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第10章 内紛の兆し

アンブロシウスは二日酔いに痛む頭を振りながら執務室へと向かう廊下をいつもよりゆっくりと歩いていた。

普段から節制を心掛けているアンブロシウスであったが、理由は言うまでもないが昨日ばかりはすこし羽目を外し過ぎたようで、青い顔をしている上に、心なしかふらふらしている様子が覗えた。

アルトリウスが頑なに拒んだ場合、アウレリアをいずれかの派閥へ嫁がせることも考えていたアンブロシウス。

そのような事態に陥った場合、家族であるアウレリアを犠牲にするばかりか、アンブロシウスとアルトリウスの間にも亀裂が入る事は避けられなかったであろう。

まず結果は良いほうに落ち着いたと言えた。

痛む頭を気にしつつもにんまりと笑うアンブロシウス。

「・・・しかしアウレリアにあんな積極的な面があったとは驚いたな・・・」

アンブロシウスからすれば、今までアルトリウスに対する気持ちを抑え、優しく我慢強い上に常に控えめなところのあるアウレリアがあれほど強く自己主張をするとは夢にも思っていなかったので、この話が出てからのアウレリアには本当に驚かされっぱなしだった。

各勢力からのアルトリウスに対する婚姻の申し入れがあったのが2週間ほど前、それから直ぐ領地にいるアウレリアを呼び寄せてマヨリアヌスと一緒に彼女を説得しようとしたところ、アウレリアの方から婚姻に関する事ですね、と切り出された。

アウレリアは最近の情勢から、カストゥス家の勢力拡大若しくは安定のため、どこか別の家に嫁がされる事を予想していたようで、ついに来るものが来たというようなさばさばとした様子であったが、相手がアルトリウスであるという事を聞き、態度が一変した。

「・・・分かりました、先生、アンブロシウス、私が絶対アルを説得して見せます!」

何故か・・・今思えば千載一遇の好機に興奮していたのだろうが・・・顔を真っ赤にし、拳を握り締めてそう言い切ったアウレリアは、アンブロシウスに召喚状と副官クィントス及び、コルウス提督宛ての書状を用意させると、領地から到着したその日の内に、旅装を解く事無くアルトリウスのいるポートゥルスマグナムへ素っ飛んで行ったのであった。

うすうすアウレリアのアルトリウスに対する想いを感じてはいたものの、あそこまでの行動力と積極性を見せられるとその想いの深さに感心しないではいられない。

「・・・女は怖いな・・・」

何となく妻の顔を思い浮かべながらそうつぶやいたアンブロシウスは、次いでアルトリウスのうろたえた顔を思い出し、またにやにやする。

・・・まあ、アルトリウスをあれだけうろたえさせられる機会はもう無いだろう・・・

「アンブロシウス総督代行。」

アンブロシウスがそんな事を考えていると、不意に後ろから呼び止められる。

振り返ると、昨日同じくらい飲んだはずのデキムス・カイウス・ロングス行政長官がいつもどおり謹厳実直を絵に描いたような面持ちで立っていた。

「・・・ああ、行政長官、何か御用ですか?」

普段朝から仕事を共にする事は少なく、むしろ昼過ぎにデキムスがアンブロシウスに決裁を求めて執務室へやってくる事が普通なので、アンブロシウスが不思議に思って用向きを尋ねた。

「昨日はどうもお招き戴きまして有難うございました、ついては父に例の婚姻の申し入れについて断りを入れた件なのですが・・・。」

アンブロシウスは、その言葉で用件がローマ官僚派の旗頭、カイウス・ロングス属州議長が申し入れてきたデキムスの娘であるテルティアをアルトリウスへ嫁がせると言う話を断った事に関するものだと分かった。

「それで・・・議長はなんと?」

「はい、以前からの約束事であれば仕方ない、積年の重いかなったアウレリア嬢については祝福を、と申しており一応納得はしていたようですが・・・アンブロシウス殿には、中立であるならば最後まで中立であるようにと言付かっております。」

「・・・そうですか。」

片っ端から結婚の申し込みを断っていたアウレリアの事は有名であったところに今回の結婚であるから、そう言われても不思議は無い。

良い方に解釈してくれるものだという思いと、一言釘を刺された事で苦笑いするアンブロシウスに、デキムスはもう一つと付け加えた。

「女性の想いはあだやおろそかにするべからず、すれば積年の想いは恨みと化す、とも申しておりました。」

カイウスは女性の想いの恐ろしさを理由に申し出を引いてくれたようであった。


昨日、酔いつぶれる前にアンブロシウスはアルトリウスへ申し入れられた全ての縁談について書状で理由を記し断る旨の回答を送った。

カイウス議長はロンディニウム在住であるため一番早く回答に対する返答を受ける事ができたが、北方のボルティゲルンはおそらく10日前後、ラヴェンナに居るスティリコについては1月以上掛かってしまうだろう。

