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9-風が吹く方へ

 朝露の残る石畳に、馬車の車輪の音がかすかに響く。

屋敷の門前には、見送りの使用人たちが静かに整列していた。


レイはその後ろ、一本だけ伸びた木陰のもとに立っていた。

まだ誰にも気づかれていない。

けれど、カイルだけは、すぐにこちらに気づいて、まっすぐ歩いてくる。


彼の顔は、陽の光の中でよく見えなかった。

でも、笑っていた――ような気がした。


「……来てくれたんだな」


「来るよ。……君が、行くから」


短いやりとり。

でもそれで、ふたりの間にある『なにか』はちゃんと通じた。


「これ、持っていって」


レイは小さな包みを差し出す。

中には、ほんの一言だけ――「また、ここで」と書かれた紙切れ。


カイルはそれを大切そうに懐にしまった。


「……風が、教えてくれるよ。きっと。

 君のいる場所を」


レイはうなずいた。

声に出したら泣いてしまいそうだったから、うなずくしかできなかった。


「じゃあ、行くよ。……また、来る。絶対」


「うん。……待ってる」


それだけを交わして、カイルは振り向く。

レイは呼び止めなかった。

呼び止めてしまったら、何もかも壊れてしまいそうだった。



ピーッと笛を隊長が吹き、馬車が動き出す。


車輪が石を擦る音が、朝の空気を切り裂いて遠ざかっていく。


カイルの背中が、ゆっくり、風に溶けていく。


レイは、黙って見ていた。

動かなかった。

涙もこぼれなかった。


けれど――

その手は、小さく握られていた。


あの日の約束を、左手の小指で、ぎゅっと、ぎゅっと握りしめて。


空は晴れていた。

けれど風は、少し冷たかった。


「風よ、君を連れて、またここへ」


レイの声は、誰にも届かなかったけれど、

丘の上で、ひとひらの青い花びらがふわりと舞い上がっていった。

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