14-風は、約束を運ぶ
風花の丘に、久しぶりの青が戻ってきた。
それは偶然なんかじゃない。
レイには、そうとしか思えなかった。
――――夕刻。
光はやわらかく、風は涼しく、夏の気配が近づいていた。
丘の中心。
かつてカイルと並んで座ったあの場所に、ひとひらの青い風花が揺れていた。
手を伸ばすと、まだ咲ききっていない。
けれど、蕾の先が、かすかに震えていた。
「……ねえ、きみ」
誰にともなく語りかけるように、レイは小さく声を落とす。
「約束、まだ信じてるよ。ずっと、ここで」
風が、レイの髪を撫でた。
その一瞬、ふっと鼻先をかすめた香りがあった。
汗。鉄。少し焦げたような布のにおい――
そして、懐かしい。あの人の、匂い。
心臓がひとつ、大きく跳ねた。
振り返っても、誰もいない。
夕陽が伸ばしたレイの影が、草の上でひとり遊んでいるだけ。
けれど、風は確かに言っていた。
「もうすぐ、帰ってくるよ」と。
レイはそっと、風花に口づけた。
花を摘むのではなく、ただ、そこに咲いていることを愛おしむように。
「明日、来てくれる気がするんだ」
胸の奥に、答えのない予感があった。
けれどその予感は、10年前よりもずっと確かだった。
風が、吹き抜ける。
それは待ち続けた10年のなかで、一番やさしい風だった。
そしてその夜、レイははじめて――
夢の中で、カイルの背中を見た。
傷だらけで、歩き疲れて、けれどまっすぐにこちらへ向かってくる姿を。
目が覚めたとき、レイはそっと呟いた。
「明日、君がここにいても、もう驚かない」
風が、それを肯定するように、やわらかく窓を鳴らした。