また、ブリタニア内部の派閥からの申し入れについては、身内の問題として処理できるものの、スティリコの申し入れについては、外交として捉えるか、内部の問題として捉えるかで微妙な部分があり、より厄介であったが、アンブロシウスらは結論から言えば断っても問題は無いだろうと判断していた。

スティリコ自身もアルトリウスが応諾したとしても、降嫁させる皇族の手当てはずっと先の事として考えていることは、その書状からも明白であった。

具体的な皇女の氏名が上がっていない上に、蛮族ひしめく中、コンスタンティヌスの勢力圏を通ってロンディニウムまでどうやって皇女を送り届けるかと言う問題があるが、それについては全く触れられておらず、アルトリウスが婚姻に応じたとしても実現は極めて困難であろう。

スティリコとしてはローマ本国とブリタニアが連絡し合ったという事実、つまりはコンスタンティヌスが挟撃されるかもしれないという危機感を持つような状況を作れればそれで良かったのではないか、というのはマヨリアヌスの言である。

事実、海路でローマの使者が到着した際、わざわざ来航の目的を高らかに使者が読み上げるというパフォーマンスまで行っている。

明らかにコンスタンティヌスの目を意識した工作であり、事実コンスタンティヌスはこの直後に使者を派遣してブリタニアの動静を把握すべく努めていた。

現在ブリタニアの通商権を握っているアンブロシウスとしては、ローマ本国及びガリアとの通商は継続して行いたいが、かといって同じローマ内での争いに加担してローマ勢力の総合的な力が低下する事態も防ぎたいことから、ガリアのコンスタンティヌスとローマ本国のスティリコの力が拮抗しないまでも牽制し合い、にらみ合っている状態が今しばらく望ましいと考えていた。

アンブロシウスは、スティリコが書状では特に通商権を停止させる等の脅かし的な文句を使用しておらず、決してブリタニアに二者択一を迫っているわけではない現状を生かして、中立を守る事にした。

アンブロシウスが執務室に入り、進まない書類仕事と格闘していると、アルトリウスがやってきた。

「入って良いですか従兄さん。」

「・・・ああ。」

いつもと違い元気の無い声を出すアンブロシウスを心配したのか、眉をひそめてアルトリウスが執務室へ入ってきた。

「調子が悪そうですね、大丈夫ですか?」

「ああ、大事無い、ただの二日酔いだから。」

アルトリウスに負けないようなしかめ面で応じるアンブロシウス。

「で、こんな朝早くから要件は何だ。」

「ご存知かもしれませんが、蛮族の動静、動向についてです。」

アルトリウスはそう言いながら後ろに続いている司令官達を振り返った。

昨日小宴という大宴会に参加したメンバーがけろりとした顔で揃っているのを見て、アンブロシウスは昨日の酒がぶり返したような顔でうなずいた。

「話を聞こう。」

人数が多くなった事から、アンブロシウスらは一旦行政庁舎の会議室に場所移し、改めてグナイウスらから近況報告を受けることにした。

 ロンディニウムで執務中も定期的に文書で報告は受けていたアンブロシウスだったが、前線で戦っている人間から直に話を聞くと、やはり情勢が変わりつつある事に気付かされる。

「そうか、やはりサクソン人が多くなっているんだな?」

「はい、手漕ぎ舟程度の船ですが、フランクや東方の諸部族に押出されてやむなく渡って来る者も多くなっているようです、しかし難民とはいえ当然蛮族ですから、上陸してからやりたい放題です。」

 グナイウスも難民とも侵入者とも判断の着かない連中の対応に苦慮している様子が覗われた。

 今までの略奪目的では無く、明らかに移住を目的としてやって来る蛮族が増えている事に、アンブロシウスは危機感を覚えた。

アルトリウスも同じ感想を持ったらしく、難しい顔をして机に置かれた巨大なブリタニア全図を眺めている。


「問題は蛮族だけではない、豪族同士や豪族と都市の間で勢力圏争いや土地争いが頻発している、我が父ボルティゲルンが煽っている節もある、この機会に自らの威勢や勢力を高めたいのだろうが愚かな事だ、我が父ながら情けなく・・・申し訳ない。」

