
行軍の道すがら、貧しいピクト人たちの村邑を襲い、略奪暴行殺戮の限りを尽くして最後には火を放つサクソン人たちの行いに眉をひそめつつ、時にはこれを制止しながらブリタニア軍は粛々と軍を進め、決戦場に向かう。
侵攻を受けたピクト人も当初はいずれ引き上げるだろうと高を括って軍を分散させ、ブリタニア軍との決戦を避けやり過ごす作戦を取っていたが、とうとう痺れを切らした。
一向にブリタニア軍やサクソン傭兵が引き上げる気配がないからである。
それどころか居座って略奪や焼き討ちの限りを尽くしている。
さすがの蛮族ピクト人も自分達の土地がサクソン傭兵の余りの暴虐ぶりに焦土と化して行くのを黙って見ている事が出来なくなり、勢力を再結集し始めたのだ。
ピクト人はそれと同時にカレドニア奥地のスコット人に再度援軍を求め、その援軍と共にアントニウス帝の城壁近くへ軍を進め、サクソン傭兵隊と合流したブリタニア軍と対峙した。
今も共闘という形は取っているものの、「敵の敵は味方」程度の認識でしかなく、当然命令系統も統一されていない。
軍としては一番危険な形ではあるが、これ以上アルトリウスとボルティゲルンは歩み寄る事も出来ず、アルトリウスは陣構えを離して行う事でとりあえずの同士討ちや混戦を防ぐ方向で話を纏めた。
そんな今までのやり取りを思い起こしているアルトリウスをよそに、マヨリアヌスは再び口を開いた。
「しかし、いずれ土地を与えたという事実が大きな代償となって跳ね返ってくるじゃろう、安い買い物ほど気を付けねばならん、何故安いかを良く考えた上で買わねば大損どころか命すら失いかねんのじゃ。」
「ボルティゲルンは市民達にその支払いを押し付けておりますが・・・」
グナイウスが渋面で答えると、うむとマヨリアヌスも頷く。
「じゃからあやつは王たり得ぬのじゃ、ブリタニアの王とはローマの系譜を引き、ブリタニアの民を統べる存在でなくてはいかんのじゃからな、ただの暴君ではブリタニアの王として相応しく無い、勤まらぬわ!」
マヨリアヌスの言葉に、アルトリウスが言葉を足す。
「本来『ブリタニア人の王』であるのに、何故かボルティゲルン殿は勘違いされて、『ブリタニア島の王』でいるようです・・・」
「その通りなのじゃ。」
マヨリアヌスは出来のよい生徒を見るような目でアルトリウスを見て頷く。
さらに横に居たグナイウスがやっと合点がいったという風に頷いた。
「なるほど、それであれば納得がいきます、ボルティゲルン殿は自分に従うなら、民はサクソン人であろうがブリタニア人であろうが構わないという事ですね。」
そうこうしている内にブリタニア軍はピクト・スコット連合軍の布陣する平原に到着した。
事前にアルトリウスが放っていた斥候と、威力偵察部隊の報告のとおり、ピクト・スコット連合軍は平原に五列の歩兵布陣を敷いてブリタニア軍を待ち構えていた。
戦士たちは主に両手持ちの長剣を装備し、長いマントの上に小さな丸い矢避け様の盾を背負い、鎖帷子を着け、鼻に沿って長く防護板の伸びたノルマンヘルムを身に付けている。
いずれの戦士も装備品の質が高く、今までブリタニアに侵攻して来ていたピクト戦士達とは明らかにいでたちが異なる。
「さすがに今回は貴族の子弟が中心となった上級戦士が出て来ています、今までブリタニアに送り込まれていた食詰め者の下級戦士とは一味違いますので気を付けませんと・・・」
グナイウスが少し顔を引き締めながらアルトリウスにそう忠告した。
アルトリウスは無言でその忠告に頷くと、配下のブリタニア軍部隊に指示を下しはじめた。
今回は敵地侵攻であり、補給の負担を軽減し、機動力を増すためにアルトリウスはブリタニア重装騎兵団2000のみを率いている。
あくまでアルトリウスは今回の戦いをピクト人に軍事的な打撃を与える事のみを目的として位置づけ、ピクト人やスコット人の領土を占領する事を目指していない事から歩兵部隊は編成から外していた。
騎兵は敵地の占領やその後の治安維持、防衛に適さず、そうした任務には必ず汎用性の高い歩兵が投入されるのは、何にも増して人を支配するには人の手が必要という事でもある。
補給の観点から言えば、騎兵の方が装備や馬糧、馬匹、それから兵士の糧食や装備というふうに煩雑になるものの、絶対量が少ない上に、占領地に対する市民の手当ても考慮せずに済む事から、結果的には補給の負担が軽くなる。
しかしながら軍事的な理由はともあれ、アルトリウスが騎兵のみの変則編成を組み、歩兵を率いてこなかったのは、疫病の蔓延といった已むに已まれない理由もあった。
実はアエノバルブスの活動を待たずに、ブリタニア軍内において、特に歩兵の兵士達の間で疫病が一斉に発症してしまったのである。
いまやロンディニウムのブリタニア軍駐屯地は巨大な疫病の巣と化し、アエノバルブスや近在の医師達が懸命に治療や予防に当っているものの、状況は芳しくなく、陸軍では唯一馬匹管理の必要から駐屯地を分けてあった騎兵団のみが感染から免れた。
発症していない兵士も、感染の拡大を防ぐため禁足措置を取らざるを得ず、ブリタニア軍は歩兵に関しては、現在機能不全に陥っていた。
そもそも最初からカレドニアの占領は考えていなかったアルトリウスであったが、戦いの目的を問い合わせるアンブロシウスらにボルティゲルンは明確な回答をせず、目的が曖昧でどの程度までカレドニアの地に入り込むか予想がつかなかったため、後方や退路の確保という観点から一時的にせよ占領策をとらざるを得ない状況であり、歩兵は必要とされていた。
しかしながら疫病という思いがけない理由から歩兵の出動が不可能となってしまい、頭を抱えたアルトリウスにマヨリアヌスはブリタニア海軍を使えばよい、と事も無げに言った。
