16-10年分のおかえりをカイルへ
カイルが眠っている。
頬の傷が、赤く腫れている。
指先には古い剣の痕。
腕には、いくつも火傷のような跡があって……
こんなにたくさん、痛かったのに。
それでも、君は笑ったんだろうな。
あの頃と同じように。
ねえ、カイル。
あの日、丘で指きりしたあと、僕は毎日、小指を握って眠っていたんだ。
一度も忘れなかったよ。
君の声も、笑い方も、照れたときに耳を触る癖も。
草の匂いと汗の匂いが混ざった、あの夏の風も。
なのにね。
怖かったんだ。
君がもし、もう私のことなんて思い出さなくなってたらって。
君には未来があって、僕はここに取り残されて。
君のとなりにいた「あの頃の僕」だけが大事で、
今の僕は、もう何者でもなかったら……って。
……でも、君は来てくれた。
血まみれで、ボロボロで、
それでもこの丘を目指して。
その姿を見た瞬間、
僕の10年は、報われたと思ったんだよ。
僕ね、風を読めないってずっと思ってたけど……
君のことだけは、ずっと感じてたんだ。
丘に風が吹くたびに、
それが君のいる場所からの手紙みたいに思えた。
あの花が咲くたびに、
「君はまだ、約束を忘れてないんだ」って思えた。
だから僕、ずっとここにいたよ。
動けなかったんじゃない。
動かなくても、君が来てくれるって信じてたから。
いま、こうして君が寝ているこの部屋は、
風が通るように、窓を少し開けてるんだ。
君がまた、夢の中でも自由に呼吸できるように。
明日、君が目を覚ましたとき、
ちゃんと笑って「おかえり」って言えるように。
だから、いまは眠っていていいよ。
大丈夫。
僕はもう、君がいない風に慣れてしまったけど――
君がいる風は、こんなにも優しいって、思い出せたから。
君が帰ってきたこの場所で、
もう一度、指をからめていいかって、
明日、聞いてみてもいいかな。
おやすみ、カイル。
10年ぶんの、「おかえり」を……君に。