11-風を読むふりをして
風花の丘は、あの日から何も変わっていないようで、少しずつ変わっていた。
季節の巡り、草の色、風の匂い。
そして何より――レイ自身が、14歳を迎え、少しだけ強くなっていった。
カイルがいなくなったあと、レイは自らの意志で家を出た。
母や姉のいる屋敷には戻らず、谷のはずれにある古びた小屋に移り住む。
風を読めない子として誰にも期待されず、何者にもなれないままで、
それでもレイは風花の丘に通い続けた。
指きりをした左手の小指は、毎朝、ひとりでそっと握る儀式のようだった。
「また、きっと会える」――それだけが、胸の奥で風を起こしてくれた。
ある日、近くの村に病が流行った。
屋敷から医者が派遣されたが手が回らず、放っておかれる子もいた。
レイは、かつてカイルと風花を見つけた丘の薬草を思い出し、
独学で薬を作って子どもたちに渡すようになる。
「風を読むんじゃなくて、風の通る道に、何かを置いてあげたい」
そう思った。
誰かのためになることが、こんなにも静かで、嬉しいのだと、
レイは初めて知った。
そして村人たちは、レイが18歳になったとき、『聖男』と呼ぶようになった。
「あの子は、風の声が聞こえないけど――風のない場所に、やさしい風を連れてくる」
村人はレイを褒め称え、特別な存在として崇めた。
それでも、夜になると、丘に戻る。
風が吹かない夜は、小指を握って、「信じる」ことだけを思い出す。
カイルは、今どこにいるんだろう。
風は、彼の背を押してくれているだろうか――