コルウス提督率いるブリタニア海軍はデーヴァを基点としてブリタニア西部海域に展開しており、長期の洋上行動が可能になってきた最近は、ヒベルニアや遠くはアルモリカ(ブルターニュ地方)、果てはヒスパニア(スペイン)へも足を伸ばしている。
最近はヒベルニアの勢いが失われた事で余裕もあり、つい先ごろまでヒスパニアへ商船の護衛に派遣されていた為、当然疫病への感染から免れていた。
ヒベルニア軍を大いに破ってから現在に至るまで、ブリタニア西部海域の制海権はブリタニア海軍の下にあり、ブリタニア西部海域は安全な航路が確保されているため、マヨリアヌスは海軍を利用しての補給を思いついたのである。
マヨリアヌスは、通信用の鳩を十数羽も持ち込み、補給物資の内訳や受領場所を記した羊皮紙を、海軍基地のあるディーヴァへ運ばせ、コルウス提督と頻繁に遣り取りをしている他に、ロンディニウムのアンブロシウス宛にも最前線の状況や、進軍地域について鳩を使って遣り取りをしていた。
後方の情報や指示事項ついては補給の際、コルウスから新しい鳩とともに受け取る事ができるため、ブリタニア軍の情報伝達は極めて円滑に成立している。
また、マヨリアヌスのお陰でアルトリウスは報告や伝達、後方の情報収集に兵士を使う必要が無くなり、兵力の分散を避けることができた。
補給についても、もう既に5回の補給を受けているアルトリウスだったが、今のところ時間場所ともに完璧に符合し、何ら障害を受けることなく成されており、マヨリアヌスの伝書鳩方式の優秀さを示している。
補給の円滑な部隊は士気も高く、戦闘においても勢いがあり、実際アルトリウスは数次にわたるピクト人との戦闘において、騎兵突撃のみを使用し、一兵も欠けることなく敵を蹴散らして勝利を得ていた。
しかしながら今回の大規模な会戦において、アルトリウスは歩兵のいないブリタニア軍を積極的に使って打って出る事は出来ないと考えていた。
アルトリウスは騎兵が最も威力を発揮する場面においてブリタニア騎兵団を使うことを考えており、その為にはボルティゲルンの率いるサクソン歩兵が戦闘に入った後、ピクト・ スコット連合軍の側面もしくは背後へと回り込み挟撃することが最も良い形だと考えていた。
ここで問題は小心者である上に尊大なボルティゲルンである。
配下のサクソン人の命を惜しむとも思えないが、アルトリウスが動くまで自軍を動かさないでおこうとする可能性があった。
そうすればアルトリウスは自軍の数倍にあたる優勢な敵と真正面からぶつからなくてはならなくなり、いくら優秀な重装騎兵を擁するブリタニア騎兵団といえども無事では済まない。
下手をすれば敵の数に飲み込まれて壊滅する恐れすらある。
今までの戦いぶりを見る限り、ボルティゲルンに戦闘の指揮権は無く、専らサクソンの部族長であるヘンギストが戦いを仕切っているようであったが、今回もそうだとは限らない。
決定的な場面でボルティゲルンの意向が反映される可能性もある上に、ヘンギスト自身がブリタニア軍の損耗を意図すれば、どう転ぶか分らない。
アルトリウスがぼんやりとそう考えながら、マヨリアヌスのほうを見ると、マヨリアヌスは鳩を取り出していた。
マヨリアヌスは鳩の足首へ羊皮紙を結わえ付けると、その背中を優しく撫で付けてから鳩を高く、ロンディニウム方向へ放つ。
鳩はマヨリアヌスの頭上を一周してから、どんよりと曇った空をものともせず、まっすぐロンディニウムを目指して飛び去った。
鳩を放ち終えたマヨリアヌスは、鳩の行く末を見つめるアルトリウスを見て、その悩みを察したのか、苦笑しながら馬を横へ寄せて話しかけた。
「心配するでない、ボルティゲルンは指揮権を持っておらんようじゃしな・・・もっとも、例え指揮権を持っていたとしても配下はあの興奮し易い事では定評のある蛮族サクソン人じゃ、言う事をマトモに聞くとも思えん、必ず戦端は向こうが切ることになるじゃろう。」
アルトリウスは、鳩から視線を目の前のピクト・スコット連合軍に移すと力強くうなずく。
「はい、自分もそうであると思います・・・ここであれこれ考えていても仕方ありません、今はこの戦いに全力を尽くすのみです。」
戦いの火蓋はいきなり切って落とされた。
何の前触れも無く、サクソン傭兵がピクト・スコット連合軍に襲い掛かったのだ。
ピクトの部族長が戦場交渉のために戦場の半ばへ進みかかったとき、ヘンギストは馬から降りると配下のサクソン兵に突撃を命じた。
うがあああああ
獣じみた雄叫びと共にサクソン兵は敵の戦列に到達するまで全力疾走し続ける。
ピクト・スコット連合軍は、これから始まる交渉によっては総引き上げとなるため、交渉の行方を見守る気持ちが強く、突然のサクソン軍による大突撃を見て戸惑った。
また、陣同士の間は優に200メートル以上は離れており、普通は互いに徒歩で進軍をした後に短い距離において突撃をするのが戦端が開かれる際の常識であるためでもある。
しかしながら、同じように戸惑っていた交渉役の部族長が、先頭を疾走して来たヘンギストの無骨なサクソンソードで馬ごと叩き割られるのを見て、ピクト・スコット連合軍はようやく戦端が開かれた事に気が付いた。
ピクト・スコットの上級戦士たちは驚いた様子は見せたものの、まだ距離は十分ある事を確認し、サクソン人の礼儀知らずな振る舞いに怒りの声を挙げ、すぐさま戦闘体制に入った。
じゃらん
一斉に長剣を抜き放ち、その長剣を両手で立てて右前に構え、サクソン兵の突撃をきつく見つめる上級戦士たちは、サクソン兵が50メートルの距離に迫った時、一斉に雄叫びを上げて突撃を開始した。
うおおおおおおお・・・・!