騎兵司令官のボーティマーがそう発言すると、場は一層張り詰めた雰囲気に包まれる。

ローマ軍のガリア出征以来、一致団結して外敵である蛮族に対抗して来たブリタニアの諸勢力であるが、ここに来て内輪もめが顕在化し始めていた。

もともとの在地勢力で農業に基盤を置き農村に暮らすケルト系ブリタニア人の土豪と、都市に集住して商工業を主な生業としているローマ系ブリタニア人はその経済基盤や生活スタイルが異なる事から、対立らしい対立は生じていなかったが、ここに来てお互い相手への影響力を拡大しようと試みつつあり、今までそれ程問題にならなかった都市と農村の領域や境界線を巡ってしばしば揉め事が起きていた。

片や自力で工業製品を生産し、自立したい土豪、片や不安定な情勢下、安定した物資供給を求める都市側、この双方の思惑が衝突を惹起していた。

そしてボルティゲルンの存在である。

彼は属州議会での発言力強化に気を良くし、土豪の代表格として最近とみに各地、各界への影響力行使を計って策動しており、その勢威はアンブロシウスも無視できないようなものになりつつあった。

当初は争い事を訴訟にて解決しようと図ったブリタニアの有力者たちも、アンブロシウスの裁定が余りにも公平過ぎたために、今更ながら自分の思い通りに行かない事を不満に感じ、実力行使に出始めたのだ。

最近は紛争まがいの武力衝突まで起きている。

ブリタニア軍はそのような内部紛争にも調停者として出動せねばならず、時には行為の行き過ぎた勢力と剣を交える事態にまで発展する事もあった。

しかし公平なブリタニア軍をよそに、ボルティゲルンは内々ではあるが自分に組する勢力に加担し、軍事的な援助を与えて武力衝突を唆して反対勢力の力を削ぎ、自分に組する者同士の争いには利をもってこれを抑え勢威を高めていた。

豪族の中にはアルマリックのように、私兵を率いて北方の蛮族を制し、公平な調停者としてアンブロシウスとブリタニアを支持する声明を出すなどボルティゲルンとは一線を画している気概のある者達もいるが、あくまでも少数派であり、ブリタニアはボルティゲルン派とアンブロシウス派への二極化が進んでいた。

もともとアンブロシウスは、ケルト派、ローマ派の対立の上に中立の自分が調停者としてブリタニアの舵取りをする事を目指していたが、ガリア出征によってローマ派の受けたダメージが予想以上に大きく、またケルト派のボルティゲルンがこれまた予想以上に野心家であった事がアンブロシウスの目算を狂わせた。

抜け目無くアルトリウスを取り込もうと縁談を持ちかけてくるあたり、ボルティゲルンが油断のならない人物である事を証明している。

また、アルトリウスらブリタニア軍の活躍によって得られた小康状態を利用し、アンブロシウスはブリタニアそのものの強化を目指して積極的にローマ各地と交易を行い、得られた富を農地や人材の確保、軍の装備や兵士の充実へと費していたが、それに対抗するかのようにボルティゲルンは招集や徴兵が進まなくなったブリタニア人を諦めてゲルマン人特にサクソン人傭兵を雇い始めた。

内紛で出動したサクソン人傭兵は容赦が無く、襲われたボルティゲルンに反対する勢力の町や村がいくつも灰燼、廃墟と化していた。

再三に渡るアンブロシウスの申し入れにも耳を貸さず、ゲルマン人、特にサクソン人傭兵を雇い入れるボルティゲルンは、逆に属州議会でブリタニアの兵力不足を補うためにサクソン人を雇う事を提案するとまで言って寄越していた。

「馬鹿なことを!!家も無い強盗に自分の家のカギを渡して警備を頼むようなものです!結果は火を見るよりも明らかでしょう!!!」

その事実をアンブロシウスから聞かされたアルトリウスは血を吐くようにそう言った。

「ブリタニアに蛮族を、ましてやサクソン人を入れるなどという提案は絶対承服できません!!」

ブリタニア軍の司令官達は全員がアルトリウスの意見に賛同するかのようにうんうんと頷き、アンブロシウスを見た。

「・・・残念ながら、これは多数意見になりつつある、北方と東方にサクソン人を住まわせて我々の防壁にしようという意見で、心情的なものを除けば、理には適っている。」

アンブロシウスが苦しそうにそう言ったが、その意見は彼の本心からの物でない事はその顔を見れば明らかだった。

「食い詰め者に家を与えて我々の為に働かそうというのですか、しかし、果たしてそう上手く事が運ぶものでしょうか・・・。」

グナイウスがポツリとそう言った。


「いずれにせよ、この提案は次の属州議会でボルティゲルンが必ず発議し、恐らく賛成多数で可決される事になるだろう。」

懸命なアンブロシウスの働きかけにもかかわらず、大勢は決しつつある。

ブリタニアは今までも移民を受け入れてきており、移民自体はそれ程抵抗感のある事ではないためでもあるが、何よりも「毒をもって毒を制す」を実践出来る、ボルティゲルンの提案には、住民達に土地を明け渡させる意義があると考えたのかもしれない。

