7-風が結んだ指切り
――――夏の終わり。
風花の丘は、色を少しずつ変えはじめていた。
草の葉の緑が濃くなり、陽射しの角度がやわらかくなる。
レイは、ひとりで空を見上げていた。
その背後から、走ってくる足音がする。
「はーっ……間に合った!」
「今日も来てくれたんだね」
「当たり前だろ? ……レイが、待ってるって思ったから」
レイは少しだけ、はにかむように目を伏せた。
ほんの少し前なら、そう言われても返す言葉に困ったかもしれない。
でも、今は――素直にうれしい、と思えた。
ふたりは、いつもの木陰に座る。
風が吹いて、枝が揺れて、青い空の奥で、雲がゆっくり流れていく。
しばらく、言葉はなかった。
けれど、それもまた心地よかった。
「……レイ」
「うん?」
「俺さ、来月には王都に戻るかもしれないんだって。
本格的な騎士団の訓練に参加しろって、言われた」
「そう……なんだ」
レイの声は、ほんの少し震えた。
けれど、それを悟られないように、すぐに目をそらす。
「やだとは言えない。強くなりたいし、君に言ったし。
一番の騎士になるって」
「……うん。カイルなら、なれるよ」
「でもね」
カイルが言葉を切って、草の上にそっと手を置いた。
「君のこと、忘れたくないんだ。
いや、忘れたくないっていうより――
君に、忘れられたくないって思ってる、自分がいるのが悔しい」
レイは、その手を見つめた。
言葉の意味はまだ少し難しかった。
でも、その気持ちの重さだけは、はっきり伝わってきた。
「だから、約束しようよ。たったひとつだけ」
「……約束?」
「うん。いつか、絶対にまた、会おう」
カイルは、手を伸ばして、小指を差し出す。
それは、風に揺れて光る、小さな誓いの印だった。
レイも、迷いながらそっと小指をからめる。
「ゆびきり、する?」
「うん。絶対に会うって、風に誓って」
ふたりの小指が、静かに重なり合った。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら……」
「……風に嫌われる」
「うん、それが一番怖いよな」
ふたりは、ふっと笑い合った。
風が吹いた。
夏の終わりを告げる、少し冷たい風だった。
けれど、その中に――確かに、ひとつの約束が結ばれていた。