見る見るうちに距離が詰まり、両軍は激しく激突した。
ずがあああんん
うわああああっっ
うごおおおおおっ
剣と剣、盾と剣がぶつかり合い、肉のはぜる音と剣戟音、そして怒号と悲鳴が交錯する。
あっという間に混戦状態となり、平原は修羅の庭と化した。
少し離れた丘から戦場を見ていたアルトリウスだったが、余りの展開に一瞬呆気に取られた。
そんなアルトリウスの前で凄惨な光景が繰り広げられていた。
次第に肉厚のサクソンソードが威力を発揮し始め、ピクト戦士たちは金属疲労を起こした長剣ごと叩き切られ、またある者は鎧ごと身体を潰され、兜ごと頭蓋を砕かれる
サクソン人の野蛮さが遺憾なく発揮され、混戦は次第にサクソン側有利に展開し始めた。
サクソン兵は腕を失おうと、顔を切り付けられようと戦意を失う事無く獣のような戦いぶりでピクト・スコット連合軍と渡り合う。
「ふううむ、戦場での礼儀も何もあったものではないのう・・・」
呆れたようなマヨリアヌスの言葉で我に返ったアルトリウスは、戦場の様子を見て取ると、直ぐにブリタニア騎兵団へ移動準備を命じた。
目指すのは、押され気味のピクト・スコット連合軍にあって未だ統制の取れた戦闘振りを見せ、頑強にサクソン兵に抗しているピクト・スコット連合軍の右翼。
アルトリウス率いるブリタニア騎兵団は移動準備を終えると、背後から騎兵突撃を仕掛けるべく丘を陰にして移動する。
マヨリアヌスも平服姿ながら飄々とした様子で付き従っていたが、騎兵団がしばらく進み、少し大きめの丘の影に差し掛かったときに馬首を返した。
「アルトリウス、忘れるでないぞ、この決戦が終わったら速やかに西海岸へ脱出じゃ。」
アルトリウスが無言で頷くのを確認したマヨリアヌスはそこでさらに踵を返し、ブリタニア騎兵団とは逆の方向へ馬を走らせる。
ちょうど起伏の緩やかな丘の陰になっており、別の丘の上にいるボルティゲルンや戦場のヘンギストらからは見えない場所であった。
マヨリアヌスはそれでも姿勢を低くし、用意していた茶色のマントを羽織り、付近の地形に隠れるようにして馬を全力疾走させて西の海岸を目指す。
「・・・全く、老人にはキツイ仕事じゃ・・・!」
マヨリアヌスはカレドニア出兵が決まった時、ポートゥルスマグナムの船主組合に大型交易船の供出を求めてこれを臨時の補給船に仕立て上げると、コルウス提督に海兵の出向を求めて兵員を確保し、補給艦隊を編成した。
ポートゥルスマグナムの船主組合に船舶の供出を依頼したのは、大陸との交易で使用する大型の交易船を多数保持しているためで、ブリタニアの他の地域では近隣移動用の極めて小さな船しか無く、補給船には積載力の点で全く向いていないからである。
幸いにもボルティゲルンとの話合いでブリタニア軍は西部方面を担当する事となった事から、制海権を確保している安全な海域を使用する事が出来たため、5回にも及ぶ補給も無事成功している。
「さて、カレドニア遠征の総仕上げじゃ!これが成功せねば意味が無いわい。」
マヨリアヌスは馬の背で誰に言うともなくつぶやいた。
一方、マヨリアヌスと別れたアルトリウスは騎兵団を巧みに丘の蔭から陰へと移動させ、極めて暫定的ではあるものの、味方のサクソン傭兵隊からも隠れる形でピクト・スコット連合軍の側面どころか背後へと回り込む事に成功していた。
最初こそ不意打ちのような突撃に戸惑っていたピクトの上級戦士たちも粘りを見せ始め、サクソンの乱暴な戦いぶりに苦戦しながらも戦線を維持している。
その全精力は前面の敵であるサクソンに向けられており、背後や側面を気にしている者は誰もいない。
アルトリウスは敢えてブリタニア騎兵団を丘の陰から頂上へと率い、旗手に命じてブリタニアの旗を掲げ挙げさせ、命令した。
「ラッパを鳴らせ!」
フオオオオオオオオオオン
フオオオオオオオオオオン
アルトリウスの命令で、2名の旗手が手持ちの号令ラッパを吹き鳴らす。
ローマ軍の使用する金属製のラッパはその特徴的な音を丘陵地帯に鳴り響かせ、サクソン傭兵やピクト・スコットの戦士たちの耳にアルトリウスらの存在を知らしめた。
一瞬、剣戟、怒号、喧騒が止み、自らの身体を朱に染めて殺戮の応酬を繰り広げていた戦場の男達は、はっとしたように吹鳴音の発せられた丘を仰ぎ見る。
そこには整然と並び、物音一つ立てないまま眼下の戦場を見下ろすブリタニア騎兵団の姿があった。
いつの間にか忽然と現れた騎兵団に戦場の全員が愕然とし、そして怖気をふるった。
「・・・・アルトリウスかっ・・・くそっ!」
ヘンギストは血まみれのサクソンソードを手に悔しそうにつぶやいた。
ボルティゲルンから頼まれるまでも無く、この決戦の最中にブリタニア騎兵団を乱戦に巻き込み、無傷のブリタニア騎兵団に打撃を負わせ、あわよくばアルトリウスの命をも狙っていたヘンギストであったが、こう見事な腹背攻撃をされては乱戦に巻き込む事が出来ない。
おそらくブリタニア騎兵団の一撃でこの戦いは決着が着いてしまうことになるだろう。
「畜生!殺しに夢中になり過ぎた・・・!」
そう汚い言葉ではき捨てたヘンギストは、騎兵団の先頭に立つアルトリウスをにらみ付けた。
アルトリウスはカレドニア侵攻の苦楽を共にした愛馬の手綱を引き絞る。
しゃらん
嘶きながら後ろ立ちとなった愛馬の背で、アルトリウスは長剣を抜き放った。
抜かれた剣はきらりと陽光を反射し、ヘンギストの目を射る。
どどどどどどどどっっ・・・・・
その瞬間、馬蹄で地響きをさせながら、ブリタニア騎兵団は一斉に丘を駆け下った。
ブリタニア騎兵団の姿は見る見るうちに大きくなり、ピクト・スコット連合軍の背面へと迫る。
ピクトの上級戦士たちはそれでも何とか体勢を立て直そうと足掻くが、剣を持ち直し、振り向いた時には全てが終わろうとしていた。
おあああああああっ
どかどかどかどかっ
槍で衝かれ、剣で切り伏せられた戦士達は次々と物言わぬ骸と化してゆく。
