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60年後へのカウントダウン

作者: 遠藤アスケ
掲載日:2026/02/10

SF短編 

宇宙の果でたった一人、遭難した男

地球へは60年の道のり

それでも帰ることを選択し、発射へのカウントダウンが始まる


「Tマイナス3600」

 他に誰も居ないコックピットの中で、僕は声に出してそう言った。

 今から3600秒後、つまり1時間後に僕はこの宇宙船を地球に向けて発射させる。

1週間前から始めたこのカウントダウンも、ついにあと1時間だ。


 今、僕がいるのは名前も知らない辺境の惑星で、コックピットから見える景色はどこまでも続く灼熱の砂漠。気温は摂氏500度を超え、有毒ガスが充満している。

 目に見える範囲はもちろん、この星全体でも、活動している生命体は多分僕だけだろう。


 これほど絶望的に、観光にも居住にも適さない星に、僕はかれこれ半年ほど滞在している。

 不運な事故で宇宙船が損傷し、仕方なく不時着したのがこの星だった。

 地球と連絡を取ることもできず、完全に孤立。救助が来る見込みもまったくない。


 僕が今、正気を保っているのは宇宙船の修理に忙しくしていたのと、メインモニタの横に貼った妻の笑顔の写真のおかげだろう。

 僕は、ここ数日で何十回も繰り返した機器の動作チェックと、プログラムの最終確認を1からやりなおした。


「Tマイナス1800」

 だんだん緊張してきて、声が若干高くなってしまったけど、どうせ誰も聞いていないから気にしない。

 宇宙船が直ったならカウントダウンなんてしていないで、さっさとスイッチを押して地球に戻ればいいと思うだろうけど、話はそう単純じゃない。


 問題は大きくわけて2つある。

 

 第一の問題は、地球にたどり着けるという保証が無いこと。

 事故のあとの各種計器の記録を綿密に計算してこの星の位置を割り出し、地球への帰還ルートを設定してプログラムを作成した。

 計算間違いが無いか何十回も確かめたから、ミスは無いはず。

 それでも、もしどこかに見落としがあったら、僕は広大な宇宙を延々と一生さまようことになる。


 第二の問題は、さらに深刻だ。

 事故による宇宙船の損傷がひどく、部品が限られる修理では超光速巡航装置を直すことができなった。

つまりどういうことかというと、地球にたどり着くのに60年もかかるのだ。


 幸いにも冷凍睡眠装置は無事だったから、僕が歳をとることはないし、食料も問題にはならない。

 でも、下手すれば宇宙で迷子、うまくいっても60年後の地球行き。

 そのスイッチを、ポンと気軽に押すことは僕にはできなかった。

 だから、1週間前からカウントダウンを開始して、あくまで事務的に、仕事の一環として押すことにしたのだ。


「Tマイナス600」

 深呼吸をしてから残り時間を読み上げた。


 僕が今一番気がかりなのは、地球に残してきた妻のことだ。

 地球を出発して10日後に事故が発生して僕の宇宙船と連絡が取れなくなり、僕が生きている可能性が極めて低いと聞かされただろう。

 そして、それから約半年が経っている。今彼女はどんな気持ちなのだろう。

 僕のことはもう諦めただろうか。

 夜空を見上げて、僕がいるであろう方向に祈ったりしているのだろうか。


 できることなら、僕は無事だと合図を送りたい。

 でも残念ながら、その合図が届くには光の速さでも20年かかるのだ。


 妻のことを思うと、胸が押し潰される。会いたい、声が聞きたい、謝りたい。たった5分でもいい。

 もし、もう一度会って話ができるなら、僕は何でも差し出しただろう。

 といっても、大事な物は妻の写真くらいしか持っていないけれど。


「Tマイナス300」

 明らかに早くなっている鼓動を落ち着かせるよう、少しゆっくりと読み上げた。

 あと5分後に僕は、元に戻れない、人生において極めて重大な選択を実行することになる。

 妻との決別だ。


 このまま、この星で救助を待ち、奇跡的に発見されれば、わずか10日で地球に帰ることができる。

 でもそれは太平洋で魚1匹を探すよりもはるかに難しい確率だ。

 だから僕は自力で地球に戻ることに決めたわけだけど、60年後には妻は88歳。

 僕のことはとっくに諦めて誰か別な人と結婚し、もしかしたら孫やひ孫がいるかもしれないし、すでに亡くなっているかもしれない。


 惑星調査の仕事に出かけるとき、妻はいつも「気をつけてね、待ってるからね」と送り出してくれたけど、60年も待っていてくれるわけがない。ましてや、60年後に、30歳の僕が88歳の妻に「ただいま、遅くなった」なんて帰れるはずもない。

 

「Tマイナス120」

 声も足も少し震えてきた。

 他に選択肢がないとはいえ、2分後に僕はボタンを押して、妻を過去の人にする。      

 このままこの星に居ても救助されて地球に戻れる確率は、ほぼゼロだろう。

 それでも、それを完全なゼロにして、妻と決別するためのボタンを、自ら押さなければならないというのはなんて残酷な仕打ちなのだろう。

 

 船やプログラムは問題ないはず。たぶん僕は無事に地球に帰れる。妻も、家族も、友人も、生きているかどうかすらわからない、地球へ。

 


「Tマイナス60、秒読み最終段階」

 目から大粒の涙が流れたけど、拭うこともしなかった。

 巡航プラグラムを起動し、スタンバイさせる。

 船のエンジン音が大きくなってくる。


「Tマイナス30」

 減っていく数字と妻の写真を交互に見る。

 この笑顔をもう一度見たかった。声を聞きたかった。

 僕はこのあと冷凍睡眠であっという間に60年間を過ごすことになるけど、妻はこの瞬間も、これからも、ずっとつらい日々を過ごすことになるのが申し訳なく、さらに涙が出た。

 

 

「Tマイナス10、9、・・さようなら・・・6、5、ごめんな・・2、1、発射!」

 涙でほとんど見えなかったけど、僕は右手が機械になって自分の意志とは関係無く動いているかのように、打ち上げスイッチを押した。


 エンジン音と振動がさらに大きくなり、半年ぶりに宇宙船が空に浮かび上がった。

 あっという間に有毒ガスの大気圏よりも高度が高くなり、漆黒の宇宙に到達した。

 

 巡航が安定すると、僕は冷凍睡眠装置に入った。

 装置のスイッチを入れるとすぐに眠気に襲われた。タイマーが60年からのカウントダウンを始めたのを確認すると同時に眠りに落ちた。



-11年後・地球-


 図書館で一人の女の子が昔の新聞を調べていた。学校で「自分が生まれた日の新聞記事を読んでみよう」という課題があり、10年前の記事をいくつか読んだ。政治・経済・気候変動、様々なニュースの中である1つの記事が女の子の目に留まった。

 どこかロマンチックだと思ったからだ。

 そこにはこう書かれていた。


・冷凍睡眠に関する法案可決、即時施行へ

 本日の国会で冷凍睡眠装置の使用を厳しく管理制限するための法案が可決し、明日より施行される。

これにより、地球上で冷凍睡眠装置を使用することは原則的に不可能となる。

この法案の背景は、1年前に発生した惑星調査船の爆発事故によって夫を亡くした女性が周囲の反対を押し切り、半永久的に冷凍睡眠することを選んだことで、新たな方法の自死ではないかと議論を呼んだことにある。

女性が夫が生きていると信じて疑わず、いつか地球に戻ることを夢見て、装置の中で眠り続けている。



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