21-助け人モール
王都へと続く街道は、朝靄に包まれていた。
――――谷を出て三日目。
レイは馬車も使わず、ひとり徒歩で山道を進んでいた。
風は読めない。
でも、風のあとを感じることはできる。
昨日の夜に馬が通った草の倒れ方。
水面の反射のゆらぎ。
誰かがため息をついたあとに残る、空気の重さ。
――世界は、たしかに「何かを伝えて」くれている。
そして、その先にカイルがいる。
けれど、五日目の午後。
荒れた峠で、レイは足を止めた。
軽くめまいがする。食事もろくに取っていない。
疲労と、焦りと、痛む足。
どこかで折れてしまいそうな自分の弱さに、レイは立ち尽くした。
「もう一歩、どうしても……出ないんだ……」
そのときだった。
「君、風の道を歩いてるのかい?」
背後から声がした。
振り返ると、そこには黒衣の青年が立っていた。
年齢はレイより少し上。中性的で、涼やかな目をしている。
「驚かせたね。僕はモール。
この辺りの……まあ、道に迷う人をよく拾う者だと思ってくれていい」
モールの助けで小さな焚き火を囲み、
温められたスープをすすりながら、レイは名を名乗った。
「……僕はレイ。風読みの家の、名ばかりの末裔です」
「名ばかり? そんなことないと思うよ。
君の目を見てれば、ちゃんと『風に触れてきた人』だってわかるよ」
「……僕には、風は読めないんだ」
「風は“読む”ものじゃない。
『繋ぐもの』さ。自分と誰か、過去と未来。
君が歩いてきた道は、そのまま風を通す道になってる」
モールの言葉は、どこかレイに似ていた。
言葉に力はないのに、心に残る――そういう声だった。
「僕もね。かつて番の儀式を拒んだことがある」
レイは目を見開いた。
「結局……選べなかったんだ。
相手を、国を、自分を、すべてを救う答えなんて、どこにもなかった」
「それで……そのあと、どうなったの?」
「すべてを捨てたよ。名も、家も、過去も。
でも、風だけはね、僕の名残を拾ってくれた。
だから、君のような風の通る人に出会うと、手を貸したくなる」
レイは黙って聞いていた。
「君がこれから向かう場所は、風の止まる場所だ。
息をするだけでも苦しくなるかもしれない。
でも――それでも行くんだろう?」
レイはうなずいた。
「だって……そこに、『僕の風』がいるから」
モールは目を細めて笑った。
「よし、案内しよう。
王都に入るには、裏門がいい。
風を読めない君のために、風がまだ少し通る道を選ぼう」
そして、夜が明ける頃。
ふたりは、王都を遠くに望む丘に立っていた。
朝焼けの中に、白い塔がいくつも浮かび上がる。
そのひとつに――カイルがいる。
「レイ。もし、君の声が届かなかったら、それでも進むんだよ。
『指きり』は、声じゃなく、手で結ばれるものだから」
レイは、そっと小指を握った。
――――その中に、確かにまだ温かさが残っていた。




