6-触れ合いと風花
風花の丘は、今日も静かだった。
遠くで鳥が鳴いて、風が草を撫でる音が低く響く。
レイは、いつものように膝を抱えて座っていた。
そして隣には、剣の稽古帰りのカイル。
少年らしい汗の匂いが、夏の陽射しに混ざっていた。
「ねえ、レイ。風花って、どうして青いんだと思う?」
唐突な問いに、レイは顔を上げる。
「どうして……?」
「青って、冷たい色だろ? でも風花って、咲いてるときはあったかそうに見えるんだよな。
君に似てる。見た目は静かで冷たそうだけど、話すとぽかぽかする」
レイは不意を突かれて、少しだけ肩をすくめた。
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。
「ごめん、変なこと言ったか?」
「……ううん。うれしい。ちょっとびっくりしただけ」
カイルが笑う。その笑顔に、レイもつられて小さく笑った。
そのとき。
小さな風が、ふたりの間を抜けた。
その風に乗って、レイの細い指先がふと、カイルの手の甲に触れた。
一瞬、ふたりとも固まった。
手を引くべきか迷うレイの心をよそに、カイルがその手を包むように握った。
無理にではなく、ごく自然に。
ちょうど、風が草を撫でるように。
「君の手、ちっちゃいな」
「……君のは、あったかい」
ほんの数秒のことだった。
けれどレイの胸には、それが長い長い時間に思えた。
手のひらに、確かにカイルの体温が残っている。
「また明日も、ここで」
カイルが立ち上がるとき、レイはそっと手を引っ込めた。
心の中で、小さく思う。
――明日も、風が吹きますように。
*
その翌日、レイは一人、丘の奥へ足を運んでいた。
まだ朝のうちで、カイルは来ていない。
足元には大きくて重い本一冊。
本の間には、青い風花が5輪押し花になっている。
カイルと出会った日に、足元に咲いていた、あの小さな五弁の花。
そのとき、ふと胸の奥から声が浮かんだ。
「何かをもらうだけじゃなくて、僕も何か、あげてみたい」
今までは怖かった。
もし渡したものを笑われたら。
もし大事にしてもらえなかったら。
でも――カイルなら、受け取ってくれる。
そう思えるようになっていた。
昼過ぎ。
剣の稽古を終えたカイルがいつものように丘にやってくると、レイは木陰に座って彼を待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
いつもと同じ挨拶。
けれど、レイは少しだけ膝の上の手を強く握る。
「……あのね、これ」
そっと差し出したのは、大きな本。
本の中には、風花が5輪、丁寧に押し花にされ、色くすむことなく咲いていた。
「……これ、君が?」
「うん。この花は風読みにしか咲かない神聖なる花だけど、
風の読めない僕のまわりには、何故か集中して咲くんだ。
……前に言ってたでしょ。青いけど、あったかく見えるって。
君に、似てるって言ってくれたけど……
今は、君の方がずっと風花みたいだと思うから。……だから、あげる」
少し震えながら差し出すレイの手を、カイルは両手でしっかりと受け取った。
「……実は、言えなかったんだけど、前にもらった風花が
家に帰ったら枯れちゃってたんだ。だからもの凄く嬉しい。
宝物にするよ。これから、ずっと」
そう言って笑ったカイルの笑顔が、太陽よりもずっとまぶしく見えた。
そしてレイはようやく思った。
――ああ、自分にも、渡せるものがあるんだ、と。