粘り強く抵抗していたピクト戦士たちは一撃で粉砕され、応援に駆けつけたスコット戦士は見る見るうちに崩れ、戦場から背を向けて逃げ始めた。
「・・・まだヤツをヤル望みはある・・・!」
ヘンギストは戦線が乱れ崩れ始めるのを見て取り、とっさに配下のサクソン兵に突撃を命じ、一気に混戦へと雪崩れ込んだ。
目指すはアルトリウスの首唯一つ。
「・・・・ぶっ殺す!!!」
ヘンギストは血まみれの剣を振りかざし、敗走するピクト戦士たちを背後から突き刺しながら、ブリタニア騎兵団の先頭を駆けるアルトリウス目がけて突進した。
アルトリウスはブリタニア騎兵団の突撃にタイミングを合わせて突撃を掛けたサクソン傭兵隊に少なからず感心していた。
「・・・ヘンギストか、なかなかの戦巧者だな。」
アルトリウスはピクト・スコット連合軍の側背から突撃させた騎兵団を一旦離脱させるべく、剣を頭上で3回大きく輪を描くように振り、旗手に離脱の合図を出すよう指示をする。
それを見た旗手が直ぐにブリタニア軍旗を大きく振りかざし、離脱の合図を送る。
「総司令官!!」
がぎいいいぃぃぃん
軍旗に一瞬気を取られていたアルトリウスがはっと気が付いたその瞬間、グナイウスの絶叫と共に鋭い金属音と火花がアルトリウスの背中から発せられた。
ぎぎいいいぃぃいい
そして鈍く、長い金切り音が続く。
「・・・・ぐっ!?」
背中が砕け散るような衝撃と痛みを感じ、アルトリウスが振り返ると、血まみれの大男が、同じく血まみれのサクソンソードをアルトリウスの背中に突き立てていた。
しかし、血糊がべっとり付着したその剣は既に両手で足らないくらいの人間を叩き切った後であろう、刃はあちこちこぼれている上に潰れている。
そのせいか、はたまたアルトリウスの鎧が逸物であったせいかは分からないが、アルトリウスの肉体を裂くはずであったサクソンソードは鎧の半ばまでで止まっていた。
アルトリウスの鎧は騎兵用の軽く頑丈な胸甲型のもので、剣が食い込み難いよう丸く整形されている。
普通の剣であればまともに刃を食い込ませるどころか表面を滑るだけであるはずのところを、刃毀れしてボロボロの剣であるにもかかわらず、その大男は恐るべき膂力で鎧を打ち破っていた。
大男はアルトリウスが振り返った事に気がつくと、にやりとしながら食い込んだ剣をさらにしぶとく押し込もうと剣を捻り押し込む事を繰り返す。
みるみるうちにアルトリウスの鎧がバキバキと音を立てて割れ始めた。
その大男の執念深さにアルトリウスは薄ら寒いものを感じ、痛みを堪えながらとっさに手綱を操って馬体を振り、馬を回転させた。
どか
馬の体当たりを受けさすがの大男もようやくそれ以上アルトリウスを痛めつける事を諦め、しっかり食い込んでいた剣を今度は無理矢理引き剥がして飛び退いた。
がこぉぉぉん
今度はアルトリウスの馬上から繰り出した一撃を男が丸盾で受け止める。
アルトリウスが痛みに怯む事無く、長剣で追い討ちをかけて来た事に一瞬驚いたような表情で大男はアルトリウスの一撃を受け止めていた。
ばっと、身を翻し、大男はアルトリウスから離れ、不敵な笑みを浮かべた。
「聞いていた以上にやる様だな、ローマの将軍。」
「・・・貴様・・・名を聞いておこう。」
背中の怪我を悟らせないようにアルトリウスは無表情に聞いた。
「ふん、サクソン族長の一人ヘンギスト、今日は引く、お前の鎧に感謝しておくがいい。」
そう言い捨て、ヘンギストはさっと踵を返し乱戦の中に戻っていった。
それと同時にグナイウスが数騎の騎兵を連れて駆けつける。
「総司令官!大丈夫ですか!!」
「ああ、大丈夫だ、鎧は駄目になってしまったけれどもね・・・」
「こ、これは・・・」
背中にばっくりと割れ目を入れられたアルトリウスの鎧を見てグナイウスが絶句する。
「離脱は上手く行っているのか?」
アルトリウスの問いかけにようやくグナイウスは我に返る。
「はい、既に集結を終えております。」
「よし、もう一撃加えたいところだが今回はこれで撤収する、直ぐに西へ走れ!」
アルトリウスを先頭に、ブリタニア騎兵団は一路西海岸へと向かって走った。
ブリタニア騎兵団の攻撃で既に総崩れの兆しを見せていたピクト・スコット連合軍はサクソン傭兵隊の攻勢に晒され敗走に移った。
アルトリウスはヘンギストの一撃で今回の戦いが単なる侵攻戦では無く、ボルティゲルンの罠であった事に気が付いた。
このまま混戦に巻き込まれていれば、ブリタニア騎兵団は味方と思っていたサクソン傭兵隊から不意打ちを受けていた事であろう。
何より一瞬であろうとも戦場で気を緩めた自分の不甲斐なさにアルトリウスは唇を噛み締めた。
「・・・次は無いと思わなければ・・・」
痛む背中をかばいながらアルトリウスは馬を走らせる。
「ううむむむ・・・」
「大丈夫ですかな、マヨリアヌス師?」
旗艦の甲板で担架にうつ伏せて載せられ、ウンウン唸り声を上げているマヨリアヌスを見てコルウス提督は半ば呆れながらも心配そうにそう声を掛けた。
「おお、ただのぎっくり腰でありましょう、マヨリアヌス殿、年寄の冷水と言う言葉を覚えられるのが良いですな。」
マヨリアヌスのトーガをめくり上げ、海水で冷やした布をあてがって患部を冷やしながらアエノバルブスが、こちらは心底呆れたように言った。
マヨリアヌスがアルトリウスと別れて西海岸へと急いだのは、ブリタニア海軍と合流し、ブリタニア陸軍の撤退を準備するためであったのだ。
占領地政策を取らず、ただ敵を撃破するだけであった今回の侵攻作戦でいかに安全な方法で部隊をブリタニアまで撤収させるか、マヨリアヌスらが知恵を絞った結果が敵地のままである陸路を使わず、船舶を使った海路による撤退であった。
その為には戦闘後の迅速な行動が求められるため、マヨリアヌスが一足先にブリタニア海軍と合流し、戦闘の開始情況から総合的な判断を行い、撤収準備について指揮を執る事になっていたのである。
「戦場から退避されて、戦闘開始の伝令だけを若い騎士に任せる事は出来なかったのですか?」
「・・・・・むう。」
