勇者様、目覚める
長くてごめんなさい( ̄x ̄;)
不条理は世界にありふれている。
理不尽は世界を覆い尽くしている。
それはどんなに悲しくて、苦しんで、泣き叫んで、慟哭したって、全ての人に降りかかる一つの真理だ。
気づいてない訳じゃなかった。
俺は夢見る子供じゃないから。
気づかないわけはなかった。
人並に悲しみは経験してきたから。
だけどさ、だけど。
「これは、いくらなんでも、ありえねぇだろう・・・・」
風邪をひいたときのようなしわがれた声が自分の口から漏れたのを、他人ごとのように感じた。
心が空っぽだった。
倒すっていう言葉も、護るって言葉も、甘くみてたって思い知らされたよ。
こんなにも重いもんだったんだ、命を背負うってことは。
こんなにも辛いもんだったんだ、命を護りきれないってことは。
こんなにもこんなにも・・・。
「俺は、情けない奴だったのかよぉ!!!ふざけるな!何が守るだ、何が勇者だ!なにもできね~じゃねえか!!所詮俺は、偽物だったからか!!そんなの関係あるか!ふざけるなふざけるなふざけるな!!!!」
手の中にある温もりが、徐々に失われていくのがわかる。
手を伝わる暖かい液体が、服に染みこんでいくのがわかる。
重かった。
濡れた服も、抜け落ちる命の火も、それを見ているだけしかない俺自身も、なにもかもが。
「おやおや・・・・たったこれだけのことで、心が折れましたか?つまらない・・・非常につまらない。興醒めですね」
おどけるようなその声にも反応できないでいる俺を、壊れたおもちゃを見るような目で見た後、やつはため息をついた。
「終わらせて差し上げましょう。それが、私から贈れる最後の慈悲です」
こめられていたのは、意外にも優しい色。
だが、それを不審に思うこともなく、俺はうずくまり続ける。
こぼれ落ちる命を、どうすることもできずに、ただ、途方に暮れて。
振り上げられる手。
振り下ろされる小剣。
だが、それは俺に届くことはなかった。
「何をやっているのですか、あなたは?」
耳に聞こえるのは、心地よいバリトンボイス。
穏やかにも、力強くにも聞こえる声に反応して、そろそろと顔を上げた俺の眼前には・・・銀色に輝くお盆で小剣を防ぐ、一人の男の姿があった。
「我が主を倒そうとし、そして救おうとした気概は、紛い物でしたか?」
ロマンスグレーの魅力をぷんぷんさせながら、じいやさんが笑う。
ただの執事のようで、それは影の男と同種の雰囲気なのに、でも、全然違っていて。
孫を見守り、そして、優しく叱咤する祖父のように暖かい雰囲気がそこにあって。
心が折れかけていた俺は、思わず泣いてしまいそうだったけど。
「あなたはここで崩れ落ちる人間なんかではないと、私は信じています。なによりも、お嬢様が身を挺して守った男が、こんなところで終わるはずがない。我が主を、甘く見てもらってはこまりますよ、ワタル殿?」
その間にも、固い金属音は続いている。
影の男が振り下ろす小剣は断続的に俺たちを狙うけど、その全てを、じいやさんのお盆がはじき返していた。
いまがお笑いモードの雰囲気だったら、是非ともつっこみたいところ。
だけど、こんなにシリアスな空気の中だったら、そんな無粋なことはできなかったし、なにより、そんな余裕もない。
ちょっと現実逃避をぶちかましてお花畑を彷徨いたくなっていた俺を引き戻したのは、この手に抱いた温もりだった。
小さな小さな声で、俺の耳に届く言葉。
「私は大丈夫・・だから、泣かないで・・」
何を言われたのか理解できなかった俺は、頬に触れた小さな手が涙をぬぐってくれたことで、ようやく自分が泣いていることに気づいた。
痛いだろうに、苦しいだろうに、それでも自分を気遣ってくれる少女に、俺はどうしていいのかわからなくて。
ただ、その手を握りしめながら泣いていた。
嗚咽を隠せず、鼻水すら垂れ流して泣く俺はすっげえ情けない奴だろうに、そんな残念すぎる俺に対して、少女に見える彼女は大人びた表情で笑った。
「あなたは私を助けてくれた。敵である私を、護ろうとしてくれた。それだけで、十分だったよ。私にそんな優しくしてくれた人間は、あなたが初めてだったから。だから、それだけで、本当に本当に嬉しかったんだ」
力無い声で、口から零れる血で咳き込みながらも、彼女は俺を労った。
情けなかった。
自分を殴ってやりたかった。
けど、それ以上に・・・・。
「助けてぇよ・・・・誰か、誰でもいい、この子を、助けてくれ・・・助けてください、お願いします」
生まれて初めて本気で祈った。
自分がどうなろうとかまったことなくて、何を引き替えにしても、助けたかった。
それは純粋な祈りであり、それは純粋な願いであり・・・だからこそ、それは・・・届いた。
<望むか?>
傍らにおいてある剣が脈動する。
光を放つ。
それはただの光ではなく、様々に変化する虹色の輝き。
<護りたいか?>
問いかけられる。
確かめられる。
自分の覚悟がどれほどなのか。
自分の何を犠牲に出来るのか。
その問いに対し、俺は言い放つ。
「助けたい。代償が欲しいなら、俺の全てをくれてやる。だから、だから、俺に、護るための、救うための力をくれよっ!」
俺の叫びに、声なき声は言う。
<力が欲しいか?>
再度の問い。
だが、それに対しての答えは、俺の中に一つしかなかった。
「ああ・・・俺に、この子を助ける力を!」
<ならば、願え、望め、己の力を、信じるがいい!>
とたん、激痛が走った。
バラバラに引き裂かれそうになるくらいの痛みに気を失うことすら出来ず、少しでも痛みを紛らすために俺の口から途切れることのない悲鳴が漏れる。
だが、抱きしめた少女の体だけは、離さなかった。
地面に落とさないように、胸の中に強くかき抱く。
「負けるか・・・こんなもんでこの子が助けられるなら、いくらでももってこいやぁぁぁぁっ!」
慟哭に呼応するように、放り出されていた剣が浮き上がり地面に突き刺さる。
光が、よりいっそう強さを増した。
まるで剣自体が光になってしまったかのように発光し、何も見えなくなる。
痛みに、眩しさに、意識を手放しそうになりながら、それでも俺は耐えた。
願うのは、ただひとつ。
救うための力。
そして、気づいたとき。
光は収まり、そこにあるのは一降りの刀だった。
先ほどまでのようなきらびやかな装飾のない、ただの日本刀。
柄の部分に小さな宝玉がはめこまれ、アクセントにはなっているものの、テレビの時代劇でみたものとほとんど代わり映えはしない。
だけどそこには、力があった。
斬るための道具のはずなのに暖かくて。
倒すためのものなのに優しくて。
それは、俺の力なんだ。
<主よ。必ず護れよ>
先ほどとは違い、頭の中ではなく耳に聞こえる声。
しっかりとした、力強い声。
「ああ、ありがとう。ぜって~に護るからっ!!」
俺は叫んだんだ。