20-沈黙の塔にて
――――王都の外れ、かつて文官の研修所だった塔のひとつ。
いまはもう誰も使わず、夜になると鳥すら寄りつかないこの石の建物の最上階――
そこが、カイルの「部屋」だった。
寝台と机。窓は高く、小さな明かりが差すだけ。
扉の外には、王家直属の騎士が交代制で立っている。
「……牢屋じゃない、ってか?」
壁にもたれながら、カイルはつぶやいた。
声に返事はない。
あるのはただ、壁の冷たさと、消えかけた蝋燭の匂い。
指先が疼く。
左手の小指――そこに今でも、レイの指のぬくもりが残っている気がした。
「あのとき……もう少しだけ、早く走れたら……」
何度も思い返す。
番契約の儀式の前に、カイルは王子の部屋を訪れた。
「どうか、政略ではなく本人の意思で」と頭を下げた。
相手は悪い人間ではなかった。ただ、国のために自分を使うことを、何も疑っていなかった。
そして、カイルは逃げた。
誓約を破り、王家の信頼を裏切り、
『番契約の儀を踏みにじった裏切り者』として連れ戻された。
「あいつに会えたのに……
また、手放すなんて、冗談だろ……」
声が震える。
でも涙は流れなかった。
泣いてしまったら、そこにあの丘の風があって、
レイの笑顔があったことまでも夢みたいに消えてしまいそうだった。
そのとき、扉の向こうで声がした。
「明朝、陛下の前に出る用意を。
番契約について、再協議が行われる」
カイルは唇を噛んだ。
拳を握る。
この手で守ると誓ったはずなのに、何もできなかった。
でも、心の中にひとつだけ確かなものがある。
レイが来てくれる。
彼は待たない。
もう、「動ける人」になっていた。
だから、自分も折れられない。
小指をそっと握った。
風はここに届かないけれど、
きっと、風花の咲く方角から――風はもう、近づいている。
カイルはそう信じて小指を強く握り込んだ。




