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10-剣と沈黙のあいだで
王都に戻ったカイルは、その年齢にして最年少で訓練部隊に編入された。
鋭い剣筋と読みの速さはすぐに注目を集め、
「風を斬る少年」と呼ばれるようになった。
だが――彼自身は、そう呼ばれることを好まなかった。
「風は斬るものじゃない。
俺は……風を待ってるんだ」
その言葉の意味を、周囲の誰も理解しなかった。
彼は人付き合いが得意ではなかった。
仲間とは必要な会話だけ、感情を見せず、冷静に振る舞った。
でも、訓練が終わった夜、
寝台の下に隠すようにしまってある小さな包みを、彼は毎晩そっと握りしめていた。
それは、レイが渡してくれた――
風花の押し花と、「また、ここで」と書かれた小さな紙切れ。
5年経っても、色は褪せていなかった。
いや、彼の中ではむしろ、それだけが色を持っていた。
たまに、風が吹くときがあった。
剣の隙間を抜けていく風。
訓練場に差し込む陽の香り。
誰かの笑い声のあとに、ふっと流れる空気。
そのすべてに――
「レイがいた丘の風と、同じじゃない」と彼は思った。
そしてまた、握った手の中で、小指をそっと握るようにして寝る。
「また会える」と信じるために。