コルウスの言葉に指揮どころでは無くなってしまったマヨリアヌスは恥ずかしそうに黙り込んでしまう。
アルトリウスと別れ、一路西海岸を目指しひた走ったマヨリアヌスであったが、寄る年波どころではない年齢には勝てず、海岸にたどり着くと同時にぎっくり腰で馬から転げ落ちてしまった。
かつては学究の徒としてブリタニアを出で、遥かエジプトのアレキサンドリアへと遊学した若い時の体力は体から失われて久しく、自覚自重していたつもりのマヨリアヌスであったが、ここぞという場面でもあり、昔のつもりで身体を動かしてしまった事が裏目に出てしまった。
既に到着していた海兵たちが慌てて助け起こし、ブリタニア海軍に帯同していたアエノバルブスがすぐさま手当てを施したのであった。
「おお、まあ海岸までもったから良いものの、途中でお亡くなり遊ばされていては、如何ともし難いところでしたな。」
「ううむ・・・・」
アエノバルブスの台詞に痛みとは別の理由で顔をしかめるマヨリアヌス。
「ともあれ、撤収準備は滞りなく進めておりますから問題はありませんでしょう、間もなく狼煙を上げる準備も完了します。」
コルウスがそう言い終わらない内に、海岸の一角から真っ白な煙が湧き上がった。
小船で上陸した海兵たちが、一緒に持ってきた資機材を積み上げ、今まさに松明でその資機材へ点火をしたのである。
しばらくは海岸を舞うように広がっていた白煙は、海風に押されながらも少しずつ上昇し、やがて太い柱のように立ち昇り始めた。
「斥候隊から周囲に騎兵団及び敵勢力は見当たらないとの報告です。」
コルウス提督の副官がそう報告する。
アルトリウス率いるブリタニア騎兵団へ、ブリタニア艦隊の正確な停泊場所を知らせる合図の狼煙であるが、この合図は他の者達からも当然見る事が出来る。
現在アルトリウスが戦場で対峙しているピクト・スコット連合軍やサクソン傭兵隊は、基本的に騎兵部隊を持たない為、例え狼煙に気が付いたとしてもブリタニア騎兵団が騎馬部隊の優速を生かして振り切る事が可能であるものの、付近に徘徊する山賊や野党の類に近い者達を呼び寄せてしまう可能性があった。
コルウスはその様な輩の襲撃や不意打ちを避け、撤収を迅速に進めるため、アルトリウスらをいち早く発見しようと周囲の丘に斥候隊を配置していたのである。
「桟橋の設営終わりました。」
「ご苦労、もう一度強度確認を終えたら、補給船の接岸を急がせてくれ。」
次いで通信兵が簡易桟橋の設置が終わった事を報告する。
コルウスは今までとは違い、今回は全部隊の撤収である上に、騎馬部隊を船に乗せなければならないことから、マヨリアヌスが設計図を引いた迅速な展開、撤収が可能な組み立て式の簡易桟橋を搭載してきていた。
小船による馬の収容は馬が暴れる可能性があるだけに危険であり、また時間もかかる。
その点桟橋であれば足場が安定している事から馬が暴れる事も無く、直接船舶へ乗り込む事が出来るために素早い乗船が可能である。
補給船が簡易桟橋に接舷し始めたと同時くらいに、一番東寄りに派遣していた斥候隊から火矢が2本、夕暮れの薄闇に飛ばされた。
「アルトリウス総司令官の姿が見えたようです。」
「総司令官、狼煙が見えました。」
「・・・」
「・・・総司令官?」
グナイウスは自分の報告にどこか上の空で頷いたアルトリウスに不審感を持ち、向き直ってみたが、アルトリウスは口を引き結び、無表情で前を見据えている。
どこか雰囲気がおかしい事に気が付いてはいたグナイウスではあったが、それがどういう風におかしいのかと聞かれても具体的な説明は出来ない。
と、不意に突風が吹き、アルトリウスは身体を頼りなげにふらつかせた。
バランスを取ろうとしたアルトリウスが馬の背から腰を浮かせたため、体へ巻きつけていたマントが外れ、不自然な動きで風にたなびき、アルトリウスの身体は風に煽られる。
それに耐えようと、歯を喰いしばったアルトリウスの口がわずかながら開いた。
アルトリウスの口角から細く血の線が顎まで伝い、鎧の胸部分に血痕が1つ、2つ落ちた。
ぱたっぱたっ
「総司令官!?」
グナイウスがそれを見て叫び声に近い声を挙げ、大慌てで馬を寄せる。
「う、ばれたか・・・話し掛けてくるから・・・」
ごふ
力ない笑みを浮かべ、そういったアルトリウスの口から血が溢れ出す。
「・・・内臓に傷がついてしまったみたいだ、命に関わるほど大きくは無いと思うが・・・」
「それでも怪我はされていたのでしょう!」
アルトリウスの力ない説明に、グナイウスは声に怒気を込めて答えた。
ヘンギストの重い一撃は確かにアルトリウスの身体に届いていた。
アルトリウスは肋骨の裏側を圧し折られ、その折れた肋骨が自らの内臓に触れてしまっていたのだ。
「・・・なぜもっと早く言って下さらないのですか・・・」
グナイウスは馬を止める事無く一旦自分の馬の背にしゃがみ込み、鞍壷を両手で持って自分の身体を支えると、馬にすがったまま地面へ着地し、ぽんぽんと2、3歩地を蹴ると、アルトリウスの馬に飛び移った。
グナイウスは騎士の一人が自分の馬の手綱を拾い上げるのを見ると、無言でアルトリウスの後ろから馬を操る。
「・・・すまない、信用していない訳ではないんだ、ただ満足な治療も受けられない状況で怪我を明らかにしては部隊行動に支障が出るし、それに動揺も生じる・・・自分のせいで全体の行動が遅くなるのは駄目かと思ってね・・・」
グナイウスに手綱を奪われながら、アルトリウスはグナイウスの非難めいた問いかけに答えた。
グナイウスがにやりとしながらアルトリウスの顔を覗き込む。
「・・・総司令官はもう少し我々にいろいろ預けて頂きたいですね、今みたいに!」
「・・・ああ、これからは少し考える事にするよ・・・」
アルトリウスは苦笑しながらそう答えた。
東側を受け持つブリタニア海軍の斥候隊は、先頭を走る総司令官の馬が2人乗りをしている事に気が付いた。
傍らには空の馬が騎士に手綱を引かれて走っている。
「・・・部隊に異常ありだ、もう一本火矢を射ろ。」