ましてや有力者たちにとっては、支配する住民はブリタニア人からサクソン人に変わるが、土地やそこから生み出される財産は変わらない訳であるから、強いサクソン人を入れるという方針は、今後土地を荒らされる確率が減る事を意味しており、魅力的に映った。

「何のために我々が今まで蛮族相手に奮戦してきたと思っているのでありますか、ブリタニアを土地を蛮族に空け渡さんが為、市民を蛮族から守るためではないですか?これでは本末転倒であります!」

憤懣やる方ないといった風情で一気にしゃべる重兵器兵総監のガルス。

ティトウスもぼりぼりと頭をかきながら発言する。

「そもそも、うまく行くのか、その移住は?いくらサクソン人を入れるったって元の住人が嫌がれば無理じゃねえか?元の住民をさらに移住させるったって行く場所も無いだろうによ。」

アンブロシウスはそれについても顔を曇らせる。

「確かにそうなんだ、土地の荒れた東部と北部といっても元の住民がいる、既に賛成派の領地では移住が始まりつつあるが、どちらかと言えばサクソン人が入って来るという噂に怯えて自発的に西部へ避難している形で、受け入れ態勢が整っていない地方では混乱や暴動も起こっている、今のところ空いた土地や荒蕪地を開拓して手当てしているが・・・」

ブリタニアは概して西側は地味の薄い土地が多く、カンブリアやコーンウォールの荒蕪地を手配しても、元の土地と同じようにはいかない上に、このまま避難が続けば早晩、そんな空隙地もなくなってしまう。

アルトリウスは暗い顔で言った。

「従兄さん、絶対この計画は失敗します、一時的には成功を収めるでしょうがそれは根本的な解決には繋がりません、いずれにせよ、そう遠くない将来サクソン人はより大きな利を求めてくるのは間違いありません、我々は自らの命や財を犠牲にせずサクソン人の要求に応える事も、サクソン人の要求を実力で退ける事もできず、ブリタニアから追われる事になるでしょう・・・」


アルトリウスはアンブロシウスらとの会議を終えた後、駐屯地へ戻るほかの司令官らと別れ、ロンディニウムにあてがわれたブリタニア軍総司令官用の官舎へ向かった。

官舎とは言っても、行政庁舎に隣接する建物というだけであり、アンブロシウスもロンディニウム滞在中はここで寝泊りをしている。

そのアンブロシウスは、アルトリウスらとの会議の後に、ボルティゲルンと

対立している各地の有力者と会合があり、行政庁舎へまだ残っている。

 アルトリウスも駐屯地へ向かうつもりだったのだが、グナイウスに押しとどめられた。

「婚約とは言えども、新婚の夫を駐屯地へさらったとあってはアウレリア殿にきついお叱りを受けてしまいますからな。」

 グナイウスの言も元より、他の司令官のニヤニヤ顔も気に喰わないアルトリウスだったがしぶしぶ忠告に従う事にしたのは、実際に官舎ではアウレリアがアルトリウスの帰りを待っており、すっぽかして駐屯地へ逃げたりしては後が怖い。

アルトリウスはそれでも良い機会なので、今後の生活の事も含めていろいろアウレリアと話をしておこうと考えた。

 今のささやかな平和がいつもでも続かない事は、ブリタニアに住まう者であればみな分かっていた。

 いつまた吹き荒れるとも知れない戦乱の嵐は、いつも吹く東南と北からでは無く、ブリタニアの内から起ころうとしている。

 ブリタニア軍の創設と活躍によって得られた小康状態をうまく生かす事無く、内輪もめに終始するブリタニアの状況を改めて認識し、アルトリウスはため息をついた。

 「これではこの先が思いやられるな、何のために戦っているのか分からなくなる・・・兵士の士気も下がってしまうだろうな。」

 本来、自己の充実に努めるべき貴重な時間を費やして内部権力闘争を繰り広げ、自らの力をすり減らすブリタニア各地の有力者にはほとほと愛想の尽きる思いである。

 「・・・いっそのこと、実力で統一した方が・・・」

ふと口をついて出た言葉に、アルトリウスは自分で戦慄した。


ブリタニアの武力統一。

「ありえない事だな・・・ブリタニアはもともと一つしかないのに一体どうやって統一すると言うんだ・・・」

無理矢理自分の発想を封じようとするアルトリウスの頭に武力統一の構想が湧き上がるように浮かぶ。

・・・戦力や装備、糧秣の補充は体制が確立できているからアンブロシウス従兄に任せる事が出来る、味方となりそうなのはローマ官僚派とアルマリック率いる中部豪族連合、約3分の1の土豪とほぼ全ての都市がアンブロシウス従兄の下にまとまれば・・・

