5-風の音がした気がした
あの子が去っていったあと、レイはひとり、丘に座り続けていた。
風が、草の間を抜けていく音。
さっきまでふたり分あった足音は、もうひとつだけになっている。
でも、不思議と淋しくはなかった。
残された風の中に、彼の気配がまだ漂っていたから。
カイル。僕のひとつ上11歳。
騎士見習いの少年。
元気で、まっすぐで、風みたいに気まぐれで――
でも、ちゃんと決めたことには嘘をつかない子。
「君がいるから、来るんだ」
あの言葉を聞いたとき、胸の奥がふっと温かくなった。
けれどそれと同時に、小さな痛みも生まれた。
こんな自分でも、来てくれるんだろうか
風が読めなくても、本当に……?
レイは、自分が「欠けている」ことを、ずっと知っていた。
母も、姉も、誰もが口にしないだけで、そう思っていたのがわかった。
だから、できるだけ静かにしていた。
誰の邪魔にもならないように。
誰かの期待を、これ以上裏切らないように。
でも、カイルは――まるでそんな「空気」を気にも留めないで、話しかけてきた。
笑って、茶化して、褒めて、からかって。
真っ直ぐすぎて、少しこわい。
でも、どこかくすぐったい。
レイはそっと、自分の膝に指を重ねた。
さっきまで、そこにあったカイルの視線を思い出す。
優しくて、どこか真剣だった。
そして、知らない感情がまた胸をくすぐった。
うれしいのに、なんとなく泣きたくなる。
さわやかなのに、ほろ苦い。
名前のない感情が、胸の奥でふわふわと膨らんでいく。
「僕……明日も、ここにいていいのかな」
ふと漏れた声は、自分に向けた問いだった。
答えは風だけが知っている。
でも、風は今日、ちゃんと通り抜けてくれた。
あの子とふたりで笑った、あの時間を置き土産にして。
そのとき、レイは気づかなかった。
自分の中で風が「吹いた」のではなく、
この胸が、風を受ける窓になっていたことに。
レイは立ち上がって、背伸びをした。
西の空には、にじむような茜色。
明日、またカイルが来るかわからない。
けれど、会えたら――
ちゃんと笑って、「おかえり」って言おう。
そう思っただけで、頬が少しだけ熱くなった。