斥候隊長に指示を出された海兵が、直ぐに火矢を空に向けて放った。
コルウス提督は旗艦上で、薄い煙と赤い炎をちらつかせながら弧を描いて落ちて行く2本の矢から遅れて、東側からもう一本火矢が飛ばされるのを見つけた。
「部隊に異常有りの印です!」
ざわ・・・
海兵たちが静かにどよめく。
マヨリアヌスの話によれば今まで無傷であったブリタニア騎兵団が、斥候隊の見る限り何らかの形で異常をきたしている。
「慌てるな!敵が現れたわけではない、計画通りに撤収準備を続けろ!」
コルウスに一喝され、不安そうに互いの顔を見合わせ、手を止めていた海兵たちが気を取り直したように口を引き結んで持ち場と仕事に戻る。
大型の補給船も最大数の4隻が既に桟橋へ舫われており、受け入れ準備は着々と整いつつあった。
「桟橋撤収要員は斥候隊と一緒に戦艦へ引き上げさせろ、異常事態が何か分からない以上、最悪の事態と捉え、簡易桟橋は放棄する。」
コルウスは通信兵にそう指示し、撤収を急がせる。
どどどどど・・・・
微かな振動と共に馬蹄の響きが聞こえてきた。
コルウスが仰ぎ見ると、丘の切れ目からブリタニア騎兵団が海岸に向けて疾走して来る様子が目に入ってきた。
先頭のアルトリウスは、後ろから副官のグナイウスに手綱を引かれているのが直ぐに分かった。
「・・・よりによって総司令官に異常があったか。」
「提督、アエノバルブス殿からの連絡です。」
通信兵がコルウスに声を掛けてきたので、コルウスはそのまま続けるよう促した。
「総司令官を揺れる小船で旗艦に収容するのは難しいので、桟橋に着けた補給船へ収容し、アエノバルブス殿は直接補給船へ向かうそうです。」
「・・・了解した、何れにせよ海に出てしまえばこちらのものだ、迅速に行動するよう全部隊に今一度布告して置くように。」
通信兵が下がると、コルウスは沖合いに停泊する戦艦を見る。
今のところ海上からの敵も見当たらないようであり、ブリタニア騎兵団は到着した者から馬ごと順次補給船へと乗り込んでいく。
収用は順調に進められていた。
アルトリウスは騎兵団を収容する予定であった補給船に担架で収容され、全速で小船を漕がせて旗艦からやって来たアエノバルブスが手当てを開始していた。
「おお、まさかこんな所でお主の初手当をする事になろうとはな、まあ任せておけ。」
アエノバルブスが憮然とした表情をしながらも、どこか弾んだような声でそうアルトリウスに言った。
「・・・何か釈然としないものを感じるけれども・・・お願いします・・・」
アルトリウスが痛みからか、はたまた別の理由からか、うつぶせのまま引きつった顔で応じる。
破損して歪んだ鎧は、脇の留め金が同じように歪んでしまい、グナイウスや騎兵達の手を借りて、ようやくアルトリウスから引き剥がされた。
「うわ・・・」
若い騎兵の一人が鎧と服を破りとって出てきたアルトリウスの背中を見て思わずそう漏らす。
アルトリウスの背中は骨折と内出血でどす黒く変色し、パンパンに膨れ上がっていた。
「おお、これはまた派手に圧し折られているな!」
「・・・普通そういうことは患者へ聞こえるように言わないのが鉄則では無いのですか?」
やはりどこか弾んだような口調でそういいながらアルトリウスの背中のあちこちを軽く押したりつついたりするアエノバルブスに、アルトリウスは痛みを堪えながら抗議する。
「おお!医者の心得をお主に諭されるとは・・・まあ余計な心配はするな、こんな事をするのはお主にだけだ。」
「・・・・・・・・」
アエノバルブスは絶句しているアルトリウスを余所に、アルコールを幹部に塗りつけると、周りで見ていた騎兵達に同じようにアルコール消毒をさせ、目で合図してアルトリウスの身体を押さえ付けさせると、幹部に手を添えた。
「・・・えっ?」
戸惑うアルトリウスをこれまた完全に無視するとアエノバルブスは、いきなりナイフでアルトリウスの幹部を切り開いた。
「・・・!!!」
いきなりの事でとっさに声も出せず、6人がかりで押さえ付けられたまま口をパクパクさせるアルトリウスの背中から、どす黒い血がぶわっと溢れ出し、担架を汚した。
アエノバルブスは生理水を使って内出血を洗い流すと素早く折れてずれたままの骨を遭わせ直し、再度にじみ出てくる血を無視してそのまま骨を絹糸で繋ぐ。
「おお、これで骨折は大事無い、次は内臓であるな・・・」
「ううっ」
アエノバルブスの声に反応してようやく声を出すアルトリウス。
余りにも酷い怪我の状態と相反するその素朴な反応に、アルトリウスを押さえ付けている騎兵達の方が痛そうに顔をしかめる。
「・・・おお、もうちっと痛そうな反応をせんか~面白みの無い・・・」
アエノバルブスは面白く無さそうにぶつくさ言いながら、身体をびくびくと震わせているアルトリウスの傷口をまさぐる。
「おお、やはり肝臓が傷ついているのであるな。」
アエノバルブスはアルトリウスの傷口をまさぐる手を止め、そうつぶやくように言うと素早く細く小さな針に絹糸を通し、血が滲み出て来る部分を縫い付ける。
「うあああ・・・」
内臓に直接触れられる激しい痛みにアルトリウスがうめき声を上げ、身体ががたがたと揺れた。
「おお!何をしている、しっかり押さえ付けておかんか!!」
思わず手を緩めてしまった騎兵達をそう叱責しながら、アエノバルブスは額に汗の玉を浮べながら血の出てくる部分を一々確かめては縫いつける作業を繰り返していく。
補給船上でアルトリウスの治療が進められている最中にも、ブリタニア騎兵団の収容作業はコルウス提督の指揮の下、予定を大幅に上回る時間が掛かっているものの、順調に継続されていた。
大型の補給船1隻あたり約100騎の騎兵を収容できるため、簡易桟橋を搬送する船を含め、マヨリアヌスは22隻の補給船を用意していた。
ところが本来であれば4隻ずつ5回の入れ替えで済むところが、アルトリウスの運び込まれた補給船については、その治療のためアエノバルブスが揺れの大きい外洋へ出る事を止めさせた為、未だ簡易桟橋へ係留されたままである事から、3隻ずつ7回の入れ替えが必要になった。
