13-風の通る道で僕は待っている
――――『聖男』としての呼び名は、谷を越えて広がっていった。
レイは、薬草と手当の知識を磨き、風の動きを読むことはできなくても、
風が通ったあとの『気配』を感じられるようになった。
嵐の前に、獣の群れが移動すること。
高気圧の影で、山の水が濁ること。
人の気持ちが乱れると、部屋の空気が重くなること。
誰もそれを『風を読んでいる』とは言わなかった。
でもレイの周りでは、人々が静かに、心を整えていくようになった。
ある日レイは、古びた日記帳を見つけた。
かつて、風読みの祖母が残したものだった。
「風は、読むものではない。風は、感じるものだ。
それに気づいたとき、人はようやく『風とともにある』ことができる」
それを読んだとき、レイはふっと笑った。
もしかしたら、自分はもうずっと前から、風の中にいたのかもしれない。
読めなかったのではなく、最初から、風そのものに抱かれていたのかもしれないと。
そして――20歳の春。
青い風花が、また咲いた。
それは、あの日と同じ形で、同じ場所に、ふっと顔をのぞかせていた。
レイはそれを見て、心の奥で、何かが震えるのを感じた。
「カイル……きみ、今、こっちに向かってる?」
風は、確かに吹いていた。
そしてその風が、ふと、遠くの森からひとつの匂いを連れてきた。
鉄と、汗と、懐かしい……あの人の気配。
胸が、ひとつ、強く鳴った。