勇者様、守る
目を開くとそこは豪華な部屋だった。
さっきと同じ出だしでぼけようとする暇もなく、俺の視界はぶれまくっている。
そりゃ、もう、がっくんがっくん揺れている。
同時に感じる、頬への鋭い痛み。
しばらくは寝ぼけてその痛みを許容していたが・・・・。
「痛いんじゃ、このボケがああああああああああああ!!!」
魂の叫びとともにぶちかます拳が音速の壁を破る。
そう、それは、戦士としての咆哮だった。
俺の全力の鉄拳を受けて、頬を殴り続けていやがった赤髪の剣士は思いっきり吹っ飛ぶ。
もう、なんか、もともとの赤よりも濃い紅に髪を染めながら、気持ちがいいくらいに宙を舞う。
こころなしか、スローモーションにも見えるその様子はいたって派手だが、まぁ、命に別状は無いだろう、きっと。
顔の形が変わるくらいの勢いだったけど、「ふぽっきゅ~~ん」とかわけのわからんことを叫びながら吹っ飛んでたから、たぶん大丈夫だろう。
ギャグ補正バンザイ!!って感じである。
なんかいろんなもんを達成したような感覚に包まれながら、天に向かってこぶしを突き出し続ける俺に、恐る恐るといったような遠慮がちな声がかけられた。
「あ、あのぉ、だいじょぶ・・・ですか??」
ものすごく心配そうな声に、ほのかにびびった感じがまとわりついているが、とりあえず気にしないようにしながら視線を向けると、目の前には美少女。
清楚な感じがポイント高いです・・・グッジョブ!!
なんかよくわからん妄想に足を突っ込みまくってる俺に対して、さらに心配そうな表情を浮かべるリアラに申し訳なく思っちゃって、ついついまともな顔をしてみる。
いや、もとからまともな顔はしてると思うけどもさ!
「あ、だいじょぶだいじょぶ。だいじょぶじゃないのはアレンの頭だけだから、うん」
かなり失礼な物言いに、遠くのほうから「なんだとぉぉぉぉ」って叫び声が聞こえた気がするが、無視だ無視。
男の声なんて、俺の耳には聞こえないぜ。
拒絶の意思をこめて天を仰いでいた俺だが、不意に思い出して、目の前にいるリアラに向き直る。
「まぁ、冗談はこれくらいにして・・・どうなった、あれから?」
急転直下な俺の態度の変化に目を白黒させながらも、律儀であるらしい彼女はたたずまいをなおして報告を開始した。
「王の命により行われた魔王討伐は、戦いに突入する前に勇者ワタル・ブランデッドの突然の介入により停止。一時的にではありますが見送られております。その際、勇者側、魔王側の双方に被害はなし。後のアクシデントにより、勇者側の一人であるアレン・シェフィールドが負傷いたしましたが致命的ダメージには至っておりません」
さっきまでの慌てぶりが嘘のように事務的口調で告げるリアラの頭を「よくできました」となでなでしてあげると、俺は身を起こしながら数メートル離れた先にある人影に目を移した。
その先には二つの人影。
かわいい魔王様とそのじいや(仮名)である。
魔王様よっぽど怖かったらしくまた泣きべそをかいてるし、じいやさんは相変わらずそれを見ておろおろしてる。
どうみても泣いてる孫の扱いに困り果ててあたふたしてるおじいちゃんにしか見えない。
・・・・・最終決戦・・・なんだよなぁ、これって?
魔王戦という言葉の緊迫感からはまったく想像できないグダグダ感に脱力しながら、リアラに向き直った。
「で・・・これからどうする?」
このグダグダ感に終止符を打つべく、生真面目な少女に問いかけるが、返ってきたのは深いため息。
「どうするって・・・こっちが問いたいくらいですよ、ワタルさん?」
非難するわけでもなく、ひたすら困り果てた、途方にくれてる顔で答える。
たしかに、そりゃそうか。
魔王討伐にきて、大変な道のりの末(俺はまったく知らないけども)に魔王との決戦、だが、いざ戦いを始めたときに仲間に妨害される。
普通に考えたら、意味わからんもんなぁ。
若干現実逃避しながら魔王と呼ばれた少女を見る。
さっきよりも激しく泣いてる。
そりゃもう、若干鼻水が出るくらいに。
・・・・・・・・・魔王に見えないよなぁ、どうみてもさぁ。
ため息をつきながら、よいしょっと掛け声を上げて立ち上がる。
そのまま、泣きじゃくる魔王に向かって歩き出す。
威圧感もない、悲壮感もない、ただ散歩に出かけるときのように気軽に。
あまりの殺気のなさに近づいてきていることにぜんぜん気づかなかったらしく、俺が目の前に立ってようやく顔を上げる。
驚きと不安と警戒がごちゃまぜになった表情を浮かべた後、強気の顔へ。
だが、それは無理をしていることをぜんぜん隠せてやしなかった。
「我を、殺すのか?」
押し殺した声。
全てをあきらめた、全てを受け入れた、声。
それは魔を統べる名を冠された存在にしてはあまりにも澄んでいて、そして、あまりにも儚い音を奏でた。
その響きを聞くと悲しくなった。
その震えを感じると切なくなった。
だから、それを振り切るように、右手を彼女へと伸ばす。
一瞬こわばる彼女の体を無視して、頭に手をのせる。