そうした事も考慮して一番陸側の端に繋留していた補給船へとアルトリウスを運び込んではいたものの、どうしても大型の補給船が離岸する際には邪魔になる。
不測の事態への対処が重なり、収容作業は順調であったが時間は予定を大幅に超えて掛かってしまっていたのである。
「・・・どうも丘の上が薄ら寒いな。」
コルウスが旗艦から陸側を眺め、渋面で誰に言うともなくつぶやいた。
コルウスが一抹の不安を持ったのは、本来一番最後に引き上げさせるべき斥候隊を、置いてけぼりを怖れて先に引き上げさせてしまったことである。
正直アルトリウスの状態がそこまで酷いとは考えていなかったコルウスの指示ミスであったが、斥候隊が引き上げてしまった今、ブリタニア軍は陸側に全く目を持っていない状態になっており、敵が近付いている事を知るすべがなく、万が一奇襲や強襲を受ければ海岸線で乗船待ちをして油断しているブリタニア軍はひとたまりも無い。
コルウスはこれを補うべく、海側からの敵に備えさせていた、戦艦を海岸線ぎりぎりまで近づけるよう指令を出した。
敵が現れた場合、いざとなれば戦艦の弓やバリスタで敵を追い払おうという趣旨である。
コルウスは今のところ周囲の海岸や付近一帯の海域に敵船の姿は無いことから、この時点で万が一敵船の接近が発見されたとしても十分対処が可能と判断したのだ。
コルウスは通信兵が旗信号で沖合いの戦艦に指令を伝えている様子を見ながら自嘲気味につぶやく。
「・・・もう既に一回失敗しているからな、臨機応変に対応しなければ・・・」
いつもブリタニア軍全体が頼りにしているアルトリウスは負傷により治療中、マヨリアヌスもある意味ではあるが負傷し旗艦に収容されて指揮を取れる状態にない。
また、副官のグナイウスはアルトリウスに掛かりきりで、とても艦隊を含めた指揮を取れるような余裕は無く、コルウスは全責任が自分の肩に掛かる重圧をひしひしと感じた。
「総司令官はいつもこんな重圧に晒されていたのか・・・」
今更ながらアルトリウスの過酷な責務を、仮初めとは言え自分が担う事で感じ取ったコルウスであったが、今は感傷に浸っている時間すら惜しく感じられる。
ジリジリと焦りだけが募る時間が訪れた。
「残り4隻です。」
通信兵がアルトリウスが乗った船を含め、ようやく最後の組となる補給船が着岸し、騎兵達の収容を始めた事をコルウスに報告する。
しかしそれと同時にマストへ登らせていた見張り兵から絶叫が届いた。
「敵が現れました!」
「・・・戦艦隊はバリスタの発射準備をせよ、補給船は弓を持っている者は全員甲板で応射準備!」
コルウスは内心の動揺を押し隠し、通信兵に指示すると、簡易桟橋へ着岸中の4隻へも敵が現れた事を伝えさせる。
誰もがアルトリウスの乗せられた補給船を気にしていた。
「・・・おお、疲れる事この上無いわ・・・!全く、お主と来たら、したらしたで厄介極まりない大怪我をしおって・・・」
「・・・・・」
アエノバルブスはそう言うと、アルトリウスの血でまみれた手を手水鉢で洗い、手渡された布で額に浮いた汗を拭った。
痛みで意識朦朧としているアルトリウスに聞こえているかどうか分からないまま、アエノバルブスは、ほう、とため息をついた。
「・・・何れにせよ、ブリタニアは軍の有能な総司令官を失わずに済んだのであるな、まずこれで一先ず大事あるまい。」
再度汗を拭いながらアエノバルブスは誰に言うともなくそうつぶやくと、アルトリウスを押さえ付けていた騎兵の一人に声を掛けた。
「・・・グナイウス殿に伝えてくれい、最早船を動かしても構わんとな」
簡易桟橋を踏み抜かんばかりにして残りのブリタニア騎兵達が補給船へと乗船する一方、アルトリウスの乗せられた補給船は舫綱を解きほどきはしたものの、他の補給船が簡易桟橋から離れなければ離岸できない位置にあるため、未だ動く事が出来ずにいた。
「早く離岸するように命令しろ!」
グナイウスが苛立ちも顕に担当の海兵を怒鳴りつける。
まだ敵の姿はグナイウスから見る事は出来ないものの、焦りは普段冷静なグナイウスを相当苛立たせてしまう。
海兵はしきりに恐縮して部下達を急かして作業を進めるが、何分補給船そのものの図体が大きい上に、普段と異なる簡易桟橋からの離岸であり、急迫の場面において不慣れな部分が露呈し始めていた。
外海側からやっと1隻の補給船が離岸し、直ぐにもう1隻が続こうとしたその時、誰かが悲痛な叫び声を挙げた。
「危ないっ!!!!」
その直後。
ががががぎぎぎぎぎぎぎぎいいい・・・・めりめりっばきばきばき・・・
突如として、何かが裂ける様な轟音が轟く。
敵に注目していたコルウスが轟音に驚き、簡易桟橋に目をやると、補給船同士が衝突してしまっていた。
最初に離岸した船が十分に離れる前に、続いた船が離岸を焦る余り、急激に船首を振った為、先行した船の横腹に船首が突き刺さってしまったのだ。
「くそっ!よりによって最後のこの場面で事故かっ!!」
コルウスが舌打ちと共にそう吐き捨てるように叫んだ。
しかし、コルウスは苛立ったもののうろたえる事は無く、冷静さを保ったまま指示を矢継ぎ早に出す。
「直ぐに身軽な戦艦を救助に向けろ!事故を起こした補給船は放棄する。」
「救助する戦艦は直接事故船へ接舷するな、上陸用の小船を出せ!」
「装備品や馬は捨てろ!兵士を救え!!」
もつれ合ったまま、ふらふらと沖合いに流されてきた補給船は、衝突した舷側が大きく破損し、歪んだ船体のあちらこちらから漏水が始まっていた。
収容した馬達が異常を感じ取って騒ぎ始めるが、騎兵達はどうしてやる事もできず、ずっと苦楽を共にしてきた愛馬を全員が胸を裂かれる思いで見捨てざるを得なかった。
そんな中、ようやくもう1隻が離岸し、アルトリウスが乗せられている補給船の離岸準備が整った。
「急げ!!」
グナイウスが海兵に檄を飛ばす。
ひゅひゅひゅひゅ・・・・かつかつ、かかっ
