表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日の勇者は昨日へ向かう  作者: 浮夜海月
魔王討伐前

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

魔王討伐の前々日

 目が覚めて、現実を確認したくなった。

 寝息が聞こえる。二つ。ルシアンとセラ。

 さっきまでと同じだ。ルシアンがいびきをかいて、セラが静かに眠っている。

 だが、さっきまでのセラとは一日分違う。手紙を見せてくれたセラは明日のセラだ。今のセラはまだその話をしていない。いや、手紙を読んだかもしれない。でも俺に見せてはいない。

 頭がこんがらがりそうだ。

 一つだけ確かなことがある。

 俺は今、魔王討伐の二日前にいる。明日の夜には前日に戻り、その翌夜にはさらに前日に戻る。

 魔王城は一日ごとに遠ざかっていく。あの戦いは、もう来ない。ルシアンとセラの死は、もう起きない。

 二人はこれから、俺が遡る日々の中でずっと生きている。

 安堵した。

 どうしようもなく、安堵した。

 救えなかった未来は消えない。

 だが少なくとも、俺の前からは少しずつ遠ざかっていく。

 その事実だけが、初めてこの逆行を祝福してくれた。





 二日前の朝。


「おう、カイシュー。今日はあと半日歩けば、魔王城の手前の村に着くな」


 ルシアンが地図を広げている。昨日は魔王城の麓にいた。今日はもう少し南。旅が巻き戻っている。


「明後日には仕掛けられるか。いよいよだな」


 明後日。ルシアンにとっての明後日。俺にとっては二日前の出来事だ。


「ルシアン」

「ん?」

「……いや、何でもない」


 魔王城まで行くのを止めようとした。また言葉が喉まで出かけて、引っ込んだ。

 昨日も止めた。止められなかった。理由を説明できないからだ。

 そしてもう一つ理由がある。

 昨日気づいた。俺が何を言おうが、世界は変わらないのだ。

 俺が「行くな」と言った昨日――世界にとっての一日前の俺も「行くな」と言ったはずだ。だが二人は行った。そして死んだ。俺がそれを経験済みだということは、俺の言葉では歴史は変わらなかったという証拠だ。

 止められない。止まらない。世界は前に進む。俺だけが後ろに歩いている。

 この世界で、未来を知っていることは、何の力にもならないのかもしれなかった。





 三日前。四日前。五日前。

 魔王城が少しずつ遠ざかっていく。旅が巻き戻る。

 毎日、ルシアンとセラと歩いた。野営をして、飯を食って、焚き火を囲んで話をした。

 穏やかだった。

 ルシアンは夜になると必ず昔話をした。旅の序盤の失敗談。ヴァロワと口喧嘩した話。ティエルが初めて泥沼にはまった話。


「あの時のティエルの顔! 泥だらけでよ、弓だけ死守してやがった!」


 ルシアンが腹を抱えて笑う。セラも小さく笑う。

 俺も笑った。作り笑いじゃなく、本当に笑えた。

 会ったこともないティエルの泥だらけの顔を想像したら、おかしかったのだ。

 同時に、こう思った。

 ――ティエルが泥だらけになった日に、いつか俺は辿り着く。

 そしてその日を、俺はもう笑えないかもしれない。彼女がどう死ぬか、知った上で見ることになるから。

 笑い声がふっと喉に詰まった。


「カイシュー?」

「いや、何でもない。続けてくれ」

「お前、最近そればっかだな。何でもない、何でもないって。何かあるなら言えよ」

「……本当に何でもない」


 ルシアンが肩をすくめた。三年の付き合いなら、俺の嘘はたぶんバレている。だが追及しない。そういう男なのだろう。

 追及されたら、むしろ楽だったかもしれない。

 全部話してしまえたらどんなに楽かと思う。

 でも話したところで、たぶんこの二人は困った顔をして、それでも俺のそばにいるだけだ。

 そして結局、魔王城には行く。

 だから俺は何も言えない。

 



 魔王討伐の七日前。

 小さな村を通りかかった。魔王領との境に近い村で、半分は焼かれていた。

 村人たちが俺たちを見て、目を見開いた。


「勇者様だ! 勇者一行が通る!」

「魔王を倒してくれるんでしょうか!」


 子供が駆け寄ってくる。ルシアンが膝を折って、子供の頭を撫でた。


「ああ、任せとけ。すぐに平和になるからな」


 子供が輝く目で見上げる。ルシアンが笑う。

 俺は知っている。この約束は果たされる。魔王は倒される。平和は来る。

 ただし、ルシアンはその平和を見ることはない。


「カイシュー様」


 セラが隣に立っていた。


「この村の人たちに、回復の祈りを施してもいいですか。負傷者がいるようです」

「ああ。もちろん」


 セラの祈りの光が溢れ、傷が癒えていく。村人たちが涙を流して感謝した。

 聖女の力。命を削る回復の秘術。

 セラの祈る姿を見ていられなかった。

 祈りは美しい。

 美しいのに、俺にとっては死の予告に見える。

 この光を見るたび、最後の静かな光を思い出す。

 



 魔王討伐の十日前。

 旅が日常になり始めていた。

 朝起きて飯を食う。魔獣と戦い、途中の道で野営する。焚き火を囲み、夜になったら眠る。

 前日に戻る。

 また朝が来る。ルシアンが笑う。セラが祈る。

 俺だけが、この日常の先を知っている。

 だが、不思議なことに、慣れてきていた。

 ルシアンの笑顔を見るたびに死に顔を思い出す。それは消えない。セラの祈りを聞くたびに、倒れた姿を思い出す。それも消えない。

 でも、同時に、今ここにいる二人の温もりが上書きされていく。

 死んだルシアンではなく、生きているルシアン。

 倒れたセラではなく、祈っているセラ。

 毎日一日分、二人との日々が積もっていく。俺の中にだけ。

 二人にとっての俺は、日に日に「一日浅い」存在になっていく。だが俺にとっての二人は、日に日に深くなる。

 その非対称さが、時々たまらなく苦しかった。

 俺がどれだけ二人を知っても、二人にとっての俺は少しずつ“知らない男”に近づいていく。

 俺だけが愛着を増して、二人は少しずつ思い出を失っていく。

 まるで、手の中の水を抱え込もうとするみたいだった。

 もうすぐ、勇者一行の四人目と五人目に会える。

 ヴァロワが死んだ日を過ぎれば、ヴァロワは生きている。ティエルが死んだ日を過ぎれば、ティエルも生きている。

 五人全員が揃う日が、近づいている。

 楽しみだと思った。

 同時に、怖いと思った。

 彼らの死に方を知った上で、初めましてをするのだ。

 笑えるだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