15-再会
草の音がした。
風にしては重い。
獣にしては静かすぎる。
風花の丘に、ふだんとは違う、微かな“ゆらぎ”があった。
レイは、朝からざわついていた胸の感覚を頼りに、丘の奥――あの一本の楡の木の根元へと足を踏み出す。
すると、そこに――
「……っ」
そこに、人が倒れていた。
衣は泥にまみれ、腕には噛み痕、脚には矢傷。
肩で浅く息をしているその身体から、微かに血の匂いが立ちのぼっていた。
けれど、レイは恐れなかった。
近づくほどに、胸が静かに、しかし確かに鳴りはじめる。
この音を、知っている。
この匂いを、知っている。
この人を、知っている――
レイは、そっとひざまずいてその身体を抱き起こした。
重い。
でも懐かしい。
10年前の少年の姿はもうなく、逞しい青年の輪郭がそこにあった。
「カイル……」
声が震えた。
その名を、もう何千回、心の中で呼んだだろう。
レイの手が彼の頬に触れると、
わずかにまぶたが震えた。
「……レイ……?」
それは、かすれた声だった。
でも、はっきりと自分の名前を呼んでいた。
レイの喉の奥から、こみあげるものがせり上がる。
でも泣かなかった。
「来てくれたんだね」
それだけを、レイは言った。
そして、彼の額に額をそっと重ねた。
まるで、風のない夜に灯す火種のように。
息をひとつ、合わせるように。
「もう、大丈夫。……もう、ひとりじゃない」
カイルの意識は、再び薄れかけていた。
けれど彼の唇がわずかに動いた。
「……待っててくれて……ありがとう……」
その言葉と共に、風が吹いた。
それは、10年前の約束を、いま風が確かに“運んできた”ことの証だった。
レイはその風の中で、カイルを抱いたまま目を閉じた。
「おかえり、カイル。
……ずっと、ここにいたよ」
風が頬をなで、木々が優しく鳴いた。
――――――そのすべてが、ふたりの再会を祝福していた。