アルトリウスは半ば恐怖を感じながらそう独り言を言いつつ、その方法についてどんどんと考えを深く、具体的に進めてしまう自分に気付いた。

「いやいや、だめだ、だめだ・・・」

 そういって再度無理矢理思考を断ち切ったアルトリウスは、官舎の門をくぐる。

 「・・・疲れているからこんなとんでもない発想が出る、今日はゆっくりしよう。」

 事態が悪化しつつあるからといって、武力統一という安直でありながら容易ならざる方向へ思いが至った事を恥じつつアルトリウスは部屋に向かう。

・・・万が一にも武力統一が成功したとしてその後はどうなると言うんだ、大きな犠牲の元、いつまでも残る軋轢や負のしがらみを生じさせ、有力者や市民の間に抜き難い不信と怨念、憎悪を残してまで存続したブリタニアは、果たして我々が目指すべきブリタニアの姿なのだろうか・・・

そのような事を考えながら部屋に入るアルトリウスを、アウレリアがお帰りなさい、と迎えた。

今はあくまでも婚約者として、従姉として同居しているアルトリウスとアウレリアであったが、アウレリアがもうすっかり新婚気分である事から、周囲もアルトリウスをそのように捉えてしまっており、最初は儚いと知りながらも抵抗したアルトリウスだったが、最近はすっかりこの新婚生活に馴染んでしまっていた。

「どうしたのですか、いつにもまして難しい顔をしていますね。」

「従姉さん・・・ああ、大丈夫ですよ、いつものように、いつもどおり悩んでいるだけです。」

アルトリウスはため息をつきながら、マントと剣をアウレリアに預けつつそう言った。

アルトリウスはアウレリアから名前で呼ぶよう再三言われてはいたが、その線は譲れないと言わんばかりに未だ『従姉さん』と呼んでいる。

「・・・帰ってきた時ぐらいは笑顔でいて欲しいです。」

アルトリウスのマントと剣を受け取ったアウレリアは、それらの重さを確かめるように胸に抱きながら、大事な仕事では仕方ないですが、と付け加えながら少し不満そうな顔でアルトリウスに応じる。

「・・・笑顔ですか~」

アウレリアの言葉にほろりと苦笑をこぼすアルトリウス。

「・・・苦笑ではありません、アル『笑顔』ですよ。」

人差し指を立ててたしなめるように言うアウレリア。

「笑顔、ですね。」

少し考えてそう言いながらにっこり微笑んだアルトリウスの顔を見て、同じように自分もにっこり微笑むと、アウレリアが言った。

「そうです、笑顔です、笑顔が無いところには平和も安らぎもそして愛もありません、みんなの笑顔が自然に出るような世の中に早くしてくださいね。」

アルトリウスは、アウレリアの笑顔と言葉で自分の心中にあった穏やかならざる気分と思いが湯に溶ける氷のように綺麗さっぱり無くなっていくのが分かった。

「そうですね、笑顔ですね・・・従姉さんはやっぱりすごい。」

 何の事は無い、原点に立ち返っただけの事であるが、アルトリウスは気が付いた。

 そもそもコンスタンティヌスの誘いを蹴り、ガリアへ行かずブリタニアに残ったのは何の為だったのか、アルトリウスは思い出したのだ。

・・・ブリタニアを、ブリタニアの人を守りたいから・・・

 アルトリウスは目の前でニコニコとしているアウレリアを見つめそれから無言でぎゅっと抱きしめた。

「ん?そうですか、すごいですか?」

輝くような笑顔を浮かべて抱きしめてくるアルトリウスにちょっとびっくりしてから、嬉しそうにアウレリアはそう言った。

・・・ブリタニアに住まう人々の笑顔を守るために戦おう・・・

 そう心を決めたアルトリウスに、もはや迷いは無かった。

自分を抱きしめてくるアルトリウスを眩しそうに、照れ臭そうに見ながらアウレリアは、そっと自分の手をアルトリウスの背中に回す。

「従姉さんはすごいのです、悩みは消えましたか?」

何も言わず、さらに力をこめて抱きしめてくるアルトリウスの様子を見て、アウレリアはすぐったそうにうふふと笑いながら、悩みは消えたみたいですね、と言いながら自分もアルトリウスの背中に回した手に力をこめた。

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