その直後、矢が船の舷側に突き立った。
驚いたグナイウスが矢の飛来した方向を見ると、サクソン軍が丘の上に陣取っているのが見えた。
「・・・くそっ、間に合うか・・・?」
「放てええええっっ!!!」
グナイウスが唇を噛み締めたとき、裂帛の気合と共に弦の弾ける音が炸裂した。
ばんばんばんばんばん
コルウスの号令で、旗艦に装備されている戦艦搭載型のバリスタ(大石弓)が一斉に放たれる。
しゅるしゅるしゅるしゅる・・・・
どん、どどどどっ・・・どんっ
弓を放とうとしていたサクソン軍の戦列に大型の矢が凄まじい勢いで次々と到達し、サクソン戦士たちをなぎ倒していく。
血煙と肉片が舞い上がり、隣の戦士同士が一緒くたに地面へと縫い付けられていく。
しかしそれでもサクソン戦士たちは怯む事無く、降り注ぐバリスタの大矢を掻い潜って矢を放ち続けてきた。
ひゅひゅひゅひゅ・・・・かかかかっかかかっ
先程より遥かに多い数の矢が船の舷側や帆に突き立つ。
「次弾装填急げ!」
それを見たコルウスが焦りを隠し切れない声色でバリスタの次弾装填を命令する。
ゆっくりとアルトリウスの乗った補給船が簡易桟橋から離れ始めたが、その動きはいかにも遅く、外洋へと向かい始めているほかの戦艦や補給船に乗り込んだ兵士達は手に汗を握ってその様子を眺めている。
先程事故を起こし、沈み始めた補給船と、その補給船から兵士を救い上げている戦艦からもその様子は見て取れた。
うがああああああああああああああ
丘の上からサクソン軍が突撃を開始した。
最早アルトリウスの乗った船の離岸はなったが、何れにせよこの距離と速度では船に乗り移られてしまうのは防ぎようが無い。
「・・・・・・」
もつれ合ったまま簡易桟橋の端に引っかかって止まった補給船に乗って救助を待っていた約50名の騎兵達は、その様子を見て一人の騎士に顔を向けた。
騎兵達の視線を受け止めたその騎士は、漏水した海水を浴びてずぶ濡れのままではあったが、威厳ある様子で静かに頷いた。
「・・・みんなの気持ちは分かった、カレドニア侵攻からここまで無傷で来れたが、最早命大事という状況ではなくなってしまったようだ・・・」
そう静かに切り出すと、ブリタニア騎兵団第8騎兵小隊長のマルクス・アリメントゥスは傍らに愛馬を引き寄せる。
「アルトリウス総司令官の指揮に服す事がこれで出来なくなるのは残念だが、また来世での楽しみに取って置くとしよう!」
騎兵達は、馬に飛び乗ると、補給船から次々と簡易桟橋へと躍り出る。
その騎兵達の先頭に立ったのは、一際大柄な武人然とした騎士であった。
その騎士は自分の長剣を抜くと、その剣を天にかざし、それからアルトリウスの乗せられている補給船の方向を名残惜しそうに見つめた後、きっとサクソン軍を睨み据えた。
「ブリタニア騎兵団第8騎兵小隊長、マルクス・アリメントゥス!」
その声を合図に、次々と第8騎兵小隊の騎士達が名乗りを挙げていく。
全員が名乗りを上げ終わると、その姿を誇らしげに、そして頼もしそうに眺め、マルクス騎兵小隊長が叫んだ。
「第8騎兵小隊突撃!サクソンどもを蹴散らせ!!!」
うおおおおおおおおおお
簡易桟橋上に馬蹄の音を轟かせ、第8騎兵小隊の猛烈な突撃が敢行される。
わああああああああああ
どっと簡易桟橋の上を一列になって駆け出す第8騎兵小隊に対して、海上から一斉に弾けるような声援が送られた。
サクソン軍は、まさか反撃があるとは思っておらず、突然の騎兵小隊の出現に戸惑い、そしてたった50騎の突撃は、サクソン軍を大混乱に陥れた。
マルクスら第8騎兵小隊は、サクソン軍の歩兵隊の中に乱入すると、その陣を切り裂くようにちりじりに分かれて暴れまわる。
マルクスらは長剣でサクソン軍に切り込むと、怯んだサクソン傭兵たちを次々と血祭りに上げたが、その内に体勢を立て直したサクソン軍の対騎兵部隊である長槍兵が到着すると、馬を仕留められ、相次いで騎兵達も討ち取られ始めた。
「くっ、これまでか・・・!!」
馬を長槍で討ち取られ、落馬したマルクスはそれでも激しく抵抗し、槍の穂先を切り飛ばし、盾を叩き割ってサクソン傭兵の命を奪ったが、背後から腰に槍を差し込まれ、更には正面から胸板を槍で突き通され、吐血すると静かに絶命した。
「・・・アルトリウス総司令官、ブリタニアの未来を頼みます・・・」
眠るように、微笑すら浮べた穏やかな表情のまま、そっとまぶたを閉じたマルクスに、サクソン戦士たちは気味悪そうにその近くから離れた。
「・・・アルトリウス・・・」
その様子を見ていたヘンギストは苦虫を噛み潰したような表情でそうつぶやくと、べっと地面につばを吐き捨てて毒づく。
「・・・所詮強いとは言っても軟弱で卑屈なローマの後裔かと思っていたが・・・この統率力と戦士たちの覚悟は侮れん・・・」
ヘンギストは、ぎりりと強い視線を沖合いのブリタニア艦隊へ向けると、もう一度べっと地面へつばを吐き捨て、くるりと踵を返して内陸方向へと立ち去った。
「・・・・すまん、恩に着る・・・・!!」
マルクスの小隊がサクソン軍の波に呑み込まれるのを否応無く見届けると、コルウスは全滅した第8騎兵小隊に海上から最敬礼を送ると、目に涙を浮べたまま命令を下した。
「騎兵小隊の犠牲を無駄にするな!アルトリウス軍総司令官を収容し次第直ちにブリタニアへ帰還する!」
未だ混乱しているサクソン軍に追撃の気配は無く、沈みかかった補給船に最大限の警戒をしながら海岸線へと近付いて来ている。
アルトリウスの乗せられた補給船は、簡易桟橋を離れ、漕ぎ手達の懸命の櫂走でするすると沖合いに進み始めた。
折から吹き付ける陸側からの強風にも助けられ、船は短時間で戦艦軍の集合地点まで進行してくる事ができた。
コルウスはバリスタの一斉射撃を2度繰り返し、海岸に近寄るサクソン軍を牽制すると、戦艦と補給船に隊列を組ませる。
隊列を組んだブリタニア艦隊は、コルウスの指揮下、海岸でたむろするサクソン軍を尻目に、進路を南へと取って航海を開始した。