26-二人だけの契約
――――雨が降っていた。
山あいの村外れ、誰も使っていない小屋の中。
軒先に吊るされた鈴が、雨と風の混ざる音にわずかに揺れていた。
暖炉にはモールが残してくれた火打石で火がともされ、
小さな灯りが、壁にふたりの影をやさしく映している。
カイルは椅子に座り、濡れた服の袖を絞っていた。
レイは、カップに温めた茶を注いで手渡す。
「ありがとう。……まだ、少し震えてる」
「それは、風のせい? それとも――」
「君の手が近いからだと思う」
レイは頬を赤らめて、目をそらした。
でも、その指先だけは、ずっとカイルの手を探していた。
「レイ」
「……うん」
「制度の“番契約”じゃなくて。
王に命じられてじゃなくて。
家名でも、血でも、力でもなくて。
ただ、“君といたい”って気持ちで、君の隣にいていいかな」
レイはそっと、小指をカイルに差し出した。
「番じゃなくても、僕は――
君に触れられて、君に触れたいと思った。
それだけが、10年経っても消えなかったから」
カイルの指が、その小指に絡まる。
「じゃあ、もう一度、誓おうか。
今度は、国のためでも、風のためでもなく。
君と僕の、ふたりだけの契約を」
「……うん」
ふたりは並んで座り、小指を絡めたまま、そっと言葉を紡ぐ。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら――」
「……風に、笑われる」
「でも、今度の風は、きっと君に微笑んでくれる」
「僕たちが、そういう風にしていくんだよ。これからは」
沈黙が降りる。
でもそれは、何もない空白じゃなかった。
言葉を超えた、ふたりの“これから”が満ちている沈黙。
カイルの手が、レイの手を握る。
ぎゅっと。離さないように。
レイも、そっと握り返した。
雨はまだ降っている。
けれど、屋根を打つ音が、少しだけ心地よく聞こえるようになった。
ふたりの間を、風が通る。
それは誰のものでもない風。
でもたしかに、ふたりだけの風だった――――――。