ほぐすように、労わるように・・・そして、愛でるように小さな頭を撫でた。
「ばっか。何にもしねえよ。抵抗できないでいるちびっ子に、んなことできるかよ」
それは俺のちっぽけな誇りで、ただの我侭で、幼き頃の誓いだった。
理不尽には理不尽を、暴力には暴力を、そして、守るべき者は何が何でも護りきる。
当たり前のことを当たり前に返すことを、誓ったんだ。
何か言いたげな俺の仲間は、だけど、何も言わないでいてくれた。
リアラはため息を。
アレンは小さな笑みを浮かべながら、俺を見つめる。
「まったく・・・ワタルは幼女趣味だからなぁ。ちびっこの魔王に情をうつすってのは、まぁ、しかたないわな」
「誰がロリコンだ、この、ギャグ補正野郎!!」
「ギャグ補正が何だかわからんが、俺への宣戦布告だってことだけはわかった!!魔王の代わりにお前をぶちのめす!!!」
「上等だ!表へ出やがれ!!!!」
そのとき、不意にうなり声が聞こえた。
憎しみと苛立ちと、怒りと憤りを感じさせる響き。
憎悪を結晶化させたような声に目を向けると、そこには闇があった。
凝縮した闇は、ヘドロのようにネトついて空間を侵食している。
ひどく、気持ちが悪かった。
吐き気を我慢しながらにらみつけると、その唸りはさらに大きくなった。
大きな部屋の中を埋め尽くすかのように、大きく大きく。
その様子を意味もわからなく見つめながら、先ほどからいがみ合っていたギャグ補正野郎に声をかける。
「おい・・・なんだありゃ?」
「俺が知るわけねぇだろ。だけど、やばいってことだけは感じる・・・な?」
「二人とも、気をつけてください・・・・来ます!!」
リアラの切迫した叫びと同時に、闇が跳ねた。
俺たちの方へ、いや、正確には俺の足元・・・・つまり、魔王へと向かっている。
それはひどく唐突で、普通なら反応できないような速度だった。
だが、しかし。
「あいにく俺たちは普通じゃないんでね!!!」
大声で叫びながら鞘に収められていた剣を、抜刀術の要領で抜き放つ。
反りのない西洋剣は、しかし、驚くほどの加速をつけて前へと押し出される。
求めるのは速さ。
速く、速く、速く、速く、守れるようにと願いながら放たれたその剣跡は闇へと吸い込まれ・・・それと同時に、炎を纏ったアレンの刃がその闇を両断する。
かに見えた。
重力を無視したようなありえない跳ね方で横へ飛び、俺たちの攻撃をかわすと、その闇の塊は地へと降り立った。
無秩序なただの闇だと思われたそれは、鳴動を繰り替えしながら人を形作る。
青年の姿へと。
「これが黒幕ってやつだったら、話が簡単になるんだけどな」
「簡単かどうかはわからね~けど、納得はできるな、こんな女の子が魔王っていわれるよりよっぽど」
軽口を叩き合う俺たちの元へ、笑い声が届けられた。
嘲笑だった。
無知な者を嘲るような、愚かなものを戒めるような、そんな響きを持った笑い。
正直、吐き気がした。
怒りよりも、憤りよりも、嫌悪感が湧き上がる笑い。
自分の中に生まれた感情に流されないように数回深く呼吸すると、剣先をそれに向ける。
ちらりと横を見ると、若干こわばった顔をしているもののアレンも負けていない。
その事実に少しだけ嬉しくなると、俺は目線をその男に戻した。
一言で言うと、漆黒。
黒のシャツ、黒のネクタイ、黒の手袋、黒のハット、黒のタキシード・・・カラーコーディネートを完全に無視したその男は、人懐こそうな笑みを顔に貼り付ける。
背筋が、凍った。
「おやおや、これは珍しい光景を見てしまいました。魔王に情けをかける勇者。尊いですね、敵までも慈しむというその精神。さすが勇者様。神に愛された存在だけのことはあります」
笑いがまるで記号のように、ただそこにあるだけのプログラムのように酷薄なものになる。
人間味のまるでない、賞賛もこめられてない、ただの現象。
「博愛精神をこの目で見れるなんて私はなんて幸運なんでしょうか・・・・反吐が出るほどに」
ことさらに芝居がかった口調で、大げさな身振りで語った男の言葉が、はき捨てるものへと変わった。
それと同時に、足元にいる魔王が震えだす。
庇うように彼女と男の対角線上に移動すると、アレンも言葉を告げる。
「まさか魔王を守ることになると思わなかったけどな。俺のダチが決めたんだ、俺も全力でやらせてもらうぜ」
男から発せられる圧迫感に喘ぎながらも、しっかりと言い切った。
不敵な顔で笑いあう俺たちに、光の粒子が纏われる。
「お姫様みたいでちょっと妬けますけど、私も守りますよ。この子も、お二人も。それが、白の名を自負する私の魔術の本分ですから。だから、負けないでくださいね。負けたら二人とも夕飯ぬきです」
「おぉう、怖い怖い。それじゃ余計がんばんなくちゃな。ちゃっちゃとやっちゃおうぜ、ちゃっちゃと」
この場に張り詰めている空気を断ち切るように交わされる会話に紛れ込ますように、俺は声を張り上げる。
「いくぞ・・・・・決戦だ!!!!」
そして、俺とアレンは地を蹴った。